2.警察が初動捜査に失敗
★真犯人を取り逃がす
家族の通報を受けた狭山署では、県警本部とも連絡を取ってただちに大規模な捜査態勢を組みます。つい数ヶ月前に東京都台東区で吉展ちゃんという幼児が誘拐され、警視庁は身代金を取りに来た犯人を取り逃がしていました(「吉展ちゃん事件」)。マスコミは連日のように捜査状況を大きく取り上げていましたが、未だに事件は解決せず、警察に対する批判は日増しに強まっていました。もしも今また誘拐事件の捜査で警察が失敗するなどということになったら、日本の警察の威信は地に落ちてしまう。埼玉県警も狭山署も、異様な緊張感をもって捜査を開始します。
5月2日深夜、真犯人は大胆にも脅迫状の指定通りに身代金受け渡し場所である「佐野屋」にあらわれました。そして被害者の姉Tさんと二言三言言葉を交わしましたが、警察の存在に感づいて身代金(実は身代金に見せかけた新聞紙の束だった)を取らずに逃走しました。
このとき、周到な準備をおこない、40人もの警官で周囲を完全に包囲しておきながら、なんと埼玉県警は真犯人を取り逃がしてしまうのです。そして、5月4日市内の畑の中にある農道から、被害者Yさんは死体となって発見されます。
★噴出する警察批判、「生きた犯人を逮捕せよ」との厳命が下される
予想通り、警察に対する批判は噴出します。あせりを深めた県警は必死の捜査を展開しますが、真犯人の行方は全くわかりませんでした。誘拐事件で真犯人取り逃がしを立て続けて演じた警察の失態は、おりから開会中だった国会でも取り上げられました。野党は政府全体の責任を厳しく追求し、マスコミなど世論もごうごうたる非難を集中します。こうして進退窮まった警察庁では、Yさんの死体が発見された5月4日、柏村長官が引責辞任。時の国家公安委員長篠田国務大臣は、国会での答弁で「この事件は警察の威信にかけて早期に解決する」と確約します。そして埼玉県警に対しては、「5月8日の参議院本会議までに真犯人を逮捕せよ」と厳命するのです。
埼玉県警は窮地に陥りました。焦りを深めて強引な捜査を展開しますが、今度は任意で取り調べた「関係者」に自殺される(5月6日)という、取り返しのつかない失態まで犯してしまったのです。これで当初の捜査は全く行き詰まってしまいました。しかし篠田国家公安委員長は、緊急記者会見で記者団に対して「死んだ犯人には用はない。必ず生きた犯人を捕まてみせる」と宣言しました。(自殺者は5月11日にも出てしまいます。「市内の林で不審な3人の男を見た」との目撃証言を警察にもたらしたTさんが、警察の事情聴取を受けた後、心臓を刃物で突き刺して自殺したのです)
真犯人を取り逃がし、被害者を殺されてしまい、そのうえ調べていた人物に自殺されるという失態をつづけ、埼玉県警は警察全体はもちろん政府にまで迷惑をかけてしまいました。「死んだ犯人に用はない。生きた犯人を逮捕せよ」、この国家公安委員長の言葉は、埼玉県警にとって文字通り至上命令となります。
確定判決が有罪の根拠とする石川さんの「自白」によれば、5月2日深夜石川さんは、上のような経路を通って佐野屋周辺に進入し、逃走したことになっています。でも見てください。これでは全く袋の鼠です。それに少なくとも3カ所で張り込み捜査官と遭遇することになります。往復なので回数にして6回、延べ人数12人です。もちろん捜査官たちは誰も石川さんを見かけませんでした。 |
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