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狭山事件特別抗告申立書補充書 10

          

第9 死体運搬についての、渡邊謙・中塘二三生共同作成の意見書の新規明白性と原決定の誤りについて

1 渡邊・中塘意見書、再意見書についての原決定の誤り

 自白内容をその筋書きに沿って、すなわち犯行過程を事件当時に類似する条件下で再現し、そこに現われる不合理、不自然さを通して虚偽自白であることを実証するやり方は、たとえば免田事件のいわゆる「逃走経路」の再現実験トレース(判例時報939号20頁 第6次再審抗告審決定)にもみられるところである。
 「ダミー運搬実験に基づく意見書」(以下「渡邊・中塘意見書」という)ならびに「ダミー運搬実験 再意見書」(以下「再意見書」という)は、本件当時体重54キログラム、身長156センチメートルの被害者(以下死体という)を、請求人が、自白どおりの方法で、約200メートルにわたって、一度も休むことなく運搬することは不可能であることを、科学的実験(バイオメカニクニクス)によって明らかにしたものである。
 しかるに、原決定は、死体運搬方法に関する請求人の自白を引用したのちに、その供述の中に「被害者の死体を殺害現場から芋穴まで200メートル余りの距離を運ぶ間、持ち替えて担いだり、小休止を取ったか否かについては記載がない。しかし、その旨の供述記載がないことから、直ちに、運搬の途中で持ち替えや小休止を全くしなかった趣旨に解するのは、必ずしも当を得たものとはいえないというべきである」と判示し、渡邊・中塘意見書、再意見書にたいし、「両意見書の実験結果は、その前提において問題があり、本件死体の運搬に関する請求人の自白の真実性を疑わせるものとはいい難い」と判示した。

2 死体運搬についての請求人の自白

(1)経験則について

 自白の方法によって、200メートルの距離を一度も休むことなく一気に死体を運搬することが果たして可能であるか否かについては、誰しもが疑いを抱くであろう。『刑事裁判ものがたり』(渡部保夫著 潮出版社 1987年)において、最高裁の調査官であった著者の体験として明らかにされているところの「意識喪失の少女(体重約45キログラム)を2人の男が約220メートル運搬した」という自供について、著者自らが実験してみたという事例が紹介されたことを想起していただきたい。本件においては、体重はさらに約10キログラム重く、しかも運搬した犯人は1人であり、前者にして休むことなく運搬することが不可能だとすれば、本件において不可能であることは、比喩的には科学的法則にも準ずる結論として、受け入れざるを得ないといっても過言ではない。
 ところで上記の原決定が、運搬の困難性を感じとったうえでの結論(最高裁において、控訴審判決破棄の差し戻し。第二次控訴審判決で無罪が確定)であることは、その論旨からも明らかであって、念頭にいれておくべきことである。
 請求人の自白を引き出した捜査官らは、請求人を、大変な力持ちに仕立てあげている。捜査官もまた、きわめて困難な作業であることを、経験則上知り得ていて、請求人にここで躓いてもらっては困るからであった。死体運搬についての自白の量から推して、それの何倍かにわたって、捜査官は請求人に質問を積み重ねていると推測される。あるいは『小休止したであろう』とか、あるいは『肩にさげて運搬したのではないか』などである。
 もし請求人が真実被害者の死体運搬を体験しているのであれば、なぜに、「小休止」の事実を隠す必要があろうか。すでに重大なる犯罪を告白していることに徴して、一層このことは強調されてよいであろう。

(2)死体運搬についての自白内容

@「死んだYちゃんを頭を私の右側にして仰向けのまま両腕にのせ、前へささげるようにして40−50米運んだ」(6・25員)
A「Yちゃんの体を仰向けにして頭が私の右手の方に、足が私の左手で支えるようにして前へ堤げるように抱いて運んだ」(7・3員)
B「首と足のところに私の両腕を入れて抱え入れて抱え上げて運んだ」(6・25検)
C「両腕で首のところと足の方に下から手を入れ抱えて運んだ」(7・1検)
D「両手で首付近と足を抱えるようにして運んだ。引きずったことはない」(7・8検)
 上記自白内容には、全く臨場感が欠落していることに気づかざるをえないのである。    
(3)迫真性の欠如について

 本件自白方法による運搬の検討について考慮すべきことは、それが夜間で、しかも平坦な地面ではなく、原2審第3回検証調書第1見取り図B点からE点までの地面状況は、同添付の(28)から(36)の各写真に示されるように、雑木、溝、畦道、茶の木があり、雨のため土壌が泥様化し、場所によってはぬかるみ状態であったと推測される。
 渡部・中塘意見書の実験は、昼間、大学のグランドで実施されており、そのような条件でも、休むことなく一気に運搬することが不可能であることが実証されているのである。
 請求人が真実死体を運搬したのであれば、その自白内容に、遭遇したに違いない困難さ、何回休んだ、転んだ、手・足をすべらし死体を地面に落としたという体験が自然と語られていて当然である。しかるに、請求人の自白には、その雰囲気すら微塵も出ていないのである。
 これらの不自然さは、捜査官が想像力を欠き、細かい供述までも引き出しておかなかったからということでは、とうてい払拭できるものではないのである。
 渡部・中塘意見書ならびに再意見書が指摘するように、重量物運搬の方法として、そもそも両手を前に出して、その上に重量物を抱えるようにして運搬すること自体、きわめて不自然なことであって、このことは誰もが気づくことである。普通一般人にして、死体を200メートルも運搬したなどという経験を有する筈はなく、結局、想像に頼らざるを得なかったのであって、迫真性・臨場感に欠けていることもまた当然のことであった。
 被告人が死体を運搬していないことは、自白と捜査過程ならびに両意見書を総合評価して明らかというべきである。
 原決定は、「小休止したことを自供していないから小休止していないとはいえない。」旨述べるのであるが、捜査過程を逐一、まじめに、公正に検討すれば、同判示が屁理屈にしかすぎないものであることを知りうるのである。
 新証拠である渡邊他一名の共同意見書が、請求人の、「死体を運搬した」旨の自白の真実性に合理的疑いを生ぜしめていることは明らかである。

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