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第7 異議理由第7、同補充第3のうち、被害者の死亡時期ないし死体の埋没時期についての原決定の誤りをいう点について
《弁護側主張》
所論は、要するに、(1)本件死体の死後経過時間について、請求人は、「本件死体の死後経過時間日数は、五十嵐鑑定書記載の角膜の混濁の度合い、死斑の出現の具合、死後硬直等々の早期死体現象の所見より推定すると、昭和38年5月4日午後7時か9時にかけて行われた五十嵐鑑定人の剖検の時から遡ること2日以内であることが明らかであるから、被害者が殺害され農道に埋められたのは同月2日以降であって、同月1日に殺害されてその日のうちに埋められたことはあり得ない。」 と主張したのに対して、原決定は、「死体現象の変化は様々な条件によって左右され、死後経過時間の日単位で何日と確定することは困難であり、その推定には相当の幅をもたせることにならざるを得ないことは、所論援用の文献も認めるところであって、所論に鑑み検討しても、五十嵐鑑定の死後の推定経過日数の判定が疑わしいとするいわれはない。」と述べて、請求人の主張を斥けたが、請求人の死後経過時間についての主張は、証拠に記述された条件の変化による最短・最長の数値のうち、いずれも最長のものを基礎として述べているのであって、原決定のように、これらの幅を前提として揚げられている数値の意味を無視して、ただ「相当の幅」という定性的な言葉だけを振り回して論じても無意味で、請求人の主張を否定する何らの理由にもならないことは明らかであり、また、五十嵐鑑定書の記述による死体の角膜は「微溷濁を呈するも、容易に瞳孔を透見せしむる」というのであり、条件の変化による幅を前提とした法医学書の 「28時間で最高に達する。」という記載から程遠い「微混濁」であるから、死後経過時間は最長2日以内と推論した請求人の主張は極めて控え目で合理的なものであることは明らかであって、死後経過時間についての原決定の判断は誤りである、(2)死後経過時間推定のもう一つの柱である、被害者の胃の内容物、その消化の度合いからの推定について、請求人は、五十嵐鑑定書の記述に基づき、「被害者の死体の胃内容物、その消化の度合いなどから推定される、生前最後の食事摂取時から死亡時までの経過時間は、約2時間以内と認められるところ、被害者が同年5月1日午前中に調理の実習で作ったカレーライスの昼食が生前最後の摂取とすると、被害者はそれから2時間以内、すなわち、下校時に死亡したことになり、被害者が実際に下校した時間と矛盾を来たすから、殺害されたのは、昼食後にさらに摂取した後であったと認められる。」 と主張したのに対し、原決定はこの「カレーライス以後の被害者のもう一度食事説」を斥けているが、この問題の核心は、胃内に残存する「軟粥様半流動性内容物250ミリリットル」が何を物語るかという点であって、請求人は、新証拠が示す多年の経験や統計の積み重ねによって、しかも消化の進行が一様でないことも考慮に入れた上での幅の最長時間を基に、「最後の食事後遅くとも2時間」 と主張しているのであり、また、被害者は強壮な高校1年生のスポーツ・ウーマンであり、その個人的特性を考えると、消化時間は促進的に考えられてもその逆でないことは明白であるから、被害者の生前最後の食事摂取時から死亡時までの経過時間についての原決定の判断は誤りである、(3)死体埋没時刻について、原決定は、S・YやA・Sの証言を援用して、5月2日の朝には「農道上に大きく土を掘って戻し平らになった跡があった」ことを認め、それまでに被害者の死体が発見された農道に埋められていたことを認定したが、同人らの証言は、繁忙期における農協総会が朝の9時40分に終了するものとして開かれることは常識上ありえ得ないから、この点において措信し難いものである上、降雨後のごぼうの種蒔きについての鈴木証言について、「ごぼうを雨降りの翌日に播種することはあり得ないこととはいえない。」としてその信用性を認めた原決定の判示は、降雨後の関東ローム層地帯の畑の状況を無視したもので、誤りである、というのである。
そこで、検討する。《検討》
(1)五十嵐鑑定は、昭和38年5月4日午後7時ころから午後9時ころにかけて実施した剖検により認められた外表所見(死斑の発現状況、死後硬直の状態、角膜混濁の状況等)、内景所見(筋肉、内臓等の緩解状態)、死因等のほか、気温、死体保存状況等の全体的所見から、鑑定人の経験に徴して、剖検時までの死後経過日数を「ほぼ2〜3日位と一応推定」したものである。
所論は、その援用する証拠と鑑定判決審の証拠を併せ見ると、倍検時までの死後経過時間は、長くても2日以内であると主張するのであるが、原決定が指摘するように、死体現象の変化は様々な条件によって左右され、死後の経過時間を日単位で何日間と確定することは困難であり、その推定には相当の幅をもたせることにならざるを得ないのであって、所論にかんがみ検討しても、五十嵐鑑定の死後の推定経過日数の判定が疑わしいとすることはできない。
(2)五十嵐鑑定書の食事後死亡までの経過時間に関する判定は、倍検時、胃腔内には、消化した澱粉質の中に馬鈴薯、茄子、玉葱、人参、トマト、小豆、菜、米飯粒等の半消化物が識別される軟粥様半流動性内容約250ミリリットルが、十二指腸内及び空腸内には、微褐淡黄色半流動性内容極少量が、回腸内には、緑黄色軟粥様内容とともに小豆の皮少しが、それぞれ残存していたことなど、その胃内容並びに腸内容の消化状態及び通過状態の観察結果から考察して、「最後の摂食時より死亡時までには最短3時間は経過せるものと推定する。」というものである。
五十嵐鑑定書が認めた胃の半消化物のうち、小豆は、5月1日の朝食の自宅で摂った赤飯の中の小豆が消化しないで残っていたもの、トマトは昼食時にカレーライスと一緒に摂ったもの、その余りは、調理の実習で作った昼食のカレーライスの具と米飯と考えられるのであって、関係証拠により明らかな被害者の朝、昼の食事内容に照らしても、五十嵐鑑定には格別不自然あるいは不審な点は見当たらない。
所論は、本件の場合、胃腸の内容物、その消化具合などに照らし、最後の食事から死亡まで、約2時間以内しか経過していないはずであると主張し、五十嵐鑑定を誤りであると断定するのであるが、原決定が指摘するように、食物の胃腸内での滞留時間や消化の進行は、食物の量や質、咀嚼の程度などによって一様ではなく、個人差もあり、更には精神的緊張状態の影響もあり得るのであって、胃腸内に残存する食物の種類や量、その消化状態から摂取後の経過時間を推定するには、明確な判断基準が定立されているわけでもなく、種々の条件を考慮しなければならないのであるから、幅を持たせたおよそのことしか判定できないのであって、死体剖検の際に、胃腸の内容物を直接視認して検査した五十嵐鑑定人が、「摂取後3時間以上の経過」と判定したものを、五十嵐鑑定書記載の所見を基に、一般論を適用して、「摂取後2時間以下の経過」と断定し、五十嵐鑑定の誤判定をいうことは、相当でないというべきである。
(3)次に、本件死体の埋没時期について見るに、原決定が指摘するように、S・Yの第一審証言並びに同人の員面調書及び検面調書、A・S及びH・Kの各第一審証言をはじめ関係証拠によれば、S・Yが昭和38年5月2日の朝、ごぼうの播種作業をした時、隣地のA・S所有の畑の農道に掘り返した跡があるのを見つけ不審を抱いたこと、そして、同月4日午前10時ころ、その場所を捜索に当たっていた消防団員らが掘ったところ、被害者の死体が発見されたことは、疑う余地のない事実と認められる。所論援用の証拠と確定判決審の関係証拠と併せ検討しても、S・Yらの前記各証言が真実に反し、虚偽であるとはいえない。
(4)以上によれば、所論指摘の証拠は、これらを確定判決審の証拠と併せ見ても、被害者の殺害が5月2日以降に行われた可能性を裏付けるものではなく、第一審判決の事実認定を是認した確定判決に、合理的疑いを生じさせるものといえないことは明らかである。
論旨は採用できない。※《》内の小見出しは、当Site担当者が便宜的につけたものです。決定本文にはありません
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