部落解放同盟東京都連合会

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第五 血液型についての原決定の誤り

      

【目次】

一 被害者の血液のABO式血液型検査について

二 被害者の膣内容物の血液型検査について

三 東京医科歯科大学助教授(当時)中嶋八良作成の平成元年2月28
  日付意見書について

四 原決定の判断について

        

一 被害者の血液のABO式血液型検査について               

1 「うら試験」の不施行

 原決定は,五十嵐鑑定が「うら試験」によって「おもて試験」の判定結果を確認しなかった点について,これを弱点と認めはしたものの,結論において「被害者の血液型をO型とする五十嵐鑑定の判定には,総体として,相当の信頼性が認められるというべきである。」としている。
 しかしながら,上山第2鑑定書が述べているとおり五十嵐鑑定はABO式血液型判定の基本にかかわる誤りを犯したことは明らかである。すなわち,「<うら試験>の履行は,当時の法医学の水準に照らしても,ABO式血液型判定には不可欠であった。血液は血球と血清から成っており,血球(赤血球)の型は<おもて試験>により,血清の型は<うら試験>により,それぞれ独立に判定し,それぞれの判定結果に矛盾がないことを確認してはじめて,その血液のABO式血液型が判定されるのであるから,五十嵐鑑定の判定方法が適正だったとは決して言えないことは明らかである。」としている。要するに「うら試験」を施行しないABO式血液型判定の結果は採用してはならないということである。「うら試験」の履行を必要とする点については,石山鑑定人においても同様である。すなわち,同鑑定人も「輸血の場合,かなり大きな病院でも0,02−0,3パーセントの血液型判定をあやまったという統計学的調査がある。だから,それだけ慎重に検査し,とくにオモテ試験とウラ試験を行なうようにすべきであろう。」と述べている(『血液型の話』,昭和54年1月,サイエンス社刊,12頁)。なお,木村鑑定人は「以上が生の血液を全血で検査した時に起こる誤判の五つの形である。この誤りを避けるためには早くからつぎの二つのことが指示されている。
 1 血液型検査は血球浮遊液で行なうこと,全血では行なわないこと。
 2 血球の抗原の有無を検査する(表試験)ことと,血清中の抗体(α,β)を検査する(裏試験)ことの両方を行ない,矛盾のないことを確かめること。
 ところが,専門家を除くほとんどの人は,手技として簡単な全血法で検査し,その上,裏試験も行なわないので,血液型の誤判が起こるのである。血液型の誤判は異型輸血につながることであるから,少しのミスも許されないことを肝に銘じておくべきである。」と注意を喚起している(『血痕鑑定』,昭和57年6月,中公新書,93頁)。病院レベルにおいてさえそうであるから,法医学レベルにおいては一層しかりである。「通常の研究室では,オモテとウラの両試験を行うことにしている。そうしておくと,検査の結果に間違いがない上,まれにみられるいろいろの珍しい血液型のチェックも可能となるからである。後で説明するcisAB型もこのような二重テストの結果みつけられたものである。」(石山前掲14頁)。

2 「おもて試験」に用いられた血清の凝集素価について

 原決定は,五十嵐鑑定が「うら試験」によって確認していないとしても,対照に用いられた既知のA型,B型の赤血球は,本件判定に用いられた凝集素価8倍の血清に対して,いずれもあるべき凝集反応を示しているのであるから,本件被検血液の反応結果について「それ相応の信頼性はあると認めてよい」としている。
 しかしながら,五十嵐鑑定が判定用抗血清として凝集素価8倍のα血清とβ血清とを使用した問題性がこれによって解消するわけではない。すなわち,上山第1鑑定書は,低力価の抗血清を使用して血液型判定を行った場合における誤判の生じる可能性について以下のとおり述べている。「低力価であるということは,凝集を起こす能力が,量的にも質的にも,標準血清より微弱で劣っていることを意味しており,凝集を開始するまでの時間が長くかかり,かつ凝集の程度も弱いことを示している。したがって,低力価の抗血清を使用した結果,凝集が陰性であるからといって,その成績をただちに信じてよいか,という疑問が生ずる。本件の場合,標準血清あるいはそれに近い力価を有する抗血清を用いて検査されていれば,強い陽性の凝集( や )がみられたかも知れないし(A型,B型,AB型の可能性を排除できない),また疑陽性の凝集(+や⊥や±)がみられたかも知れない(A2型,B2型,A2B3型などの亜型である可能性もある)。

3 「おもて試験」結果の判断方法について

 “おもて検査”で,抗A,抗B血清に対する反応が,ともに真の陰性を示したとしても,そのことだけでO型と判断するのは早計である。添付表1の“おもて試験”の欄をみれば判るように,抗A,抗B血清に対する反応がともに陰性を示す血液型には,O型のほか,Bm型とOh型があり,O型とそれらとの鑑別は,ひとえに“うら試験”の施行と判定結果の如何にかかっているのである。たとえ,五十嵐鑑定の“おもて試験”の過程で,低力価の抗血清使用による誤判があったとしても,“うら試験”がなされていれば,“おもて試験”の誤判に気付いた筈だし,また,その施行があれば,“おもて試験”そのものの信頼性を裏付け・補強することができた筈であると上山第1鑑定書は指摘している。
 したがって,五十嵐鑑定の検査結果から被害者の血清型をO型と特定することはできないこととなる。原決定は,亜型,変異型の存在が極めて稀であることを理由として,五十嵐鑑定のO型判定には相当の信頼性が認められるとしている。しかしながら,亜型等の存在が極めて稀であるとしても,そのような血液型が知られている以上,科学的には本件被害者の血液型が一義的にO型と特定され得ないことは明らかである。本件において実施した五十嵐鑑定の判定方法は誤判の可能性を排除できないという欠陥を免れない。上山鑑定人の批判は科学的な判断方法に基づくものである。これを排する原決定は科学に背を向けるものにほかならない。

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二 被害者の膣内容物の血液型検査について

1 検査方法について

 原決定は,本件膣内容物の血液型をB型と判定した五十嵐鑑定について,同血液型検査の手順・方法は,凝集素価8倍の血清を判定に用いた点を含め,体分泌液のABO式血液型検査の術式として,妥当なものであったと認められるとしている。
 しかしながら,五十嵐鑑定の検査方法には以下の問題点が存する。
 @ 対照検査の不履行
 五十嵐鑑定人は,本件検査にさいし対照として血液型既知の各型瘢痕や採取のさいに使用した脱脂綿が検査されていない。上山第1鑑定書は「適切な対照のない検査は科学的検査とは言えない」と批判しているが,石山鑑定人も血痕検査についてではあるが, 「布切れに付いている血痕の検査の場合には,血痕の付いている部位はもちろん,対照実験として血痕の付いていない部分についても検査しておく必要がある。そうしないと,たまには布切れによっては,血液型物質がなくても非特異的にタンパク質を吸着してしまう場合があり,血液型の判定をあやまってしまうことがあるからである。法医鑑定で,この対照実験をやっていない場合には,その鑑定内容が無価値になってしまうので十分注意しておく必要がある。」(石山前掲,214頁,下線は引用者,以下同じ)。
 すなわち,対照検査を履行しなかった五十嵐鑑定の血液型検査は無価値である。原決定が妥当であると認めたのは全くの誤りである。
 A 被害者の唾液腺不採取・同血液型検査の不履行
 女性死体の剖検にあたっては,膣液自体の血液型を知るため唾液腺を採取し,その血液型の検査を行うことが不可欠である。これを欠いた場合には被害者の血液型の分泌・非分泌の別が不明にとどまり,上山第1鑑定書添付表4「強姦時の精液の血液型」のとおり精液の血液型が特定されないこととなるからである。五十嵐鑑定の検査方法には,以上の不可欠な検査を履行していないという重大な欠陥がある。仮に対照検査を履行していたとしても,犯人の精液の血液型を絞り込め得ない検査となっている。

2 血液型判定法の問題点

 @ 五十嵐鑑定では,被害者の血液型をO型であると前提して判断している点においてすでに失当である。
 A 犯人の血液型を導くにあたって単数犯との前提に立って判断している点も失当である。
 仮に五十嵐鑑定の検査結果が正しいとした場合における犯人の血液型についての正しい推論は,上山第1鑑定書が以下のとおり述べているところに帰着する。すなわち,
 a 被害者の血液型がOSe型かOse型の場合の精液の血液型は,単独犯ならBSe型であり(ただし,亜型を考慮すれば,個体としての血液型はB2Se型やBmSe型であってもよい),複数犯ならBSe型以外にOSe型かse型(ABO式血液型の4型すべての被分泌型)である。
  b 被害者の血液型がBmSe型の場合の精液の血液型は,単独犯,複数犯のいずれでも,BSe型かOSe型か,se型のいずれかである。
 したがって,犯人の血液型をB型(分泌型)と断定することはできないことととなる。

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三 東京医科歯科大学助教授(当時)中嶋八良作成の平成元年2月28日付意見書について

 原決定は,五十嵐鑑定の鑑定方法および鑑定結果を相当とする中嶋意見書の見解を援用している。しかしながら,中嶋意見書には以下の問題が含まれており,原決定がこれを援用することは誤りである。

1 被害者の血液型に関する鑑定ついて

 @ 中嶋意見書は,五十嵐鑑定の「おもて試験」については,その術式は適正であり,厚生省基準の凝集素価256をはるかに下回る凝集素価の血清を用いた点については,既知の血液型を持つ赤血球について対照検査を行っているので,O型の判定をしたことはおおむね誤りではないとしていること。
 A 「うら試験」の不履行については,亜型等の確率が低いため,五十嵐鑑定人が血液型検査について相当の経験を持ち,かつ慎重に検査したとすれば,鑑定結果の精度は相当高い程度のものとしていること。
 しかしながら,「うら試験」の履行は,単に亜型等の可能性を排除するだけではなく,「おもて試験」の判定結果を確認することに重大な意義がある。中嶋助教授はつとに「オモテ試験をやってウラ試験やれば,それも1つのダブル・チェックだといえる。」としていた(1970年4月『臨床検査』14巻4号,46頁,「ABO式血液型判定 どうしたらミスをなくせるか」)。上山第2鑑定書が「亜型や変異型の発見率の低さを持ち出しているが,これは問題点のすり替えであり一種の詭弁である。」と厳しく批判しているゆえんである。
 また,「おもて試験」のさいに用いられる血清の凝集素価について厚生省が基準を定めていることも意味のあることである。
 基本を軽視しないこと,検査法を省略しないことが大切な問題であることは,中嶋助教授自身がすでに講師当時強調しているところである。すなわち,技術者の心構えとして以下のとおり述べている。「血液型についての先入観を強調しすぎない,というよりむしろ捨てるぐらいにして検査に臨みたい。すべての血液が不適合であり,すべての血球が異常であり,またすべての血清中に不規則抗体が含まれていると考えるのがより安全である。基本を軽視しないこと,検査法を省略しないこともまた大切な問題である。有能な血液型専門の研究者でさえ,基本をおろそかにすることによって,しばしば誤りを犯すことを忘れないでほしいものである。」(1969年12月,『臨床検査』13巻12号34頁,「血液型の検査法−その問題点」)。ちなみに被害者の血液型を検査したのは,五十嵐鑑定人ではなく,松田勝技師であった。とくに「うら試験」の不履行については,「それだけで致命的な検査方法であり,方法自体に問題のある血液型鑑定は科学的鑑定とは言えず,その結果の適否を云々する以前の問題であり,ここに異論の入り込む余地はない。このことは,たとえ裁判とは言え,容認されてよい事柄ではない。」と上山第2鑑定書が批判するとおりである。

2 精液の血液型に関する鑑定について

 @ 分泌液中の血液型物質を検出するのに実用的で信頼のおける方法として一般に広く利用されている方法によって行われており,その術式や反応条件等は妥当であり,精度管理も必要最小限はなされていたと認め得るとしていること。
 A 上記の検査結果に基づいて膣内容の血液型をB型と判定したこと,及び,被害者の血液型がO型と判定されたことに基づいて膣内に存在せる精液の型をB型と判定したのには,一応合理的な理由があったと認めていること。
 しかしながら,五十嵐鑑定の検査においては対照が置かれなかったことは前記のとおりであり,「精度管理も必要最小限はなされていた」とするのは強弁に過ぎない。石山鑑定人も法医学上の検査においては,対照を置かない検査方法による検査結果は無価値であるとしていた。
 また,精液の型判定に至る判断過程に誤りがあることは前記のとおりである。

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四 原決定の判断について

 原決定は,請求人の血液型と精液の血液型が一致したことを前提として,精液の血液型は「請求人と本件犯行との結びつきを考察する上で,自白を離れて存在する,客観的な積極証拠の一つとして評価することができる」としている。
 したがって,原決定は,犯人の血液型について,確定判決が指紋と並列して,自白を離れて犯人と被告人(請求人)との結びつきを示す客観的証拠の一つとしてこれを挙げていることを支持したこととなる。
 しかしながら,上記のとおり被害者の血液型の判定方法および膣内容物の血液型の判定方法そのものが科学的方法に基づいていない以上,本件血液型をもって,指紋と同様の自白を離れた客観的証拠の一つとすることは誤りである。科学的方法の遵守について,これを軽視するならば,裁判に対する信用は失われるであろう。木村意見書は,昭和51年に本件姦淫の態様を判定する客観的資料として被害者のズロースの瘢痕について検査の必要性を提起している。上山第1鑑定書は,非科学的な血液検査方法が裁判所によって安易に是認されることと同質の問題として,木村意見書の上記提案を支持し,「“暴力的姦淫”の判断の当否をめぐる論議の解決のためにも必要な事項である。本件裁判の経過でその必要性が問われなかったことは,裁判自体の信憑性を問われる所以である」と述べ,科学的方法が尊重されることを通して,日本の裁判への信用が高く保持されることを強く願った次第である。
 いやしくも犯人と請求人との結びつきを示す自白を離れた客観的な証拠とする以上は,関連する鑑定において科学的な方法をとることが厳守されなければならない。五十嵐鑑定書および中嶋意見書は,採用・援用されるべきではなく,血液型に関する確定判決の事実認定の基礎はすでに揺らいでいるものといわなければならない。

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