シンポジウム「人権の視点から考える、CSRと公正採用の課題」

 2008年6月5日に豊島公会堂で、「人権の視点から考える、CSRと公正採用の課題」をテーマに第9回就職差別撤廃東京集会」が行われました。当日は都内各地から614人のご参加をいただきました。ここに紹介するのは、同集会で行われたシンポジウムの記録です。

 コーディネーター
  竹村 毅さん(就職差別撤廃東京集会実行委員長、元労働大臣官房参事官)
 講師
  関 正雄さん(株式会社損害保険ジャパンCSR・環境推進室長)
  森原秀樹さん(反差別国際運動〈IMDAR〉事務局長)

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参考資料:
●関 正雄さんによるシンポジウム資料
●竹村 毅さんの著書紹介
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竹村 毅)
 今日は専門家のお二人に来ていただいていますので、CSRの内容と課題についてできるだけ詳しくお話をしていただきたいと思っております。その前に共通理解のための基礎的なことを私からお話します。
 日本でも最近は「企業の社会的責任」という言葉を聞くようになりましたが、やや環境問題にかたよっているように思います。それはそれでいいのですが、人権に関しては少ない気がいたします。CSR(Corporate Social Responsibility)つまり「企業の社会的責任」という概念はそれほど古いものではなく、初めて世界に出たのは1995年です。それに対し「社会的貢献」という言葉は古く、250年くらい前に企業が出現して以来言われてきました。社会的責任という言葉が出てきた1990年代はベルリンの壁がなくなりソ連が崩壊する、というような大きな変動が起こりました。しかしその前からヨーロッパでは高失業率、特に若年層の失業率が問題になっていました。そこへ東欧から西欧に労働力が流入したことで失業問題が深刻になり、東欧の労働者を排除するようになったのです。それで社会的排除に抗する声明書を、欧州委員会が95年に企業とともに作成しました。2010年までにEU諸国を、世界で最も競争力があり社会的排除のない社会とするという「リスボン宣言」です。これが「社会的責任」のさきがけとなりました。したがって現在でもヨーロッパでは、社会的責任といえば失業問題が中核となります。今日の課題である「公正採用」についても、たとえばフランスではパリ郊外におけるアルジェリア植民地から帰化した人の失業が大きな問題となっています。
世界的に見ますと、社会的責任には3つの分野に分かれます。ヨーロッパは今申し上げたように雇用問題ですが、アメリカでは人権問題です。法律違反、犯罪に関する人権問題です。日本では公害や環境問題が中心となっています。 
 そこで共通理解のために、ここで概念規定を確認しておきたいと思います。まず人権とは、という定義ですが、日本には人権の定義がありません。世界では世界人権宣言第一条が定義と言われています。しかしこの場合の「世界」は「ユニバーサル」の誤訳であって、本来は「普遍的人権宣言」と訳すのが正しいのではないかと思います。次に差別についても国際的には定義があり、差別は犯罪であるということです。3番目に今日のテーマになりますが、日本では社会的責任と社会的貢献、企業倫理が整理されていないという問題があります。社会的貢献は社会的拠出、すなわち利益の配分の方法です。たとえば汚水処理を怠った上で利益を上げた企業であっても、一定額の寄付を行なえば評価される。それが日本では社会的貢献になるのですが、社会的責任とは異なるのです。では社会的責任の定義は何か。直訳すると、社会的応答性ということになります。リスポンシビリティは、応答性ということです。組織としての応答能力を言います。それから、企業倫理を確立することによって社会的責任を果たすという言い方がありますが、これは不可能です。概念が違うのです。企業倫理とは企業気質をさすのです。では関さんからCSRについてお話をお願いします。
関 正雄)
 損保ジャパンの関です。よろしくお願いします。今日は損保ジャパン個別の事例よりもむしろ産業界全体の動向、および、私も関わっております社会的責任の国際規範作成の最新動向をお話します。その中で人権問題がどのように扱われているのかをご理解いただければと思います。損保ジャパンの事例は後段で少しお話しさせていただきます。
 最初に、CSRはいろいろな切り口での理解があると思います。ただ、本質的な正しい理解をしていかなければならない。そういう意味でこの欧州委員会の定義はそれに近いのではないかと思います。
 ポイントは2点あります。一つ目は「責任ある行動は、ビジネスの持続的な成功をもたらす」、結果的に企業自身にプラスとして跳ね返ってくるということです。それから二つ目は「事業活動やステイクホルダーとの交流の中に」という記載が後段にありますが、事業活動は事業活動、CSRはCSR、という考え方ではないということが重要なポイントです。事業活動で利益をあげて余った分を寄付する、その寄付の部分がCSRだ、という理解される方が多いのですが、事業活動のプロセスの中で何をしてもいいということにはならないのは言うまでもありません。そのプロセスの中に、社会や環境への配慮を組み込んでいく、ビルトインしていく、ということが大きなポイントだと思います。今日のテーマである公正採用でも当然のこととして人権に配慮していく、あるいは製品の設計・開発や原材料・部品の調達などにも人権への配慮が必要だということです。
 次に、資料に棒グラフが載っていますが、これは経済同友会が定点観測として2002年と2005年の3年間での企業経営者の意識変化をグラフで発表したものです。黒い方が2005年の数字、白い方が2002年の数字になります。1枚目のグラフ(問5)はCSRの捉え方ですが、「払うべきコスト」と「将来の利益を生み出す投資」という考え方が、この3年間で前者が減り後者が増えるという傾向にあります。おそらく、2008年を調べるとさらにその傾向が強まっているのではないかと思います。経済同友会もここを「未来への投資としてのCSR」と強調して報告書を書いています。そういう考え方が徐々に浸透してきているのが見て取れます。
 では何がCSRに含まれるのかということについて。これもアンケート結果では、人権、環境、雇用の創出、社会貢献など様々な項目が上っています。大体どれも増えていますが、3年間で特に増加が目立つのは「人権尊重・保護」です。倍以上の回答率になっています。「地球環境」も伸びていますけれども、これはもともと認識度が高かったものです。ちなみに最下位ではありますが、「世界各地の貧困や紛争の解決に貢献すること」という回答も、2002年では無いに等しかったのが、3年間で16.4%にまで増えています。伸び率で言えば最も大きな伸びを示しており、面白い傾向だと思います。このように時代とともにCSRの理解も変わってきています。
 経団連の企業行動憲章は10年以上前から定められていて、2004年にはCSRの視点から大幅な見直しが行なわれ、私もその見直しの作業グループに参加していました。たくさんの改訂項目があるのですが、今日のシンポジウムに関する項目を一つあげてみます。「企業行動憲章見直しの視点」という表の3点目に「人権」という項目があります。改訂前の企業行動憲章には、残念ながら人権という言葉がどこを探しても出てきませんでした。この点を指摘し、作業グループで議論した結果、2004年の改訂で「人権の尊重」という形で前文に明記しました。前文に明記したのには意味があります。いくつもある個別条文のどれかに入れてしまうと、たとえば労働者の人権、特に女性社員の活躍推進というような、個別の局面における人権に留まってしまう。しかしすべてのステイクホルダーに対する、事業活動のあらゆる局面での人権尊重の重要性を理解して実施していかなければならない。ということで、全体にかかる前文に入れたわけです。
このように、産業界における人権意識も徐々に高まり、拠り所とするする行動規範においても明記されるようになりました。規範といえばたとえば金融機関においても、投融資の意思決定における審査基準に人権という課題を盛り込んできています。これは赤道原則というグローバルなもので、主に大規模なプロジェクト開発に資金を提供する際に守るべき基準として、金融機関とNPOとで議論して作りあげていった基準です。これも2003年にできて2006年に改訂しています。その3年間で変わった大きな点は、人権という言葉が入ってきたことです。それまではたとえば熱帯雨林保護などの環境に関する基準だったものが、より広い社会的な側面(労働や人権)をも考慮に入れていく、こういう基準となりました。 
 ここからは、今起こりつつある「CSRからSRへ」という流れをご理解いただくために、ISOでの社会的責任規格策定の話をさせていただきます。CSR のCとはもちろん企業のことなのですが、企業に限らずすべての組織の社会的責任に関するガイダンス、より普遍的なSRの国際規範を作っているということです。この社会的責任規格はISO26000といって、まだ策定中です。2010年の発行まであと2年かかりますが、起草作業自体は終盤戦にきていますので、どんな議論を経てどんな内容になりそうなのかをご報告します。
 これはISOによくある認証規格ではなく、ガイダンス文書と言って組織に取組みをうながす指針あるいは手引書となっています。特徴的な点は、マルチステイクホルダー参加、つまり政府・産業・労働・消費者・NGO・その他有識者という、立場の異なる6つのステイホルダーグループが起草作業に対等な立場で参加していることです。これら多様な参加者間で徹底的に議論をしながら合意形成するという、ISOとしては初めての試みです。こうした手法をとるのは、取り上げる課題が複雑で分野も多岐にわたることと、解決のためにはすべてのステイクホルダーが当事者としてかかわる必要がある、という理由からです。
 社会的責任の対象となる課題項目がほぼ見えてきています。課題は7つで、組織統治・人権・労働慣行・環境・公正な事業慣行・消費者課題・コミュニティへの参加と開発、として整理されています。このうち組織統治は他の課題と少し異なり、すべての課題に取組む上での基盤となるもので、そもそも組織運営の基礎となる部分といえます。人権の課題は労働との関連性が深いテーマであり、ILOの中核的基準である4分野でも人権の尊重という側面が出てきます。また、環境についても気候変動において、途上国での気候変動適応基金や適応メカニズムの必要性ということが言われています。これもやはり人間の生存や尊厳に関わる問題で、人権とも大きく関わってきます。あるいは消費者のプライバシー保護や安全・安心といったものも人権と関わってきます。従って、組織統治と並んで人権の課題はそれだけで取り上げるというよりは、むしろ幅広い影響範囲をもつ基盤テーマとして捉える必要があるのではないかと思います。ただドラフト作業の中で人権に関しては、出来上がりが遅れてきています。環境や労働は早めに書き終わったのですが、人権の問題は深いですし、原理原則を言うだけではなくて組織の行動に落としこむためにどう書くかは、簡単なようでなかなか難しいです。まだドラフトの見直し作業が続いています。
 次に、「参加ステークホルダーの人数割合」と「先進国・途上国の人数割合」のグラフですが、二つとも今回のISO26000作業部会の特徴、ISOとして初めてチャレンジしたマルチステイクホルダー・プロセスの特徴をよく表していると思います。「ステークホルダー」の方は6つのグループごとに参加人数は各々異なりますが、いずれにしても一つのグループでも反対すると全体の合意にしないという「コンセンサス・ルール」があり、多数決をとらず全グループの合意にいたるまで徹底的に議論します。たいへん時間がかかりますが、画期的な運営方法といえます。
 それから、ISO規格というと先進国が中心となって標準を世界に広めるというイメージがあるかと思います。しかしこの社会的責任規格に関しては、非常に途上国の参加が多い。むしろ先進国委員のエキスパートを上回る参加です。これも大きな特徴です。そして途上国の意見を反映するために、「ツイニング・ルール」といって議長と副議長の片方が先進国ならもう片方は途上国が務める、という運営をしています。
 多様な主体が参加すること、参加者間の合意形成に手間と時間を十分かけること、こういうマルチステイクホルダー・プロセスの意義ですが、時間もコストもかかるというデメリットがある反面、いったん合意を得ると、広範な代表が参加して議論を尽くしお互いに責任をもって合意したことになります。従ってその正当性や影響力が強まってくる、というメリットがあります。
 日本でもこのマルチステイクホルダー・プロセスをそろそろやっていかなくてはならない。欧州でも5年くらいかけて大きな議論をマルチステイクホルダー対話でやっています。日本でもこのISO26000の動きと呼応するように、内閣府で「安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議」を作っていこうとしています。2008年中に立ち上げようと準備しているところです。従来からの政府の審議会のように、政府の方針案や政策案に対して有識者が意見具申して終わり、という形ではなく、政策やビジョン作りから加わっていく、そして合意内容には各ステークホルダーが行動主体として責任をもって役割を果たしていく、という会議です。つまり対話においてまた実践において、「参加と協働」、「パートナーシップ」の精神を具現化しようとする会議です。こんな動きが日本でもあるということです。
 そもそもこの社会的責任規格とは、究極的にはどういう価値を実現する規格なのかということについて、私は二つの点に絞ることができるのではないか、と考えています。一つは、人間の尊厳と多様性を尊重するということ。これは単にそうしなければならないということだけでなく、それを組織や社会の強みとしていくということです。二つめは持続可能性の追求、つまり持続可能で公平・公正な社会を実現する、ということです。ISOという世界最大の標準化機関が、組織の社会的責任の手引き書をつくることによって、こうした動きを加速させていくことができます。
 このISO26000の最新草案については、日本規格協会のホームページから英語の原文と日本語訳がPDF形式でダウンロードできますのでぜひ覗いてみてください。みなさんも人権を中心に規格草案そのものにあたってみて、どんなことが書いてあって国際合意されつつあるのかを是非見ていただきたいと思っています。以上でいったん私のお話しを終わらせていただきます。
竹村)
 有難うございました。では森原さんの話に入る前に私の方から、ISOの説明をさせていただきたいと思います。これがいつごろ何故できたのかということですが、1948年第二次世界大戦が終り平和な世界が期待され、貿易が盛んになるだろう、ということで国際標準化の機関がジュネーブを本部につくられました。第一世代のISO規格は製品規格です。かつて日本の街では、たとえば「トヨタ純正部品取扱店」というような看板をみかけました。今はこういうものは見られません。純正部品とは、たとえばニッサンの車にはトヨタの部品が使えないという意味で、第一世代とはそれをなくして製品の規格を定めていったのです。具体的にはネジの深さなどを決めていきました。たとえば折りたたみ傘のトップのネジはISO1122という規格です。またカメラの三脚を取り付けるネジも同じく1122です。だからカメラの三脚を忘れても、折りたたみ傘のネジをはずして取り付けることができるのです。こういう規格がないと不便です。
 しかし、当時の日本はこういうことに関心がありませんでした。あるとき一斉に日本の家電製品がアジアで輸入禁止になりました。このときの理由は、例えば洗濯機のネジがISO規格ではなかったというものです。これであわてて純正部品をやめたのです。これが日本の第一の失敗でした。第二の失敗は品質管理と環境管理です。これも日本は関心がありませんでした。9000シリーズと14000シリーズで、後に問題になりました。つまり、日本企業の国際入札参加資格が剥奪されるという問題もありました。
 今回は理念というものの国際規格です。今度は失敗しないという立場に立つことが必要です。CSRに無関心でいたらどのようなことになるか。では次に森原さんから国内の現状と問題点、およびズレを、人権問題の活動家の立場からお話していただきたいと思います。
森原秀樹)
 反差別国際運動の森原と申します。反差別国際運動というNGOは、1988年に部落解放同盟の呼びかけによって国内外の被差別マイノリティの当事者、あるいは国際人権の専門家が応えて作られた国際組織です。現在、日本のみならず、インド・スリランカ・アルゼンチン・グァテマラ・スイス・フランス・ドイツなどに、会員組織・パートナー組織があり、そこを拠点として差別をなくすための様々な取り組みを推進しています。国連との協議資格も取得しており、国連への働きかけにも非常に力を入れています。CSRについては、たとえばインドではまだカースト差別が根強くあるのですが、その制度下で排除されている人びと(「不可触民」として差別されてきたダリットの人びと)が、外国企業の採用から排除されたり、外国からきた企業によって農地がオートメーション化され、土地を持たない農業従事者であるダリットの人びとが仕事を失ったり、あるいは民族紛争の続くスリランカで外国企業が一方の民族を支援して紛争を助長されたり、グァテマラの資源地の開発によって先住民族の土地が剥奪されるなどの事実に接することで、企業の社会的責任(CSR)とは何なのか考えるようになってきました。このように、差別撤廃のために活動してきた立場から見えてきたことをお話させていただきます。
 先ほど世界人権宣言の話が出ましたが、世界人権宣言の前文では、国家だけでなく社会の各個人および各機関も人権の担い手として明記しているのです。そういう意味では、企業は人権保障に責任を持つ主体の一つとされています。そういう前提を我々はもう一度共有すべきだと思います。1990年以降、経済のグローバル化とそれに伴う多国籍企業の影響の増大が、先進国においては雇用とか失業、移民などの社会的排除、開発途上国での搾取などを引き起こしているとの指摘が高まり、企業活動における人権への配慮が位置付けられました。それは特に90年代以降、持続的開発を求める先進国の潮流の中にNGOが圧力をかけて位置付けてきた面もあると思います。そして今や日本も、CSRとは何かを議論する段階から脱却しつつあります。いわゆるコンプライアンスとかリスク管理とか、理念にとどまらないで実践やシステム構築の時代に入ってきたということです。具体的にいえば投融資や調達の条件などにCSRを組み込む形で、日常的な企業活動のあり方が問い直されています。
 しかしながら日本においては、環境分野にくらべて人権分野での取り組みが非常に遅れています。また、取り組みが抽象的になりがちです。しかし国際的にはCSRあるいはCSRと人権推進を求める社会的環境が発展しつつあります。あるいは、国連のグローバル・コンパクトに代表されるようなCSRを取り入れた企業の行動規範が普及してきています。今日の集会のテーマである公正採用についても、日本において雇用差別撤廃を中心としてどこまで企業の人権への取り組みを広げていけるのかという視点が求められていると思います。
 それでは、一体どういう形でCSRという文脈における人権が推進されているかですが、国際的には5つの潮流があると考えます。
(1) 株主や投資家の行動の変化によるもの
 社会的責任投資の規模の拡大や株主総会における議決権行使、経営者との対話を通じた企業方針の見直しや転換がきっかけとなって、株主・投資家の行動に変化が生じています。人権に配慮するようにという圧力が株主や投資家からかかるという状勢が生まれてきているのです。
(2) 透明性・情報開示が求められる環境形成によるもの
 NPOやNGOが低コストで情報を発信し、キャンペーンを行なえるようになりました。有名な例では、ベトナムのナイキ社が児童労働を行なっていることをいち早く察知し、世界中に発信することでナイキ社にその行動を改めさせたキャンペーンを行なったのは、たった数名しかスタッフがいない小さいNGOでした。こういう小さいNGOで資源がなくても、情報発信力を強化することによって有効なキャンペーンを展開することが可能になってきました。またNPOやNGO、消費者が、ボイコットや株主訴訟や株主行動などの多様な手段を通じて、企業を特定の地域から撤退させる可能性も出てきています。
(3) 認証システムを通じた社会報告・監査の充実化
 企業活動の様々な評価指標開発が進められ、社会監査・あるいは第三者認証システムが推進されています。また、ISOが社会的責任を示すガイダンス規格のISO26000を準備している状況です。こうした社会報告・監査の充実が3つめの潮流です。
(4) 規制によるもの
 様々なレベルの国内法による規制で、たとえばアメリカでは選択的調達法というのがあります。人権侵害問題のある国と取引のある企業を政府による調達先からはずす、という法律です。こういった国内レベルでの規制が強化されています。またロンドンの証券取引所では、上場企業に環境社会問題に関する経営リスク管理状況の報告を義務付ける、ということを通じて規制が行なわれています。国際的にはILOの中核的8条約とか、国連の人権保障メカニズムを通じた国際人権基準の(現在、30の条約がある)国内適用を通じて企業の行動に規制が及ぶ可能性も出てきています。
(5) 指針・規範によるもの
 CSRを取り入れた企業の行動規範、指針が普及しています。その中に国連のグローバル・コンパクトがあります。これは国連が定めたもので、人権・環境・労働・腐敗防止などの分野で10原則を支持、実践するという宣言を各企業が行なうシステムです。現在120ヶ国で4千数百社が加盟し、日本からは60社/団体が参加しています。
 このように、株主・投資家の行動変化、透明性・情報開示の推進、認証システムなどを通じた社会報告・監査の充実化、規制の推進、指針・規範の普及などによって、国際的にはCSRに基づく人権保障の流れが加速しているのです。
 では、こうした潮流において具体的にどのような人権問題が課題とされているのかですが、今日の課題である公正採用に限らず、非常に幅広い課題があげられています。たとえばサプライチェーンにおいて人権に関する方針をきちんと採択することや、差別や社会的排除の禁止、結社の自由・団体交渉権の尊重、健康で安全な労働環境の提供を含む適切な労働条件の保障、児童労働・強制労働の禁止、内部通報制度の制定、などがあげられます。それから日本企業にはまだなじみのないことですが、事業展開先での保安要員・警備員などによる人権侵害への防止も大きな課題です。これは主に資源開発地で必要な課題となっています。それから先住民の土地権利保護、人権弾圧を行なう政府との関係や収益の再投下と汚職、あるいは紛争地域での事業展開のあり方などもあげられます。このように、非常に幅広い課題があることがお分かりいただけると思います。
 最後に、日本国内のCSRと人権をめぐる現状評価についてですが、一言で言うと、欧米や他の分野と比較しても、日本の企業の取り組みは限定的であり遅れているといえます。しかし、その中でも次の3つのことは浸透しつつあります。すなわち、@企業活動は人権の諸原則が守られていないところでは成り立たないという認識、A差別は自らの市場を狭めるという認識、B人権問題を起こしたら企業のイメージダウンに繋がるという認識、は浸透しつつあると思うのです。
 しかし、「企業と人権」に対する一般的イメージは、まだ国際的議論とは乖離しています。たとえば「企業と人権」というと、雇用における差別撤廃やセクハラ防止が課題の中心になっています。そこからどうスタートできるかだと私は思います。また、人権の保障がイコール差別解消、イコール私人間の問題、と理解されがちで、それによって、いわゆる思いやりや倫理の問題に矮小化されがちです。つまり企業が人権を守るといったとき、従業員個々人の意識の問題と位置付けられる傾向にあるということです。本来は、個々人の問題ではなく、企業のシステムとしての位置付けが必要な課題なのです。
 日本経団連は、2004年5月に初めて「人権」を単独の文言として企業行動憲章に取り入れました。こういうことが少しずつ起こってきています。また2005年に経団連が実施したアンケート調査を見ると、ここ2,3年でCSRへの取り組みが急速に拡大しています。同調査によれば、CSRを意識する企業は75%におよび、約5割が社内に横断的機関を設け、その6割強が担当部署を設置しています。データだけを見ると推進しているように見えますが、一方では残念な結果も出ています。この調査では、CSR推進にあたって現在・将来に取り組む分野ではコンプライアンスが9割近くとトップになっているのに、人権問題は最下位で約1割に留まっているのです。ちなみに環境問題に取り組むという企業は6割ありました。まだまだ人権問題がCSRに位置づいていない、ということがこれで分かります。同時にサプライチェーンにおけるCSR配慮については、人権も徐々に対象になっています。経済同友会の資料によると、海外の事業展開に人権を配慮すると回答した企業は2003年には1割だったのが、2006年には36%にアップしているのです。これをどう見るか。経団連の調査では約1割に留まっているのが、海外のサプライチェーンの関係だと人権に配慮する企業が増えている。ちょっとねじれた実態にあると思います。
 では国内でどう配慮していくのか。一つの問題として、日本でのCSRと人権の議論はトップダウン的に行なわれているということがあります。外的要因に対応する形で経営者からトップダウンで行なわれている。しかしそうではなく、NPOやNGOがからむ形で作っていくことが日本の企業に求められているのではないでしょうか。そのためには、人権のNPOやNGOがもっと力をつけていかなければならないと思います。まだ企業を監視しつつ、企業活動に関わっていく体制は整っていません。そこを強化していくために企業も支援していくことが必要ではないでしょうか。
 以上、前提となる認識、5つの国際的潮流、日本の企業活動におけるCSRの現状を俯瞰してみるという形で報告させていただきました。
竹村)
 最後に関さんから、ISO26000について第三の失敗を避けるためにどうしたらいいか、ご自身の損保ジャパンが何をどうされているか、ご報告をお願いします。
関正雄)
 先ほど申しましたように、ISOの草案はほぼ出来上がっています。森原さんの話にあったように、日本の企業の人権への取り組みはまだまだ遅れています。これは日本だけでなく、他の国の企業も必ずしも進んでいるわけではありません。全体の底上げが必要になっています。そのためにも国際的なマルチステイクホルダー・プロセスで作られた基準案を理解することは重要だと思います。2年後に出来上がったら考えようということではなく、先取りをして何が書かれているのか見ていただきたい。企業は常に時代を先取りしていく存在だと思いますので、ぜひ読んで考えていただきたいと思います。
それから、こういう規格は受身で受け入れたり批判するだけではなく、作るところから担う、参加して意見を言う、そういう姿勢を持ってほしいと思います。企業の立場や現場での実践者の経験からおかしいと思うところは、きちんと意思表示をして伝えていく。そういう対話の中で基準が洗練されていくのです。ISO規格にしてもCSRのさまざま基準にしても、それを鵜呑みにするのではなく、基準の方が妥当性を欠くと思ったら改善するよう意見具申するという姿勢が必要です。そういう意味からも、まずはISO26000規格案に目を通していただきたいと申し上げたわけです。 
 次に、損保ジャパンの取り組みを少しお話します。1990年に地球環境問題専任の組織を作って、環境問題への会社をあげての取り組みを始めました。CSRへの取り組みもこれがベースになっています。その後2002年に三社合併で損保ジャパンが新生スタートした際に、統合準備委員会の議論の中で新会社において社員が共有すべき価値観として「人間尊重」というキーワードが出てきました。そこで、人間尊重推進本部を立ち上げ、人権啓発・健康管理・労働時間・女性活躍推進を四つの柱として力を入れることにしました。女性活躍推進については、ウイメンズ・コミッティという現場のニーズを吸い上げる委員会を作り施策に生かしてきましたが、昨年からはダイバーシティコミッティとして、より広い視野で見ていこうとしています。
 しかし推進本部をつくって人事部やCSR室がいくら旗を振っても、それだけではだめで、経営トップから新入社員に至るまで、常に人権問題を意識するキッカケを与えることが大事です。たとえば労働組合がつくるパンフレットですら、男性が営業・女性が社内の事務、というようなステレオタイプでイラストを描いているかもしれない。そういった点に気づき、意識と行動の切り替えを一つ一つを積み重ねていく必要があります。従って、たとえば新入社員のCSR研修では、座学だけではなく車椅子やアイマスク体験、疑似高齢者体験などを組み入れていくようにしています。すると共感することで表面的な知識に終わらず記憶に刻み込まれていきます。そういう意味で、社員教育において体験研修は重要ではないかと思います。
それから、企業としてCSRへの取り組みを不断に改善していくためには、情報開示をして透明性を高める必要があります。私どももWEB上のCSRコミュニケーションサイトなどを通じて、ステイクホルダーからいただく様々な質問やご意見に応答しながら進めていっています。 
 最後に、CSRの視点で人権に取り組むとき、どういう点に考慮しなければならないか、あるいはどうしたら効果があがるのか、ということについて三点お話したいと思います。一つ目はグローバルな行動規範としての人権を理解するということ。先ほどのISOの規格にしても、遠い海外の視点という距離感があるかもしれませんが、今や企業は原材料調達、製品市場、労働力確保などで否応なしに世界とつながっています。したがってグローバルな課題というものは常に自社の課題として跳ね返ってくるのです。これは大企業に限りません。二つ目はCSRをどう推進していくか、フレームワークつまり仕組みについて。これはCSRマネジメントの対象として人権をとらえなおすことです。マネジメントの基本は何事によらずPDCAサイクルです。CO2削減計画のように、到達目標を決め計画を実行に移し、実施結果を評価して継続的に改善する、これを人権問題の取り組みにおいても適用することが大切です。三つ目はステイクホルダーとの対話と協働、エンゲージメントです。人権問題というものは、二律背反的なジレンマを内包していたり、あるいは非常に困難なチャレンジを伴うこともある。悩みを抱えながらも一歩ずつ課題を解決しながら着実に向上していくしかない。そういう場合、情報公開を通じて透明性を高める、ジレンマはジレンマであると伝えてステイクホルダーとの対話を進める、企業だけの力で解決できない問題はステイクホルダーの力を借りる、といったことが大事になります。
 今三点目にお話したステイクホルダー・エンゲージメントという言葉は耳慣れない言葉だと思いますが、これは実はISO26000の中でも非常に重要な概念であり、ある意味目玉になるといえるものです。資料に掲げた定義も取りあえずの暫定的なものではありますが、ステイクホルダーの期待・声をきちんと理解しなければならない、また理解するだけではなく、ステイクホルダーと積極的に対話し関わりつつ一歩一歩課題解決に向けて行動していく、そういった意味を含んでいます。したがって受身のエンゲージメントだけではなく、企業の方からステイクホルダーにエンゲージする、すなわち近づいていくという行為も大事だと思います。意見交換をして期待を明確化し、違いと共通点を理解し、ともに問題解決を図っていくことによって、単独では出せない新たな力が生まれ、相互の信頼も向上する。なかなか理解が難しい概念かもしれません。いい日本語訳ができればもう少し分かりやすくなると思います。
 人権分野でもこのステイクホルダー・エンゲージメントが、組織が学習したり取り組みレベルを高めたり内容を改善するのに役立つだろうと思います。たとえば初期の課題発見の段階や、あるいはもっと前段階での方針や行動基準を作る際にも、人権分野の専門家やNGOなどステイクホルダーの参加を求めその力を借りるということも有効でしょう。企業としては人権問題への取り組みはまだまだ十分とは言えません。そういう新しい視点やアプローチも活用して、さらに取り組みを強めていかなければいけないと思っています。
竹村)
 どうも有難うございました。
 では中小企業などでは具体的にこのISOをどうしたらいいか、何かお考えがありましたらお願いします。
関)
 中小企業についてはISO26000の作業部会でも重要なテーマとして議論しているところであります。世界中どの国でも、企業といえば数のうえで圧倒的に多いのは中小企業です。大企業ならスタッフ要員など経営リソースをつぎ込むことができますから、社会的責任に対応していける。さらにいえば、大企業の中には今更ガイダンスなど要らないほど取り組みが進んでいるところも結構ある。これに対して、中小企業はほとんどが取り組みはこれからで、経営リソースも限られている。しかし、大企業と同様に企業として社会的責任には向き合わなければならない。だから一番こういうガイダンスを必要としているのは中小企業である、という議論です。
 したがって、このまま中小企業でも使えればそれが一番理想的なのでそういう形をめざしていくのですが、場合によっては中小企業向けには本編に加えて、事例などを含むより分かりやすい補助的なガイダンスを作っていく、あるいは教育啓発・支援などのサービスを提供していく、といったことが必要になってくると思います。
竹村)
 有難うございました。ではもう一度森原さんに、NGOとして活躍されている立場から、現在の課題を話していただきたいと思います。
森原)
 関さんの話を伺っていて、関さんのお話のなかの「CSRの視点で人権に取り組む意義」に書かれていることと、私のレジュメの「これからの課題は何か」の中の「前提となる環境を作ること」に書かれている三項目が、まったく一致していることに今気が付きました。共通認識を持てることが非常に嬉しいと思います。
 これからの課題については3つあると思っています。一つ目は、差別や思いやりにとどまらない広範な人権に対する理解を促進する事がまず必要だと思います。二つ目は、これも関さんとまったく同じ文言でビックリしたのですが、CSRマネジメントの対象課題として人権を捉え直すということです。これは企業内におけるこれまでの啓発活動や雇用差別撤廃のための様々な取り組みを基盤にして、経営戦略と分けずに横断的・総合的な社内体制作りに取り組む事が大事だろうと思います。3点目は、労働組合やNPO・NGO、研究機関、経営機関、関連市民などの多様なステイクホルダーによるフォーラムの形成が必要だろうということです。この三点を前提として作っていったときに、初めて日本の中のCSRと人権がより広く根付いていき、企業が活性化し、働く人や様々な人々の力が発揮でき尊厳が守られる社会になっていくと思います。
 今、竹村さんから中小企業の場合はどうするのかというご質問がありました。やはり企業の業種や規模によって取り組みは違ってくるでしょう。始めの時点では違っていても構わないと私は思っています。それぞれの問題に会社や自分自身が、どのような関わりをもち得るのかを考えていく過程が必要になってくるのではないでしょうか。
 企業が取り組むべき人権の課題は4つくらいに類型されると思います。一番目は、企業活動がその本質によって加担してしまう可能性のある人権問題です。これには、たとえば貧富の格差を創出してしまう、公共サービスの民営化推進によってアクセスの不平等化をおこす、労働において本質的に何らかの形で搾取をしてしまう、といったことにどう取り組んでいくのかということです。二番目の課題は、企業活動に一定の規制を課すことで防止できる人権問題です。サプライチェーン管理における課題はほとんどこれに含まれると思います。たとえば、児童労働・強制労働、先住民族の土地資源の搾取、劣悪な労働条件の改善、公害輸出健康被害、住民立ち退き、政府による人権弾圧への関与、戦争犯罪等々への関与、人権侵害に加担する可能性のある軍事、治安、警察の装備技術の移転、保安要員による人権侵害、政府開発援助がもたらす人権侵害といったところです。3番目は、企業が組織内で重視すべき人権課題です。あくまでも企業が組織の中をきちんとしていくことで克服できる人権課題ということです。企業内人権啓発とか差別防止策などはほとんどこれに含まれます。たとえば、労働権の保障、セクハラ防止、社内バリアフリー・ジェンダーフリーの促進、雇用・昇進における差別の問題、顧客情報の管理、障害者・高齢者の雇用、内部通報者の保護、といった体系的システムの構築で守れる人権課題があると思っています。4番目は、これまでの3つが〜しないということで達成できる課題だったのに対して、積極的に〜する、という達成できる課題です。たとえば、地域社会での役割、事業展開先の国や地域での人権状況改善への貢献、ユニバーサルデザインの普及、市場を規定する制度作りを自ら行なっていく事、これは具体的にはISOのプロセスへの積極的な関わりなどを通じて達成できると思います。
 これら4つの課題の中で、自分自身の職場や会社で関わっていける人権課題は何かということを、個々人としてあるいは会社として考えていく事を取っ掛かりにして課題設定することが大切なのではないかと思います。
 最後に、部落解放人権研究所が「CSR報告書における人権情報2005年版」をまとめた時に、各会社の人権遵守のチェック項目をまとめていますので簡単に紹介します。たとえば、CSR担当の機関があるか、多様なステイクホルダーとの対話の機会を設けているか、トップステイトメントに人権という言葉が使用されているか、企業方針、綱領行動綱領や企業報告書などに人権尊重という項目があるか、人権尊重を明記した調達取引方針があるか、企業内に人権を担当する機関があるか、労働者の人権を尊重しているか。この中には公正採用の方針を持っているか、就職困難者の積極的採用を行なっているか、高齢者や障害者への人権配慮をしているか・・・、そういった項目が列挙されています。それから、企業活動の結果生じる人権侵害の対応方針があるか。たとえば、地域住民や先住民への権利侵害を阻止する方針を持っているか。本来の業務あるいは業務外を通じた人権侵害への取り組みがあるか、人権尊重の社会活動への参加取り組みがあるか、物資資金援助、NPO団体への支援、これはステイクホルダーを強化し育てていくための能動的関わりがあるかということです。人権を考慮した第三者評価を実施しているかどうか、という項目もあります。
 これくらいはチェック項目があるだろうと思われます。全部やっている会社は少ないと思いますが、こういうチェックリストを活用しながら、自社の取り組みをチェックし発展させていくこと。そして最初に申し上げた3つの前提となる環境作りをしていく必要があるのではないかと思います。以上です。
竹村)
 有難うございました。最後に関さんにもう一つお聞きします。ISO9000あるいは14000シリーズと、今度の26000シリーズとの違いをお願いします。
関)
 一番の大きな違いはISO26000はマネジメントシステム規格ではない、第三者認証が必要ではないということです。よく、「第三者認証を伴わない規格では、浸透しないのではないか」というご質問を受けます。私は必ずしもそうとは言えないと思うのです。というのは、確かに認証制度はないですが、逆にISO26000にしかないものがあります。それは、マルチステイクホルダー対話のプロセスです。さまざまなステイクホルダー代表が議論を尽くし、その間で国際的に合意された規範であるということ、今までの規格にはないこの特徴が、影響力の強さを生むのではないかと思っています。だから全くタイプの違う国際規範である、という認識を持っていただいた方がいいかも知れません。
 では具体的にどういう形で適用が考えられるか少し考えてみると、これも今までの規格とは違った使われ方があるかも知れません。たとえば国が何か立法するときに参考にする、あるいは業界団体が何か自主基準を作るときにひな形として使うといった、ひとつの準拠文書あるいは拠り所として、さまざまな規範に間接的な影響を及ぼすところも無視できないのではないかと思います。
竹村)
 有難うございました。今、お二人の専門家に共通した項目がいくつかありました。人権についての国際的合意について、もう一度確認し理解する必要があるのではないかということでした。
 ご承知のように今年は世界人権宣言60周年です。1993年ウィーンにおける国連の人権会議で、この世界人権宣言が現在でも人権を語る上での核心であることが合意されております。日本ではこういう大会のようなとき、挨拶のたびに言われる言葉があります。「21世紀は人権の世紀である」という言葉です。これは実はたいへん深い言葉でございます。1993年の人権会議、そしてその後の1995年の世界女性会議、これは北京会議と呼ばれておりますが、この二つの会議で人権に対する概念の国際的合意が出来上がりました。それを解決する方法についても、グローバルな合意が出来上がった。ところが足元を見るともう20世紀は終りだ。そういう意味を含めて「21世紀は人権の世紀だ」という言葉が出来たのです。従ってこの言葉を用いるからには、その時点における国際的合意というものを十分に理解し、それに基づいて行動する。そういうことがなければ実を伴わないのです。
残念ながら日本の場合は、同和対策審議会が答申した1965年で人権や差別についての概念が止まってしまっている。2年前には我が国においても、「間接差別」という新しい概念が法に盛り込まれています。それまでは部落差別に関して、差別というものは心理的差別あるいは実態的差別だと言われていました。1965年当時としては、世界に抜きん出た立派な概念だったと思います。その1965年が日本にとってゴールとなってしまった。ところが逆に世界はそこをスタートとしました。その年に人種差別撤廃条約が採択されていますし、1966年にはA規約・B規約が採択されているのです。そして30年かけて95年の北京会議に置いて、国際的な人権に関わる概念が確定しました。 
 ちょうど今年は60周年ということでもありますし、世界人権宣言を前文を含めましてもう一度見ていただけたらと思います。
 時間が参りました。お二人には専門家の立場から、それぞれ貴重なご意見をいただきました。本当に有難うございました。深くお礼を申し上げます。


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