部落解放同盟東京都連合会

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第四 姦淫の態様について

         

【目次】

 一 原決定の判示
 二 謝国権意見書の意義
 三 姦淫の態様に関する自白は虚偽である
 四 法医学上の根拠
 五 むすび

    

一 原決定の判示

 原決定は,姦淫の態様についての自白が虚偽である旨の弁護人の主張を退けるにあたり,その理由を以下のとおり述べている。
 関係証拠によれば,原決定指摘のとおり,本件姦淫の際,被害者は,両手を手拭で後ろ手に縛られており,両脚を動かす程度しか抵抗できない状態にあったと認められるのであって,このような本件の具体的状況を考慮し,五十嵐鑑定書の記載にも照らすと,本件の姦淫が被害者の抵抗を抑圧して強いて行われたことは明らかである。
 原決定は,原原決定が医師謝国権作成の昭和54年5月25日付意見書(以下謝意見書と簡記する)について判示した点について,あえて触れることを避け,謝意見書を隠蔽することによって,原原決定と同様の結論を述べている。

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二 謝国権意見書の意義

 原原決定は,謝意見書について,以下のとおり判示していた。
 謝意見書は,激しい抵抗にあえば,請求人の自白した体位,方法では,性科学的に見て性交は不可能であるというのであるが,前記のとおり,被害者に激しい抵抗ができたはずはなく,また,謝意見書が援用する自白が,的確に,細大漏らさず姦淫の際の体位等の状況を表白しているかについても大いに疑問であり,その前提において既に容れ難いというほかない。
 しかしながら,謝意見書についての原原決定の判示は,以下の諸点において誤りであることを,弁護人は原審で述べた。

1 抵抗は不可能とする誤り

 第1は,被害者には激しい抵抗ができたはずがないとして,原原決定が謝意見書を批判している点である。原原決定は,「謝意見書は,激しい抵抗にあえば,請求人の自白した体位,方法では,性科学的に見て性交は不可能であるというのであるが,前記のとおり,被害者に激しい抵抗ができたはずはな(い)」としている。しかしながら,謝意見書は実験結果を援用しつつ以下のように述べて激しい抵抗が可能であるとしている。すなわち,
 自白の説明では,被害者は後ろ手に縛られており,しかも開いた膝のあたりにズロ−スが引き下げられ,その上に加害者の膝がのり,おしつぶされたような姿勢なので,被害者はほとんど身動き出来ないかの如き錯覚と誤解を第三者に与えている嫌いがないとはいえない。しかし,実験の結果は被害者が予想以上に激しく抵抗できることを物語っている。
 上記のとおり,謝意見書は激しい抵抗は可能であるとしつつも,仮りに抵抗があったとすれば,「手の平や指などに,それらしき擦過傷を認めてよいはずであるが,剖検記録には見当らないところをみると,被害者はこれ以前に殺害されたか,前記2の方法(かつぎあげ)をとられたかもしれない疑いが濃厚になる」と考察している。上記考察は,「自白の通りに,加害者が被害者の下半身の抵抗を受けることなくズロ−スを下し得,加害者がそのズロ−スの上から被害者にのしかかったとしても,その時大声で叫び,「助けて」と声を出す被害者自身が,自ら全く抵抗の姿勢を示さないとは考えることができない。」ということを前提としている。すなわち,請求人の自白では被害者が大声で救いを求めたという部分があるので,不可能とは言えない被害者の抵抗を想定して論じたものと思われるが,見られるとおり抵抗は可能であっても,死体の手掌,指等に擦過傷がないため,殺害後の姦淫か,被害者の両脚を肩にかつぎあげる体位による姦淫が想定されるにいたっている。これらはとりもなおさず自白の態様における姦淫とは著しく異なっている。擦過傷の点については,前出木村意見書も,以下のとおり指摘しているところである。
 通常暴力的性交に際して形成される損傷は大腿内側上部,膣前庭,小陰唇の内側,小陰唇の外側基部等にみられることが多く,且つ損傷の形状は擦過状を呈することは殆んどない。したがって写真D,Eのように大腿内側上部の指頭大皮下出血,小陰唇内,外側の小裂創等が存在している場合は暴力的性交が行われたと判断するわけである。この点本屍のG1,G2,G3に関しては上述の通常暴力的性交に際して形成される損傷の部位,形状とは明らかに異なっているので,G1,G2,G3は暴力的性交に際して形成されたものとは断じ得ない(同書19頁)。

2 謝意見書の核心部分の看過

 つぎに原原決定は何も言及していないが,謝意見書は,被害者の抵抗がない場合に自白の態様における姦淫があり得るかを検討し,「仮りに被害者が恐怖と緊張のあまり,動きとしての抵抗をほとんど示すことがなく,自白に述べられているように声を立てるだけだったとしても,加害者が述べるように,右手で被害者の首を押さえつけながら,左手で陰茎挿入を介助して姦淫するということは,実験結果によると,不可能としか考えられない」と指摘している。謝意見書は,「抵抗」の有無にかかわらず,「請求人の自白した体位,方法」(女性開脚伸展位)での性交が不可能である理由を以下のとおり明らかにしている。すなわち,「女性開脚伸展位は,…(中略)…これを陰茎挿入体位として利用するには,女性の側に特定の条件が必要となる」としたうえで,「開脚伸展位で陰茎挿入を受容しうる女性は,出産経験者(帝王切開を除く)および,長年月にわたる性体験の豊かな女性以外にありえない。性交体験が全く無いか,極めて浅い女性は,骨盤低筋群(とくに肛門挙筋)の緊張度が強いということに加えて,羞恥心あるいは性交不安,拒否的態度などのため,このような姿勢をとれば,性交不能に終わることは,実際のsex counselingを担当している性科学者たちが日常よく認めているところである。初夜不成功の症例のうち,陰茎の勃起不全などによるものでないケ−スの,大部分の症例は,女性がこの開脚伸展位をとっていた場合である」「また,未産婦では膣口を取り囲む筋肉の緊張が強いため,よほどの性体験を積まないかぎり,開脚伸展位での陰茎挿入は容易ではない」とし,その理由は,「膣口の開大性は,開脚挙上位が最良で,正常位(開脚立位)がこれにつぎ,伸展位がもっとも悪い。つまりこのような姿勢(開脚伸展位)では,膣口が上下から圧排されて,侵入がもっとも困難となるだけでなく,左右の大陰唇や少陰唇なども侵入の障害となりやすく,したがって合意の上での性的興奮による分泌がない限り,陰茎挿入は,困難で不可能となる」としている。
 上記のとおり謝意見書は,たとえ抵抗がなくても本件のように被害者が16歳に過ぎないような場合には,自白の態様(開脚伸展位)では姦淫不可能であることを明らかにしているのである。

3 問題点の移動

 起訴前の最終自白である昭和38年7月5日付の検面調書には「ズロースは,膝附近まで引き下げましたが,ズロースは白い色で割に大きいズロースでしたので,膝の附近まで下げただけで,両足は相当両方に開く事が出来ました。足先が五,六十糎位になる位に迄,股を拡げてYちゃんの足の間に割り込み,私も両足を揃えて長く伸ばしYちゃんの上に乗りかかりました。」「今考えると右手の肘をYちゃんの胸から肩あたりに押っつけていた様な気がします。」との記載があって,相当程度細部の状況も含んでおり,姦淫の体位のパターンが何であるかについて瞹眛さを留めるということはない。
 原原決定は「謝意見書が援用する自白が,的確に,細大漏らさず姦淫の際の体位等の状況を表白しているかについても大いに疑問であ」るとしているが,請求人の複数の自白調書を通じて姦淫の体位そのものについての供述は一貫しており,変遷はみられない。謝意見書は,上記の一貫した体位において姦淫が可能か否かを検討したのであるが,上記検討のためには細大漏らさない状況の表白が自白に備わっていることは必要ではなく,姦淫の体位についての基本的なパターンが明確であれば十分である。
 自白の不完全さを言挙げする原原決定は,謝意見書の核心である開脚伸展位における姦淫の可能性という問題提起に正面から答えることを回避したものと言わなければならない。

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三 姦淫の態様に関する自白は虚偽である

 自白の態様における姦淫があり得ないということについて整理すると以下のとおりである。

1 抵抗を欠落させた自白

 まず自白に被害者の下半身での抵抗が現われていないのはいかにも不自然である。謝意見書も結論の部の冒頭に「本件のように,被害者を目隠しして後手に縛り,これを仰向けに押し倒した場合,被害者は例外なく強姦されると恐れるはずである。したがって,加害者が,ズロ−スを引き下げようとすれば,加害者が蹴とばされたり振り落されかねないほどの,被害者の抵抗がなければならない。」と述べている。

2 自白における被害者の行為の不自然性

 上記の不自然性は,被害者が大声をあげて助けを求めているだけに一層強調されることとなっている。謝意見書は,「そもそも強姦されることを予知して声を立てたほどの被害者が残されていた下半身の抵抗を全く示さなかったと考えるのは不自然であり,…(中略)…またもし,被害者が,殺されることを怖れて暴れることを諦めたのなら,殺されるほど声を出しつづけるのも不自然といわねばならない」と鋭く指摘している。声と動作で抵抗するか,抵抗を一切諦めるかであろう。
 なお,前記調書には「私が乗りかかってからYちゃんは何回か声を出しました。」と記載されているが,被害者としてはその前から恐怖していた筈であり,上記自白における声をあげた時期もまた極めて不自然である。

3 抵抗があれば陰茎挿入は不可能

 自白には現われていないが,下半身による抵抗があった場合には,自白の態様における性行為は不可能である。謝意見書は,「後手に縛られ,膝まで下ろしたズロ−スの上に加害者が膝をのせ,上から覆いかぶさっていっても,被害者の抵抗運動は予想外に激しく力強くできるもので,このような情況下で陰茎挿入が可能となる余地は全くない」ことを実験によって明らかにしている。

4 擦過傷のないことは強姦を否定する

 被害者の手掌や手指に擦過傷がみられないことは,被害者の抵抗がなかったことを示しており,自白にみられるような暴力的姦淫がなされたとすることに対する有力な反証である。木村意見書が指摘している点であるが,謝意見書においても指摘されている。

5 抵抗がなくても自白の態様では姦淫不可能

 被害者は声を出しただけで下半身の抵抗がなかったと仮定しても(前記のとおり上記仮定自体不自然ではあるが),16歳の女性に対して女性開脚伸展位によって姦淫することの不自然さは,謝意見書が性科学上の知見から詳細に論証しているとおりである。なお,五十嵐鑑定人も「パンツを膝まで下げた状態であれば,普通正常位は困難だと思います。」と証言している(控訴審第54回公判)。

6 唯一可能な挙上位は自白と矛盾

 抵抗を排して強姦可能な体位として謝意見書は被害者の外陰が十分に挙上され,露呈される挙上位を挙げている。五十嵐鑑定人も「そういう時には(注 パンツを膝まで下げた状態),いわゆる上脚位といいますか,両足を持ち上げた状態で無理にやればできないことはございません。」と証言している(同前)。
 しかし,上記の体位は著しく自白とは異なっている。前記のとおり自白調書中に「右手の肘をYちゃんの胸から肩あたりに押っつけていた」という行為の具体的細部にも触れた供述がありながら,挙上位(上脚位)を窺わせる供述は全くみられない。
 以上のとおり姦淫の態様に関する請求人の自白は真犯人でない者のなした虚偽の自白であると言わなければならない。

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四 法医学上の根拠

 木村意見書は,本件姦淫が暴力的姦淫ではない理由として本屍には強姦屍体の殆んどにみられる大腿内側の皮下出血,表皮剥奪等の損傷は全くなく,本件外陰部の損傷は暴力的姦淫によって形成されたものではなく,別の機序によって形成されたことを指摘している。そのほか本件ズロースの斑痕については精液斑であることの証明が必要であることを強調している。これは合意による姦淫の場合には行為後女性は外陰部を清拭し,ズロ−ス等の着衣で身ずくろいをして,その後の行動に移るので,やがて流出する精液はズロース中央部の外陰部に接する部分に斑痕を形成して付着するものであり,上記斑痕が精液斑であると証明されれば,合意による姦淫が行われたものと認められるからである(同書29頁)。
 木村意見書は本件ズロースを実際に見分した結果について以下のとおり指摘している。
 白木綿ズロースの裏面股上の外陰部に接する部分に,前後径約10_p前後,左右径約四4_p前後の硬い淡黄褐色の斑痕があり,その表面には糊状の乾燥物はなく,精液斑である可能性が強い(同書31頁)。
 前出上山第1鑑定書においても,以下のとおり,暴力的姦淫にたいして疑問を呈している。
 本件被害者の着衣の精液斑検査は,参考資料9によると,紫外線の照射によって行われている。これは,ヒトの精液中には蛍光物質を含んでいるため,紫外線を照射すると蛍光を発することを利用した検査法である。ところが,昭和30年代から衣服の繊維に蛍光色素が添加されるようになり,衣服の蛍光が強いため,精液の付着箇所では逆に特徴的な蛍光が吸収・阻止され,明瞭な蛍光を発しない現象が起こってきた。そのために,上記検査回答書にあるように,“特異的蛍光を認め得ず”という結果が得られたことが十分に考えられるのである。特異的蛍光を発しなかった部分にこそ,逆に精液斑が存在する可能性があるのである。こうした意味からも,検査のやり直しが求められるのである。
 “暴力的姦淫”説に対しては,上田・木村鑑定ですでに述べられている通り,本鑑定人も多大の疑義を抱いている。本件被害者の着衣についての精液斑の検査は,“暴力的姦淫”の判断の当否をめぐる論議の解決のためにも必要な事項である。本件裁判の経過でその必要性が問われなかったことは,裁判自体の信憑性を問われる所以である。(同書75頁乃至76頁)のとおり,上山鑑定人は,昭和38年5月17日付警察技師松田勝作成「検査回答書」(上記「参考資料9」)によると,被害者の「ズロース」「ペチコート」「ブラウス」について,「肉眼的並に紫外線検査をしたが特異蛍光(精液斑)は認められなかった」とある点について,「特異的蛍光を発しなかった部分にこそ,逆に精液斑が存在する可能性がある」ことを指摘しているのである。

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五 むすび

 以上のとおり本件姦淫の態様としては,暴力的姦淫ではないことは明らかである。死体の状況からして暴力的姦淫ではないのみならず,請求人の自白にみられる態様では姦淫そのものが本件では不可能である。
 殺害の態様についての項でも述べたとおり強姦殺人事件における自白の中核部分である強姦殺人行為の態様についての自白が崩壊した以上,自白全体の真実性に決定的な影響が及び,確定判決の事実認定を揺るがすこととなった。
 請求人について速やかに再審が開始されるべきである。

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