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狭山事件特別抗告申立書補充書 8
第7 本件犯行に使用された手拭と請求人との無縁性
1 確定判決は、手拭について、「狭山市TにあるIs米屋が昭和38年正月年賀用として得意先160軒に配布した165本(5軒には2本ずつ)のうちの1本であるが、警察では請求人宅からの1本を含めて155本を回収し、使用中のため回収しなかった3本を除き、残る7軒、7本に捜査の対象を絞ぼった。その中に請求人の姉むこI・S方に2本配布しているのに1本しか提出しておらず、隣家のM・S方に配布しているのに貰っていないと主張して提出しないところ、請求人が家人と相謀って5月1日のアリバイ工作をした事実があるなどを考えると、手拭についても家人が工作した疑いが濃く、請求人が手拭を入手しうる立場にあったことを否定する事情は認められない。したがって、被害者Yの両手を後ろ手に縛るのに使われた手拭1枚が犯行当日の5月1日の朝請求人方にあったと認めて差し支えない。」として、請求人がこれを犯行に使用したものだとする事実認定をした。
2 本件N・Y殺害事件において、手拭が有する意義は極めて大きい。
本事件については、何の目撃証人も存在せず、また特定人が犯行を行ったとする状況証拠も全く存在しない。したがって本件犯行との関連において特定人が犯行に加担したことを窺わせる証拠としては、脅迫状の筆跡と同一であること、手拭を入手していたことの2点にかかるものしか存在しないといってもよい。したがって請求人を本件犯行の実行者に仕立てあげる使命を帯びていた捜査当局としては、何とかして請求人が本件手拭を入手しうる地位にあったことを示す証拠を作出する必要があった。弁護人は捜査当局によってなされた手拭捜査について、その結果として収集された各証拠についてできるかぎり客観的にこれを分析し、その結果えられた客観的結論に基づいて、請求人の関与の有無を検討した。
ここでまず指摘しておきたい点は、本件裁判審理において、検察官が手拭について示した態度が極めて異常であったことである。
検察官は昭和38年9月4日の冒頭陳述において、犯罪事実の第4項に、犯行に使われた手拭、タオル、スコップを掲げ、手拭について未提出者に配布された7本のうちに、請求人の姉むこのI・Sと隣家のM・Sへの各1本が含まれていることを指摘している。しかし検察官は有罪立証の他の項目についてはすべて立証を行ったが、手拭については全く立証を行わなかった。そのため一審判決は、手拭については請求人が入手可能であったことを全く欠落させている。
控訴審において検察官は、手拭捜査について瀧沢直人検事の証人請求をなし、昭和41年3月8日、同検事の証人尋問がなされたが、同検事が証言において指摘したIs米屋の配布メモや、Is・T、Is・Kらの供述調書等も一切証拠として提出されなかったし、同検事の証言も確定判決が認定している程度の簡略な内容であり、強調したのは請求人宅に配布した1本は回収されているが、請求人がどうして犯行に用いた手拭1本を入手したかについての疑問は解決できないままであるとした。しかるに確定判決は捜査担当検事の見解をこえて、前記のとおり、完全な推測によって請求人がこれを犯行当日の朝入手したものと決めつけているのである。
こうした状況の中で弁護人は上告審において、はじめて手拭捜査について本格的検討を始めたのであるが、その前提としてこれまで全く証拠調請求がなされていなかったIs・T作成の配付メモ4枚、瀧沢検事作成の捜査報告書、Is・T、Is・Kの供述調書、被配付者149名からの任意提出書などの記録謄写をなし、これらの証拠に基づいて、昭和52年4月26日に上告補充書「被告人は手拭を入手しうる地位にあったか」を提出した。
弁護人がここで開陳している内容は、警察による捜査が、一定の段階、すなわち請求人を犯人として検挙することを念頭に置いた段階から歪められ、証拠の改ざんが行われ、本来、未提出者であることが明確なものが未提出者名簿から取り消され、その代りに、未提出者とする根拠が薄弱であるI・S、M・Sに手拭が配布されて未提出であるとする嫌疑が立件されてきた経緯の不自然性と虚偽性を暴露したものであった。
それでは請求人はどのように供述させられていたのか。特徴的なことは、請求人は自白を始めた時期からそれが終了するまでの期間中、手拭については積極的に何事をも供述していないことである。昭和38年6月27日付の原正検事に対する供述調書に、「Yちゃんを縛った手拭は5月1日の朝家を出る時、母ちゃんに出して貰った様に記憶しています。その手拭は、1回か2回位使った程度の新しい手拭でした。その手拭がIs米屋から貰った手拭であるかどうかは見ておりませんし、気づきませんでした。」と述べているが、これが手拭に関する供述のほとんど全てであり、手拭がIs米屋が配ったものかどうかについては全く知らないことが示されているのである。したがって請求人は本件犯行に使用された手拭について自白をした事実は全く存在しないのであるから、仮にI・S、M・Sから配布された手拭が提出されていないという事実が存在したとしても、この事実を自白の真実性を強調する状況証拠として掲げることは失当である。3 検察官は本件再審請求に対する昭和54年10月9日付追加意見書において、それまで38年度手拭の配付を受けたもののうち、Mr・S(別表44)、K・D(別表124)、M・K(別表132)(別表とは、昭和38年6月27日付、瀧沢検事の捜査報告書の別表を指す)の3人については手拭が任意提出されなかったが着物裏などに使用されていることが確認されたとしていたが、このうちM・K方に配付された38年度の手拭は同人が仕事に出たときに使用し、そのまま廃棄したと認められることを明らかにした。その結果、Is米店によって配付された38年度の手拭165本のうち、現実に回収されたのは154本であり、着物裏などに使用されたのは2本であるから、合計156本と配布総数165本との差数である9本が未回収であり、このうちの1本が本件犯行に使用されたことになるのである。
ところでIs・T作成の手拭配布メモの上で配布されたが未回収であるとされているものは、N・T、SパーマことS・F、St・B、Km・G、I・S、Nm・K、M・S、Is・F、W・Ks、A・S、M・Kの11名であるが、その他に、N・N(メモ(二)四段)とW・Ky(メモ(一)二段)はメモ記載ではいずれも回収したものとされているが、現実に回収されているのは1本であるから、この2名のうちの1名を未提出者に加えると12名である。
ここでIs・T作成の配布メモには38年度手拭の配布者のほかに37年度配布者も含まれているところ、37の記載のあるもの6名とIs・Tの供述によって7名が37年度手拭を配布されたものである。また名前の上に算用数字で2とあるものは38年度手拭が2本配布されたものであるが、メモ記載上は、St・Y、I・S、O・E、Iw・S、Sz・Hの5名である。
また配布メモでは、38年度手拭の配布をうけて提出したものは氏名の上のペンによるチェックとともに〇印を記載されているが、提出しなかったものには〇印が記載されていない。〇印が記載されていないものは、メモ全体で12名となる。
ところでこの12名のうち、Is・F(メモ(二)4段)とA・S(メモ(四)1段)については、なぜか瀧澤直人検事の捜査報告書(昭和38年6月27日)添付の配布先の一覧表(別表)に記載されていないのであるが、Is・Fについていえば、Is・Tは昭和38年6月17日付検察官調書において、自分が直接38年手拭を配った旨を供述しており、A・Sについていえば、Is・Kの昭和38年5月22日の員調書において、「A・Sさん、年寄りのおじいさんとおばあさんが居り、家の中でおばあさんに挨拶して手拭1本を配って来ました。」と供述しており、またメモ(四)第1段に記載する7名についてはIs・Kが配布したものの氏名であるが、このうちの6名については警察から38年度手拭があることを確認した旨の連絡をうけてIs・Tが〇印を付していたが、A・Sについてはこの確認がなかったため〇印を付さなかったことが陳述されているのであり、Is・FとA・Sに38年度手拭が配付されたことは否定しがたい事実なのである。しかるに検察官は、昭和54年10月22日付検察官意見書に添付した東京高検作成にかかる証拠金品総目録には、Is・FとA・Sが任意提出した手拭は、いずれも37年度手拭と注記されているとして、上記両名は未提出者には該当しない旨を主張するに至った。
しかし上記の証拠関係に徴して、証拠金品目録の記載は誤まりであり、Is・F、A・Sについて未提出者から除外する根拠は全くないのである。
検察官が引用する証拠金品総目録についてはIs・F、A・S以外にも、Mo・S、Yz・s、Si・K、Ak・H、Ok・K、N・Nb、Ok・H、Ok・Y、Yo・Y、Yo・K、Oo・R、Sm・Hにかかる各備考欄の記載内容は現実の回収状況と齟齬しており、到底信用できない。
昭和60年5月27日付最高裁判所第2小法廷の、昭和56年3月23日東京高裁がした再審請求棄却決定に対する異議申立棄却決定に対する即時抗告を棄却する旨の決定において、Is・F、A・Sにかかる証拠金品総目録の記載を引用して、両名に対して配付された手拭は37年度のものだったとしているが、これが誤まりであることは、上述したとおりである。4 よってここで最終的に、確定判決が強引に認定しているごとき事実、すなわちI・S、M・Sに38年度手拭が配付され、各1本が未提出であり、そのうちの1本を請求人が取得して使用したとするごとき事実を提出することが可能か否かについて結論を示すこととする。
ところで、メモ記載等にもとづいて未提出者とされている12名のうち、手拭の配付をうけたことを認めているものは、瀧澤検事の捜査報告書などによると、N・T、Km・G、Nm・K、W・Ks、M・Kの5名である。
ではこの5名以外の7名についてみると、瀧澤検事の捜査報告書において、配付をうけた事実がないと明確に主張しているのは、S・F、St・B、I・S(2本のうちの1本)、M・Sの4名である。これ以外の3名のうちIs・F、A・Sについては、同人らの氏名は瀧澤検事の捜査報告書の配布先別表には記載されておらず、したがって同検事による捜査報告書の結果の記載もないが、同人らが配布をうけた事実を争っていないことが強く推定される。またN・NとW・Kyについては、同人らの氏名は2名とも瀧澤検事の捜査報告書の配布先の別表には記載されているが実際には両名のうちのいずれかからだけ手拭は回収されていることが明らかである。
ところで、Isメモによると38年度手拭を配付したとされる本数は168本であるが、Is米店が実際に配付した本数は165本であるから、差数3本は、実際には配付されていないのに配付されたようにIsメモに記載されていると考えられるところ、配付をうけたことを争っているS・F、St・B、I・S、M・Sの4名のうちの3名について、配付されていないのに配付したかのように記載されていることが強く推定されるのである。
捜査当局による本件手拭捜査を検討すると、捜査官らが請求人を犯人として仕立て上げようとする中で、手拭の入手については全く証拠がないため、Isメモの中の未提出者の中で、請求人との親戚関係や隣人関係で強い関連があると考えられるI・S、M・Sへの手拭配付を最重要視する態度をとるに至ったこと、むしろメモ自体にこの2人について未提出者とする作意を加えさせたのではないかが強く疑われるのである。
手拭についていえば、請求人がこれを使用したことにかかる証拠は一切存在しないし、請求人の自白なるものも請求人が5月1日の朝、母が渡してくれた手拭をもって出たとはいうものの、それがIs米店の手拭であったとの認識は全くなかったことを示しているものであるし、I・S、M・Sについては、同人らが請求人又はその家族に本件手拭を融通したとするごとき事実はもとより、同人らが38年度手拭の配布をうけた事実についても、基本的に争っているのであり、これを不自然とみるごとき事実を裏づける証拠は全く提出されていない。
本件犯行に用いられた手拭を請求人が入手していた可能性について論じる確定判決ならびにその後の判決、決定には、これを有罪認定の証拠とする点において一片の正当性も存在しないものである。よって請求人に対し速やかに再審開始決定を賜わりたい。
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