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狭山事件特別抗告申立書補充書 6
第5 姦淫の態様に関する原決定の誤りについて
原決定は、「本件の姦淫が被害者の抵抗を抑圧して強いて行われたことは明らかである」と判示している。
しかしながら、暴力的姦淫の証拠とされる外陰部の損傷について検討を加えた諸鑑定は、以下述べるとおり上記損傷が暴力的姦淫の結果ではないことを明らかにしている。1 姦淫の態様に関する反対鑑定
(1)上田第1鑑定
結論として「私は総合して考えると姦淫を受けたのは生前であるか死亡直前であるかどうかは断定できず、また死亡直前に暴力的性交云々と断定する場合の理由が(D)Fに述べられていたが、私はこの解剖鑑定人の意見に必ずしも賛意を示さない。」と述べている。その理由は以下のとおりである。
(D)外陰部所見に対する批判D 解剖鑑定人が…暴力的性交の際に生じたものであり、特に大陰唇損傷G2G3は典型的爪痕の形状は示さないが、加害者の指爪による損傷の疑が強く存在すると記載しているが、私はこの意見には賛成出来ない。
即ちG2G3は私の認め得る限りに於てG2の一部に爪痕に似た傷を認めるのみであり、他は擦過傷的な損傷と小皮下出血で爪痕の可能性を強く考える考え方にはあまり賛成出来ない。
E もしこれらの外表の損傷のうちG1G2G3を暴力的強姦の確証でないと考えるとH1H2H3Iのみで暴力的強姦の証拠とすることは比較的可能性に乏しい。即ちIは処女膜が破瓜した際には当然出来る損傷であり爪痕とは考えにくい。H3も恐らく同じ頃に出来た傷であろう。私はこれらのH1H2H3とG1G2G3を必ずしも暴力的強姦時に出来た確証とは考えておらず暴力的強姦時でない場合にでも加害者が性交に馴れない者である場合には出来る可能性もある。
F 解剖鑑定人はこれらの外陰部の証拠から死亡直前に暴力的性交が遂行されたと言っている。その理由とするところは、1.前記の如く外陰部には生存中成傷の新鮮創を存すること、2.本屍の膣内容より形態の完全な精虫多数を検出し得たこと、3.本屍には生前の外傷を存すること、4.三つの型があって、普通一番多いと思われるのは抵抗するのを排除しつつ性行為を行うために扼殺に至る型である。次は予め殺しておいてから屍姦に類した行為をする場合姦淫をした後改めて扼殺を行う三型があり、本件は第1の例に当たると鑑定資料(ロ)の中に述べている。しかし、この一の理由は外陰部に新鮮な損傷があったと言っても死亡直前に暴力的性交があったとは必ずしも言えない。むしろ写真13号から処女膜の挫創部Iの周辺が浮腫状に見えることから姦淫後少し時間が経ってから死んだ可能性が比較的大きい。2は死亡直前姦淫されている方が膣内から証明される精液量が多いのが当然である。本件では染色してみた所完全な精虫が多く見出されたというだけであり、これを証拠に姦淫直後に殺されたということは出来ない。3に関しては生前の傷があるからと言って姦淫とは直接の関係はない。4は単に解剖鑑定人の概括的意見にすぎず死亡直前に暴力的姦淫がなされたという証拠はない。
要するに私は、生前に姦淫が行なわれたことと姦淫時に数個所にあまり大きくない損傷を受けたということは認めるが解剖鑑定人の言う様に死直前に暴力的姦淫を受けたと一概に言いきれるものではない。(2)上田第2鑑定
姦淫について
鑑定資料(イ)に依るとG2は表皮剥奪のみであり、G3は表皮剥奪と拇指頭大の皮下出血とより成っている。而も鑑定資料(イ)附属写真12・13号より見ると暴力的姦淫の証拠と記載されている。私はG2、G3を暴力的姦淫の証拠とするには、根拠が薄弱であることを鑑定資料(ホ)で述べておいたが、今回の鑑定に当たって外陰部のG2、G3が前回に得た写真よりも明瞭に写っている写真を得たが(写真添付)、この写真によると左右大陰唇上部には各々3条程の右下方から、左上方にのびる線状擦過傷を認めるが、この左右大陰唇の線状擦過傷の下縁は斜一直線上にあり、しかも爪痕らしき形よりもむしろ何かにより擦過した様な形で、その両者の内部には恥骨縫合部の骨、軟骨部の表層に当たっている様に思われる。
既に述べた如く、もしG2、G3が暴力的姦淫の際につけられた損傷とすれば、これらが大陰唇の上部の同じ様な位置に限局し而もこの位置は、暴力的姦淫の際に無理矢理に股を開かせるのに不便な位置である。而も股を開くのに都合のよい左右大腿部内側上部等に皮下出血や、表皮剥奪を全く見ておらない。この様な関係から前記G2、G3を暴力的姦淫の際につけられたと考えられることに対し、前鑑定時以上に今回は強く否定的にならざるを得ないのである。(3)木村意見書
姦淫の態様について
G1、G2、G3の成因について五十嵐鑑定では「…暴力的性交の際に生じたものであり、特に大陰唇の損傷(G2ならびにG3)は典型的な爪痕の形状を示さないが、加害者の指爪による損傷の疑が強く存在す」となっている。そこでG1、G2、G3の成因について考察してみると、なるほどG1、G2、G3の形成部位は恥丘発毛部(陰阜)、大陰唇であり、一見暴力的性交に際して生じたもののように考えられるが、通常暴力的性交に際して形成される損傷は大腿内側上部、膣前庭、小陰唇の内側、小陰唇の外側基部等にみられることが多く、且つ損傷の形状は擦過状を呈することは殆んどない。したがって写真(5)、(6)のように大腿内側上部の指頭大皮下出血、小陰唇内、外側の小裂創等が存在している場合は暴力的性交が行なわれたと判断するわけである。この点本屍のG1、G2、G3に関しては上述の通常暴力的性交に際して形成される損傷の部位、形状とは明らかに異っているので、G1、G2、G3は暴力的性交に際して形成されたものとは断じ得ない。それではその形成機転は如何ということになるが、本屍の外陰部周辺を観察すると本屍の左右大腿前面上部、左右腰部には写真(3)のように擦過状を呈する多数の、互いに並行する線状表皮剥脱や皮下出血が存在している。これは五十嵐鑑定のD1、d、D2、D3、c、F、fであるが、D1、D2、D3、Fは皮下出血、c、d、f、は線条表皮剥脱多数の集まりである。五十嵐鑑定ではこれらの損傷を次のように表現、記載している。…(略)…
さて、写真(2)、(3)、(4)、を観察すると、D1、D2、D3、Fは形状不規則な黒色の点状あるいは淡黒色の小斑状の斑痕として識別され、cはD2の下部よりD2、D3に向かって收斂收に走る多数の線状表皮剥脱の集まり、dはD1の下部に右外側に向かって走る多数の線状表皮剥脱の集まり、fはFにはじまり下方に向かって走る多数の線状表皮剥脱の集まりとして識別される。D2、D3、Fの小点状の黒色の斑痕は多数の線状表皮剥脱走行中にあり小点状に膨大している。したがってD2、D3、Fは写真から判断すると線状表皮剥脱のやや高度の部分に形成されていると考えられるので、cとD2、D3、fとFとはそれぞれ体表を鈍器との接触により擦過するという同一の機序により形成されたものと判断するのが妥当である。またD1とdとの関係については写真ではD1周囲が明瞭でないので明らかにし得ないが、d右側部は上方にひろがっているので、おそらくD1とdとも同一の擦過という形成機序によるものと推測される。ところでこのように考えてくるとまずD1は右側腹部の突出部である右腸骨前上棘につづく腸骨稜に相当して形成されているようであり、これにつづく下方の凹部である右鼠径溝には損傷の形成はなく、さらにその下方の隆起している右大腿前面上部にはdが形成されているわけであるから、D1とdとの形成部は右鼠径溝をはさむ2つの隆起部分であり右鼠径溝に接しない同一平面と接触することが可能なわけである。ところが体躯を右側面からみると図(1)のようにD1形成部とd形成部と接触する同一平面は体躯下部の突出部であるG1形成部の恥丘(陰阜)ならびにG2形成部の大陰唇右側上部とも接触することとなる。また同じ理由からD2、D3の形成部とc形成部、F形成部とf形成部とに接触する同一平面はG1形成部の恥丘(陰阜)ならびにG3形成部の大陰唇左側上部とも接触することとなる。ところでc、d、fはD1、D2、D3、Fをも含めて前述のように体躯を擦過するという機序により形成されたものと推測され、その擦過状の方向から判断して体の前面の上下方向への移動に際して形成されたものと考えられるが、G2、G3もまた写真(4)から判断すると擦過状の表皮剥脱の集まりであり、G2の走行はdの走行と同じ方向であり、G3の走行はc、fの走行と同じ方向であるから、G1、G2、G3の形成機序もD1、D2、D3、F、c、d、f等の形成機序である体の前面の上下方向への移動に際して形成されたものと考えるのが妥当である。以上のとおりG1、G2、G3の損傷の形成機序が極めて合理的に説明されており、暴力的姦淫の際に生じたものではないことが論証されている。
また小陰唇内面の皮下出血H1、H2、H3についても、以下のとおり上田鑑定と同様、暴力的姦淫の際に生じたものとは限らないとしている。
これら三者の損傷はその形成部位から判断して性交時でも形成され得るし、手淫によっても形成され得るし、また性交以前の前戯(通称ヘビーペッティング)によっても形成され得るものであるから、この損傷の存在は性交の合意、不合意の区別とは全く別のものである。
以上の三鑑定をとおして、本件姦淫の態様は暴力的なものではなかったものと認められる。2 姦淫の態様についての自白内容の不合理性
特別抗告申立書において、謝国権意見書を援用して述べたとおり自白に基づく性交態位である女性開脚伸展位の場合には、仮に被害者の抵抗がなかったとしても、性交体験がないか、乏しい被害者側の拒否的態度によって、陰茎挿入は不可能である。仮に自白を離れて、着衣の上からの扼圧や着衣の一部による絞圧も加わったとしても、これらはいずれも頸部圧迫の一態様に過ぎず、女性開脚伸展位に伴う困難性とは無関係である。
なお、木村意見書と同様に上記意見書も自白の態様により姦淫行為がなされた場合には手掌や指に擦過傷が生じるはずなのに剖検記録に見当らないとの指摘も行なっている。
謝国権意見書は、性交態位と行為の可能・不可能の問題について、膣腔の解剖学的構造から説き起こしており、解剖学的な根拠に基づくものである。一部引用すると以下のとおりである(同意見書6、7頁)。
出産経験のない未産婦では、この挙筋の緊張度が強いため、膣腔は、この部分で恥骨側に挙上されている。直腸もまた然りである。
したがって、女性が仰臥位をとった場合、膣腔は単に恥骨下に位置する膣入口部から、尾骨のほうに向って傾斜しているだけでなく、未産婦では、膣口部から逆に恥骨側に上向したのち尾骨側に下向している。しかし出産により骨盤底筋が極度に伸展されると、この恥骨側への挙上は消失し、膣口から容易に直線上に進入しうることとなる。
また、未産婦では膣口を取り囲む筋肉の緊張が強いため、よほどの性体験を積まないかぎり、開脚伸展位での陰茎挿入は容易でない(添付資料21参照)。
謝国権意見書は、上記のとおり解剖学的な裏付けをもとに、カウンセリング経験例および実験などに基づいて作成されており、その見解は措信し得る。
請求人の自白による姦淫の態様によっては、姦淫行為は不可能であった。換言すれば、請求人は殺害方法の場合と同様姦淫の態様についても自ら体験していないことについて、犯人として演技し虚偽の供述をしていることとなる。
殺害と暴力的姦淫を同時進行させた内容の請求人の自白には、両者ともに信用性が認められず、請求人は無実である。
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