部落解放同盟東京都連合会
資料室 狭山事件の資料室 狭山事件確定判決-INDEX

(死体及びこれと前後して発見された証拠物によって推認される犯行の態様について。)

 その一二 死体について。

 所論は、強姦・殺害・死体処理に開する自白は死体などの客観的事実を示す証拠と重要な点で食い違いがある、すなわち、死体の前頸部の傷害からみても被害者は被告人が自白しているような方法で殺害されたものとは考えられず、被害者が姦淫された時期や状況も被告人のいうところと符合していない、また死体にみられる死班の状況や後頭部の裂傷、これに伴う出血状態、足首に索溝がみられないなどの状況からみて、被告人がいうように芋穴に死体を逆さ吊りにした事実は推認できない、更仁死後の経過時間、胃の内容物の消化状態からみて被告人の自白するような時間的経過によって犯行が行われたかどうかも疑わしく、このように被告人の自白が重要な点で客観的状況と相違することは、結局被告人が犯人でないから本件犯行の態様について知る由もなく、また真相を語り得なかったことを示すものであり、被告人の自白は虚偽架空であって信用することができないというのである。
 そこで、以下各論点ごとに検討を加える。

(一)死因と死体頸部の傷害について。

 所論は、上田政雄作成の鑑定書を援用し、死体前頸部に指頭痕や爪痕のないこと、前頸部に二種類の索状物によって絞扼圧した圧迫痕跡があること、その他眼瞼結膜に溢血点が比較的少なく眼球血膜にも溢血点や浮腫や血管充盈がないことなどからみると、本件の殺害は、自白にいう方法とは異なった方法すなわち単純な庄頸による扼殺ではなく、おそらく幅の広い索状物による絞頸と前膊部や上膊部などの比較的幅の広い鈍体による圧頸とを併せ用いた複雑な方法の殺害が行われたものに違いなく、死体の概況から推認し得る殺害方法と被告人の自白とは最も重要な点で明白な食い違いがあるというのである。
 上田鑑定は、五十嵐勝爾作成の鑑定書、同人の当書証言、員大野喜平作成の実況見分調書、被告人の六・二五及び七・一桧原調書を資料として再鑑定をし、「右手の親指と他の四本を両方に拡げて女学生の首に手の掌が当たるようにして首を締めたという石川一雄の供述に当たる所見は、以上の死体所見からは全く考えることは出来ない。」との結論を下している。そして、このような結論を示した理由として、「眼瞼結膜に溢血点が比較的少なく眼球結膜にも溢血点や浮腫や血管充盈を見ていない。この所見は私の経験上何らかの幅広い物で絞殺されたか、かなり幅のある太い物で強く側頸部を圧迫した時に最もしばしば認められる。これは幅広い物によって気管の圧迫と同時に左右側頸部の血管や頸動脈洞の圧迫、迷走神経の刺戟等の諸種条件が加わり比較的はやく意識不明に陥り死に至ったものと思われる。」とし、「c3【(前頸部に於て、下顎骨下方より前記b(前頸部に於て、胸骨点上方約九・七糎の処を通り横走する蒼白色皮膚皺襞1条存在す)までの間は、前頸部一帯にわたり暗紫色を呈し、その内に小指爪大以下の暗黒色班点若干が散在す。(五十嵐鑑定書)の右前頸部には正中によった部分は軽く弧をえがいており、C1(左前頸部に於て、正中線上で胸骨点上方約九・四糎の処(ほぼ喉頭部上縁に相当す)より左方に向い横走する約六・二糎長、約○・三糎幅の暗赤紫色部1条存在するも周辺は自然消褪の状を呈し、境界は不明瞭である。(五十嵐鑑定書)】と同様程度の黒化度を示している。C1とc3の間の距離は前述した如く三糎以上の幅を持っていると考える。しかもこの部分を何らかの索状体で絞頸したものと考えれば、この前頸部のC1・c3等が最も強く恐らくこの部分に結節があったものと考える。この場合その索状体は単に交叉するのみで絞頸された可能性が強い。しかしながらC1やc3の変化を幅広い索状体の辺縁でできた損傷と受け取らなければ頤下部に出来た皮下出血や喉頭部下部にある皮下出血が全く説明がつかない。これらの損傷部を索状体を交叉する際に圧迫した痕跡と考える。……外景所見からは前述した如く幅広い兇器で絞殺したものか、あるいは幅広い鈍体で(手、足等)圧頸したものと考えざるを得ないのである。しかも、その索状物或は鈍体は圧頸後間もなく取り除かれ細引紐等を用いて死を確実にしたものではないだろうか。この場合細引紐は死体に着いていた細引紐で二、三回頸部を締めることが可能であり、最後にその紐を死体につけた儘放置埋没したものではないだろうか。」とし、また、「喉頭部を上から圧迫し気管を圧迫するのみでは普通はなかなか死に至らず本例の様に溢血点や浮腫が少ない例は前述した如く幅の広い索状物で締めるか、幅広い鈍体により左右側頸部を圧迫する所見が加わらなければならない。」としており、これをみると、被害者の死体の前頸部の外景所見からは幅広い兇器(索状物)で絞殺したとは断定しておらず、幅広い手、足などの鈍体で圧頸した可能性もあるというのである。しかも、「鑑定資料(二)2(被告人の七・一検原調書第二回)に記載の如く顎に近い方の喉の所を手の掌が通るようにして上から押さえつけたという記載に一致する損傷としては舌先端に挫創が生じている点や頤下部の皮下出血(恐らくこれも筋内出血を含む)等が妥当する損傷と思われる。」ともいっている。このようにみてくれば、上田鑑定と五十嵐鑑定との見解の相違は死体前頭部の外表所見をどう評価するかによって生じているものと考えられるが、五十嵐鑑定でも「本屍の殺害方法は加害者の上肢(手掌、前膊或は上膊)或は下肢(下腿等)による頸部扼圧(扼殺)と鑑定する。」と結論を下しており、両者は必ずしも相容れない鑑定ではないと認められる。現に、弁護人も最終弁論において、親指と他の四本の指を広げてではなく、五本の指をそろえて手掌で圧頸し、その際前頸部の外表に揖傷が生じたのではないかとも推測している程である。
 ところで、C1c3等の損傷や殺害方法について、五十嵐鑑定人は、当審(第五三、五四回)において、「C1c3はいずれも着色部で、その間は皮膚の皺襞を伴う横走状皮膚蒼白帯となっていた。」と証言し、「c3のような暗赤紫色部が生じたのは、何故だろうか。」との弁護人の問に対し、「それは、bのところに『前頸部に於て、胸骨点上方約九・七糎の処を通り横走する蒼白色皮膚皺襞1条存在す』と書いてございますが、死体が置かれた時、首と身体の位置のくい違いによってしわができますと、そこが蒼白になることがございます。ですから、これに表皮剥脱があるとかいう記載もございませんし、ただここだけ色がついていたから記載したまでで……。」と証言し、また、「鑑定書の頸部所見という所に自然の皺襞によるという蒼白部は記載してございますが、索状物を使ったという痕跡は出ておりません。たとえば、きれの紐とか縄類みたいなもので締めたという痕跡は出ておりません……。(頸部内景)所見は頭部が索状物でない物で扼圧された時の通常の痕跡でございます。で、その扼圧した接触面が比較的広いということを意味しております。一応爪の痕などがあれば手によるものと推定できますが、爪の痕がない場合には掌で首を締めるだけが、締める方法ではございません。背部からのはだか締めもごぎいます。プロレスのニードロツプのように喉を押すこともございます。……爪の痕がない限り手によるという断定はできないと思います。」と、そして、「いくつかの可能性は確かにあることは判ったのですが、もう少し、たとえば、親指を拡げるような形で指したとか、或いはうしろから羽交締めで前頸部があたるような形で扼殺したとか、そのへんの推測はもう少しできないでしょうか。」との弁護人の問に対し、「それは、ごくむずかしい問題です。それは、首を指圧して窒息死に陥らせたという場合には、気管に圧力を加えて呼吸を困難にするということのほかに神経圧迫の作用が加わって参ります。迷走神経とか、或いは頸動脈のわかれめの所の神経叢の圧迫、そういうものが加味されてきますから、気管を完全に閉鎖したとばかりは言えない場合がございます。」、「(圧迫痕著明というのは頸部所見でいうと)主に内部所見でございます。」、「皮下出血は、絞殺でも同様ですけれども絞殺とか扼殺とかいう時に頸部に力が加わった場合に死ぬまで抑えっぱなしにしていれば皮下出血は起きないものであります。……扼殺の場合だとどうしても力が波状的になり、強くなったり弱くなったりする、そういうので絞殺の場合よりも数多く皮下出血が認められるということです。……出血は力の加わった部位と必ずしも一致しない場合がございます。」と、更に、「C1の暗赤紫色部1条存在するも周辺は自然消褪の状を呈し境界は不明瞭である、というこの部分は何かで特に力が加わった部分であるというふうには考えられませんか。」との弁護人の問に対し「私としては、こういうふうな特に力が加わった時は割合境界が明瞭だと思います。特に段々色があせてわからなくなったという場合には、死班に近い時が多うございます。」と、「C1がやや顕著にあらわれているわけですけれども、それだけからは、掌によるものか、上膊、或いは前膊によるものかなどということはどのようにも決めることはできない。」との弁護人の問に対し、「皮膚の着色だけでは無理と思います、だが、絞殺ではないということは言えると思います。」、「普通のこういう強姦殺人といわれるような場合では掌による扼殺が一ばん多いように思われます、……爪痕、加害者の爪による創傷がなかったということで(殺害方法を)一つにしぼることは無理だと、可能性のあるものは列記しておいた方がいいというだけのものであります。……前頸部を手で振殺した場合爪が立って爪のあとが残る時もございますし、特に親指に力がはいって飛び島のような皮下出血が起ることもあります。しかし、本屍の場合はそういうものがないと、従って接触面の広いもので扼圧したという以外、それ以上に説明がわたると無理になります。……(指痕)は、残る時と残らない時がございます。ですから鑑定としますれば、残っている時しか、結論として出せないわけです。」と証言しており、これによれば、C1c3などの損傷は前頸部の変色部分であったことが窺われ、同鑑定人は、爪痕や指痕が前頸部にないところから、内景所見を重視して、「前頸部には、圧迫痕跡は著明であるが、爪痕、指頭による圧迫痕、索痕、表皮剥脱等が全く認められないので、本屍の殺害方法は加害者の上肢(手掌、前膊或は上膊)或は下肢(下腿等)による頭部扼圧(扼殺)と鑑定する。」と結論を下したものであることが明らかである。
 そうだとすれば、上田鑑定人自身「(五十嵐鑑定)添付写真第五号を私が見た所見を記載する。この写真は黒白写真でありカラー写真でない点前頸部の所見を観察するには著しく不便である。例えば、C1がどんな色調で、c3がどんな色調かもわからず色調の決定がその損傷の成因を考える上において重要な要素をなすものであることを第一にことわっておかねばならない。」といっているように、写真による死体の再鑑定には限界があることは否定できず、上田鑑定人はC1c3などの外表所見をあまりにも重視し、加害者がC1c3間を幅広い索状体で扼頸して死に致したものと推定したものとみるほかはなく、更に、内景所見の皮下出血の状態について、殊更「喉頭部下部の手掌大の皮下出血はその位置関係からみてその存在が疑わしい。」としているものと思われ、同鑑定人の「被告人の供述する如く右手の親指と他の四本を両方にひろげて女学生の首に手の掌が当るようにして首をしめたという所見は考えられない」との結論は、偏った情況判断によって、一概にきめつけたきらいがあって、賛同することができない。
 要するに、上田鑑定は再鑑定に必然的に伴う限界を考慮した良心的鑑定であっても、直接死体を解剖した五十嵐鑑定の結論を左右するに足りるものとはいえない。
 次に、死体前頸部に存在した赤色斜走線条であるが、五十嵐鑑定は「生活反応がなく索条物(荒縄或いは麻絶の類)の死後の圧迫により生じた死斑と判断される。」といい、上田鑑定も「生前に細引紐で締めることが考えられないので、この機転は死戦期或いは死亡直後に起ったものと考えるのが最も適当である。この場合C1の如き変化も起きることが考えられる。……紺引紐等を用いて死を確実にしたものではないだろうか。この場合細引紐は死体に着いていた細引紐でも二、三回頸部を締めることが可能であり、最後にその紐を死体につけた儘放置埋没したものではないだろうか。」といっており、両鑑定とも死体前頸部に存する赤色斜走線条の痕跡は犯人が死後索条物によって死を確実ならしめるために締めた痕跡であると推認しているが、同部分の絞頸が死因であるとは判断していないのである。ところで、被告人は取調べに当たった検察官に対して死体の頸部に巻き付けられていた細引紐については記憶がないといって否認の態度をとり、原審公判廷においてもこの点について何も供述していない。しかし、先に触れたように被告人は捜査段階において真相を語らず、又は積極的に虚偽の事実を述べていることを考え合わせると、被告人は細引紐の出所はもとより、被害者の頸部に細引紐を巻きつけたことを、情状面において自巳に不利益であると考えて否認しているものと認めざるを得ない。そうだとすれば、両鑑定の推認しているように、被告人は被害者の死を確実ならしめようとして、細引紐で絞頸したものと判断せざるを得ないのであって、被告人がこの点について否認するからといって被告人が犯人ではないとはいえないのである。
 ところで被告人は、捜査段階において、被害者を姦淫しながら右手の親指と他の四本の指とを広げて頸部を強圧したというのであるが、右鑑定の結果からは、扼頸の具体的方法についてまではこれを確定することはできない。しかしながら、被害者の死因が扼頸による窒息であることは前記のとおり疑いがないから、死体の状況と被告人の自白との間に重要ななそごがあるとは認められない。それゆえ、論旨は理由がない。

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