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第十五 U・K証言についての原決定の誤り

           

 原決定は,新証拠であるU・Kの昭和38年6月5日付司法警察員に対する供述調書は第1審でのU・Kの証言と同旨であり,実質的に見て新証拠といえるか疑問であるのみならず,これを確定判決審の関係証拠と併せ検討しても,U証言の信用性に疑問を抱かせる点は見出せず,確定判決の認定を揺るがすものではないとした。しかしながら,原決定の認定は,以下のとおり新旧証拠の総合評価を全面的に誤っているものである。
 確定判決のU・K証言に関する認定は,これを支えるものとして自白を援用し,これに全面的に依存している。「被告人は6月21日付青木調書の中でU・K方に行ったときのことを詳細に供述し,U・Kの年令について取調べに立ち合った遠藤三警部補を指して『(U・Kのことを)この人と同じ年令に見えた』と供述している」とか,「被告人自筆の図面の中にU・K方を図示」しているとか,「きいたんち」,「なかだエさんのいエをきいたいエと説明文を付している」とか,6月24日付青木調書,6月25日付原検面調書においては「U・K方に行ったときのことを具体的に供述し」ている各事実をあげている。そして,「被告人が脅迫状をN・E方へ届けに行く途中U・K方に立ち寄り,同人に被害者宅N方の所在を尋ねた事実は疑う余地がない」と認定した。
 ここで考察すべきことはU・K公判証言の信頼性如何ということであるが,まず自白調書を除外して,すなわち確定判決のいう,「自白を離れて」どのような事実を認定しうるかを考えてみる。
 原1審5回公判において,U・Kは検察,弁護人の問につぎのように証言した。
 「(石川一雄を)入間川の警察署で見ました」「背たけは(5尺)1,2寸」「髪の毛は雨で……下がっていました」「あごがこけていまし(た)」「今ちょっとうしろを見てね,石川を見て下さい」という問いに,「そうです。そうです。この人です」。要するに「顔かたちが似ている」というわけである。
 ついでU・Kは原2審17回公判で弁護人の問,「証人は,そこにいる人に前に会ったことがあるか」に対し,「ありません」と答えている。一方,検察官の,「警察で5月1日の晩証人のところへ尋ねて来た人ではないかということで男の人の顔を見せてもらったことがあるか」という問に「あります」と答え,「二回見た人とここにおる人とは,似ておるかどうか」との問いに,「どうもよくわかりません」と答えた。
 以上が確定判決のいうところの,「自白を離れて存在する客観的証拠」とされるU・K証言のすべてといえる。
 しかしながら,同U・K証言自体の信憑性については多大の不安をいだかざるをえない合理的理由がある。
 まず本件面通しは,いわゆるラインアップがなされていない(『警察官のための証拠法』103頁以下)。弁護人らが再三指摘引用しているところであるが,本件面通しは,アメリカ連邦最高裁判所が確立した法規準(前掲書参照)に大きくかけ離れていることはもとより,我が国で現在実施されている写真帳による識別にさえ届かない単独面通しであるということである。
 とりわけU証言における危険性として,目撃したという5月1日から1カ月月以上を経過した時点での面通しであるということ。5月1日の目撃環境も,午後7時半ころ,約3メートルへだたった,薄暗い(40ワットの電球1箇)場所で,1,2分(U証言からうかがわれるやりとりからすると1分を要しないと推測される。)の間のできごとであるということ,U・Kを面通しの場所に連行した捜査官が,どのような説明をしてU・Kをむかえているのか,たとえば「今から君に面通しする男はN・Yちゃん殺しの犯人として逮捕され,新聞の写真にも出ている石川という男だ」ということであったのか,あるいは,「今から面通しする人を君はどこかでみかけたことがあるか」ということであったのかということである。ヘリコプターまで動員された,日本国中注視の大事件であってみれば,前者の方法,説明により面通しの舞台に引き出されたことは確実といえよう。いずれにせよこれらの事情は一切あきらかにされないままでの公判証言であってその信用性のきわめて乏しい,警戒すべきケースといえるのである。
 さらに重要なことはU・Kと請求人とは狭山署での面通しまでは,一面識のない間柄であったということ(「青森老女殺し事件」の再審無罪判決は,犯行現場近くで請求人を3名の人が目撃しているとされ,しかも請求人と目撃者は見知っていた間柄でありながらその確実性は否定されている。判例時報905号29頁),加えて,U公判証言は目撃した時から6カ月余経過しているのであり,はたして,「あごがこけていた」とかの記憶を,はっきりと,維持していたかどうか,その記憶は経験則上うたがわしいといえる。
 以上の点を考えると,U・K証言の信頼性はきわめて乏しいもの,危険なものと判断せざるをえないのである。前記の判例以外にも,島田事件再審無罪判決によると,目撃証人が面通しに際して,「アッ,あの人だ」,とはっきりと被告人を指示し,2度目の時も「あのお兄さんだ」という経緯をあげながら目撃証言の信用性を否定している(判例時報1316号50頁)。また有名な話で教科書で引用されているように,弘前事件では,被害者の実母が面通しで,「被告人が当時見た犯人と全く同じで,卒倒するほどであった」という目撃供述についても信用性を否定している(判例時報849号)。複数の人物についての写真帳からの犯人識別の方法による場合において,確信に近い目撃証言も信用性を否定されている(下田缶ビール事件,判例時報1184号)。
 なお請求人の自供についても,いましがた人を殺したという犯人が,被害者宅の近くに堂々と姿をあらわし,あえて近所の住民に姿をさらすということ自体,ありそうにもないことであるが,その自供調書からは,不安,恐怖,警戒の雰囲気を片鱗だにうかがいえない。自供調書がU・Kの申告をもとにした捜査官による誘導であるとの疑いを遂に払拭することができない。また6月25日付原検面調書(1回)では,「自転車は道路に立てて聞きに行ったと思いますが判然はしません」と供述していたところ,6月29日付青木員面調書では「自転車を道に立てかけて置いて私だけが家に入って云って家をきいたと言いましたが……(思い違いであって)自転車を持っていた」と供述の変遷がみられる。
 確定判決のいう「自白を離れて」ということが,ことばの偽装にしかすぎず,その有罪認定がしっかりと自白に依存している様相をここでも把握できるのである。U・K証言をささえているかに見える自白が,捜査官の誘導による虚偽架空のものであることは明らかである。
 確定判決が客観的証拠の一つに挙げたU証言に目撃証言としての証拠価値が認められないことは明らかであり,原決定は破棄されなければならない。

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