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狭山事件特別抗告申立書補充書 5

                 

第4 殺害の態様に関する原決定の誤りについて

1.写真による再鑑定の証拠価値について

 原決定は、写真による再鑑定は解剖鑑定人の直接的な観察結果には及ばないという理由で、その証拠価値について消極的である。しかしながら、肉眼またはルーペによる死体の観察が写真よりも常に優位を占めるとは限らない。人間の知覚というものが常に選択された特定のある対象(世界の一部)をとらえるという性格上、選択されなかった関心のない部分については注意がそれるということは避け難いことである。これに反し、写真の方は機械的すなわち非選択的に全体像を提示する。現場では看過されていた重大な事象が後に写真によって発見認識されるに至ることはしばしば経験されることである。さらに解剖鑑定人によって観察されていた所見でも、特記するに足りないものと判断されれば、その記載は省略される場合もあるであろう。このうちには後になって重大な意味を付与される所見も含まれる可能性があるが、これらも写真によって保存されるしかないのである。
 また、写真とは別に解剖所見自体も医学上の合理性を保ち得ているか否かについて検討の対象となる。さらに、所見に基づく考察についても、論理的であるか否かが検討され得るのである。
 以上がおよそ法医鑑定における再鑑定や石山鑑定人の推奨する第3鑑定を成立させ得る基盤といわなければならない。
 写真による再鑑定が証拠価値において常に解剖鑑定人による原鑑定より劣るということではなく、要は解剖所見や考察方法を含めた原鑑定の法医学的判断の正確性如何が問われているのであり、それは論点ごとの具体的検証に俟つほかないのである。

 以上述べたことに該当すると思われる本件の具体例数点について以下述べることとする。

(1)前頸部から左右側頸部へかけての蒼白帯
 前頸部の蒼白帯としては、昭和38年5月16日付の五十嵐鑑定書の所見としては外表検査・頸部所見の項に記載されているb(「横走する蒼白色皮膚皺襞1条」)のみであるが、同鑑定書添付写真第5号には蒼白の色調において上記bと同様ないしそれ以上に明確な蒼白帯の存在が認められる。とくにその上縁は直線状をなし、左前頸部における著明な生前の損傷であるC1(暗赤紫色部1条)の下縁を画しつつ(写真第5号)、前頸部から左右側頸部方向へ横走している(左側頸部−写真第7号)。この蒼白帯が上山鑑定人の摘出した蒼白帯Xである。その存在自体には争いがないが、その成因、すなわちこの蒼白帯が軟性索条物による被圧迫部であるか否かは、本件における最重要な一争点である。後述する。

(2)後頸部の索痕
 上記五十嵐鑑定書の頸部外表所見としては、b以下数個の前頸部の損傷が列記され、「その他には、前頸部並びに後頸部に於て特記すべき損傷・異常を認めしめず」と記載されている。写真第7号に認められる左側頸部の線条痕についても記述は見られない。しかしながら、上山鑑定人は背面全体が写っている写真(第14号)について、後頸部に外力が作用した痕跡の存在を指摘している。すなわち、

 下の部分は色調の最も濃い部分であり、それより上部と区別できる。左右に伸びる中間部分は、それより上部と比べると、色調の差こそ認められないが、この帯状部分は、まだら・粗造にみえ、ここには何らかの力が作用した痕跡〈被圧迫部〉であることを示唆している(とくに、左後頚部)。すなわち、死亡直後の後頚部に、前頚部の蒼白帯Xに連なる被圧迫部が存在していたところに、死後の時間の経過に従って死斑が形成されたために不明瞭化するに至ったものと考えられる。−上山第2鑑定7頁

 後頸部に絞頸作用の痕跡はないとする検察官提出の石山鑑定書においても、左前頸部に認められる平行斜走線条群とは別に後頸部に「平行縞が数状走行している」ことを認めているのは注目される(23頁)。上山鑑定人も左後頸部に上下に走る数条の線条痕があることを指摘している。
 要するに写真からは後頸部には全く何の「異常」もないとは言えないのである。もちろんこの変化を不明瞭化した索痕とみるか否か、より具体的に言えば上記蒼白帯を形成した軟性索条によって生じたものか否かについては争いがある。後述する。

(3)手掌面大の皮下出血
 五十嵐鑑定書の内景検査・頸部の検査の項に、
 「前頸部に於て、舌骨部より下顎底にわたり、手掌面大の皮下出血存在す。」及び「前頸部に於て、喉頭部より下部に手掌面大の皮下出血存在す。」との記載がある(これに対応する内景写真は添付されていない)。
 しかしながら、上記の所見に対しては重大な疑義が提出されている。すなわち、解剖学的にいって上記の部位のいずれについても、手掌面の大きさの皮下出血を容れうる大きさを元来もっておらず、せいぜい胡桃大から鶏卵大程度(かつ皮下出血というより筋内出血)とされている(昭和50年12月13日付上田第2鑑定と添付人体局所解剖図譜)。二つの「手掌面大の皮下出血」と殺害方法との関係について争いがあるが、後述する。ここではとりあえず、前頸部において二つの手掌面大の皮下出血が存在する旨の所見が五十嵐鑑定書にあったことを確認しておきたい。解剖鑑定人の鑑定書作成後の捜査、ひいては自白の内容に重大な影響を及ぼしたものと考えられるからである。

(4)処女膜6時の挫創I
 五十嵐鑑定書の外表検査・外陰部所見の項には、
 「I 処女膜の最後部即ち6時位の処には小指爪面大の挫創1個存在し、皮下に出血を認めしむ。」と記載され、添付写真第12号上にIの部位が指示されている。それ以外には特段の説明はない。五十嵐鑑定人は大陰唇外側面の損傷G群、小陰唇内面の損傷H群および挫創Iをもって死亡直前に暴力的姦淫が遂行された証拠としている。
しかしながら、上田鑑定人は写真第13号から挫創Iの周辺が浮腫状になっていることに留意している。姦淫直後に死亡した場合には浮腫が形成される暇はない。したがって、「姦淫後少し時間が経ってから死んだ」との判断が導かれている次第である。
小陰唇内面のIやH群の損傷および大陰唇外側面のG群の損傷が暴力的姦淫の証左となるか否か(端的にいって、本件姦淫が暴力的であったか否か)については争いがある。後述する。

(5)死因の考察方法
 五十嵐鑑定書では、殺害方法を導く前提としての所見として、通常窒息死にみられる諸所見を列挙したほか、「前頸部には、圧迫痕跡は著明であるが、爪痕、指頭による圧迫痕、索痕、表皮剥脱等が全く認められない」としている。前頸部の上記所見によれば、扼痕とも絞痕とも特定し得る痕跡が全く認められないとしているのであるから、死因は「頸部圧迫による窒息死」とするしかない(昭和51年12月27日付木村意見書5頁)。ところが、五十嵐鑑定人は上記の前頸部所見を理由として「本屍の殺害方法は加害者の上肢(手掌、前膊或は上膊)或は下肢(下腿等)による頸部扼圧(扼殺)」であると結論している。
 しかしながら、頸部扼圧(扼殺)の具体的態様については加害者の上肢(手掌、前膊あるいは上膊)あるいは下肢(下腿等)のいずれを用いたかを特定するに足る剖検上の所見は何も存しない。通常扼殺と判断されるのは、頸部に爪痕、指頭による圧迫痕などの扼痕が認められるからこそである。「通常の扼殺の概念とは異なる扼頸方法による扼殺としたことは、通常鑑定人の行なう死因推定の考察過程とは異なるものであって、死因を『扼殺』とした五十嵐鑑定の考察過程に疑義を抱くものである。」との批判(上掲木村意見書)は正鵠を射ている。
 以上要するに、殺害方法を扼殺とする五十嵐鑑定の考察方法は剖検上の根拠を欠いていて疑義を免れず、殺害方法について五十嵐鑑定には証拠価値が認められないということである。
 したがって、五十嵐鑑定に依拠して客観的状況と自白との間に重大な齟齬はないとした確定判決の認定には理由がないことに帰する。

 上記の諸点に留意しつつ、各争点について以下検討する。

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2.蒼白帯Xの成因

 本屍はかなりの時間うつぶせ状態で地中に埋められていたので、体の前面における非圧迫部には血液就下により死斑が発生するはずである。現に上胸部より上部に死斑(ランニングなどの跡)が強く出現している(添付写真第5号)。前頸部には横走する蒼白帯Xが認められるが、これはこの部における死斑の発生を押しとどめた圧迫の結果である。問題はいかなる態様の圧迫かである。以下検討する。

(1)扼頸による圧迫
 まず、蒼白帯Xの部位に扼頸による圧迫が加えられた可能性はない。「死因が扼頚による窒息死なら、この蒼白帯部分にも、前頚部の上部と同様にチアノ−ゼが出現していた筈」だからである(平成5年5月10日付上山第1鑑定)。

(2)頸部の皮膚面相互の接触・圧迫
 つぎに、頸部の皮膚面相互の接触・圧迫によって形成されたものでないことも明らかである。蒼白帯Xの形状は帯状に横長であるところ、うつ伏せの姿位における前頸部上下の皮膚の接触・圧迫部は菱形状であるからである(昭和58年3月15日付上山第1鑑定書添付写真10参照)。本屍がうつ伏せの体位で埋められていた際に、頭部が石山鑑定人のいうように「前屈」状態にあったということはなく、前頸部上下の皮膚が密着して放置されていたということでもなかった。

(3)木綿細引紐による圧迫
 さらに、前頸部にゆるく巻かれていた木綿細引紐の死後の圧迫から影響されたという原決定の想定は全く考える余地がない。頭部は前屈していないので、細引紐を頸部が挟み込んでいたとの前提がそもそも認められないばかりか、決定的なことには後述のとおり木綿細引紐の上下辺縁に沿って横走するような死斑は前頸部に全く発現していないからである。

(4)硬性索条物による圧迫
 硬性索条物による索痕がないことには争いがない。

(5)軟性索条物による圧迫
 最後に残るのは軟性索条物による圧迫の可能性である。
 「軟性索条による…被圧迫部に形成された蒼白帯の部分では、時間の経過とともに次第に、その陥凹の程度が不明瞭化ないし消失する」が、「被圧迫部の皮膚の血液は、周辺部に向かって圧出され、また毛細血管も強く圧挫されるため、当該部には死斑の発現を来たしにくい」(上山第1鑑定)。蒼白帯Xの形成を説明し得るのは唯一軟性索条物による圧迫である。
 さらに本屍については、「死亡直近のかなりの期間、仰臥位に放置されていたこと」がこれに与っている(上山第2鑑定)。
 
 かくて蒼白帯Xは軟性索条物を用いた生前の絞頸痕であり、「五十嵐鑑定書の所見に照らして」これを否定する原決定の判断は誤りといわなければならない。本件殺害方法は、頸部絞圧(絞殺)であり、死体の客観的状況と自白との間には重大な齟齬がある。確定判決の事実認定の基礎をゆるがす上山第1、2鑑定をはじめ弁護人提出の関係諸鑑定は再審を開始すべき明白な証拠である。

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3.後頸部の痕跡

 原決定は、絞頸の場合には頸部の被圧迫皮膚部分全体に「ほぼ均等に」圧力がかかるのに、五十嵐鑑定書の所見によれば、前頸部と異なり後頸部には異常変化がないので、「本件を索条物による絞頸死と結論するのは、早計に過ぎるといわなければならない。」としている。
 しかしながら、後頸部に対しても索条による圧迫があったことは以下の理由から明らかに認められる。

(1)被圧迫痕跡
 前記のとおり後頸部の中間帯状部分の表面がまだら・粗造となっていること、左側頸部におけるのと同様の線条痕が左後頸部にも数条認められることなど圧迫を被った痕跡が認められる。

(2)作用した索条の性質
 この部に作用した索条が幅広い軟性索条であり、索痕自体が残りにくい。

(3)組織の構成
 後頸部の皮膚は、前頸部のそれに比して厚さも厚く組織が緻密に構成されていてもともと索痕のつきにくい部位である。

(4)死後の変化
 本屍は死後相当時間仰臥位に放置されていたため、背面には死斑の発現がみられるが、この部位は死斑の出現しやすい部分である。その後うつ伏せに体位が転換されているが、もはや血液就下は起こらず、死斑として残ったため、索痕が不明瞭化している。

(5)チアノ−ゼの影響
 生前の損傷である周辺のチアノ−ゼが経時的に索痕部分にも拡散してきて、死斑と相俟ってこれを不明瞭化する。

(6)作用する力の不均衡性
 索条を交差させて頸部を絞める場合には、頸部の各部位に作用する力は均一ではない。本件の場合には前頸部で索条を交差させたものと考えられ、この部に力が強く作用している。

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4.赤色線条痕の成因

 原決定は、赤色線条痕について細引紐の縄目の凹凸が死斑に出たとする五十嵐鑑定書の見方は納得できるとしている。しかしながら、赤色線条痕について細引紐の縄目の凹部(非圧迫部)に相当する部分にこれが形成された死斑であると解する余地が全くないことは前記のとおりである。また細引紐の状況について「うつ伏せで下顎を引いた状態で頸部に纏絡していた」とする原決定の前提そのもの(頭部の「前屈」状態)が失当であることも前記のとおりである。
 さらに、線条痕の色調が死斑(暗調)とは対照的に赤色(明調)であることが生前の形成であることを示唆していること、細引紐は頸部にゆるく巻かれていたのであって土中における広範囲の密着はあり得ないことは上山鑑定人の指摘するとおりである(第2鑑定2〜4頁)。
 五十嵐鑑定人が解剖を開始した時には本屍はすでに水洗い後であった。埋没時の木綿細引紐の状況(紐自体の直径、頸部との接触状況など)については、上山鑑定人のように発見状況にかかわる実況見分調書の具体的記載に基づくべきであって、石山鑑定人のように証拠上何ら認められない前提事実を設定し、これに基づいて立論するようなことがあってはならない。原決定が同鑑定人の勝手な前提に随所で引きずられているのはまことに残念である。

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5.「手掌面大」の皮下出血

 原決定は、前頸部の二つの「手掌面大」の「皮下出血」の存在について、写真からの判定は、「直接死体を具に見分した五十嵐鑑定人のこの点の所見に疑念を抱かせるまでのものとはいえない」との判断を示しているが、これは一種の問題のすり替えである。そもそも「手掌面大」ということや「皮下出血」ということについて、解剖学上の根本的疑義が複数の法医学者から提出されているのである。ことは写真判定の信用性以前の問題である。
 なお、石山鑑定にあっては前頸部の「皮下出血」をもって、扼頸との判断の根拠としている。しかしながら、皮下出血(内景所見)をもって扼頸の根拠とすることはおよそ無理であって(上山第2鑑定8、9頁)、法医学上の一般的判断としては前頸部が圧迫されたという限度での根拠にとどまるであろう。

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6.石山鑑定書

(1)原決定は、石山鑑定書について、「主として五十嵐鑑定書の記載と写真に基づく鑑定であるとはいえ、死体の発見状況や死体の姿勢、体位、頸部全体の状況を十分検討しているのであって、殺害方法についての確定判決の事実認定の当否を判断する場合には、石山鑑定書も検討の対象とすべきである。」と述べるとともに重要な争点について、同鑑定人の判断に依拠している。
 しかしながら、石山鑑定は蒼白帯Xが絞痕であることを否定するにあたり証拠に反して、頭部の「前屈」状態や頸部前半部のよじれ状態を前提にするという基本的な誤りを犯しており、「砂上の楼閣」と評されてもやむをえない程度の鑑定である。
 赤色線条痕の関係についても、走行方向、線条の幅および相互の間隔を異にする四つの線条群の成因を石山鑑定人のように同一の索条(木綿細引紐)で説明することはもともと不可能であるし、そもそも細引紐が広範囲に頸部に密着しているとの前提自体が成り立っていないのである。さらに決定的なのは死斑が非圧迫部に発生するメカニズムを等閑視していることである。死斑発現メカニズムの説明として、細引紐の印象実験結果を示す石山鑑定書添付写真23、24における頸部皮膚面への付着模様を例にとってみたい。ここでの付着模様は細引紐の縒りの山に相当する部分である。この部分は皮膚面への圧迫部であって、死斑の出現は排除される部分に相当する。模様の非付着部分こそ非圧迫部であって、死斑の出現する部分に対応する。したがって、細引紐の影響によって死斑が発現するとすれば、模様と模様との間隙および横走する細引紐の上縁以上ならびに下縁以下ということになる。
 ところが、本件前頸部の線条痕の上縁や下縁には死斑は全く発現していない。線条痕が木綿細引紐の影響による死斑ではないことの明らかな証左である。

(2)つぎに、石山鑑定書が頸部扼圧および着衣の一部の頸部絞圧作用を死因としている点を検討する。
@ まず扼頸による窒息死の可能性である。親指と四本の指を広げて手掌で頸部を圧迫したとの自白の態様ではC1および蒼白帯Xは説明され得ない。
 さらに溢血点や浮腫が少ないとの剖検所見も説明できないことが留意されなければならない。つとに上田第1鑑定は「喉頭部を上から圧迫し気管を圧迫するのみでは普通はなかなか死に至らず本例の様に溢血点や浮腫が少ない例は前述した如く巾の広い索状物で締めるか、巾広い鈍体により左右側頸部を圧迫する所見が加わらねばならない。」と述べていた。また上山第2鑑定は前記のとおり扼頸なら蒼白帯Xの部にもチアノ−ゼが出現していた筈であると指摘している。
A 石山鑑定人は、着衣の上からの扼頸を想定している。こうした態様の扼頸によって、扼痕がない点については、仮にこれをクリアできるケ−スがあるとしても(本件のような薄地のブラウスでも扼痕の発生を遮るかは疑問である)、依然としてC1および蒼白帯Xは説明され得ないし、上記所見(溢血点や浮腫が少ないこと、蒼白帯Xにチアノ−ゼが出現していないこと)との矛盾についても説明し得ない。
B 着衣の上からの手指や手掌による扼頸に着衣の一部の絞頸を加味することによって、上記の矛盾はクリアされ得るであろうか。僅かにC1について不十分な説明が加わるのみである。石山鑑定人によれば、ブレザーの襟によって形成されたというC1は、「擦過性の表皮剥脱」にすぎない(五十嵐鑑定書は、C1は皮下出血、前頸部に表皮剥脱なしとしている。ここにも石山鑑定人の証拠に反する前提づくりが認められる)。
 石山鑑定人は、着衣による圧迫説を根拠付けるものとして、「後頸部における著明なチアノ−ゼの発生」を強調している。しかしながら、後頸部は死斑の発現しやすい部位であり、本屍が仰臥位になっていた期間に死斑がチアノ−ゼ発生部およびその周辺に波及的に追加する形で発現しているものとみられる。しかもチアノ−ゼと死斑の色調は同じ紫調であり、両者は区別できない。後頭部において両者は混在しているものとみられる(上山第2鑑定6頁)。したがって、一面的に後頸部において著明なチアノ−ゼが発生していたということはできない。
 また被害者が首を左右に振ることによってできる擦過傷程度のことも想定されているが、これも剖検所見とは合致しない。
 したがって、着衣による強い絞頸があったとする根拠は乏しい上、こうした態様の絞頸を併用しても、扼頸説の場合と同じく蒼白帯Xは説明し得ないし、上記剖検所見との矛盾も解消しない。着衣は巾の広い索状物でもなければ、巾広い鈍体でもない。まして着衣による擦過では蒼白帯Xが生じる余地はない。着衣を加味する石山鑑定の扼絞併用説は扼頸説と同様破綻しているものといわなければならない。

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7.扼絞併用説批判

 原決定は、原々決定が「殺害方法に関する請求人の自白内容を検討した上、仮に、所論援用の鑑定書、意見書の指摘するように、軟性索条物による絞頸が行われた事実があったと仮定したとしても、これは被害者の頸部に加えられた暴行が絞扼の併用である可能性もあるというものであって、このことから直ちに、請求人が、殺害の方法ないし態様について自分の経験していない虚構の事実を自白したとはいえないと判示しているのは、関係証拠に照らし是認できる。」としている。
 しかしながら、前項で述べたとおり頸部扼圧による窒息死説も、着衣を加味した扼絞圧併用による窒息死説も、蒼白帯Xの成因を説明し得ないし、上記剖検所見とも相容れない。蒼白帯Xは絞痕であり、本件の死因は絞殺である。上山鑑定は、石山鑑定人流の扼圧にウエイトを置く扼絞圧併用説とは全く異質である。「絞扼の併用である可能性もある」といっているのではなく、扼絞圧併用説を論破しているのである。
 手掌による圧迫という殺害方法しか供述していない請求人の自白と死体の客観的状況(絞頸)との間には重大な齟齬がある。請求人は、殺害の方法ないし態様について自分の経験していない虚構の事実を自白したといえるのである。

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8.殺害方法についての自白の信用性

(1)秘密の暴露
 殺害方法についての本件自白には秘密の暴露に相当する供述は存しない。かえって取調官による誘導の疑いが存する。すなわち、請求人が殺害の自供を開始したときには、すでに五十嵐鑑定書が作成されていた。そこには本件の殺害方法について、前頸部に爪痕・指頭痕はないが、手掌による圧迫を含む頸部扼圧であるとの結論および前頸部において二つの手掌面大の皮下出血が存するとの所見があった。したがって、手掌面大の皮下出血(前記のとおりその存在は疑わしいが)が加害者の手掌による圧迫によって形成されたものと取調官によって短絡的に想定された可能性が高い。確定判決が認定した請求人の自白内容は、「被害者を姦淫しながら右手の親指と他の四本の指とを広げて頸部を強圧した」というものである。まさに五十嵐鑑定書の上記所見と一致するかのような殺害態様である。
 前記のとおり五十嵐鑑定の扼殺説は成り立たないのであるから、請求人の上記自白は非体験者の虚偽供述と言わなければならない。

(2)無知の暴露
 真犯人のみが知っている事実を述べる供述が「秘密の暴露」であるとすれば、これとは対称的に非体験者が犯人を装うことによって事実について無知であることを暴露する「無知の暴露」があり得る(花園大学浜田寿美男教授、『自白の心理学』、岩波書店、2001年)。請求人の自白については総じて被害者の身体的抵抗についての供述が乏しく、かつ瞹眛であるうえ、陰茎挿入後の被害者の悲鳴・抵抗の有無や挿入を介助していた左手も含めた挿入後の強圧の有無・態様に関する供述が欠落している。まさに「着衣の上からの扼圧」や「着衣の一部による絞圧作用」という、自白に現われていない態様を導入しなければ、一応の説明もつけられないという重大な空白が存する(もっとも上記説明が真の説明たり得ていないことはすでに述べたとおりである。)。殺害方法についての請求人の自白には、非体験者の供述であることを示す無知の暴露が存すると言わなければならない次第である。

(3)推測によって自白の信用性を補強することについての限界
 自白における態様が鑑定上の所見と矛盾するとき、これを同所見と合致するように、あるいは矛盾しないように、自白と離れて行為態様を追加して自白の信用性を支えることは範囲としてどこまで許されるのであろうか。明確な許容の基準が設けられるべきである。「着衣の上からの扼圧」や「着衣の一部による絞圧作用」をもって供述を補強し、有罪の認定を維持することが許されるか否かは、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に照らして、一個の疑問である。
 なお、本件については「着衣の上からの扼圧」や「着衣の一部による絞圧作用」を加味しても、前頸部の蒼白帯Xの成因を説明できないことは前記のとおりであり、仮に上記のような認定の仕方が許されるとしても、死体の客観的状況と自白との間には重大な齟齬があり、請求人は自らが体験していない虚偽の供述をしたこととなる。

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