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(11)半沢英一作成の「狭山事件脅迫状と石川一雄氏筆跡の異筆性」と題する鑑定書(以下「半沢鑑定書」という)について

 また、所論は、異議申立補充書(平成12年3月31日付け)において、半沢鑑定書を援用し、本件脅迫状と請求人の筆跡は異なるとする同鑑定書は、確定判決の事実認定の基礎を揺るがす新規明白な証拠である、と主張し、その理由として、半沢鑑定書は、「(1)対照資料の筆跡と照合資料の筆跡が同一であると判定し得るためには、対照2資料間に『希少性のある安定した類似性』が認められ、かつ『安定した相違性』が認められないことを要件とする。これに反し異筆と判定し得るためには、たとえ部分的であっても『安定した相違性』が認められれば必要十分であることを前提とする。その上で、安定性如何を判定するためには、文字ないしは文字群について、筆致が魯鈍であるか否かといった主観の入る余地のある定性的分析ではなく、該当文字の出現頻度といった定量的分析を行い、統計的に処理する。(2)本件脅迫状及び請求人の工場勤務時の早退届から久永裁判長宛上申書に至る9点すべて(以下『請求人筆跡資料』という。)から対照文字の写真一覧を作成し、書き癖の出現頻度から、その特性の『安定性』『偶発性』を確率的に確認していく。(3)片仮名による代用『エ』については、請求人筆跡資料は昭和38年9月6日付け関源三宛書簡まで『え』と書くべき67文字のうち66文字を『エ』を書くという書き癖−安定した特性が現れているが、本件脅迫状の方は『え』と書くべき4字のうち2字は『え』、2字は『江』を当てており、請求人筆跡資料におけるこの安定した特性−『エ』が全く現れていないのであって、両者には『安定した相違性』が認められ、異筆である。(4)『ヤ』については、請求人の昭和40年まで『や』と書くべき148字すべてについて正常に『や』書いているのに対し、脅迫状の方は『や』と書くべき2字のいずれについても『ヤ』を当てているのであって、両者の間には『安定した相違性』が認められる。(5)『け』の第2・3筆について昭和40年まで請求人は86文字のうち少な目に数えて81文字に右肩環状連筆(連続する書き癖をいう。)が現れていないのに対し、本件脅迫状の『け』1文字は右肩環状連筆で書かれている。『す』の第1・2筆について昭和40年まで請求人は225文字のうち少な目に数えて220文字に右肩環状連筆が現れていないのに対し、本件脅迫状は3字の『す』全てが右肩環状連筆で書かれている。『な』の第1・2筆について昭和40年まで請求人は154字のうち少な目に数えて145字に右肩環状連筆が現れていないのに対し、本件脅迫状は5字の『な』すべてが右肩環状連筆で書かれている。これら『け』『す』『な』の右肩環状連筆についても対照2資料間に『安定した相違性』すなわち異筆性が認められる。(6)原決定は、『ツ』の当て字について、顕著な特徴と認められ、看過できない共通点であると認められるとしているが、その希少性を過大視することは誤りであり、平仮名に先立って片仮名が教えられた時期に教育を受けた中で、国語の習得度の低かった人々が、慣れない平仮名の一部を最初に学習した比較的なじみのある片仮名で代用したことは、活字になった資料こそ少ないが、多くの事例があったと思われるからである。」と鑑定している、というのである。
 そこで、検討するのに、半沢鑑定書は筆跡鑑定の一方法論にとどまり、その結論には直ちに賛同することはできない。まず、「希少性のある安定した類似性」「安定した相違性」の判断根拠が十分でないように思われる。書字・表記、その筆圧、筆勢、文字の巧拙などは、その書く環境、書き手の立場、心理状態などにより多分に影響され得るのであり、また、運筆技術は時日の経過とともに変化(洗練)するのが普通であるにもかかわらず、これらを捨象し、該当文字の出現頻度といった定量的分析をし、統計的処理を行って、「希少性のある安定した類似性」「安定した相違性」の判断根拠とするのは疑問である。
 同鑑定書の指摘する「え」「け」「す」「な」について、同鑑定書指摘の確率を もって「希少性ある安定した類似性」といえるかも問題である。「え」については、同鑑定書添付の資料によっても、昭和38年10月26日付け以降の関源三宛書簡及び内田裁判長宛上申書に見られるのに、これを考慮せずに、昭和38年9月6日付け関源三宛書簡までは、「エ」の平仮名代用が希少性のある安定した類似性というのは、説得的でないように思われる。先に宇野鑑定書について指摘したとおり、本件脅迫状の書き手は、「え」と表記すべき場合に、音の共通する「え」「江」「エ」のうちから思いつくまま用いる傾向があるところ、本件脅迫状では、偶々「エ」は用いずに「え」「江」を用いたとも考えられるのである。また、本件脅迫状には、右肩環状連筆の特徴が指摘されている「け」は1文字、「す」は3文字、「な」は5文字しか存在しないのであり、しかも、「や」と書くべきころを「ヤ」としたのは2文字しか存在しないのであるから、これをもって、「安定した相違性」を判断するのは相当でない。そもそも運筆の連綿は、その時々の書き手の気分や、筆圧、筆勢などによっても変化しうるもので、書き癖として固定しているとも限らないのであるから、半沢鑑定書が「け」「す」「な」の右肩環状運筆の特徴を強調して、「希少性ある安定した類似性」「安定した相違性」を指摘するのは、その相当性に疑問があるというべきである。
 さらに、同鑑定書には、原決定が「ツ」の当て字について、「顕著な特徴」と認められ、「看過できない共通点であると認められる。」としている点について、その希少性を過大視することの誤りを指摘しているが、その論拠も説得的でないように思われる。
 したがって、半沢鑑定書は、3鑑定の信用性を揺るがすものではないというべきである。

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