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   4 日比野鑑定書,I・S,S・Kの各供述調書の新規明白性と原決定の誤りについて

 @日比野鑑定書は「『江』,『刑』,『札』などの3字は小学校の1年から6年までに配当された教育漢字にはなく,当時の当用漢字(今日の常用漢字)において初めて出てくるものなのである。これは筆者の漢字能力がある程度高度なものであって,雑誌『りぼん』によって幾つかの漢字を知ったというが如きは到底信ぜられない。」と鑑定している。ところで同鑑定意見の正鵠を突いていることは,請求人の当初の自供では『りぼん』から援用したという「刑」,「札」の2字が遂に『りぼん』からは発見されなかったということにてらして,あらためてその指摘の重要性を浮き彫りにする。
 原決定は「刑」,「札」について「字画数も多くなく,ありふれた漢字であるから,当時,請求人が身近にあった新聞,雑誌等の印刷物などで見て,習得する機会は比較的容易にあり得たと考えられる」と認定する。しかしこの筆法でいけば,テレビをみていれば書写能力が自然と身につくことになるが,決してそうではないのである。まことに日比野鑑定書がいうように,そもそも『りぼん』から漢字を教わった旨の自供の架空であることは大野鑑定においても同旨の結論を得ているのであって,国語学上の権威が一致して認める所見にはそれなりの証拠価値を付与されるべきである。
 原決定はまた,「江」についても,「刑」「札」と同様に「習得する機会は比較的容易にあり得た」としている。しかしながら,この「江」の字も習得していた認定は,以下の確定判決の認定と根本的に食い違うものであり,ひいては請求人の自白に信用性がないということを自ずから暴露したものとならざるを得ない。すなわち,確定判決は,「被告人は,『りぼん』から当時知らない漢字をふりがなを頼りに拾い出して練習したうえ脅迫状を作成したものと認められる。ところが被告人は漢字の正確な意味を知らないため,その使い方を誤り,仮名で書くべきところに漢字を充てるなどして,前記引用した脅迫文のとおり特異な文を作ったものと考えられるのである。……脅迫文には,捜査段階及び原審公判を通じそれを書くために参考にしたことを認めて争わなかった『りぼん』に出ている漢字例えば…『江』等がその本来の用法には無頓着に多様されているのを見れば明らかである」と認定している。
 原決定は,確定判決の『りぼん』を手本にしたという前提を捨て去ったために,請求人は「江」字も「習得」していたものとしなければならなかったのであるが,「ありふれた漢字であるから」習得していたというのであれば,逆に下記のような不自然な使用法の説明がつかないことになるのであり,原決定の矛盾は明らかである。
 A大野鑑定書も指摘し,日比野鑑定も同旨の結論をみちびいている事項につぎの問題がある。つまり,「当然平仮名で書くべきものを,その音によって無理にあてている漢字が死−し(死出死まう),知−し(ほ知かたら),出−で(車出いく),名−な(は名知たら),江−え(ぶじにか江て),気−き(か江て気名かッたら)など6種類がある。このような不自然な用法は,きわめて作為的であり,故意的であるといわざるを得ない。当然漢字で書くべきものを仮名書きにすることはあっても,その逆(当然,仮名で書くべきを漢字をあてる)は普通にはありえないのであって,筆者が特殊の目的をもってこの脅迫状にのみ使用したものと認められる。」(日比野鑑定書)という問題がある。
 上記論旨は一般人の経験則からもきわめて説得的である。また仮りに普通にはみられないこのような用法(大野鑑定書は『万葉仮名的用法』という)について,請求人が,真実,体験しているのであれば,なぜ,かかる困難かつ作為的な方法によったのか,その動機などを,自供において説明し得た筈である(とくに強盗強姦,殺人を自供したうえでかかる点を隠すなどということは考えられないのである。)。しかし自供はこの作為性については全くふれていない。請求人が体験していない特異な状況,そして一般の経験則からも推知しえない事項については捜査官も誘導のしようがなく,自供を求めず,また求め得なかったと推認される。
 B日比野鑑定書は脅迫状に誤字はすくないのに対比して,上申書における誤字は,正字がみあたらないほどに溢れているのであって,この点を「非常な相違点」となっていると指摘している。上記事実は,筆跡に関する新証拠のほとんどが一致して指摘している事実である。その実際は,原決定のいうように,この相違点は書写する際の心理状況,あるいは作成の目的,場所などによって説明しうるような相違点ではないのである。「捜査官に目撃」されていることによって誤字が生じ,誰も見ていなければ正字で書けるなどという経験則はどこにもありえない。
 C日比野鑑定書は書き癖について,字の形態の差異を除けば「平仮名の『つ』と書くべきところに片仮名の『ツ』を用いている点では上申書と脅迫状と共通しているが,脅迫状には『〇月ツ〇日』(供述調書添付図面参照)のように,余字『ツ』を用いた例はなく,脅迫状の筆者の書き癖とは異なっている」旨指摘するが,無視できない相違点といえる。また「脅迫状では『え』と『江』が混用されているが,上申書では『エ』に統一されており両者の相違点として注目される。」旨の本鑑定書の指摘もまた無視できない。
 日比野鑑定書は「片仮名のツは脅迫状の中には9箇所も見られるが,字形は殆ど正しくツと書かれている。ところが上申書では3箇所に出てくる片仮名のツはすべて縦に3本引いた川のごとき文字になっていて,この筆癖は筆者本人の姓である石川の川と無関係ではないと考えられる。」旨の考察はまことに肯綮にあたるものと評価である。
 D『りぼん』を手本に,脅迫状を作成し得たかの問題については日比野鑑定書は不可能と認定し,大野鑑定書と同一結論に達している。すなわち「短時日の間に『りぼん』の如き雑誌から,たとえ振仮名が付されてあったとしても必要となる漢字を音訓によって拾い出すことは不可能である。」とし,「又は自ら発見しえたとしてもそれらを正確に写しとることができたとは考えられない。上申書に書かれた漢字が殆ど誤っていることからしても,この想像は裏付けられるはずである。」というのであって,まことに説得的である。
 そして,「もし筆者が初めから知らなかった漢字を,少なくとも平素から見慣れていなかった漢字を,雑誌『りぼん』のごときものから捜し出し書写したとすれば,その筆跡は必ずたどたどしい自信のないものとなり筆勢に著しい渋滞が生じ誤字が続出したであろうことは言うまでもないところである。」と断じている。本件脅迫状が請求人によって書写されたものでないことは,日本漢字能力検定協会長としての長年の経験の集積から出た結論であって高い証拠価値を有すると判断される。
 以上の次第であって,本鑑定書が請求人の能力では『りぼん』を手本としても本件脅迫状を作成することは不可能であるとの結論は正確といえ,原決定が本鑑定書の明白性を否定したことの誤りであることは明白である。

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