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狭山事件特別抗告申立書補充書 15

          

第14 足跡に関する原決定の誤り

1 はじめに

 原決定は、弁護人提出の井野・湯浅鑑定および第2次再審の異議審において提出した山口・鈴木鑑定、同補足意見書の信用性を否定し、「関根・岸田鑑定書の鑑定結果に依拠して、押収地下足袋と現場石膏足跡の証拠価値を認め、これを『自白を離れて被告人と犯人とを結び付ける客観的証拠の一つであるということができ(る)』と判示した確定判決の判断に誤りは認め難いとした原決定は、相当である」と判示したが、明らかに誤りである。
 以下、その理由を明らかにする。

2 足跡問題における経過と争点

(1) 足跡問題における争点

 原決定及び原々決定は、3号足跡が本件押収地下足袋によって印象された蓋然性がすこぶる高いと結論づけたが、その理由は唯一、3号足跡に押収地下足袋の「あ号破損」が印象された蓋然性がすこぶる高い点のみであった。これらの決定からもはっきりとしているように現場足跡3個と請求人宅から押収された地下足袋左右一足との類似性という足跡に関する争点は、
 第1に、比較に値する証拠価値があるとされる対象が3号足跡に限定され、
 第2に、本件地下足袋と3号足跡とが類似しているかどうかの判断は、本件地下足袋の「あ号破損」が3号足跡に印象されているかどうかに絞られている、
 ことが明白である。

(2) 足長問題に関する経過

 @確定判決
 確定判決は、関根・岸田鑑定を詳しく引用し、以下の同鑑定の結論の信用性に疑いをさしはさむ余地はない、と結論づけている。
 「1.鑑定資料(一)の1号足跡は、同(2)の左足地下足袋と同一種別・同一足長と認む。2.鑑定資料(1)の2号足跡は、同上(二)の右足地下足袋によって印象可能である。3.鑑定資料(1)の3号足跡は同上(二)の右足地下足袋によって印象されたものと認む。」
 このように、関根・岸田鑑定では、3号足跡が本件地下足袋によって印象されたと鑑定しているだけでなく、1号足跡と左足地下足袋とも同一種別・同一足長と認め、また、2号足跡は本件地下足袋によって印象可能であると鑑定しているのである。
 そして、確定判決は、1ないし3号足跡の足長について、関根・岸田鑑定に全面的に依拠して、押収地下足袋の足長と同一と判断していたのである。

  A第1次再審段階の判断
 これに対し、第1次再審異議申立棄却決定は、押収地下足袋と現場足跡の大きさの比較に関し、「3号足跡の大きさに関する検証に際し、甲布部部分の印象とも、移行によるずれとも思われる部分を含む長さを前提にした検討では、正確な結論は得られない」「現場足跡は、土の付着した地下足袋によって印象されたものであるうえに、その踵の後部に、甲布部分の印象とも、移行によるずれとも思われる部分が付着していて、ゴム底の最外側に当たる部分の位置が明確にはわからないものであるから、もともと厳密な測定はできない」旨判断するに至った。
 第1次再審特別抗告棄却決定も、前記異議申立棄却決定と同様、「現場足跡については、かなりの量の泥土が付着した地下足袋によって印象され、かつ移行ずれ等もあるから正確な計測ができない」ことを認めている。

 B第2次再審段階の判断
 原々決定は、現場足跡が押収地下足袋よりも大きいことを明らかにした井野第1、第2鑑定を否定するにあたって、「現場足跡は、地下足袋に付着した泥土(足跡の底面、輪郭とも全般的に印象状態が鮮明でないことから、単に足袋底のみならず、地下足袋の周囲にも相当に付着していたことが察せられる)、踏み込みによる移行ずれ等の影響を受けて、地下足袋の本来の底面よりも全体的にやや大きく印象された」と認定するに至った。現場足跡が対照足跡より「計測値がやや大であるからといって、そのことから直ちに、現場足跡を印象した地下足袋の方が押収地下足袋よりも文数(サイズ)が大であると結論することは相当ではない」というのである。
 第二次再審請求棄却決定が、第一次再審の各決定よりさらに踏みこんで、「現場足跡は対照足跡(押収地下足袋)よりも計測値が大である(大きい)」「現場足跡はそれを印象した地下足袋本来よりも大きく印象されたもの」「底面、輪郭とも全般的に印象状態が鮮明でない」と認定したことは重大である。
 しかし、すでに見たように、確定判決が依拠した関根・岸田鑑定は、1号足跡を押収地下足袋と「同一種別、同一足長と認む」とし、3号足跡についても、同鑑定書(三)において、3号足跡の一致検査として、「足長は約二四・五糎内外、足巾は約九・二糎と見るのが妥当」とし、一般検査成績においても、3号足跡と押収地下足袋とが「足長約二四・五糎、足巾約九・二糎」として、「3号足跡は押収地下足袋によって印象されたもの」との同鑑定書の結論を導いていることは明らかである。
 関根・岸田鑑定は、明らかに、現場足跡と押収地下足袋(対照足跡)の計測値が二四・五糎で同じであるとしていたところ、原々決定はそれを否定しているのである。
 原々決定は、弁護側の井野第1、第2鑑定の明白性を否定せんとして、確定判決が依拠した関根・岸田鑑定の証拠価値を否定せざるをえなくなったというべきである。
 原決定は、現場足跡が押収地下足袋と現場足跡の足長が一致しているとの関根・岸田鑑定に信を措かず、現場足跡が押収地下足袋によって印象されたものかどうかという判断に際し、もはやこの論点を取り上げることさえしなくなった。
 原決定は、原々決定が「現場足跡は地下足袋本来よりも大きく印象された」として、現場足跡と押収地下足袋をともに24.5糎とした関根・岸田鑑定と矛盾をきたしていることを無視せざるをえなかったというべきであろう。
 現場足跡は、その大きさが同一性判断の基準とはなりえず、証拠価値のないものであることを原決定、原々決定みずから認めているといわねばならない。

(3)他の破損痕について

 関根・岸田鑑定は、3号足跡における「あ号破損痕」以外に、他の破損痕についても、以下のとおり極めて強引にその存在を認定している。
 @2号足跡には「あ号破損痕」が認められない(証人岸田政司もこの事実を肯定している―2審第49回公判―、鑑定書の一般検査成績表にもその旨の記入すらない。)。ところが、同鑑定書の第5図の2号足跡についての説明には「J点は、地下足袋の破損こん跡と認められる」と作為的な記載をしている。
 A2号足跡におけるう号破損の印象の有無について、関根・岸田鑑定は「側縁部、内面等に形状は相違状を呈している」と認めながら、他方で何の根拠もなく突如としてう号破損と2号足跡のその該部分との間に「高度の酷似性」があると極めて杜撰かつ恣意的な鑑定をしている。
 Bい号破損は、不規則な断面でもって1センチメートル以上も欠け相当な深さがある。ところが、2号損跡にはこれに匹敵する広さ深さを備えた窪みはなく、い号破損痕は認められない。にもかかわらず、前期鑑定書の「比較検査」(八)、(1)で、い号破損痕が認められるかのような恣意的な記述をしている。
 これらの鑑定結果は、再審段階ではいずれも排斥ないし無視されているところである。

(4)3号足跡のあ号破損痕が唯一の争点

 押収地下足袋と現場足跡との大きさの比較及び破損痕の存否に関して、確定判決と再審段階における各決定とを比べると、次のことが明らかである。
 確定判決では、十分な検証もないまま、足長・大きさやすべての破損痕とされる部分を含め関根・岸田鑑定結果全体にわたってすべて、その信用性が肯定されていた。しかし、再審段階におけるいずれの決定も、現場足跡には、地下足袋の泥土付着、甲布部分の印象や移行に伴うずれが生じていることから、現場足跡の大きさを正確に計測できないことを認めざるをえなくなったのである。このことは、地下足袋と現場足跡の大きさが一致するとの関根・岸田鑑定書の鑑定結果に依拠して、押収地下足袋によって現場足跡が印象されたとの結論を導きだせないことを意味しているのである。また、3号足跡における、あ号破損痕を除く他の破損痕についても、それが存在すると認定したのは確定判決のみとなった。
 そのため、原決定や原々決定は、押収地下足袋と現場足跡との大きさが一致しているかどうかや他の破損痕の存在を問題外として、足跡に関する争点として、3号足跡にあ号破損痕が存在しているかどうかだけを採り上げることになったのである。
 以上のとおり、足跡における争点は、3号足跡にあ号破損痕が印象されているかどうかの1点のみとなったのである。

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3 3号足跡の証拠価値について

(1)証拠価値として必要な鮮明性

 現場足跡が犯人着用の履物によって印象されたものか否かの同一性識別のためには、現場足跡は鮮明なものでなければならない。このことは、当然の事であるが、捜査・裁判実務の経験を踏まえて、以下の指摘がなされている。
 開山憲一検事は、「当該足跡が鑑定に適するものであるかどうかを(足跡の印象状態から)よく検討する必要がある」と指摘している(司法研修所検察官教室監修「犯罪捜査の実務」264、265頁)。
 津地裁四日市支部昭和53年5月12日四日市青果商殺し事件判決は、鑑定の対象資料である写真原版が不鮮明であること等を理由として、被告人所持の靴と現場足跡との損傷痕等の特徴が酷似しているとの警察鑑定の証拠価値を否定している(判例時報895号38頁以下)。

(2)3号足跡の不鮮明さ

 3号足跡も、1、2号足跡と同様、対照足跡と比較してその鮮明さは大きく劣っており、明らかに著しく不鮮明である。ちなみに、関根・岸田鑑定も「全般的に横線模様が不鮮明」と指摘している。
 以下、改めて、具体的に、3号足跡の不鮮明さを指摘する。

 @外側縁
 地下足袋の足跡の輪郭は外側縁によって画される。しかるところ、地下足袋のあ号破損は、3ないし3.5ミリメートル幅の外側縁が、竹の葉模様のほぼ左端溝部外側縁を基点とし、約38ミリメートル程度の間が厚さ約1ないし2ミリメートル程度ゴムが剥がれ、弓状に外側つまり左側にゆるく膨らみ屈曲しているという特徴がある。対照足跡の場合、あ号破損痕が位置する外側縁は、関根・岸田鑑定書の第8ないし13、16、23、25、27、28、30、32、33、35、37、38図等の写真から一目瞭然としているが、3号足跡ではあ号破損痕の前記特徴のある外側縁が印象されているのかどうか全く不鮮明である。そのことは、対照足跡とは全く異なって、3号足跡には、外側縁の幅が印象されていないことを示している。

 A縫い目
 対照足跡には、地下足袋の外側縁の元々の原位置の破損部位(関根・岸田鑑定の命名するE線)やその内側つまり右側に溝部さらには溝部内の縫い目、及び溝部右端すなわち竹の葉模様の左端切れ目を結んだ線(同鑑定のD線)が印象されている。これに対し、3号足跡は、これらのいずれもが極めて不鮮明である。

 B張出し形状
 山口・鈴木鑑定は、三次元スキャナで3号足跡の断面形状を連続的に観察することにより、あ号破損痕とされる部分に、90度以上で横にせり出している庇状の張出し形状が印象されていることを確認した。この張出し形状は、山口・鈴木鑑定の図4ー9で示されたように、滑り止横線模様の3本線の一番踵寄りの線からやや踵よりの位置にあって、右3本線の真中の線と一番踵よりの線との間隔に匹敵する長さがある。後に援用する関根・岸田鑑定の第65図のabcの三角形でいうと、bとcを結ぶ線に沿って、bからcに向かって、およそ65パーセントの位置から始まって90パーセントまで続いており、bc間のおよそ4分の1程度の部分を占める。山口・鈴木鑑定添付の100枚の写真では、32番ないし40番で確認される。

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4 関根・岸田鑑定の恣意性

 これに対し、関根・岸田鑑定は、3号足跡にあ号破損が印象されていると決めつけている。しかし、関根・岸田鑑定は、以下のとおり、余りにも独断かつ恣意的なものであって、到底信用できない。

(1)あ号破損痕の観察について

 @外側縁
 関根・岸田鑑定は、前記外側縁が対照足跡のF線と同じように、3号足跡にも印象されていると断定している。しかしながら、平面観察によっても到底そのように断定できるものではない。

 A縫い目等
 関根・岸田鑑定は、対照足跡のD、E線が3号足跡にも印象されていると断定する。しかし、この鑑定は、3号足跡の該当部分が極めて不鮮明であるのに、恣意的かつ独断で一方的に決めつけている、との批判を免れない。

 B張出し形状
 張出し形状は平面写真を中心にした肉眼観察では明確にとらえることはできず、このような形状の存在を見過ごした関根・岸田鑑定の限界を露呈している。

(2)三角測定について

 @関根・岸田鑑定における三角測定
 関根・岸田鑑定における三角測定とは、写真上で、押収地下足袋の対照足跡と3号足跡のそれぞれの足弓部側より第2線の右端をa点、破損開始点の足先部の方をb点、踵寄りをc点とし、各点を結ぶ線の距離、角度等を測定した数値比較である。同鑑定は、3号足跡と本件地下足袋とは、bとcの距離が約0.5ミリメートルの差がある以外、ab、caの距離は一致し、abcを結ぶ三角形の各頂点の角度も同じと測定している。これが、あ号破損が3号足跡に印象されていると結論づける関根・岸田鑑定の大きな決め手になっている。
 その鑑定結果は、次のとおりとされている。

 区分 種別       3号足跡       押収地下足袋

aとbの距離     約30ミリメートル    約30ミリメートル

bとcの距離     約38.5ミリメートル   約38ミリメートル

cとaの距離     約29ミリメートル    約29ミリメートル

abとacの角度   約81度         約81度

baとbcの角度   約48度         約48度

caとcbの角度   約50度         約50度

 A三角測定の基本的問題点
 関根・岸田鑑定は、「破損開始点のほぼ中央部」としてb、c点をとったというが、対照足跡のあ号破損痕に対し、3号足跡のあ号破損痕とされる部分は極めて不鮮明であるから、対照足跡b、c点に合致する3号足跡のb、c点、ましてやその「ほぼ中央部」かどうかを正確に特定することは土台無理である。ところが、関根・岸田鑑定は、あえてこの無理を犯して、平面写真上で、3号足跡写真のabc点を、対照足跡写真のabcと各間隔及び角度が一致するように恣意的に選択したものというほかない。
 その結果、前記数字のごとくピッタリ一致するかのような結論が導きだされているのである。

 B立体分析
 しかし、山口・鈴木鑑定は、3号足跡と対照足跡の立体形状の比較検証によって、次のとおり両者の三角形は異なった形状であることを客観的に証明した。
 関根・岸田鑑定は、対照足跡と3号足跡の白黒平面写真上に、abcの3点をとり、その距離、角度を計測したもので、あくまで写真上での平面測定である。このような測定方法は、そもそも、次のような致命的な欠陥がある。
 写真は、二次元つまり平面に投影された情報である。したがって、関根・岸田鑑定は二次元図形の比較を行っているに過ぎず、奥行方向の情報が欠落している。山口・鈴木鑑定が三角柱を用いて示したように、奥行情報が欠落していると、三次元空間つまり立体の比較では、異なる傾きを持った、異なった形状であるにもかかわらず、平面上では、同一の三角形に見えることがある。関根・岸田鑑定は、こうした錯覚に陥る危険性について何ら配慮しておらず、立体的にも同じ三角形であるのかどうかについて正確な分析ができていないのである。このように、関根・岸田鑑定の三角形測定比較は、立体形状としての足跡に対する分析として、致命的な欠陥がある。
 こうした平面観察の欠陥を克服するため立体分析をした山口・鈴木鑑定は、関根・岸田鑑定が第65図で平面写真上に書いた3点abcが三次元の形状の上では、異なる三角形であることを明らかにした。
 更に、山口・鈴木鑑定は、3号足跡と対照足跡について、2つの三角形の立体形状を比較検証し、両者は、三次元空間においては全く異なった形状となっていることをも客観的に証明した。
 これらの分析により、三次元形状における実際の三点の位置を示していない平面写真上の三角形を用いて形状の類似性を言う関根・岸田鑑定には信用性がないことが明らかとなった。
 このように、3号足跡のあ号破損痕とされる部分のabcの三角形は、平面写真上のそれと立体形状のそれとは大きく異なり、かつまた3号足跡の三角形の立体形状と対照足跡の三角形の立体形状とは全く異なった形状であることが明確である。したがって、これらの相違からいって、そもそも、現場足跡と対照用足跡との間の「許容範囲内の誤差」を問題にする余地がないことは疑いない。

(3)恣意的な鑑定結果の由来

 関根・岸田鑑定作成に先立って、請求人宅から地下足袋を押収する以前の昭和38年5月4日に、関根報告書が作成されている。
 この関根報告書では、現場足跡は3個とも、10文ないし10文半とされていた。ところが、地下足袋が押収され、9文7分と判明した後、関根・岸田鑑定で現場足跡は9文7分と重大な変更が加えられるに至ったのである。
 また、前記関根報告書においては、損傷特徴について何ら具体的な指摘をすることができなかったにもかかわらず、関根・岸田鑑定の段階になってはじめてあ号損傷痕が「発見」されるといった経過を辿ったのである。
 こうした経過からも、関根・岸田鑑定の作為性が裏付けられている。

(4)小括

 4項(1)ないし(3)の諸点及び2項(3)の他の破損痕に関する恣意的な独断など諸般の事情から、関根・岸田鑑定が、有罪根拠づくりの作為的な鑑定であることは明らかである。

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5 原決定の重大かつ根本的な誤り

 原決定は、原々決定と同様、「3号足跡の印象状態が粗いにもかかわらず、その形状、大きさ、足跡内の印象部位(3号足跡に顕出している3本の横線縞模様との相対位置から、押収地下足袋の「あ号破損」、対照用足跡の「あ号破損痕」との対比が可能である。)等の諸点で、誠によく合致しているのであり、これが偶然の符合とは考え難く、3号足跡により保存された右足の現場足跡が、押収地下足袋の右足用によって印象された蓋然性はすこぶる高いということができる。」という決めつけで事足れりとしている。
 こうした独断は、結局のところ、恣意的な関根・岸田鑑定をそっくりそのまま鵜呑みにするものであって、およそ科学的かつ合理的判断とはいえず、重大かつ根本的な誤りを犯すものである。
 前述した諸点から、原決定の誤りは一点の疑う余地もなく明らかであるが、以下のとおりその理由を念押しし補充する。

(1)不鮮明さを無視した恣意的な決めつけ

 @3号足跡の不鮮明性と原決定の独断
 3号足跡にも、それを印象した地下足袋の泥土が付着し(関根・岸田鑑定もその事実を認めている。)、また、移行によるずれが存在している(1、2次再審における各決定も認定しているところである。)。それらに加えて、地下足袋の底面の捩れや撓み、履く者の歩行上の習癖、地面の状況など、様々な要素が複雑に絡み合い、そのため、3号足跡は、全体として、本件地下足袋にある横線模様の大部分が印象されておらず、い号破損痕及びう号破損痕の存否が不明であるなど不鮮明で、かつまた、あ号破損痕とされる部分も前述したとおり極めて不鮮明である。ちなみに、原々決定も「底面、輪郭とも全般的に印象状態が鮮明でない」と認め、また原決定も、「3号足跡の印象状態が粗い」「全体的に底面の印象状態は劣悪」という事実は認めざるをえなかった。
 ところが、原決定は、3号足跡のこうした客観的状態を全く無視して、なんらの具体的根拠を示さないまま、「その形状、大きさ、足跡内の印象部位などの諸点で誠によく合致している」と決めつけているのである。これは、科学的解明を放棄したうえでなされたすこぶる非科学的な独断といわざるをえない。

  A張出し形状の無視
 山口・鈴木鑑定は、3次元スキャナを用いた立体形状の精緻な観察により、3号足跡のあ号破損痕とされた部位には、対照足跡には見られない、しかも、通常の印象方法では説明できない不可解かつ極めて特徴のある張出し形状が存在していることを明らかにしている。
 この張出し形状は、あ号破損痕とされる部分の約4分の1にもわたっており、その部分が真にあ号破損痕といえるのかどうかを決定する上で重大な障害物となるものである。
 ところが、原決定はこの張出し形状を完全に無視した。そのことは、張出し形状の有無に全く言及していない事からも明白である。このように、原決定は、あ号破損痕の存否ないし3号足跡の証拠価値の決定に重大な障害物となっている張出し形状を 無視した点で、致命的な欠陥を有しているとの批判を免れない。

 B立体形状の無視
 原決定は「3号足跡と対照用足跡の同一性の判断において、3次元空間での形状の厳密な意味での同一性を決め手にするのが合理的かつ実際的か疑問なしとしない」とし、その理由として、「地下足袋の底面自体の捩れや撓み、履く者の歩行上の習癖、地面の状況など、様々な要素が複雑に絡み合い、影響し合って印象されていると認められるのであるから、対照用足跡との間に誤差が生じる」からだというのである。
 しかし、失当である。
 地下足袋も足跡のいずれも、立体である。立体どうしの同一性判断は、本来、立体分析で行う方が平面観察よりも正確な結論が得られることはいうまでもない。少なくとも、平面観察とあわせて立体分析をも十分参酌すべきである。原決定は、こうした分析方法の出発点ですでに問題を抱えている。
 しかも、原決定は、前記印象条件等によって、同じ履物で印象しても、現場足跡の3次元形状と対照足跡の3次元形状との間で、誤差が生じるから同一性の決め手にならないという。
 しかし、そのように単純に決めつけられるものではない。同一ではないから、立体形状に差異が出ている場合もあることは当然であり、同一ではあるが立体形状に差異が出ているといえるためには、それ相当の論証・理由づけが必要である。
 しかも、立体上の誤差は平面にも投影されるのであるから、平面写真上での同一性判定にあたっても、立体上の誤差と平面上の誤差との関連性にも相当の分析が加えられなければならない。こうした立体分析なしには、平面に現れた誤差が、両者が別物によって印象されたのか、同一物によって印象されたのだが印象条件等の違いでそうなったのかのいずれであるかについて、正確な結論は得られないというべきである。
 こうした諸点を無視した原決定は、非科学的な判定方法を採用しているとの批判を免れない。

(2)三角測定の誤り

 原々決定、原決定は「3本の横縞模様との相対位置から対比が可能」といい、「その形状、大きさ、印象部位等の諸点で誠によく合致している」としていることから、そのよりどころは関根・岸田鑑定の三角測定と見られる。ところが、原決定は、「関根・岸田鑑定の測定値の一致なるものは、実際の3点間の距離、角度を測定したものではなく、平面に投影された写真上での測定であり、その測定値には何の意味もなく、むしろ一致していることに恣意性すら疑われる。」との山口・鈴木鑑定のまっとうな指摘を完全に無視するものである。
 原決定は、こうした3角測定に関する誤った評価により、関根・岸田鑑定を信用できるという誤った結論に陥ったことが明白である。
 そのことは、山口・鈴木鑑定の以下の指摘からも明らかである。
 「ここで問題となるのは、関根・岸田鑑定で、3点abcの特定方法が示されていない点である。測定誤差とは、再現可能な手法で(複数回)測定した際に、測定結果のズレが一定範囲内に収まることが保証されているとき、そのズレの範囲が測定誤差となる。aについては滑り止め模様の3本線のうちの中央線として特定できるが、破損痕とされる膨らみ形状の端点b、cについては、「破損開始点のほぼ中央部」と記述されているだけで、この点を正確に特定することはできない。つまり、bcの2点は如何様にも取ることが可能であり、何を測定しているのかを明らかにしていない。その意味で、関根・岸田鑑定の三角測定では、誤差を論じることはできないのである」「関根・岸田鑑定の三角測定では、何よりも測定対象が明確にされておらず、測定誤差を議論することに無理がある。また、測定方法も3次元形状を2次元の写真上で比較するという誤りを犯している。その意味で、関根・岸田鑑定には2重の問題がある」。
 このように、関根・岸田鑑定におけるbc点の取り方は、あ号破損痕とされる部分が不鮮明である事に付け込んで、対象足跡と合致するように作為的に行われたものであって、三角測定が一致するという同鑑定の結論には何の意味もない。
 にもかかわらず、同鑑定のこのような作為的なbc点の取り方を看過した点で、原決定には重大な誤りがあるというべきである。

(3)「誤差の範囲内」という誤り

 原決定は、「関根・岸田鑑定書は、右足の現場足跡と対照用足跡の符号に関して、比較測定数値に若干の差異はあるが、上記のとおり、立体足跡の場合、印象箇所、土質の柔軟度、歩行速度、歩幅、姿勢等により重心の移行、地面に及ぼす重圧等がその都度変化するので、印象された形状も同一ではなく誤差が生じるのであるが、各数値を見ると、同一の履物で足跡を印象した場合の許容範囲内の誤差であ(る)」と判旨している。
 しかし、前述したとおり、3号足跡は不鮮明であって、同一性を判定しうる証拠価値はない。にもかかわらず、関根・岸田鑑定は、同一という結論を導き出すために作為的に数字合わせを行っている。このように、比較測定値に価値が無い以上、許容範囲内の誤差かどうかを問題にする余地はないというべきである。
 原決定は、関根・岸田鑑定のこれらの作為的な測定数値に目をつぶり、「初めに結論ありき」の姿勢で、同鑑定は「何が何でも正しい」と決めつけてしまったのである。

(4)特徴要素の不在論について

 原決定は、「顕出面に同一性を否定すべき特徴要素が全く存在しない」とした関根・岸田鑑定の妥当性・有効性を認めている。
 しかし、誤りである。
 3号足跡に特徴要素が無いのはそれが不鮮明だからであって、それ以上に、同鑑定の信用性を高める要素にはなり得ないからである。むしろ、立体形状分析からは「張り出し形状」という「同一性を否定すべき特徴要素」が存在するのであり、それを見落とした関根・岸田鑑定に妥当性はないと言う

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6 まとめ

 以上のとおり、関根・岸田鑑定は、「印象条件の違いによる誤差を考慮した上、  各観点から比較検査を実施したものであって、その鑑定方法は、客観的妥当性のある信頼度の高いもの」とは到底言えず、それを根拠にした確定判決の事実認定には明らかに事実誤認ないし、その合理的な疑いがある。
 最後に、繰り返しになるが、改めて次の点を強調しておく。
 原決定が決め手としたあ号破損痕とされる個所は、現場足跡のわずかを占めるだけであるところ、泥土の付着、移行ずれ等が原因となって不鮮明極まりない状態にある。そのようなごく一部の不鮮明な部分を持ち上げそれを決め手として、3号足跡が本件地下足袋によって印象されたという結論を導き出すような認定方法は、裁判の科学的合理性に著しく反するものであって、絶対に許されない。
 以上のとおり、原決定は、足跡についても、新旧証拠の総合評価の上にたって、確定判決の事実認定の再評価をせず、明らかに誤ったものである。原決定及び確定判決の誤りが、今こそ正されなければならない。

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