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第6 異議理由第6、同補充第3のうち、血液等の痕跡の存否に関する主張について
《弁護側主張》
所論は、要するに、被害者の後頭部に形成された裂創からは多量の血液が流出滴下したはずであり、殺害現場や死体隠匿場所である芋穴にこれが遺留されたはずであるのに、原決定は、「本件裂創の創口からの出血は、頭皮、頭毛に付着し、滞留するうちに糊着して凝固し、間もなく出血も止まったという事態も十分あり得ることであるから、自白により明らかにされた殺害場所、死体隠匿場所である芋穴に、被害者の出血の痕跡が確認できなくても、そのことから、直ちに自白内容が不自然であり、虚構がある疑いがあるとはいえない。」旨判示しているが、次のとおり、原決定の認定、判断に誤りがある、すなわち、(1)本件裂創は、長さ約1.3センチメートル、幅約0.4センチメートル、深さも頭頂部皮下の帽状腱膜に達し、1、2針縫合すべき損傷であり、しかも皮下出血が認められるのであるから、かなりの外力が作用し、皮下の毛細血管が破れ、漏れた血液が皮下組織の間に滲み出たことを確実に示すものであり、多量の出血はなかったと原決定のように結論づけることはできない、(2)本件裂創は、本人の後方転倒等の場合に鈍体(特に鈍状角稜を有するもの)との衝突等により生じたと見なし得るものであって、血液が着衣等に付着しないということも十分あり得るのであるから、着衣に血液が付着していないことを一つの根拠とする原決定の結論には飛躍がある、(3)原決定は、「右裂創の創口からの出血は、頭皮、頭毛に付着し、滞留するうちに糊着して凝固し、間もなく出血も止まったという事態も十分あり得る。」としているが、本件のような窒息死の場合は、血液凝固を起こすフィブリンが破壊され、血液凝固が起こらないとされているので、原決定のこの判断は誤りである、(4)上山第1、第2鑑定書は、「扼頸ないし絞頸による窒息の場合には、頭部・顔面に多量の血液のうっ帯(鬱血)があるため、剖検時に頭皮の切断及び頭蓋骨の鋸断部並びに脳硬膜内の静脈洞の切断部から多量の血液を漏らすのが通例であり、顔面のうっ血の程度も死斑の発現の程度も高度であるのが通例である」のに、本件の死体にそのような現象が見られない点について、その原因を本件後頭部裂創からの出血に求めたのであるが、原決定が上山鑑定書の明白性を否定するのであれば、同鑑定書の指摘する現象が何故に本件死体に発現してしないのかを究明すべきであるのに、それをしなかったことから誤った判断に陥っているのである、(5)さらに、弁護人は、原審で、殺害現場でのルミノール反応検査報告書等の提出命令の申立てを行い、さらに未提出証拠開示勧告要請書を提出し、また、検察官に対し弁護人の開示請求に応じるよう開示勧告を求めたのであるが、原審は何らの処置もなさず、殺害現場でのルミノール反応検査の問題についても判断を回避しているのであって、原審の措置には審理不尽の違法があることは明らかである、というのである。
そこで、検討する。《検討》
(1)五十嵐鑑定書の記載によれば、後頭部の本件裂創は、長さ約1.3センチメートル、幅約0.4センチメートルで、創洞内に架橋状組織片が顕著に介在しており(すなわち、切断されない血管が残存している可能性を意味する。)、深さは頭皮内面に達しない程度のものであるところ、原決定が指摘するように、同鑑定人の死体検査に先立ち、死体発見直後にその状態を見分した大野喜平警部補の第1審及び確定判決審における各証言、大野警部補作成の昭和38年5月4日付け実況見分調書にも、頭部を一周して後頭部で結ばれていた目隠しのタオルや被害者の着衣に血液が付着していたことをうかがわせる供述ないし記述は認められず、添付の写真を見ても、その様子はうかがわれないのであり、また、同鑑定書によれば、被害者の頭部には毛髪が叢生し、その長さは前頭部髪際において約13センチメートルであるが、同鑑定書添付の頭部の写真を見ると、後頭部にもこれに近い長さの頭髪が密生していることが認められるのであって、これらの事実に照らすと、本件裂創の創口からの出血は、頭皮、頭毛に付着し、滞留するうちに糊着し凝固して、間もなく出血が止まったいう事態も十分あり得ることである。一般に、頭皮の外傷では他の部位の場合に比して出血量が多いことや、本件の場合、頸部圧迫による頭部の鬱血が生じていたことなどを考慮に入れても、本件頭部裂創から多量の出血があって、相当量が周囲に滴下する事態が生じたはずであるとは断定し難い。
(2)前記石山鑑定書によれば、「後頭部の裂創からの出血はすでに凝固していた可能性が強く、この状態を加味すれば、血液痕が殺害現場や死体隠匿場所に検出されないこともあり得るものと考えられる。」とされており、上記結論を裏付けている。また、同鑑定書においては、「急性窒息死の死体においては、死体血は流動性であることが知られているが、急性死体の血液自体は、死後2、3時間は凝固能力をもっている。急性死体の血液は凝固系の能力が自然消失するのでなく、線溶系の活性上昇により、死体血管の中で凝固(不完全凝固)を開始した凝血加塊が溶解することによって生じるものであり、しかも、完全凝固した血液は溶解しないことが明らかとなっているのであるから、死後漏出する血液中の活性化された線溶系によって凝固した血液が再溶解して流動性になるということは全く生じ得ない。」とされているから、窒息死の場合は血液凝固が起こらないことを理由とする所論は採用し難い。
さらに、上山第1鑑定書が、後頭部裂創について、この部分から50ないし200ミリリットルの出血量があったと推定し、これが、@被害者の頭皮の切開時にほとんど出血がなかったこと、A頭蓋骨を鋸断開検した際に、ほとんど出血を漏らさなかったこと、B顔面の鬱血やチアノーゼの程度もあまり顕著ではなかったこと、の根拠としているが、これらの点についても、石山鑑定書に照らし、それが十分な理由となるか疑問があるというべきである。
以上によれば、自白により明らかにされた殺害場所、死体隠匿場所である芋穴に、被害者の出血の痕跡が確認できなくとも、そのことから直ちに、自白内容が不自然であり、虚構である疑いがあるとはいえない。
なお、所論は原審は、殺害現場のルミノール反応検査の問題についても判断を回避し、証拠開示命令、勧告の処置を何らしておらず、審理不尽の違法がある。と主張するが、関係証拠の検討により上記の結論に達する以上、殺害現場のルミノール反応検査の問題に触れる必要性は認められないから、原審の措置に審理不尽の違法は存しない。
論旨は採用できない。※《》内の小見出しは、当Site担当者が便宜的につけたものです。決定本文にはありません
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