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狭山事件特別抗告申立書補充書 9

          

第8 殺害現場付近で農作業中の者の存在についての原決定の誤り

1 原決定はO・Tの供述を正当に評価していない。

 弁護人は、これまでの裁判過程において、請求人の「犯行現場」に関する自白は、それ自体が不自然・不合理であり、自白のみに基づいてなされた事実認定は、経験則に著しく違反し、何人をも納得せしめるものではないことを再三にわたって主張してきた。
 確定判決は、請求人の自白に基づき、請求人が加佐志街道のエックス字型十字路で被害者と出会い、被害者を「犯行現場」とされる雑木林に連行し、強姦・殺害を行ったと認定している。しかしながら、被害者は16歳の高校生であり、見ず知らずの男性から「ちょっと来い、用があるんだ」といわれて、何らの抵抗をするでもなく連行に応じるはずがない。付近の農耕者にたいして助けを求めるのが通常考えられる事態の推移である。
 しかも、被害者を連行した動機について、強姦目的なのか金員喝取目的なのかについて、自白は一定していない。さらに「犯行現場」について、請求人の自白を裏付ける客観的証拠が一つだに発見されていないということは重要である。請求人にたいする「引き当たり」捜査もなされていない。さらに、被害者の後頭部には外出血が認められる生前の損傷があり、請求人の自白が事実であるとすると、「犯行現場」から、血痕が発見されなければならないが、ルミノール反応検査が実施されているにもかかわらず、血痕は発見されていない。
 このような状況のなかで、第一次再審請求の特別抗告審段階に至り、O・T関係の証拠が発見された。「犯行現場」に隣接する畑で、「犯行」時間帯と重なる時間帯に農作業を行っていた人物がいたという事実が明らかになることによって、従来の弁護人の主張の正しさが決定的に裏付けられるに至った。
 原決定は、同人の員面、検面調書の供述内容と弁護人に対する2通の供述内容との相違点を取り上げ、「弁面2通は、事件からそれぞれ18年、22年の歳月を経てから、求めにより、当時を思い起こして供述したものであり、前記捜査官に対する供述に比して、より正確であると認め難いといわなければならない」などとして、同人の供述を正当に評価しなかったばかりか、強引にねじまげて判断をしている。
 しかしながらO・T関係の4通の捜査報告書、同人の員面、検面調書の供述内容と弁護人に対する供述内容とは、基本部分においては一致しているのである。請求人の自供に基づいて確定判決が認定した「犯行時間帯」に「殺害地点」から、約30メートルの至近距離で除草剤撒布の農作業を行っていたにもかかわらず、同人は請求人・被害者の姿を見ておらず、被害者の悲鳴も耳にしていない。さらに、請求人もO・Tの存在について供述していない。これらは動かすことのできない事実である。
 原決定は、同人の捜査官に対する供述中、「声の方向や男女の別などは分からないが、誰かが呼ぶような声が聞こえ」たという供述を、「請求人の自白に沿うものと見ることができるのであって、これと相容れないものではない」と強引にねじ曲げて判断している。同人が「誰かが呼ぶような声」を聞いたのは、原決定の認定している殺害時間帯以前の「午後3時半から4時頃の間」のことであり、男女の別も方向も分からないものであり、「キャー」「助けてー」というものとは全く異質のものである。5月30日付捜査報告書には、「午後3時半から午後4時頃の間のことであるが、方向、男女の別は判らないが、誰かが呼ぶような声が聞こえ」、「誰かが呼ぶような声」を聞いたとき、「雨が少し降っていたので急いで仕事を続行し午後4時30分頃除草剤が終わったので仕事をやめ」た旨の記載がなされている。6月2日付捜査報告書には「作業を始めてから終わる迄、降雨のため軽三輪車の中に入り、雨やどりしたのは1回、約5分位、それは妻が洋傘をとりに来た後(午後2時半頃から午後3時頃の間)のことである」と記載されている。当時の降雨状況についての入間基地からの回答書では、午後3時26分から午後3時39分の間に降雨が記録されているのであり、同人の「誰かが呼ぶような声」を聞いたのは「午後3時半から4時頃の間」であり、それを聞いたとき、「雨が少し降っていた」という供述は、右降雨状況とも付合しており、確定判決の認定している殺害時間帯と重ならないことは証拠上明白である。原決定はこれらを無視し、強引に「誰かが呼ぶような声」を「悲鳴」と結び付けているのである。
 殺害場所とされた四本杉から約30メートルの至近距離で、桑畑に除草剤を撒布する農作業に従事していたO・Tの「事件当時から、本当にそこで犯行があったのだろうかと疑問に思ってきたが、もしそこで被害者が悲鳴をあげたのであれば、私はそれを聞いた筈であるが、そのような悲鳴は聞いていないし、犯人の方も私が農作業をしている音を聞いた筈である。」との供述は、本来は請求人の犯行現場に関する自白が虚偽架空であることを証明する新規明白な証拠であるのに、原決定はこれを正当に評価せず、予断と偏見により強引にねじ曲げた判断をなしているのである。

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2 原決定が条件の相違を理由に、識別鑑定、悲鳴鑑定等の新証拠の明白性を否定したのは不当である。

 東洋大学助教授内田雄造ほか作成の昭和57年10月12日付鑑定書(第1次識別鑑定書)は、犯行が行われたとされた時刻、当時の天候、桑畑・雑木林の状態、犯人・被害者・O・Tの服装等の与件の下で、@雑木林内の犯人・被害者の位置から、農作業中のO・T及び自動三輪車を見通し、識別することが可能かどうか、A桑畑内のO・Tから雑木林内の犯人・被害者を見通し、識別することが可能かどうかを明らかにするため再現実験を行い、得られたデータを分析、解明したものである。
 同内田雄造作成の昭和61年7月20日付鑑定書(第2次識別鑑定書)は事件当日と同様の天候条件のもとで事件現場において照度測定を行い、@実測データーに基づく昭和38年5月1日の午後4時から4時半にかけての「事件現場」(O・Tの位置、犯人・被害者の位置)の照度の推定、A同推定値のもとで、雑木林内の犯人・被害者の位置から、農作業中のO・T及び自動三輪車を認知することが可能か、B同条件下で桑畑内のO・Tから雑木林内の犯人・被害者を認知することが可能かについての鑑定を行ったものである。識別鑑定の結論は、事件当日の犯行時間にあっては、犯人・被害者と桑畑内のO・Tとは十分な明視環境にあり、犯人・被害者は、とくに努力することなく、農作業を行っているO・Tを当然に認知したはずであり、O・Tも十分に犯人・被害者を認知しうる状況であったというものである。
 東京大学教授安岡正人ほか作成の昭和57年10月9日付鑑定書(悲鳴鑑定書)は、O・T供述、請求人自白に基づく音の発生等を前提条件として「犯行現場」の松の位置での被害者・犯人との会話、姦淫・殺害地点とされている杉の位置での被害者の悲鳴と犯人の命令・脅迫の声、O・Tの噴霧器音と自動車の発車音の4つの音が、それぞれの位置で聞こえるかどうかの実験を行い、その実験結果に基づいて鑑定がなされたものである。
 被害者の悲鳴音のO・Tによる聴取についての鑑定結果は、「女性の悲鳴は、意識がなくても耳に飛び込んでくる大きさであり、その特殊な音色や情報(音声の意味内容)からすればどの地域にいても証人の知覚に訴えたものと断定できる。」というものである。
 これらの鑑定書のほかにも弁護人中山・横田現場検証報告書、横田現場調査報告書、中山・横田悲鳴実験報告書、昭和38年5月4日撮影の航空写真等の新証拠を提出し、本件犯行が確定判決認定の時間と場所で行われたとすると、O・Tは、当然に犯人・被害者に気づいたはずであり、犯人・被害者の方でも農作業中のO・Tを至近距離で認識したはずであるのに、そのような状況が全くなく、請求人の殺害現場に関する自白は虚偽架空であることを明らかにしたのである。
 しかしながら原判決は、「所論が援用する識別鑑定書、悲鳴鑑定書、報告書等は、いずれも昭和56年から61年にかけての現地調査に基づくものであるが、原決定が指摘するように、事件当時から20年近くを経て、現場とその周辺が大きく変容したことは察するに難くなく、事件当時のままに地形、気象、地上物等の条件を設定し、あるいは推測により近似の条件を設定して、近くで悲鳴が起こることなど全く予期せずに、除草剤撒布の作業に集中していたO・Tの心理状態を含め、当時の状況を再現することは、非常に困難なことであるといわなければならない。」として明白性を否定した。
 犯行現場周辺が事件当時と変容していることは原決定の指摘するとおりであるが、事件当時の雑木林の松の木の樹齢は20年余りであったが、実験・鑑定時は、それから19年経過しているので幹の大きさは当時の2倍近くになっており、事件後伐採された雑木も残存している切り株および実況見分調書添付写真をもとに復元したうえで、識別実験を行ったもので、実験時の方が見通しの条件は悪くなっているのである。このように、全ての再現条件について、請求人側に不利な条件をとった場合にもどのような結果が得られるかについて分析、解析しているのである。悲鳴鑑定も、音源条件や環境条件を、事件当時の条件と相似させ、実験上の安全率を厳しくとってなされているのである。地表条件の違いについても、鑑定書は「この程度の樹木の密度や伝搬距離ではその影響は無視できる程度」であることを資料により根拠を示している。気象条件についても、犯行時と実験時は「大略同等」であり、地表面からの温度勾配や風などの伝搬性状に与える影響も、実験の伝搬距離程度では極めて小さいものであることが資料を示して説明されているのである。
 事件当日の気象状況は、確定判決審で取調べ済みの入間基地からの回答書、気象庁の記録により確認されているのである。原決定は除草剤撒布に集中していたO・Tの心理状態も問題にしているが、O・Tは作業中に「旭住宅団地より南に通ずる道路を北より南にオート三輪車が通った音」(昭和38年6月2日付司法巡査水村菊二作成報告書)を聞いているし、荒神様(三柱神社、O・T畑より約500メートル北西方向)の拡声器から歌等が流されているのも聞いており、農作業に集中していても種々の音を聞き分け、記憶しているのである。鑑定は、環境工学・心理学等の研究をもとに視覚的認知の諸条件についての分析を進め、請求人の自白、O・T供述に基づいて、条件を設定し、実験と測定を行い、すでに解明されているデーターをもとに考察をなしたものである。
 原決定は、事件当時の雑木林周辺の地形、地表の状況、事件当日の気象状況から、O・Tが犯人と被害者の姿に気付かず、被害者の悲鳴も「誰かが呼ぶような声が聞こえた」と感じたものであるとしているが、悲鳴鑑定書には、人の声が、麦畑、桑畑、雑木林に吸収されて聞こえにくいという点については、犯行現場程度の樹木密度や伝搬距離では、その影響は無視できる程度のものであることが資料を示して説明されている。事件当日の「毎秒4、1メートルないし6、7メートルの北風」についても、同鑑定書の気象条件の項に記載されているように、事件当日の風等の音の伝搬性状に与える影響は、本件の伝搬距離では極めて小さいものであることが示されている。さらに、事件当日の風は、風力3(細かい小枝が動き、軽い旗がヒラヒラする)乃至風力4(砂ぼこりが立ち、紙屑がまい上がる)程度の風なのである。
 O・T関係の証拠に対する裁判所の姿勢は、何らの事実調べをすることなく、書面審理のみでその明白性を否定した。O・T供述ならびに弁護側提出の実験鑑定の信用性に疑問があるとすれば、証人尋問・鑑定人尋問を実施する機会を保証すべきである。
 犯行現場に関する原一審、原二審で取調べ済みの旧証拠、各再審請求審で提出した新証拠を総合して評価すれば、本件犯行現場に関する請求人の自白が虚偽であることは明白である。
 貴裁判所において、O・T関係の事実調べを実施し、速やかに再審を開始すべきである。

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