部落差別にもとづく冤罪・狭山事件55年
第三次再審請求で再審開始決定を!

要請ハガキひな形(PDF)のダウンロードはこちらから

部落解放同盟東京都連合会
狭山闘争本部

 

 部落差別にもとづく冤罪事件・狭山事件の第三次再審請求の審理は大詰めを迎え、現在多くの国民が注目しています。

 事件発生から54年が経過し、2006年5月23日、東京高裁に第三次再審請求を申し立て、すでに11年8ヵ月、そして、不当な有罪判決(1974年10月31日・二審・東京高裁 寺尾正二裁判長)から43年が経過しています。

 第三次再審請求以降、裁判所・検察官・弁護団による三者協議が36回積み重ねられる中で、191点の証拠を開示させ、狭山弁護団は、確定判決を突き崩し石川さんの無実を証明する197点の新証拠を裁判所に提出してきました。

 一昨年8月22日、発見経過においても多くの疑問が生じていた「万年筆」について下山鑑定が裁判所に提出され、発見万年筆は被害者のものではない、ということを科学的に証明する決定的とも言える新証拠が出されました。

 また、開示され分析されていた取調べ録音テープからは、当時の石川さんには脅迫状を書くことができなかったこと、取調べ官の誘導によって自白がつくられたことなどが明らかとなり(森鑑定、魚住鑑定)、寺尾差別判決(確定有罪判決)は完全に崩壊し、石川さんの無実は明白となっています。

 24歳で不当逮捕された石川一雄さんは今年1月で79歳になってしまいました。石川さん、お連れ合いの早智子さんは、第三次再審請求こそ「最後の裁判」、「半世紀を超えた狭山の闘いの総決算」との決意をもって全国各地で再審開始を訴え続けています。

 一刻の猶予も許されません。高検以外で保管されているすべての証拠物のリストをはじめ、検察が隠し持つ全証拠を開示させ、証人・鑑定人尋問や現場検証などの事実調べを即刻実施させる世論が今こそ必要です。

 再審開始を求める全国各地での闘いの総力を結集し、2018年こそ再審の門を打ち破りましょう。


 

 2009年12月、門野 博 裁判長(当時)が証拠開示を勧告し、2010年3月に36点の証拠が開示されてから、三者協議は2018年1月までに35回行われ、191点の証拠が開示されました。

 弁護団は、開示された証拠をもとに石川さんの無実を証明し、43年前の確定有罪判決理由の主軸は完全に崩壊しています。

 さらに、石川さんを犯人に仕立て上げるための警察による証拠の偽造・ねつ造までもが明らかになっています。

 開示された証拠の主なものは、逮捕された当日に狭山警察署長にあてた上申書、取調べ録音テープ、腕時計の捜査報告書、遺体についていた手拭いの捜査資料、カバンの捜査資料、駐車車輌の目撃に関する捜査資料、万年筆に関する供述調書などがあります。

 いずれも極めて重要なこれらの証拠開示によって、確定判決の主軸を崩す以下のことが明らかになっています。

① 脅迫状は石川さんが書いたものではない

 ・2010年、事件発生から47年目にしてはじめて開示された石川さんの逮捕当日の

  警察署長宛の上申書は、筆跡も書記(国語)能力もまったく異なる


 ・福江鑑定、森鑑定、魚住第3鑑定 他

② 犯行現場を直接裏付けるものが何もない

 ・雑木林の血痕(ルミノール)反応検査報告書=「不見当」(見当たらない)

  二審では、「血痕反応検査をした」との証言を得ている


 ・Oさん(殺害現場とされる雑木林のすぐ隣の畑で農作業)の証言

  「見ていない、悲鳴も聞いていない、人が殺されたなんて信じられない」


 ・実況見分調書に記載、新聞報道にもある現場を撮影した8ミリフィルも

   →「不見当」(見当たらない)

   →開示拒否を繰り返す検察官の対応から、殺害現場を裏付ける証拠が

    何もない可能性が極めて大きい。

③ 時計は、被害者のものではない、ねつ造されたものだ

参考リンク「時計もねつ造証拠だ 時計修理士鑑定」


 ・「腕時計捜査報告書」発見場所は捜査済みの場所から


 ・型、番号が違う(品触れ)

   被害者のものは

    → 「シチズン ペット」

   発見されたもの

    → 「シチズン コニー」


 ・被害者はベルトの5番目の穴は使わない

    → 4番目の穴(被害者の方が手首が太い)

④ 犯行に使われた手拭いは石川さん宅のものではない、証拠のねつ造


参考リンク「証拠の手拭いは石川さん宅のものではない」


 ・165本のうち155本回収 3本使用確認 未回収7本


 ・滝沢検事「石川仙吉 か 水村しも から 調達」


 ・「TBSニュースを見て急いで調達」

   TBSの手拭い報道5/6午後0時2分(50秒間)← 警察確認5/6午後0時20分

    ⇒ 手拭い入手可能性について、検察官の主張が成り立たなくなり、

      犯行に使用された「手拭い」を根拠にした有罪判決に

      合理的疑いが明確に生じている。


 ・さらに、捜査報告書の手拭い配付一覧表の数字が「1」→「2」書き加え変造

  手拭い回収本数手拭い捜査が事件の真相究明から

  石川さんを犯人にでっち上げるための証拠ねつ造に変質。

⑤ 鴨居から発見された万年筆は被害者のものではない

 ・家宅捜索 2回 のべ刑事26人 4時間25分 確実に捜索した場所

   → 「鴨居にはなかった」と家宅捜索を担当した元警部や刑事らが重大証言


 ・発見万年筆からは、石川さんの指紋はおろか、事件直前まで使用していた

  被害者の指紋も検出されていない。発見時の兄の六造さんの指紋のみ。


 ・検察「犯行後、カバンから取り出し脅迫状を訂正した」

   → ペン先:川窪鑑定

参考リンク「万年筆のペン先が違う 川窪鑑定」

  「自白で鴨居から発見した」

   → 一審:粕谷鑑定=発見万年筆の使用頻度は極めて少なかった


 ・検察「インクの色がちがうのは補充したから」

   → 日記や手帳はライトブルー/ 発見万年筆はブルーブラック


 ・補充はあり得ない、インクは残っていた


 ・脅迫状の「かすれ」「途切れ」は出ない ← 別の万年筆が使われた


 ・そもそも、学校へはほとんど行けなかった石川さんが、鞄から万年筆を取り出し

  自宅の誰でも見えるような場所に置くことなどあり得ない。

  ましてや、犯人であるならばなおさらのこと。


 ・下山鑑定〜ジェットブルーの痕跡はない。

   ⇅

  一審:荏原鑑定=発見万年筆は被害者のものではない。警察の証拠偽造である。

⑥ 車の駐車=時間が違う 「秘密の暴露」ではない

 ・「車の駐車に関する捜査報告書」→ 脅迫状を届け午後7時30分

 

  日没後1時間 駐車していた白い自動車見えず

  実際に駐車していたのは午後5時半から6時

⑦ 「すれ違ったYさんの自動三輪車」は「秘密の暴露」ではない

 ・5月7日付捜査報告書(2015年7月に証拠開示)

  Yさんらの車が鎌倉街道を通ったことを捜査当局は事件直後に知っていた。

⑧石川さんは、遺体の状況や捨てたカバン・教科書などの
 状態を知らなかった

  自白と証拠発見現場の経緯と大きな相違

  (取調べ録音テープ)(浜田鑑定・脇中鑑定)(流王報告書)

参考リンク「鞄は自白通りに発見されていない 流王報告書」

   万年筆を置いた場所も誘導(図面)

   ⇒ 第三次再審段階において

     二審 東京高裁・寺尾判決の主軸である証拠は完全に崩壊し

     むしろ現在では、冤罪・狭山、石川無罪の証拠となっています。

    

◆ 当時の石川さんの筆記能力と自白の信用性

参考リンク「筆跡や書字能力の違いは一目瞭然」

 証拠開示された取調べ録音テープは石川さんの無実を示す重大な新証拠です。

 取調ベテープのやりとりから、石川さんが犯人でないゆえに、死体の状況やカバンの捨て方などの犯行内容を全く知らず、「犯行体験」を何も語れていないことが明らかになりました。

 「スラスラ自白した」「自白調書は石川さんの述べたことを書いた」という警察官の法廷での証言を根拠に、自白は信用できるとした寺尾判決の誤りも取調ベテープで明らかになりました。

 また、取調ベテープによって、石川さんが警察官に1字1字教えられながら、ひらがなで文字を書いているにもかかわらず、正しくかけていないこともわかりました。

 同じく、第三次再審で開示された逮捕当日に石川さんが書いた上申書などとあわせて、当時の石川さんが部落差別ゆえに教育を受けられなかった非識字者であり、脅迫状を書けなかったことは明らかです。

 そもそも、部落差別による貧しさからほとんど学校に行けなかった石川さんは事件当時、文字を書いたり文章を作ったりする能力がほとんどありませんでした。

 石川さんが逮捕前に書かされた「上申書」では、簡単な漢字だけでなくひらがなにも誤りが見られます。

 事件当時の石川さんの書字能力では脅迫状は書けなかったのです。

 一方で、「脅迫状」は書字能力、表現力、文章の構成力などの高い人がわざと当て字を用いて書いたものであることがわかっています。

 さらに石川さんの「自白」では脅迫状・封筒を作成し数日間持ち歩き、被害者の殺害後に訂正し、被害者宅に届けるという一連の犯行のどの段階でも手袋を使用したことにはなっていませんが、脅迫状からは石川さんの指紋は一切発見されていません。

 また、軍手(手袋)の痕があることが明らかになっています。

 筆跡、書字能力、国語能力、脅迫状・封筒の状況から石川さんが真犯人でないことは明らかです。

◆ 「秘密の暴露」は無実の証明へ

 狭山事件の「秘密の暴露」として、鞄・万年筆・腕時計の三物証と、通行中の三輪自動車と駐車していた車があげられます。


 *殺害された女子高校生の死体の状況がどうなっていたのか、鞄や教科書がどう捨てられていたのか、石川さんはまったく知らなかったことが明らかになっています。

  取調べ録音テープの関 源三 巡査とのやり取りで石川さんは、「芳枝ちゃんはどうになっていたんべい。それを教えてくれればわかるんだ。」と聞いています。

  殺人事件の容疑者が警察官に遺体の状態を聞いているのです。

  石川さんは、死体がタオルで目隠しされ、手拭いで縛られていたことを知りませんでした。

  このこと自体、石川さんが犯人ではないことを証明しています。

  同じように、被害者の鞄や教科書がどのように捨てられていたのかも石川さんはまったく知らず、まさに無実の人間の証明、事件について何も知らなかったことの暴露以外のなにものでもないということが明らかになっています。

  それと同時に、取調官らが誘導してウソの自白をさせたことも証明されています。


 *2010年に証拠開示された取調べ録音テープのやりとりでは、警察官に鞄の中身を入れたままかどうかと聞かれ、石川さんは、「入れたまま」と実際の発見状況と違う答えをしています。

  それに対して、関巡査から「本や何かあったんだ」と言われて、石川さんは「あったの?」と聞き返しています。

  そして、関が「うん」と答えると「それじゃあ知らねぇよ」と言っています。

  さらに警察官に「鞄、出して埋めたのか、鞄だけは別に埋めたのか?」と聞かれて、石川さんは「鞄はすぐそばにありますよ、そいじゃあ」と答えています。

  「そいじゃあ」という答え方に、石川さんがカバン、教科書の捨てられていた状況について、まったく無知であり、鞄を捨てたという体験を述べたものではないことが表れています。

  真犯人ならこれらの捨て場所を忘れたり、間違ったりすることは考えられません。

  すでに自白しているのですから、嘘をついて鞄の捨て場所をごまかす必要もないはずです。

  石川さんが、鞄とその中の教科書・ノート類が別々に捨てられていたという状況を知らなかったということは、石川さんが犯人でないことを示す「無知の暴露」です。

  捨てられた状況を知らず、鞄は教科書と一緒にあるものと考えていた石川さんが、警察官の誘導によって別々に捨てたように自白させられていったのです。

  鞄発見は「秘密の暴露」ではなく、むしろ、ねつ造の疑いが色濃く現れています。


 *2017年3月、開示された当時の航空写真上に、土地家屋調査士という専門家によって自白の鞄処分地点が特定され、実際の発見場所とまったく違う場所であること、自白が虚偽であり、「鞄発見」が自白にもとづいて物的証拠が発見された秘密の暴露とはとうてい言えないことが明らかになりました。(流王報告書)


 *万年筆は、自白の際に石川さんが書いた図面をもとに家宅捜索をした結果、被害者のものとされる万年筆が発見されたことになっています。

  このメモを赤外線撮影して検査したところ、石川さんが書いた部分は自宅の間取りの輪郭と「をかてのいりぐち」等の文字だけで、万年筆を置いた場所については何ら書かれていません。

  それについては捜査官のペン書きのみであることが判明しました。

  万年筆の疑間は、同じように自白にもとづいて発見されたというカバン、腕時計の疑間を深めることにもつながります。


 *また、脅迫状を届けに行く途中に鎌倉街道で三輪自動車に追い越されたとの自白が秘密の暴露の一つとされています。

  確定判決は、この車の走行が6月21日の自白調書より後の捜査によって確認されたから秘密の暴露と認定していますが、2015年7月21日に開示された手拭配布先に関する捜査報告書から、当時の捜査本部が逮捕のずっと以前にこの車の存在を知っていた事実が明らかとなりました。

  この三輪自動車に同乗していた男性の5月1日の行動が記録されており、捜査当局が三輪自動車の存在をすでに5月7日に知っていた事実を示す同日付の捜査報告書の存在が明らかになりました。

  さらに、石川さんの自白では、脅迫状を届けたときに被害者宅の隣の家の前に車が駐車しているのが見えた、となっています。

  この自白と一致する車の駐車をしていたという証言があり、これは自白によってはじめてわかった犯人しか知らない「秘密の暴露」だとして、確定判決は有罪証拠のひとつにあげました。

  この車の駐車に関する当時の捜査書類の開示から、脅迫状が届けられたのは午後7時半頃となっています。

  しかし、捜査報告書には被害者宅周辺の当初の聞き込み捜査で、この時刻前後に車の駐車があったという聞き込みは得られなかった、と記載されていました。

  さらに、車の駐車を目撃した人や車を駐車していた男性自身の当初の供述では、車の駐車が午後7時半ではなく、もっと早い時間帯であることも判明しました。

  弁護団は、狭山現地での検証を実施した結果、車の駐車が当日の午後4時半~5時頃と考えられることを明らかにし、脅迫状が届いた時間や自白と一致せず、車の駐車を「秘密の暴露」とした有罪判決が誤りであることを証明しました。

  また、当時の被害者宅前道路と同じような街灯のない道路上でおこなった検証で、そもそも午後7時30分頃に、自白のように約60メートル離れた場所に駐車した車が見えない、色もわからない、ということも明らかになりました。

  これらの証明により「秘密の暴露」なるものはすべて崩壊状態となっています。


[証拠ねつ造の一例]

 殺害にあたり、被害者は手拭いで後ろ手に縛られ、麦畑の農道に埋められていました。この手拭いは、地元の米穀店が毎年新年に得意先に配布しているもので、この年は165本が配られました。

 捜査本部はすぐにこの手拭いの配布先を調べた結果、155本が回収され、すでに使用されている3本を現認しました。犯行に使われたのは、残る7本のうちの1本であることは間違いありません。

 石川さんの家にも1本配布されており、のし袋をつけた未使用品の状態で警察に提出しています。

 本来ならばこの段階で、石川さんと事件は関係ないことになります。

 ですが、どうしても石川さんと犯行を結びつけたい検察は、「テレビニュースで手拭いが使われていることが報道されたのをみて、石川の家人が義兄の石川仙吉宅か、近所の家から調達して警察に提出した」という主張をしました。

 しかし、義兄・石川仙吉さんの家も手拭いは保管してあって警察に提出しています。

 そこで検察は、義兄のうちには2本配られていたと主張をしていました。

 ところが2013年に開示された手拭いに関する捜査報告書によって、捜査官が石川さんの家に手拭いが保存されているのを現認したのは、5月6日の午後0時20分であることがわかりました。0時2分から50秒のニュース報道から警察官の現認までの時間は約17分しかありません。その間にあわてて義兄の家に走り、手拭いを受けとって自宅に駆け戻り、捜査官に提出した、というような話は成り立ちません。

 また、開示された捜査資料のなかの米屋の手拭い配布先一覧表には、石川仙吉の欄に「1」と表記されていたものが「2」と改ざんされていたこともわかりました。

 警察による手拭い捜査は、石川さんを犯人に仕立て上げるための証拠ねつ造になっていることは明白です。


 

参考リンク「発見万年筆の証拠能力を大きく突き崩す新証拠 下山鑑定について」

 弁護団は8月22日に、万年筆のインクに関して、デンマテリアル㈱色材研究所の下山進氏(吉備国際大学前副学長)の鑑定書を提出しました。

 この鑑定書は、有罪の重要証拠とされてきた万年筆が「被害者のものではない」ことを科学的に明らかにした決定的な新証拠です。

 狭山事件では、これまで被害者の所持品である万年筆が石川さんの自白どおり自宅のカモイから発見され、これが犯人であることを示す決定的な証拠とされてきました。

 発見された万年筆については、起訴後に科学警察研究所の荏原秀介技官がおこなった鑑定(荏原第1鑑定)で、発見万年筆のインクが、被害者が使っていたインク瓶や被害者の日記の文字のインクと異なるという鑑定結果が出ていました。しかし、控訴審・上告審ではこの鑑定は証拠として調べられず、石川さん宅から発見された万年筆は被害者のものとして有罪判決が確定してしまいました。

 その後、弁護団は再審請求で、荏原鑑定や被害者の日記、事件当日に書いたペン習字浄書などを新証拠として提出し、インクの違いは万年筆が被害者のものではないことを示すものだと主張しましたが、第一次、第二次再審請求の棄却決定は、発見万年筆のインクが、被害者の級友のインクや狭山郵便局のカウンター備え付けのインクと「類似する」という荏原技官の追加鑑定(荏原第2鑑定)を持ち出して、被害者が当日、級友のインクあるいは下校時に立ち寄った郵便局でカウンター備え付けインクを入れた可能性があるとして棄却しました。

 第三次再審では、裁判所の証拠開示勧告にもとづいて、2013年7月に被害者のインク瓶が証拠開示され、弁護団はこの写真をもとに調査をすすめたところ、被害者が使っていたインクは、従来その色から「ライトブルー」とよばれてきましたが、当時販売されていた「ジェットブルー」という商品名であることをつきとめました。

 下山鑑定は、当時と同じインクを用いて実証実験をおこない、科学警察研究所の検査方法で、微量でもインクが混在すればその成分が検出されることを確認し、その上で、事件当時に科警研がおこなったインクの鑑定を精査・検証し、石川さんの家から発見された万年筆に被害者が事件当日まで使っていたジェットブルーインクがまったく入っておらず、ブルーブラックインクのみであることを明らかにしました。

 これは発見万年筆が被害者のものではないことを証明しています。

 被害者のものではない万年筆が石川さんの家から発見されたということは何を意味するのでしょうか?

 ベテラン警察官らによる2回の徹底した家宅捜索で発見されなかった万年筆が、3回目の家宅捜索(14分)で、高さ175.9cm 奥行き8.5cmのお勝手入口の鴨居で見つかる。

 そして、石川さんの兄の六造さんに素手でとらせるという発見経過の不自然さ、万年筆からは被害者の指紋も石川さんの指紋もまったくない、という不思議さと総合的に見れば、万年筆は警察によってねつ造されたと考えるほかありません。

 被害者の万年筆にブルーブラックインクが補充されたなどというこれまでの再審棄却決定の言い方はもはや通用しません。

 発見万年筆が被害者のものではないということは、殺害後に被害者のカバンから万年筆を筆箱ごと持ち帰り、自宅のお勝手入口のカモイに万年筆を置いていたという石川さんの自白が虚偽であることを示しています。

 下山鑑定は、自白の虚偽と捜査の不正(ねつ造の疑い)を明らかにしたといえます。


 

「川窪鑑定」

参考リンク「万年筆のペン先が違う 川窪鑑定」

 証拠の万年筆は事件と無関係です。

 犯人の残した脅迫状は、身代金を持ってくる日付と場所が訂正されていました。

 有罪判決は、石川さんが殺害後、その場で被害者の万年筆を奪い、脅迫状を訂正し、脅迫状を届けた後、自宅に持って帰って鴨居の上に置いていたと認定しました。

 しかし、万年筆の専門家の川窪鑑定人は、証拠の万年筆のペン先は「細字」であり、脅迫状の訂正箇所の万年筆は「中字」のペン先であることを科学的に証明しました。(川窪第三鑑定)

 石川さんの家から発見された万年筆は、被害者のものでもなく、脅迫状の訂正に使われたものでもないのです。

 証拠の万年筆は事件とまったく関係のない、ねつ造された証拠です。


 

 万年筆発見を「秘密の暴露」とした有罪判決に大きな疑問が生じています。


 *発見万年筆のインクは被害者が使用していたインクと違う(下山鑑定)


 *発見万年筆は脅迫状の訂正に使われたものではない(川窪鑑定)


 *万年筆には石川さんの指紋も被害者の指紋もない、殺害後に被害者から奪って

  自宅に持ち帰ったという自白が虚偽である疑いがある


 *日常文字を書くことの少なかった石川さんが万年筆を持ち帰り

  隠しておくこと自体が不自然


 *万年筆発見のもととなった石川さんが書いた略図に

  警察官による改ざんの疑いがある(取調べテープ、略図の赤外線写真等)


 *徹底した家宅捜索で鴨居の万年筆を見落とすことは考えられない。

  自白によってはじめて発見されたことに疑問がある。(元警察官の報告書等)


 *「家宅捜索時に鴨居に万年筆はなかった」と元刑事が証言している


 このような自白の信用性、真実性に対する疑問、捜査の不正の疑いが明確に生じているということが明らかになっている今、裁判長は万年筆の疑問を総合的に評価し、早急に事実調べ、再審を開始するべきです。


 

参考リンク 「99.9%別人によって筆記されたもの 福江報告書」

 2018年1月15日、弁護団はコンピュータによる筆跡鑑定などの新証拠6点を提出しました。

 これにより、第3次再審請求における新証拠は197点となりました。

 提出された新証拠は、福江潔也・東海大学教授による「脅迫状と上申書間におけるコンピュータによる筆者異同識別」などの報告書、魚住和晃・神戸大学名誉教授による筆跡についての意見書、石川さんが5月21日に上申書を書いた際に立ち会った警察官の報告書などです。

 福江報告書は、「犯人が届けた脅迫状」と「石川さんが書いた上申書」および「石川さんが浦和拘置所にいた時に書いた手紙」を検査対象として、コンピュータによる筆者異同識別を行なったものです。

 福江鑑定人は、脅迫状と上申書・手紙は「99.9%の識別精度で別人が書いたものと判定するのが合理的」と結論づけました。

 有罪判決の決め手となった脅迫状は、石川さんが書いたものではないということが最新の科学的方法によって明らかにされました。

 魚住意見書は、警察の筆跡鑑定の中間回答が誤っている上に、明らかに石川さんを狙い撃ちし犯人と決めつけ、「筆跡は同一」とする鑑定の中間回答を急いで作らせて強引に逮捕し、自白を迫るという予断に満ちた不当な捜査であったことを明らかにしたのです。


 

 2015年1月22日、東京高検は、供述調書や捜査報告書などを除く、「証拠物の領置票」というものを開示しました。

 この「証拠物の領置票」は、これまでに裁判所に提出されたもの、すでに開示済みのものも含む証拠物279点が記載されている一覧表です。

 「証拠リスト」の開示は、徹底した証拠開示のためには絶対に必要なものであり、弁護団はこの「証拠物の一覧表」をもとに、証拠開示をさらに進め、寺尾判決があげた有罪証拠、警察の鑑定が誤っていることを科学的に明らかにする新証拠を積み上げて、再審開始を勝ち取っていく方向で奮闘しています。

 有罪判決の根拠とされる重要な証拠の開示が焦点化する中、弁護団は、ルミノール検査報告書や犯行現場を撮影した8ミリフィルムなどをはじめ、殺害現場が雑木林であることを裏付けるための捜査に関するすべての証拠の開示などを求めてきました。

 しかし、検察官は「不見当(見当たらない)」などと不誠実な対応に終始しています。

 また、弁護団は、東京高検以外の狭山警察署や埼玉県警、浦和地検等の官庁が保管する証拠物の一覧表交付勧告の申立書を高裁に提出し、高検以外で保管されているすべての「証拠リスト」の開示を高検に求めていますが、「東京高検が保管している証拠物の一覧表に記載されているもの以外の証拠物はない」と抵抗しています。

 門野裁判長による証拠開示勧告で求められた「ないのであるならば、その理由の合理的説明をせよ」との要請を反故にした不誠実な姿勢を取りつづけています。

 実況見分調書にも存在が明らかな8ミリフィルムなどの証拠物が、高検保管の「一覧表」に含まれていない以上、すべての証拠リストの開示が行われなければなりません。

 「一覧表」に記載されている証拠物の収集過程からも高検以外に隠されている証拠が膨大にあることは明らかであり、供述調書や捜査報告書類なども含めた「東京高検以外に保管されている証拠物の一覧表」を開示させることが急務です。

 現在も三者協議における証拠開示の攻防は続いており、予断は許されない状況にあります。


 

 すべての証拠物の一覧表を開示させ、東京高検からさらなる重要証拠の開示を勝ち取れるか、東京高裁に証拠開示で明らかになった新証拠、証人・鑑定人尋問、現場検証などの事実調べを実施させられるか、ということが、最大の正念場である狭山再審闘争の重大な焦点となっています。

 足利事件、布川事件、東電社員殺害事件、袴田事件など、相次いだ再審開始の鍵となったのは、検察官手持ちの証拠開示です。

 再審で無罪となった足利事件では、取り調べ録音テープがずっと隠されていました。

 布川事件でも、検察官がもっていた証拠の開示によって無実の証拠が発見され、東電社員殺人事件でも、検察官が隠していた現場遺留物が開示され、再鑑定の結果、ゴビンダさんの無実が明らかになりました。

 袴田事件のアリバイ証言の隠蔽や「ない」と回答されていた写真「ネガ」、犯行時に着用されていたとされる「5点の衣類」 関連の証拠、DNA再鑑定等々、冤罪事件のすべてに共通するともいえる再審勝利の教訓は、検察官手持ち証拠の開示が何よりも重要で、公正な裁判のためには絶対に必要であるということです。

 狭山事件においても、これまでに開示された証拠によって、鞄、腕時計、自白の疑間がつぎつぎと明らかになりました。

 裁判所の勧告によって被害者のインク瓶が50年ぶりに証拠開示されたことがきっかけで被害者が使っていたインクがジェットブルーであることが判明し、下山鑑定などの決定的な新証拠につながっていきました。

 再審請求において検察官手持ち証拠の開示は絶対不可欠です。開示されていない重要な捜査資料がまだ沢山あります。

 検察官が隠し持つ証拠の開示の要求は引き続き重要な闘いです。

 東京高検に対して弁護団が求める埼玉県警・浦和地検の証拠物一覧表や殺害現場に関する捜査報告書一式、万年筆、財布等に係る証拠開示請求にすみやかに応じさせていくために、高検への証拠開示、高裁への証拠開示勧告を求める更なる世論拡大を図っていくことが現段階において極めて重要です。

 再審請求においては、制度として新証拠が必要要件となっていることから、弁護側への証拠開示の保障は絶対に必要です。

 新証拠の発見の可能性がある以上、検察官手持ち証拠を弁護側が利用できるように保障することは再審制度の理念から当然のことです。

 そして、実際に免田事件や布川事件、東電社員殺害事件など、これまでの再審無罪のどれを見ても、証拠開示が真相解明の重要なカギとなっているという事実があります。

 昨年、通常裁判での証拠一覧表を弁護側へ交付する制度を導入する刑事訴訟法改正がなされましたが、改正刑事訴訟法「附則」では、「今後再審における証拠開示を検討する」と盛り込まれ、各級裁判所に周知されました。

 再審手続きを公正・公平なものに変えていくため、私たちはすべての冤罪者や支援者とともに、再審法改正論議を注視しながら、取り調べの可視化や証拠開示の法制化を求める闘い、すべての冤罪の廃絶の闘いに連帯していかなければなりません。

 また、狭山事件においては、寺尾判決以後43年以上、鑑定人尋問や現場検証などの事実調べが一度も行われていません。

 そして、有罪の結論ありきの認定が繰り返され、再審請求が棄却されているのです。

 万年筆の問題などは不当性の最たるものです。

 第二次再審・特別抗告棄却決定(最高裁・2005年)では、万年筆発見場所は「視点の位置や明るさによっては見えにくい場所」「意識的に捜すのでなければ見落とすような場所」などとして、3回目の捜索での発見を不自然ではないとして再審を認めませんでした。

 発見万年筆のインクの違いについても、「違うインクが補充された可能性がある以上、被害者のものでないとは言えない」と決めつけています。

 鴨居の現場検証をすれば一目瞭然、下山鑑定人の尋問をすれば明々白々です。

 有罪判決が証拠の主軸とした脅迫状について、石川さんが当時非識字者であり、脅迫状を書けるはずがないことを明らかにした森鑑定、魚住鑑定、取調べ録音テープから、石川さんが犯行内容を何も知らず、脅迫状の当て字も死体の状況も説明できていないこと、自白調書は客観的事実とくいちがい、石川さんの自白は、捜査官があらかじめ知り得た情報にもとづいて自白を誘導し、自白は作られたものであることを明らかにした浜田鑑定や脇中鑑定、そして、発見万年筆は被害者のものではないことを証明した下山鑑定、脅迫状訂正は被害者の万年筆で行われたものではないことを証明した川窪鑑定等々、裁判長は即刻事実調べを行うべきです。

 第二次再審段階においても、「鴨居をさがしたが何もなかった」という家宅捜索を行った当時の警察官自身の証言や、事件当日に「殺害現場」の隣の畑で農作業をしていたOさんの重大な証言が裁判所に出されています。

 石川一雄さんが冤罪を叫んで54年、これだけ長い年月が経ちながら、そして無実を示す証拠が大量に明らかにされながら、事実調べが行なわれない裁判を絶対に許すわけにはいきません。

 今度こそ、何としても事実調べを行なわせなければなりません。


 

除夜の音に
心に秘めて誓いたて
55年の今時に懸け

,

 2018年新年メッセージに寄せて石川さんが詠んだ歌です。

 石川さん自身が「気を弛めず、司法に対し、真実を究明すべき法廷を開き、事実調べを迫っていけば必ず勝機は見いだせると確信のもとで今年も全力で闘って参る決意」を固め、「弁護団の正当な証拠開示請求にもかかわらず、検察官は『必要性がない』などと開示に応じようとせず、遅々として重要な証拠の開示が進まぬ現実を直視すれば、或いは検察当局は、私が死ぬのを待っているかの如くさえ感じてしまいます。

 だとすれば、私は意地でもとことん長生きしようと、常に自分を戒め、言い聞かせ、冤罪を晴らし、完全勝利するまで権力に対峙して参る所存であります」と述べています。

 そして石川さんは、言い尽くせぬ悔しさと再審への思いを胸に、全国各地で部落差別にもとづく権力犯罪に対する闘志をあらわにして訴え続けています。

 「時の国家公安委員長の『……生きた犯人を……』の声に端を発し、そして何が何でも犯人をと焦った警察は、憲法の精神を無視し、被差別部落民で無学な私を生贄にすべく別件逮捕し、代用監獄の中で、甘言、脅し等で自白を強要、また証拠を改ざん、捏造したり、隠蔽することによって人権を蹂躙したのであります。

 ……私自身、検察官に隠し持っている証拠の開示を強く迫って参りますが、なかでも高検以外の隠し持っている証拠物リストの開示や、高裁に下山鑑定書等の鑑定や鑑定人尋問、事実調べをさせることを強く訴えたいと思います」

 お連れ合いの早智子さんも全身全霊、狭山再審勝利に向けた闘いに身を投じ、全国を駆け回り、石川無実、狹山の真実を訴え続けています。

 「最後の裁判」と決意を固める石川一雄さん79歳・早智子さんの思いに応え、一刻も早く再審開始を勝ち取ろう。


 

 狭山第三次再審の闘いは、審理の段階としては最大の正念場を迎えています。

 しかし、再審開始を一日も早く勝ち取るための闘い方としては、粘り強く、地道に、地域・職場での取り組みを一歩一歩広げていくことが重要です。

 また、狭山の闘いは、石川さんの無実を勝ち取る闘いと同時に、被差別部落出身者が安心して自身を語ることができる地域・職場づくり、差別による分断をゆるさない地域・職場づくりの大切さを私たちに教えています。

 石川さんの連れ合いの早智子さんは、自身が起ち上がり部落解放運動そして狭山事件と向き合えたのは、「部落を語れる職場があった、部落差別と闘う仲間がいた、労働組合があったから」だと語っています。

 部落差別の現実と被差別部落出身者の切なる思いを礎に、差別と闘う地域・職場をつくっていこう。

 狭山事件の根幹にある部落差別は今も厳然と存在しています。

 「みえない手錠」は、石川さんだけではなく、部落差別に苦しむ人たち全てにかけられています。

 地域・職場において部落差別撤廃と狭山再審の闘いをともに進めていくことが大切であるという深い認識をもって取り組みを進めていきましょう。


 

 証拠開示勧告がなされ、35回の三者協議が積み重ねられる中、191点の証拠を開示させ、石川さんの無実を証明する事実が次々と明らかになってきている今、狭山再審闘争の歴史の中でも最大の正念場であることは間違いありません。

 しかし、1974年10月の寺尾差別判決から今に至る43年間が、私たちに油断を許さぬ闘いを要請しています。過去の棄却決定の轍は絶対に踏まぬよう、緊迫した状況が続く中で事態を打破して再審開始を決定的なものにするためには、重要証拠が大量に隠されている未開示証拠の山から、質量ともに一段の証拠開示を勝ち取る闘いを積み重ねていくことが不可欠です。

 そして、事実調べ実施を求める運動と国民世論のさらなる拡大を図っていくことが何よりも重要です。

 2018、狭山事件の再審実現に向けて最大の焦点となるのは、高検以外が保管する「全証拠リスト」の開示、検察官への証拠開示勧告、事実調べ実施です。

 証拠リストの開示から重要証拠を開示させ、裁判所に事実調べをさせることができれば、一気に再審開始に向かう流れをつくることできます。

 裁判所は43年以上、事実調べをまったく行っていないのです。

 重要証拠の「不見当」を許してはなりません。

 無いなら何故無いのか、合理的説明を、と要請した門野裁判長の証拠開示勧告を反故にする検察官の姿勢を許してはなりません。

 合理的(明白な)疑いが生じ、証拠の偽造・ねつ造までが明らかとなっている今こそ、事実調べを行い、再審を開始するべきです。

 石川さん自身が訴えているように「事実調べが行われれば、確定判決の矛盾と私の無罪は白日の下にさらされる」そうなれば再審開始を阻むことは誰にもできません。

 確定判決理由に合理的疑いが明確に生じ、数々の証拠のねつ造までが明らかになっているならば、「無辜の救済」という再審制度の理念にのっとり、「疑わしきは被告人の利益に」とする刑事裁判の鉄則を遵守し、植村裁判長は司法の正義・社会的使命を自ら実現すべく当然のこととして、再審を開始しなければなりません。

 冤罪・狭山55年を迎えてしまう2018年、東京各地での取り組みの強化・拡大・深化を図り、2018年こそ、再審開始を勝ち取ろう。


 私たちは、最大の正念場・山場を迎える2018年を、石川一雄さんの55年の思いを胸に、2018年を「事実調べ実現・再審開始の年」と位置づけ、当面する闘いの重要課題である検察庁の「証拠隠し」を打破し、東京高検以外の官庁で保管する証拠物の一覧表の開示をはじめ、すべての証拠リスト・証拠の開示を徹底して求めていくこと、そのためには、裁判長に検察官に対して証拠開示勧告を発せさせることが重要です。

 また、確定有罪判決が崩壊状態にあることを踏まえ、鑑定人・証人尋問・現場検証などの具体的な事実調べを行わせられるかどうか、ということが再審開始の鍵を握っています。

担当裁判長の交代

 2017年末、狭山事件を担当している東京高裁・刑事4部 植村稔裁判長が横浜地裁所長に異動し、後藤眞理子裁判長(元大阪高裁部総括判事)に交代しました。

 後藤眞理子裁判長は、2017年12月20日、滋賀県東近江市の湖東病院で患者が死亡した事件で、元看護助手の再審を認めた裁判長です。

 植村裁判長が狭山事件を担当したのが2015年6月。2年半が経過しており、注視していたものの、冤罪55年、2018年再審開始!完全勝利へと、植村裁判長への事実調べ要請を軸に、来年こそ勝負!と態勢を固めてきました。

 無実を明らかにする科学的な鑑定が次々と出され、裁判長が変わろうとも確定判決が完全に崩壊している現状に変わりはありません。

 しかし、司法反動を甘くみることなく、あらゆる油断を一切排して、闘いを進めていかなければなりません。

 東京高裁第4刑事部・後藤眞理子裁判長に対して、全証拠開示勧告・事実調べ実施を強く求める要請ハガキ運動を大きく展開しよう!

 東京における狭山再審闘争の結集軸となっている東京実行委員会は、東京高裁第4刑事部・後藤眞理子裁判長に向けて「狭山事件の事実調べと東京高検への全証拠開示勧告」を求める要請ハガキ運動を2018年初頭から展開します。


 具体的な要請内容は以下の通りです。




 ① 狭山事件の事実調べと東京高検への全証拠開示勧告を強く求めます。

   「下山鑑定」は、石川一雄さん宅から発見された万年筆が被害者のものではない

   ことを科学的に明らかにした重大な新証拠です。

   私は、嘘の自白誘導と証拠のねつ造ではないかとの疑念を拭いきれません。

   万年筆のインクは、被害者が事件直前まで使っていたインクと色が違います。

   判決では補充された可能性を推論していますが、インクが混じった痕跡は

   ありません。発見万年筆はねつ造です。下山鑑定人の尋問をおこなって下さい。




 ② 狭山事件の事実調べと東京高検への全証拠開示勧告を強く求めます。

   事件の当日、同時刻に「殺害現場」の隣の畑で農作業をしていたOさんは

   「人影もみていない、悲鳴も聞いていない。そこで殺人が行われたなど

   信じられない」との証言をしています。

   被害者は本当にその「現場」で殺害されたのでしょうか?

   「自白」以外に殺害現場を特定する証拠はあるのでしょうか?

   殺害現場を特定する物証を出してください。

   Oさんの証人尋問と現場検証をおこなって下さい。




 ③ 狭山事件の事実調べと東京高検への全証拠開示勧告を強く求めます。

   開示された取調べ録音テープの筆記場面での取調官とのやりとりから

   石川一雄さんはひらがなも書けない状況がわかります。

   同じく、開示された逮捕当日の石川さんの上申書と脅迫状の筆跡は

   明らかに違います。

   また、脅迫状の訂正は被害者の万年筆でおこなわれたことになっていますが

   訂正箇所のペン先は被害者の万年筆ではない中太のペン先であるとの

   科学的証明もされています。

   筆跡鑑定の証拠調べ、森、魚住、川窪鑑定人への鑑定人尋問を行なって下さい。




 ④ 狭山事件の事実調べと東京高検への全証拠開示勧告を強く求めます。

   2度の徹底した家宅捜索(のべ26人、計4時間25分)で発見されなかった

   「万年筆」が、3度目に証拠物名を明かした上で数分で簡単に見つかったなんて

   信じられません。

   しかも、万年筆からは被害者の指紋も、石川一雄さんの指紋も検出されず

   発見時に素手で取らされた石川さんの兄の指紋しかないなど、この証拠物と

   発見・捜索過程に大きな疑念を持たざるを得ません。

   家宅捜索にあたった複数の元警察官が

   「発見された場所は責任を持ってしっかりと調べたが、万年筆はなかった」

   と証言しています。

   万年筆の発見経過を含め、現場検証、元警察官の証人尋問をおこなって下さい。




 ⑤ 狭山事件の事実調べと東京高検への全証拠開示勧告を強く求めます。

   新証拠の発見を要件とする再審制度の趣旨からも検察官の手持ち証拠の開示は

   当然のことです。

   弁護団からの重要証拠の開示要求に「不見当」や「開示の必要性なし」を

   繰り返す検察官の姿勢は極めて不誠実です。

   埼玉県警や浦和地検等の「証拠物の一覧表」を弁護団に提示するよう

   検察官に勧告して下さい。

   国民および弁護団が求めるすべての証拠の開示を東京高等検察庁に対して

   勧告して下さい。


要請ハガキひな形(PDF)のダウンロードはこちらから


 

pagetop