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第二十一 佐野屋付近の畑地内の地下足袋の
足跡痕についての原決定の誤り      

       

一 はじめに

 原決定は,弁護人提出の井野・湯浅鑑定および原審において提出した山口・鈴木鑑定,同補足意見書の信用性を否定し,「関根・岸田鑑定書の鑑定結果に依拠して,押収地下足袋と現場石膏足跡の証拠価値を認め,これを『自白を離れて被告人と犯人を結び付ける客観的証拠の一つであるということができ(る)』と判示した確定判決の判断に誤りは認め難い」と判示したが,以下の理由で誤りである。

二 弁護人提出の各鑑定と証拠の総合的評価

 井野第1鑑定の結論 − 現場足跡は押収地下足袋より大きい。
 井野第2鑑定の結論 − 移行ズレを考慮しても大きさの違いは説明できない。
 井野・湯浅鑑定の結論 − 「破損痕」は土のひび割れに石膏が流れ込んだみだれ模様である可能性がある。現場足跡と対照足跡のそれぞれの「あ号破損痕」とされる部分は立体形状が相違する。
 山口・鈴木鑑定の結論 − 3号足跡の「あ号破損痕」とされる部分には通常の足跡印象では説明がつかない「張り出し形状」が見られる。現場足跡には証拠価値はない。関根・岸田鑑定は平面写真上で「破損痕」が一致するとしたが,3号足跡と対照足跡を立体として重ね合わせると3次元形状に相違がある。
 同補足意見書の結論 − 関根・岸田鑑定の3角形測定は「破損痕」の開始終点の特定がされておらず「誤差の範囲」以前の問題がある。測定値がほとんど一致していることに恣意性すら感じる。
 これらの鑑定を総合的に評価すれば,関根・岸田鑑定の信用性は大きく揺らいでおり,同鑑定に依拠して足跡を客観的証拠とした確定判決の事実誤認は明らかである。以下,山口・鈴木鑑定及び同補足意見書を中心に原決定の誤りを明らかにする。

三 山口・鈴木鑑定,同補足意見書に対する評価の誤り

1 はじめに

  原決定は,山口泰・鈴木宏正共同作成の「3次元スキャナを用いた足跡石膏型の計測に基づく鑑定書」及び「補足意見書」に対し,「未だ関根・岸田鑑定書の信用性を揺るがすものではない」と消極的な評価をしている。しかし,この評価は,明らかに誤りである。その理由は,次のとおりである。

2 山口・鈴木鑑定,同補足意見書の意義

 山口・鈴木鑑定は,3号足跡の3次元分析によって,3号足跡全体にわたって滑り止め横線模様が不明瞭で,瘤状の隆起が多数あり,また関根・岸田鑑定で「あ号破損痕」と命名された部分の踵寄りに張出し形状があること,及び縫い目の外周の溝等も不鮮明であること等から,3号足跡は不鮮明で,本件地下足袋によって印象されたとの結論を導き出せる証拠価値はない,と鑑定している。
 地下足袋も足跡も立体であるから,平面観測に比べて,より精度の高い分析ができることはあまりにも当然であり,このような立体分析を科学的な方法で行った山口・鈴木鑑定,同補足意見書の科学性は高く,そのような科学分析の結果導き出された上記鑑定結果は,関根・岸田鑑定が信用できないことを証明して余りある。

3 「あ号破損痕」の鮮明性の欠如と原決定の誤り

 このように,山口・鈴木鑑定が立体的な科学分析によって3号足跡における「あ号破損痕」の不鮮明さを明らかにしているにもかかわらず,原決定は,この山口・鈴木鑑定の鑑定結果を正面から真摯に検討することすらせず,原原決定と同様,何の理由も示さないまま,3号足跡には「あ号破損痕」が印象されていると結論づけている。これは「先きに結論ありき」とも言うべき極めて非科学的な独断をあえて犯すものとの批判を免れない。
 原決定は,このように山口・鈴木鑑定の肝心要の点の判断を意図的に回避したうえで,次のような理由で,「関根・岸田鑑定の信用性を揺るがすものではない」と結論づけている。その理由として挙げられているのは,(ア)竹の葉模様後部の3本の横線は明瞭に見てとれる,(イ)3号足跡と対照用足跡の同一性の判断をするため,関根・岸田鑑定が行った,3本線のうちの中線の端を基準として「あ号破損痕」と「あ号破損」の両端の2点を結んだ3角形を描いて両者の相対的位置を比較して得られた類似性があるとの鑑定結果は,その妥当性を否定できない,という2点に尽きる。しかし,いずれも,誤りである。
  (ア)について − 「3本線が明瞭に見て取れる」としても,「あ号破損痕」が鮮明らか不鮮明であるかは,全く別問題である。ところで,3本線というのは地下足袋裏によくあるありふれた横線模様の一部に過ぎず,それが印象されていたからといって,地下足袋固有の特徴が印象されているとはいえない。問題は,本件地下足袋固有の特徴とされる「あ号破損」が足跡に印象されているといえるかどうかである。したがって,本件地下足袋の3本線が印象されていることを理由に,「あ号破損痕」とされる部分が不鮮明であるとの山口・鈴木鑑定の鑑定結果を否定することはできない。
  (イ)について − 3角測定の結果3号足跡と対照用足跡とが類似しているとの関根・岸田鑑定の鑑定結果が正当なものであるといえるためには,当然の事ながら,その前提として,3号足跡の「あ号破損痕」とされる部分が鮮明に印象されていなければならない。しかるに,原決定は,前述したとおり,その部分は「あ号破損痕」が存在しているといえる程度に鮮明であるとの誤った結論を前提に,3角測定に基づいて類似性が認められるとして,関根・岸田鑑定は信用できるとしているのである。しかしながら,以下に述べるとおり,その前提そのものが誤っており,そうした誤った前提を基に出された結論もまた誤っているというべきである。

4 3次元形状の相違と原決定の誤り

 原決定は「3号足跡と対照用足跡の同一性の判断において,3次元空間での形状の厳密な意味での同一性を決め手にするのが合理的かつ実際的か疑問なしとしない」という。その理由として,「地下足袋の底面自体の捩れや撓み,履く者の歩行上の習癖,地面の状況など,様々な要素が複雑に絡み合い,影響し合って印象されていると認められるのであるから,対照用足跡との間に誤差が生じる」から3次元形状の相違は決め手にならないと判示している。
 しかしながら,原決定のいうように,印象条件によって現場足跡の3次元形状と対照足跡の3次元形状とも誤差が生じるというのであれば,そもそも,それぞれの平面写真を比較することもまったく意味がなくなる。また,その結果,平面写真上でほぼぴったり3角形が一致したという関根・岸田鑑定の測定結果そのものが,恣意的なものである疑いがある,ということになる。このように,原決定は自己矛盾に陥っている。

5 「張り出し形状」の無視

 原決定は,「顕出面に同一性を否定すべき特徴要素が全く存在しないので,単なる類似性又は偶然性の一致等のものではないと判定している」という。しかし,山口・鈴木鑑定は,3次元スキャナを用いた立体形状の精緻な観察により,3号足跡の「あ号破損痕」とされた部位には,対照足跡には見られない,しかも,通常の印象では説明できない「張り出し形状」が存在していることをはじめて明らかにしている。「顕出面に同一性を否定すべき特徴要素」は存在するのであり,これは前記関根・岸田鑑定の判定が,写真による不十分かつ誤ったものであって,その結果,「張り出し形状」の存在に気付いていないことを明らかにする重大な指摘であった。にもかかわらず,原決定はこの点をまったく無視しており,明らかに誤った判断といわざるをえない。

6 「あ号破損痕」に対する立体分析の無視

 原決定は,「山口・鈴木鑑定書は,3号足跡に見られる「あ号破損痕」が生じた原因,機序については何ら記述するものではなく,また,本件地下足袋の「あ号破損」との類似性に関しては,足裏面に平行な面に投影して得られる(言い換えるならば,写真上で観察される)外縁の膨らみ方は,一見するとかなり類似しているものの,その高さには大きな違いがあると指摘するのみであって,具体釣な検討,分析は行われていないのであり,不十分のそしりを免れない」という。
 しかし,問題は,「あ号破損痕」が押収地下足袋の「あ号破損」によって印象されたものといえるかどうかである。
 山口・鈴木鑑定は,3号足跡に,3次元スキャナによる形状の観察によって,「90度以上の角度をもって庇状に張出した形状」(以下「張り出し形状」)の存在を指摘し,さらに,同補足意見書で,この「張り出し形状」が3号足跡の「破損痕」とされる部位の4分の1にも相当することを指摘している。そして,再度の足跡現物の観察もふまえた同補足意見書において,このような形状が元の足跡では「土中で横方向にえぐれた穴に相当」し,「裁判長から指摘があったように,通常の歩行動作を考える限り,このような足跡は不自然で,足跡の証拠価値に対する疑問は依然として強いものである」と指摘した上で,「当該部分に小石ないし土塊があって,その下に石膏が流れ込んだ可能性も否定できない。すなわち,破損痕とされる外側への膨らみ形状自体が地面の小石ないし土塊に起因するものとも考えられる」と指摘しているのである。
 山口・鈴木鑑定は,「高さに大きな違いがあると指摘するのみ」でなく,このように,「あ号破損痕」とされる部位に見られる「張り出し形状」の成因について分析をくわえ,かつ,独断に陥らないよう,慎重に「膨らみ形状の成因を特定することは困難であり,地下足袋自体の形状を写し取ったもの,すなわち地下足袋の破損という特徴を反映するものであるとは言えないことが改めて確認された」と結論づけているのである。原決定は,明らかに山口・鈴木鑑定,同補足意見書を矮小化,歪曲し,評価を誤ったものである。

7 関根・岸田の3角測定の誤り

 原決定は,関根・岸田鑑定の3角形測定による計測結果に対し,明らかに誤った評価を下している。
 山口・鈴木鑑定は,測定点となる「3点abcが特定されていない」こと,とりわけ,原決定が「3本線のうちの中線の端を基準として「あ号破損痕」と「あ号破損」の両端の2点を結び三角形を描くなどして,両者の相対位置等から,類似性の判断をしている」という時の「『あ号破損痕』の2点」は特定できず,関根・岸田鑑定自身,何ら特定した根拠を示していないという致命的な欠陥がある測定であることを指摘している。
 さらに,山口・鈴木鑑定は,3次元スキャナで得られたデータ上に関根・岸田鑑定の書いた3角形の3点を重ねることで,関根・岸田鑑定が書いた3角形が,実際の立体形状の3点の位置関係とずれていることも明らかにしているが,原決定はその問題にも触れていない。
 山口・鈴木鑑定は,3角柱による説明によって,どんなに立体形状が違ってもある平面から見れば一致しているような2つの形状はすべて一致していることになるという危険性,さらに,関根・岸田鑑定が測定値を出すために書いた3角形が実際の現場足跡の3次元形状上の3点の位置関係と相違している,いいかえれば平面上の3点は実際の形状を反映していないことを明らかにし,そのような平面写真(しかもさらに錯誤のはいりやすい白黒写真)による同一性判断の危険性をくりかえし強調したのである。
 原決定は,まったくこれを理解しておらず明らかに誤解している。山口・鈴木鑑定が指摘するとおり,原決定,原原決定が強調してやまない関根・岸田鑑定の測定値の一致なるものは,実際の3点間の距離,角度を測定したものではなく,平面に投影された写真上での測定であり,その測定値には何の意味もなく,むしろ一致していることに恣意性すら疑われるものである。
 原決定は,こうした3角測定に関する誤った評価により,関根・岸田鑑定を信用できるという誤った結論に陥ったことが明白である。

8 「誤差の範囲内」という誤り

 山口・鈴木鑑定が問題にしているのは,測定点が特定できていないことと写真上の測定が誤りだということなのであって,原決定が言う『誤差の範囲内』という以前の問題である。それどころか,むしろ,ほぼ一致したような測定値に恣意性の疑いさえある。
 原決定は,関根・岸田鑑定は「印象条件による誤差を考慮した」と評価している。しかし,関根・岸田鑑定は,「あ号破損痕」の開始終了2点にしても,何の根拠も示さず,特定しており,到底誤差を考慮したものとはいえない。
 また,原決定は,「印象された形状も同一ではなく誤差が生じるのであるが,各数値を見ると,同一の履物で足跡を印象した場合の許容範囲内の誤差であ」るというが,山口・鈴木鑑定,同補足意見書が指摘するように,「ここで問題となるのは,関根・岸田鑑定で,3点abcの特定方法が示されていない点である。測定誤差とは,再現可能な手法で(複数回)測定した際に,測定結果のズレが一定範囲内に収まることが保証されているとき,そのズレの範囲が測定誤差となる。aについては滑り止め模様の3本線のうちの中央線として特定できるが,破損痕とされる膨らみ形状の端点b,cについては,「破損開始点のほぼ中央部」と記述されているだけで,この点を正確に特定することはできない。つまり,bcの2点は如何様にも採ることが可能であり,何を測定しているのかを明らかにしていない。その意味で,関根・岸田鑑定の三角測定では,誤差を論じることはできないのである」「関根・岸田鑑定の三角測定では,何よりも測定対象が明確にされておらず,測定誤差を議論することに無理がある。また,測定方法も3次元形状を2次元の写真上で比較するという誤りを犯している。その意味で,関根・岸田鑑定には2重の問題がある」と指摘している。
 原決定は,これらの指摘に何ら答えておらず,著しく失当である。

四 小括

 関根・岸田鑑定は,「印象条件の違いによる誤差を考慮した上,各観点から比較検査を実施したものであって,その鑑定方法は,客観的妥当性のある信頼度の高いもの」とは到底言えず,それを根拠にした確定判決の事実認定には明らかに事実誤認ないし,その合理的な疑いがある。
 原決定は,新旧証拠の総合評価の上にたって,足跡についての確定判決の事実認定の再評価をせず,明らかに誤ったものであって,取り消しは免れない。

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