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(5)宇野鑑定書について

 所論は、要するに、宇野鑑定書は、(1)脅迫状には、「え」の表記について「江」と「え」が使われ、「エ」は全く使われていないのに対し、請求人の上申書等においては、すべて片仮名の「エ」が使われており、このように「え」の代わりに「江」を用いるのは脅迫状の表記上の特徴である、(2)脅迫状が「や」の音に、すべて片仮名の「ヤ」と表記しているのに対し、上申書が平仮名の「や」を用いている点に注目し、「一般に、平仮名を使っているところに、特定の文字だけ片仮名にするのは、普通には考えにくいことであり、特殊な表現効果を狙う場合か、用字の癖のような場合に、そういうことが現れる。」、(3)脅迫状の片仮名「ツ」の使用について、促音「ッ」の表記に希少性があるとはいえない、と指摘しているのに対し、原決定はいずれもこれらを排斥しているが、これは宇野鑑定書についての判断を誤ったものであり、新旧証拠の総合評価を正しく行ったものとは到底いえない、というのである。
 そこで、検討するのに、宇野鑑定書は、本件脅迫状と脅迫状写しとを、警察署長宛上申書、接見等禁止解除請求書、内田裁判長宛書簡、関宛手紙類等を参考資料にして、文字、語彙、文章の表記の点から比較検討した結果、両者には著しい差異が認められないと結論するのである。
 まず、同鑑定書が、本件脅迫状における「江」「ヤ」「ツ」の使用などについて判定するところもにわかに容れ難い。本件脅迫状中には、「え」と表記すべきところに「エ」を用いた箇所がないことは、同鑑定書が指摘するとおりである。しかし、原決定が指摘するように、本件脅迫状においては、動詞「かえる」の活用で「え」を表記するのに、「江」を当てている箇所(「ぶじにか江て」)がある一方、他方では、これと使い分ける格別の意味もないところで、通常の用法どおりに「え」を当てている個所(「かえッて」「かえてきて」)もあるのである。したがって,本件脅迫状の書き手は,「え」と表記すべき場合に,音の共通する「え」「江」「エ」のうちから思いつくまま用いる傾向がうかがえるところ,本件脅迫状では,たまたま「エ」は用いずに「え」「江」を用いたとも考えられるのである。そして,同鑑定書は参照していないが,脅迫状写しより数日前に請求人が自書したN宛手紙では,「え」と表記すべきところを,「江」(「中田江さく」が本文中に3箇所,封筒の上書きに1箇所の計4箇所)と書き,また,「エ」(「よしエ)が本文3箇所)と書いていることが認められるのである(なお,N宛手紙の作成事情に関する原決定の指摘に誤りのないことは,関係証拠上明らかである。)。
 次に,本件脅迫状の中の「ヤ」の使用(「さのヤ」「ころしてヤる」)については,この2箇所の用例だけでは,宇野鑑定書が指摘するように書き手の用字癖であるとか,特殊な効果を狙った用字であるとか,直ちに決めてかかることはできない。原決定が指摘するように,請求人自書の脅迫状写し,警察署長宛上申書に片仮名の「ヤ」が用いられていないからといって,このことから本件脅迫状の書き手は請求人ではないとするのは,妥当な推論とはいい難い。
 他方,本件脅迫状は,漢字平仮名交じり文であるが,「つ」,促音「っ」と表記すべきところを,すべて片仮名「ツ」あるいは「ッ」と表記していることが認められ(「ツツんでこい」「女の人がもツて」「車出いツた」「気名かッたら」「いツてみろ」「車出いツた」「ぶじにかえツて」「とりにいツて」),これは顕著な特徴と認められるところ,これと同様の「ツ」の用例が,請求人自書の警察署長宛上申書(「五月一日のことにツいて」「いツしよして」「けいさツ」)に存在し,また,同鑑定書は参照していないが,捜査官に対する供述調書添付図面中の請求人自書の説明文等に見られることは,看過できない共通点であると認められる。この点について,同鑑定書は,漢字平仮名交じり文で,促音だけ「ッ」と書く例は相当あるとし,古く明治末に発表された小説(田山花袋の小説「田舎教師」)中の用例を引き合いに出し,促音に「ッ」の文字を使うことは必ずしも特異であるとはいえないのであって,脅迫状と上申書とでの一致を特に問題とすべきでないと判定するのであるが,このような見解にはにわかに賛同することはできない。

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