部落解放同盟東京都連合会

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二 索条物による絞頸の痕跡の存在について

   

【目次】

 1 後頸部における圧痕

 2 前頸部を横走する幅広い褪色部(蒼白帯X)

 3 前頸部において斜走する赤色線条痕の成因について

 4 前頸部の手掌面大の皮下出血について

 5 石山鑑定書の指摘

 6 原決定は,絞扼併用の可能性があることから,直ちに請求人
   が殺害の方法ないし態様について自分の経験していない虚偽
   の事実を自白したとはいえないとの原原決定を是認してい
   る。しかしながら,上記の結論を導く判断方法には確定判決
   のそれも含めて看過できない重大な問題が存する。

    

1 後頸部における圧痕

 原決定は,本件後頸部には索条の緊縛により生じたと認められる異常変化がなかったことを理由として本件を索条物による絞頸死と結論するのは,早計に過ぎると判示している。
 しかしながら,原決定は,平成5年5月10日付上山滋太郎作成の鑑定書(以下「上山第2鑑定書」という。)が後頸部の圧痕について以下のとおり述べていることをまったく看過している。すなわち,「五十嵐鑑定には,後頸部が接写されている写真は存在しないし,後頸部も開検されていない。背面全体が写っている写真をみると,後頸部から左右耳介後面の色調・濃淡は,肉眼では一見一様のようにみえるが,後頸部の写真をルーペで観察すると,上・中・下の3部分から成っている。すなわち,下の部分は色調の最も濃い部分であり,それより上部と区別できる。左右に伸びる中間部分は,それより上部と比べると,色調の差こそ認められないが,この帯状部分は,まだら・粗造にみえ,ここには何らかの力が作用した痕跡<被圧迫部>であることを示唆している(とくに,左後頸部)。すなわち,死亡直後の後頸部に,前頸部の蒼白帯Xに連なる被圧迫部が存在していたところに,死後の時間の経過に従って死斑が形成されたために不明瞭化するに至ったものと考えられる。
 後頸部における絞痕(索痕)が不明瞭である理由ないしは不明瞭化する理由としては,@元々,ここに作用した索条が幅広い軟性索条であり,索痕自体が残りにくいこと,A前頸部の皮膚に比べて厚さも厚く,組織が密に構成されていること,B死後,仰臥位に放置されている時間がある程度長ければ,死斑の出現し易い部分であること,C経時的に周辺のチアノーゼが索痕部分にも拡散してくること,などが挙げられる。
 すなわち,後頸部における絞痕は,細い硬性索条による場合は明瞭な痕跡(索溝)として残存するが,幅広い軟性索条による索痕は,元々残存しにくい上に,死後索条が除去された場合には,死斑の出現などの死後の修飾を受けて,外見上不明瞭化することが多いのである。
 なお,前頸部から左右側頸部にかけての蒼白帯Xに連続する左後頸部にも,不明瞭ながら,上下に走る数条の縦縞模様が存在することも,これらが軟性索条によって形成されたことを強く示唆している。」
 以上のとおり上山第2鑑定書は後頸部の所見として被圧迫部の存することを示唆し,死亡直後の後頸部に存していた被圧迫部が経時的変化をしたことを指摘し,とくに左後頸部における索痕に注目し,これが前頸部の蒼白帯Xに連なるものであることに着目している。上山第2鑑定書の精緻な所見と理由の解明に比したとき,原決定の上記判示は反論としてあまりにも内容に乏しいと言わなければならない。

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2 前頸部を横走する幅広い褪色部(蒼白帯X)

 原決定は,上山第1・第2鑑定書の指摘する蒼白帯Xの成因は索条による絞頸痕であるとすることはできないとしている。その理由を述べる前提として,本件死体が長時間土中で不均等に圧迫され,しかも頸部には細引紐が一周していて,下顎部と前頸部との間にこの紐が挟み込まれていたという状況を想定している。しかしながら,下顎部と前頸部との間に細引紐が挟み込まれていたと想定するためには,頭部が前屈していたことを当然の前提とせざるを得ない。昭和38年5月4日付大野喜平作成の実況見分調書には,「頸部は木綿の細引紐で,ひこつくし様に,後ろで締められていた」「首をしめてあった木綿の細引紐は長さ1・45米太さ0・8糎,輪の部分は,直径15糎のもので,ひこつくしに,後ろでしめられ,その輪はゆるんでいた」と記載されている。石山鑑定書も原決定も木綿細引紐が頸部に「纏絡」されているという語を用いているが,この語は漢和辞典によると「まつわりからむ」の意であって,「ゆるんでいた」とする実況見分とは質的に乖離している。上山第2鑑定書も,広範囲にわたって頸部に密着を保っているはずがないとして,以下のとおり詳論している。すなわち,「木綿細引紐の環の直径は15_pであり,これが内径を指すとすれば,環の部分の長さ(円周長)は約47_pとなり,外径を指すとすれば,約42_pとなる。一方,被害者の頸部の周囲長は計測されていないが,日本人若年女性の頸の周囲長は,『日本人の体力標準値(不昧堂刊行,第3版,1980年)』によれば,平均32〜33_pであ」ると指摘している。本件被害者は身長154,4_p,体重54,0_s(昭和38年4月12日測定,生徒健康診断票)であり,平均的な体格の持ち主であった。したがって,この点からも木綿細引紐は,頸部にゆるく巻かれていたことになる。したがって,木綿細引紐が土中において広範囲に頸部に密着していたことはあり得ないこととなる。木綿細引紐の圧迫によって死斑の発生がさまたげられたとするためには頭部の前屈を前提とせざるを得ない。石山鑑定書はこれを前提として成立している。しかしながら,上山第2鑑定書は頭部が前屈していたとの見解に対し,以下のとおり明確な批判をしている。「実況見分調書添付写真(現場写真10号)を一見しただけで明らかなように,本屍は土砂を排除した穴の底に,水平にうつ伏せの体位(腹臥位)で遺棄されており,頭部後半の輪郭もほぼ完全な形で見ることができ,頭部が前屈されていた状況は全く存在しない。したがって,前頸部の上下の皮膚が皺を形成して,密着して放置されていた事実は存在しないのである。更に,頭部・背部・左右肩部の相互の位置関係をみると,ほぼ水平であり,頸部前半分が左右いずれかによじれていた根拠もないのである。
 したがって,石山鑑定書は<前屈>という前提自体が失当であることから,ここでも明らかに成立し得ないこととなる。その検討および説明は砂上の楼閣である。」。すなわち,上山第2鑑定書は証拠を精査し,頭部の前屈が全く認められないことを明らかにしている。原決定は頭部の前屈を明言していないが,それを前提としていることは上記のとおりである。石山鑑定書に対する上記の壊滅的批判は,原決定に対しても妥当する。頸部にゆるく巻かれていた(「纏絡」ではない)木綿細引紐による死後の圧迫によって蒼白帯Xが形成され,したがってこの圧迫痕は絞痕ではないとすることはできない。

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3 前頸部において斜走する赤色線条痕の成因について

 原決定は,赤色線条痕が「赤色」と記述されていることをもって直ちにこれらの線条痕が生前に生成したとすることはできないとしている。しかしながら,これは死斑の色調と明らかに異なっていることの決定的な重要性を無視するものである。上山第2鑑定書は死斑の色調の成因について法医学上重大な指摘を行っている。すなわち,「死斑は死後次第に出現する死後変化の一つであり,その色調は当然死後の血液の色調に大きく依存し,死因および死亡までの経過にも依拠した色調を示すことになる。血液中のヘモグロビン(血色素)が酸素ないし二酸化炭素(炭酸ガス)のどちらとより多く結合しているかによって血液の色調は決まってくるものであり,酸素と結合したヘモグロビンが多ければ,赤色(明調)を示し,逆に二酸化炭素と結びついたヘモグロビンが多いと,紫色(暗調)となる。絞頸ないし扼頸による窒息死の場合は,二酸化炭素と結合したヘモグロビンの量が多くなるので,血液は暗赤色となり,死斑も紫色調(暗調)が強いものとなり,赤色調(明調)を示すことはない。したがって,平行線条痕が赤色を示していたことは,これらが死亡前にすでに形成されていたものであることを強く示唆している。」。石山鑑定人自身も著作の中で同旨を述べている。すなわち,「血液のもう一つの特徴は,色が暗赤色であることだ。急性窒息死(他の急死の場合も同様)では,もともと血中の酸素が不足している上,個体が死亡した後も組織細胞が酸素を消費するので,心臓血も組織の血液も酸素ヘモグロビン量がきわめて少ない。一方,ヘモグロビンはもともとの色調は暗赤色であり,この色調は炭酸ガスが増すとさらにひどくなる。だから血液は静脈血よりももっと黒ずんだ色をしている。」(石山c夫著『法医学ノート』,1978年9月,サイエンス社刊,113,114頁)。急性窒息死の場合,血液が暗赤色を呈することは死斑が黒ずんだ色を帯びるということである。下縁部および上縁部における線条痕のいずれの色調についても,五十嵐鑑定書が明らかに死斑の色調とはされ得ない「赤色」と記載していることは,これだけで上記線条痕のいずれもが死斑足り得ないことを示すのに十分である。生活反応がなかったとする所見は支持しがたい。
 原決定は,「頸部に纏絡されていた細引紐の状況」を前提に「うつ伏せで下顎を引いた状態で頸部に纏絡していた細引紐の死後圧痕の可能性を否定するのは当を得ない」として,ここでも頭部の「前屈」を前提にした判断を繰り返している。その誤りは前記のとおりであるが,細引紐の死後圧迫によって線条痕が形成されたとすることは,以下のような矛盾を犯すことになる。すなわち,上山第2鑑定書が述べるとおり,より目模様だけでなく,木綿細引紐の外側に位置する皮膚部には細引紐の圧迫がないのであるから,その部にその外郭を示す死斑が頸部を横走して出現するはずであるが,そのような箇所は一部にせよ認められないのである。これは,シャツの外郭を示す死斑が明確に出現していることに鑑みれば,同様に非圧迫部には死斑が出現していなければならないのである。蒼白帯Xは木綿細引紐の死後圧迫によって形成されたものではない。

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4 前頸部の手掌面大の皮下出血について

 原決定は,前頸部に手掌面大の皮下出血が認められたとする五十嵐鑑定書の所見を認めている。しかしながら,京都大学教授(当時)上田政雄作成の昭和50年12月13日付鑑定書は,五十嵐鑑定書にいう舌骨部より下顎底にわたる手掌面大の皮下出血の存在および喉頭部より下部における手掌面大の皮下出血の存在を疑問とした。前者については「元来この部位は,手掌面大の大きさを持っている部位ではな」いとし,後者については「元来此の部位には,手掌面大の大きさの出血が存在する部分としてはあり得ぬもののように思われる」としている。東京慈恵会医科大学教授(当時)青木利彦作成の昭和51年12月13日付意見書も「出血に対する私の考えは上田鑑定と同じく,その存在は認め難い」としている。さらに「前頸部の皮膚は他の身体部位よりも薄いから,このような若い女性においては表面から出血が透見できるはずである(背面のような皮下組織の比較的厚い場所であれば皮下出血があっても外表からは透見できず,割を加えることによってはじめて確認できることがある)。また,この部位の広さは手掌面大よりもはるかに小さく,前頸全体に出血したとしても手掌面大にならない(実際にはC1C2C3C4などの創傷があるのみで,逆に帯状の蒼白部も認められる)。それはもしあるとすれば,この部の筋肉の出血ではなかろうか。」。上田第2鑑定書も同旨を述べている。

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5 石山鑑定書の指摘

 原決定は,結論として「殺害方法についての確定判決の事実認定の当否を判断する場合には石山鑑定書も検討の対象とすべきである。」としている。
 しかしながら,原決定が石山鑑定書の指摘した点として挙示した点については,C1を生前の損傷とする以外は,そのほとんどが以下述べるとおり誤っており,石山鑑定書に証拠価値は認められない。
 @ 平行斜走線条群の成因については,頸部を纏絡して一周している細引紐によって生じたとしている。これは証拠上認められない「頸部の前屈」を前提としている以上,前記のとおり砂上の楼閣である。
 A 平行斜走線条群が絞痕であるとすれば,相当強い絞圧作用があったはずであり,その皮膚表面に特記すべき変化が認められるべきであるのに,それが存在しない。平行斜走線条群は絞圧作用によって生じたものではないとしている。しかしながら,これは軟性索条による索痕の特徴を無視した謬論に過ぎない。上下縁,とくに上縁の走行がほぼ直線状に,かつ水平に位置している本件蒼白帯Xの存在が何よりも絞圧があったことの証拠である。千葉大学教授(当時)木村康作成昭和51年12月27日付の意見書は,「本屍の前頸部には索溝と判断される圧迫痕があり,その上下両縁には皺襞形成に伴なう線条皮内出血と判断される文様が出現しているので,本屍の死因は絞頸窒息死(絞死)であり,索溝は帯状の褪色部から成っているので,索条は表面の軟いもので例えばタオル,マフラー,スカーフ等の索条物が考え易い。」としている。上山第1鑑定書も,軟性索条による被圧迫部に形成された蒼白帯の部分では,時間の経過とともに次第に,その陥凹の程度が不明瞭化ないし消失する。被圧迫部の皮膚の血液は,周辺部に向かって圧出され,また毛細血管も強く圧挫されるため,当該部には死斑の発現を来たしにくいと指摘しているところである。
 B 絞頸の場合頸部にほぼ均一の圧力が作用するのに異常所見は部位によって異なっているとしている。しかしながら,これは先に援用した上山第2鑑定書の指摘する前頸部と後頸部における皮膚の組成の相違,後頸部における死斑の出現やチアノーゼの拡散などの死後の修飾を無視した謬論である。
 C 後頸部には索溝状変化が全く認められず,左右側頸部にも外力が作用したという根拠は認められないとしている。しかしながら,石山鑑定書は前記のとおり上山第2鑑定書が指摘した後頸部における索痕を看過している。なお,石山鑑定書は左側頸部に線条群があることを認めている。
 D 平行斜走線条群が死後変化であって,死因とは無関係であるとしているが,これが誤りであることは前記のとおりである。
 E 石山鑑定書もC1が生前の損傷であることを認めている。上田鑑定以降弁護人提出の諸鑑定・意見書はいずれもこれを前提としているところである。
 F 頸部全体,とりわけ後頸部の所見からC1は絞頸作用によって生じたものではないとしている。しかしながら,石山鑑定書にあってはその前提とする後頸部を含め頸部全体の所見(頭部の「前屈」,蒼白帯X・赤色線条痕の成因など)が誤っていることは,これまで述べてきたとおりである。
 G ブレザーの襟を掴んで扼頸作用を加えたりすれば,C1の部位に襟の縁が位置し,表皮剥脱が発生するからC1は扼圧性のものであるとしている。しかしながら,襟によって頸部を圧迫するということは,まさに「着衣の一部の頸部絞圧作用」であって,絞圧に他ならない。これを扼圧性のものとしているのは,強弁と言わざるを得ない。扼頸という五十嵐鑑定の結論を実質的に掘り崩しながら,文字面だけを合わせるというまやかしを行っている。
 H 頸部に存する着衣を介して外力作用が加えられたのであれば,扼痕がなくても不自然ではないとしている。しかしながら,着衣による圧迫によっては蒼白帯Xの形成を説明することはできない。
 I 蒼白帯Xの発生は問題なく死体現象であるとしている。ここでも頸部の「前屈」を前提としているが,そのような事実は証拠上認められない。蒼白帯Xの形状,その左右側頸部における形状からみて,死後現象ではあり得ないことは,上山第1・第2鑑定書が詳細に述べているとおりである。実際のところ蒼白帯Xの存在,C1の形状,赤色線条痕の色調,側頸部における線条痕,後頸部の痕跡など頸部における諸所見の成因を相互に矛盾なく説明し得るためには,軟性索条による絞頸がなされたとするほかないのである。扼頸によってはC1のような直線状の損傷は生成され得ないし(石山鑑定書が自白にない着衣の襟を持ち出すのはこのためである),頭部の「前屈」によっては蒼白帯Xの形状のような被圧迫部は形成され得ないし,木綿細引紐の圧迫による死後変化では線条痕の「赤色」や木綿細引紐輪郭にそう非圧迫部の皮膚に死斑が出現していないことも説明し得ない。
 J 皮膚の伸びを理由として赤色線条痕の長軸と圧痕のなす角度についての写真と実際とでは相違があるとして上山第1鑑定書が誤った結論を出しているとしている。しかしながら,線条痕の幅や相互の間隔については上下の皮膚の伸びは無関係である。
 K 五十嵐鑑定が前頸部に2つの手掌面大の皮下出血があるとしていることについて,解剖学的に広すぎると批判する点について根拠がないとしている。しかしながら,まさに解剖学的には前頸部の下顎底および舌骨下部の両部位にそれぞれ手掌面大の皮下出血があり得ないことは,前記の諸鑑定が述べているとおりである。
 以上のとおり石山鑑定書は証拠に基づかない頭部の「前屈」を前提とするなど,C1を生前の損傷とする以外はほとんどの点について誤った見解を述べている。原決定は,石山鑑定書について「死体の発見状況や死体の姿勢,体位,頸部全体の状況を十分検討している」と肯定的に評価しているようであるが,証拠上認められない頭部の「前屈」を前提として成立しているため,基本的に誤鑑定であることはこれまで述べてきたとおりである。また石山鑑定書においては,本屍における死後の体位の変換にともなう死斑の移動現象に関して,死後経過時間を無視して解剖時における死斑の移動を持ち出すなど専門家にあるまじき初歩的なミスを犯していることは従来から弁護人の指摘しているとおりである。上山第2鑑定書は死斑の移動現象は死後7時間前後までとされており,それ以降には出現しないことを前提として,死斑が本屍の前面にも後面にも存在することは,死後数時間以内に体位の変換がなされたことを暗示しており,本屍がうつ伏せ状態で土中から発掘されたことを考慮すると,殺害後埋没される前のかなりの期間,仰臥位に放置されたことを示すものであり,腰部や背面の正中部に死斑が存在していることは注目に値すると指摘している。この死斑出現の状況は死体処置に関する請求人の自白と明らかに齟齬しており,きわめて重要な指摘となっている。原決定の判断が誤りであることはこの点からも明らかである。

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6 原決定は,絞扼併用の可能性があることから,直ちに請求人が殺害の方法ないし態様について自分の経験していない虚偽の事実を自白したとはいえないとの原原決定を是認している。
 しかしながら,上記の結論を導く判断方法には確定判決のそれも含めて看過できない重大な問題が存する。
 確定判決は「被告人は,捜査段階において,被害者を姦淫しながら右手の親指と他の4本の指とを広げて頸部を強圧したというのであるが,右鑑定(五十嵐鑑定を指す)の結果からは,扼頸の具体的方法についてまではこれを確定することはできない。しかしながら,被害者の死因が扼頸による窒息であることは前記のとおり疑いがないから,死体の状況(頸部の傷害)と被告人の自白との間に重要なそごがあるとは認められない。」。としている。五十嵐鑑定は「本屍の殺害方法は加害者の上肢(手掌,前膊或は上膊)或は下肢(下腿等)による頸部扼圧(扼殺)」と鑑定している。すなわち,確定判決のいうとおり五十嵐鑑定は扼頸の具体的方法については特定していない。したがって,自白における扼頸の具体的方法(右手の親指と他の4本の指とを広げて頸部を強圧)に関しては,これを裏付ける死体の具体的状況は存しないことに帰する。したがって,具体的方法のレベルについては,死体の状況と被告人の自白との間に重大な齟齬があるか否かについては判断するに足る証拠資料が存しないことになる。確定判決は,具体的方法(右手掌による圧迫)のレベルとそれを抽象化した一段上のレベル(具体的方法は特定できないがとにかく扼頸という範疇に含まれる)とを直接比較するという方法論的な誤りを犯している。これでは,自白は単に抽象的レベルにおける鑑定結果とは矛盾しないという限度での信用性評価を受けるにとどまる。自白の具体的態様と剖検所見(例えばC1)の矛盾が解消されない場合には合理的疑いを超える程度にまで証明がなされたとはいえなくなる。本件について裁判所が絞扼併用の可能性を認めるようになってきたが,具体的な方法のレベルにおいては当初タオルによる絞頸であった。しかし,自白調書としてはわずか1通にあるのみで,それも自白全体の大変遷の中で捨てられた調書であった。石山鑑定書のいう着衣の襟締めを述べた自白調書に至っては1通も存在しない。原原決定があからさまに前面に押し出すことを控えていた石山鑑定書について,原決定が積極的に正面から検討の対象とすべきであるとしながら,絞頸の具体的方法について,タオルを維持するのか,着衣の襟に変更するのか全く沈黙していることは,確定判決の方法論的誤謬を継承しつつ,ますます混迷を深めるものである。扼頸についての自白の具体的態様が維持できない以上(例えば,これではC1の形成を説明できない),そしてそれに代わる説明に成功するどころか,ますます混迷を深めている以上,端的に死体の状況と自白との間には重大な齟齬があると認めるべきである。
 もっとも犯人は犯行のすべてについて正確な供述をするとは限らないということを従来裁判所は繰り返してきた。しかしながら,本件自白に現れている扼頸の具体的態様は強いて姦淫するため被害者の抵抗を抑圧する手段としてなされているところ,姦淫の態様については自白は具体的であり,一貫している。そこには興奮のあまり細部についての記憶が消失したり,変遷したりしているとは全く窺えない。問題は後記のとおり姦淫行為が不可能であるような態様の自白が一貫していることである。さらに死後芋穴に逆さ吊りをしたという自白は,足首に痕跡をとどめていないことなどから虚偽自白であることは明らかである。本件のような強姦殺人・死体遺棄事件において殺す・犯す・処理するという行為の根幹すべてが客観的状況と符合しない自白内容になっていることは単なる記憶の混乱に還元することはできない。しかも強姦・殺害現場の隣の畑で農作業していた人に一切気付かれなかったということもきわめて不自然であり,現場についての自白も虚偽である。根幹部において客観的状況と符合しない請求人の自白は,真犯人ではない者の虚偽自白と言わざるを得ない。
 上山第1・第2鑑定書その他弁護人提出の諸証拠は,以上述べた自白と客観的状況との齟齬を明らかにしており,請求人に無罪を言い渡すべき明白な証拠である。
 原決定は破棄され,再審が開始されるべきである。

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