部落解放同盟東京都連合会

狭山事件異議申立棄却決定-INDEXに戻る

第20 異議理由第20 佐野屋付近での体験事実についての原決定の誤りをいう点について

                  

 所論は、要するに、原決定は、身代金喝取の目的で佐野屋東側畑に赴き、被害者姉N・Tと問答を交わした後逃走したという請求人の自白が虚偽であることを、視覚的認知の状況から解明した増田鑑定と、発生音を聴取できるかどうかという立場から解明した藤井・小林鑑定に対し、両鑑定の結論を否定したが、増田鑑定、藤井・小林鑑定は、自白の非体験性、虚偽架空性を科学的に明らかにしたものであり、「請求人の供述内容が不自然、虚偽であるとはいえない。」とした原決定の誤りは明らかである、というのである。

(1)所論援用の増田直衛作成の鑑定書は、本件当時の佐野屋付近現場の自然環境に近似して、人工照明を受けることの少ない実験場所において、本件当夜の晴れの天候、月齢に見合う日を選定して、犯人とN・Tにそれぞれ見立てた被験者について実地に視認実験を行い、佐野屋の北東側の畑地に潜んでいた犯人が、県道の通行車両や通行人を認知できたか、約30メートル離れた佐野屋前にいたTを認知できたか、さらに、佐野屋前付近にいたTが、前記畑地にいた犯人を認知できたか等を調査した結果、(1)請求人が自白供述にいう待機位置にいながら、県道上を通行する車両や通行人に気付かなかったはずはなく、待機位置からTが当初立っていた佐野屋の前は直接に見通すことはできないが、仮に見通せたとしても、せいぜい人の姿、形が認識できる程度で、その性別まで見分けることは困難であったこと、(2)また、Tの立っていた位置からは、犯人が移動して行く様子を白っぽい姿として認めることは可能であったこと、(3)請求人が自白通りの経路を佐野屋付近まで往復し、道路の要所で張り込んでいた警察官から数メートル程度の至近距離を走歩又は徒歩で通過したとすれば、当然警察官に見つかったはずであることが、それぞれ判明したというのである。
 藤井弘義、小林總男作成の鑑定書は、前記増田鑑定書と同一の実験場所において、砂利道上の自動車、バイク、自転車の各走行者、犯人に見立てた男性(地下足袋着用、体重65キログラム)の走行音及びN・Tに見立てた女性(長靴着用、体重49キログラム)の歩行者をそれぞれ音源として、音圧を測定して各種の分析を行うとともに、ヒアリングテストも行った結果、犯人は、音源から5メートルないし10メートル離れた地点で、自動車、バイク、自転車の各走行音は十分認識でき、人の歩行音は、極度に神経を集中し砂利との接触音があれば十分認識できたこと、各張り込み地点の警察官らも、20メートル程離れた人の走行音は砂利との接触音があれば十分認識でき、20メートル先の歩行音についても注意していれば認識できたし、10メートル先であれば十分認識できたことが、それぞれ明らかになったというのである。

このページのtopに戻る

(2)所論は、これらの証拠を援用して、佐野屋付近に身代金受取に赴いた際の状況に関する請求人の自由は、身代金の持参を待つ間に、佐野屋の前の県道を通行した人や車には気付かなかったと述べるとともに、さらにN・T(身代金持参者の役をした被害者の姉)と現場で問答するに当たり、相互の位置関係や、明るさの点から、実際には彼女の姿は見えたはずがないのに、その姿を現認したと述べるなど、客観的事実に反する不自然な内容であって信用できず、虚偽供述である、と主張する。

(3)しかしながら、原決定が指摘するように、一般に、真犯人でなければ認識し得ない事象を記憶していて、後に捜査官に対して、これを的確に再生して供述する場面がある反面、真犯人であれば当然自分の行為にまつわる周囲の状況の詳細を認識、銘記しており、自白する以上は、捜査官の取調べに対して、その記憶どおりに率直に供述するはずであるとは、必ずしもいえないのであり、本件においても、請求人が佐野屋前の県道の通行車両や通行人には気付かなかった旨述べているからといって、そのことから直ちに、それが犯人ではない者の行った内容虚偽の供述であるということはできない。
 本件当時は、深夜のことで、佐野屋前の通行は疎らであったのであり、車両や人がその付近を通行した時点において、請求人がどの辺りにいたのか、その位置関係は、当夜の行動状況について述べた請求人の昭和38年6月24日付け員面調書及び同月25日付け検面調書などによっても判然としないというほかはない。また、身代金受取を目的に現場に赴いた者としては、佐野屋付近の人の動静と我が身の安全について、注意力を集中していたであろうことは推測するに難くなく、格別異常な動作があったわけではない通行車両や通行人につき記憶にとどめていないからといって、請求人の供述内容が不自然で、虚偽であるとはいえないのである。
 本件当時の天空の雲のかかり具合、月光の当たり具合、現場の明るさの程度、請求人とN・T相互の位置関係等がすべて明らかとはいえないのであり、所論援用の両鑑定書の実験が、これら前提条件の多くを推定に頼っていることを考慮すると、このような実験の結果が、所論の主張を裏付けるに足りる程に、事件当時の状況を再現し得たものといえるか、甚だ疑問であるといわざるを得ない。このことを前提にして、関係証拠を検討すると、請求人が捜査官に対して「佐野屋のところに小母さんのような人が来ていました。(中略)そこはうす明るくて小母さんは白っぽいものを着ていました。私とその小母さんの間は10メートル位離れていました。」(昭和38年6月24日付け員面調書)などと供述したことが、現場の客観的状況にそぐわない内容虚偽の供述であるといい難いし、請求人の自白した経路をたどれば、必ず張り込みの警察官に発見されたはずであるとはいい得ないのであって、所論指摘の点は、請求人の自白の信用性を疑わせるものということはできない。
 論旨は採用できない。

このページのtopに戻る

(36)

(37/41)

(38)

 ◆狭山事件異議申立棄却決定-INDEXに戻る

部落解放同盟東京都連合会

e-mail : mg5s-hsgw@asahi-net.or.jp 

Site Meter