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第1 異議理由第1 原決定が最高裁判例である白鳥決定及び財田川決定並びにこれまでに積み重ねられてきた再審各判例に違反しているとの主張、同補充第1、第14証拠構造論の主張について
《弁護側主張》
所論は、要するに、(1)原決定は、新旧証拠の総合評価を行わず、新証拠を単に旧有罪証拠とのみ個別的に対比検討して、当の新証拠が旧有罪証拠を単独で揺るがすに足りる証明力を持っているか否かを確認する、いわゆる孤立評価説に立っていることは明らかであるところ、白鳥決定及び財田川決定にいう明白性判断の方法は、まず積極、消極の全旧証拠を再評価して、そこに新証拠を入れて判断したときに確定判決の事実認定に合理的疑いが生じているか否かということであり、決して明白性を、個別の新証拠が持つ孤立的証明力の問題としてとらえてはいないのであって、原決定は、個々の新証拠のみで有罪判決を覆すことを要求する孤立評価説に堕落しており、白鳥決定にいう「総合評価」及び「疑わしきは被告人の利益に」の原則の適用を放棄した、極めて違法・不当な決定と断ぜざるを得ない、(2)各再審先例は、再審請求の理由の審理に当たっては、まず確定判決の証拠構造を分析し、そこでの有罪認定の強度と質を再評価し、その後に新証拠による総合評価をしており、このような手法は既に定着、確立した審理方法であるところ、財田川決定においても、明白性判断につき、証拠構造の分析を通じて旧証拠を再評価し、この審理により確定判決における有罪認定の破綻すなわち合理的疑いの存在を把握しているのに、原判決は、証拠構造の分析を欠落させたことにより、自白を統一的に把握しようとせず、個々の論点に分解解体し、自白全体の信用性判断を全くせず、証拠の孤立評価に陥っている、(3)原決定(例えば、同決定55頁、63頁及び178頁)は、刑訴法447条2項の解釈を誤り、白鳥決定が示した総合評価を拒否している、すなわち、再審請求が数次にわたる場合において、同一の理由と同一の新証拠に限られているときは、前の棄却決定の内容的確定力が拘束力を持つといい得ても、一部において従前の請求と重複するように見えるが、今回の再審請求が別個の理由に基づく再審請求といえ、刑訴法447条2項の禁止に当たらないというべきである、(4)弁護人・請求人らは、刑訴法1条にいう「事案の真相の解明」のため、再審請求審において審理を尽くすべきであるとの法理に立って、有罪証拠の主軸とされる脅迫状やその他の新証拠につき、鑑定人等を証人として公判廷で取り調べるよう証人尋問の請求をしてきたが、原審は公判廷における事実取調べをせず、単なる書面審理のみで、本件再審請求を棄却したが、これは再審の理念にもとるというだけでなく、審理を尽くすべき義務に違反しているというべきであって、その裁量を誤った場合に当たり、審理不尽の違法があることも明らかである、というのである。
そこで、検討する。《検討》
〈最高裁判例「白鳥・財田川決定」違反の主張について〉
(1)白鳥事件再審請求に関する特別抗告審決定(最高裁昭和50年5月20日第一小法廷決定・刑集29巻5号177頁。以下「白鳥決定」という。)は、次のとおり判示している。
刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、果たしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。
また、財田川事件再審請求に関する特別抗告審決定(最高裁昭和51年10月12日第一小法廷決定・刑集30巻9号1673頁。以下「財田川決定」という。)は、白鳥決定の理由を引用した上、次のように判示している。
そして、この原則を具体的に適用するに当たっては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもって足りると解すべきであるから、犯罪の証明が十分でないことが明らかになった場合にも右の原則が当てはまるのである。そのことは、単なる思考上の推理による可能性にとどまることをもって足れりとするものでもなく、また、再審請求を受けた裁判所が特段の事情もないのに、みだりに判決裁判所の心証形成に介入することを是とするものでもないことは勿論である。〈「白鳥・財田川決定」の評価と、本件における証拠判断〉
(2)これら両決定の趣旨は、再審請求の審理においては、新証拠と他の全証拠との総合判断、すなわち、新証拠とともに、確定判決の基礎となった積極証拠に限らず消極証拠も総合評価の対象とすることができるが、他方、新証拠の重要性、その立証命題と無関係に、再審裁判所が旧証拠を洗いざらい評価し直して自ら心証を形成し、確定判決の動揺の有無を審査することまでを認めたわけではない。再審が確定前の判決に対する事後審査ではなく、確定した判決に対し、その確定力を破壊し事案全体について審判を行う特殊の救済手続であるという認識に立つ以上、旧証拠の再評価といっても限度があると考えるべきである。要は、新証拠の持つ重要性とその立証命題であり、それが有機的に関連する確定判決の証拠判断及びその結果の事実認定にどのような影響を及ぼすかを審査すべきである。
この見地から原決定を見るのに、原決定が、例えば、脅迫状の書き手について、「以上、請求人の国語能力、筆跡などの観点から、本件脅迫状は請求人が書いたものではないことを示す新証拠として所論が援用するもののうち、主要なものについて、当裁判所が検討したところを明らかにしたが、さらに、同様の立証趣旨で援用されたその余の証拠を含め、これら援用された証拠のすべてを確定判決審の関係証拠と併せ考量しても、本件脅迫状の作成者に関する確定判決の事実認定に疑問を生じさせるに至らないといわなければならない。」(53頁)と判示しているところからうかがわれるように、原判決が所論のように、個々の新証拠のみで有罪認定を覆すことを要求するいわゆる孤立評価説を採るものではなく、両決定にいう総合評価説の立場に立っていることは、その判文上明らかというべきであり、白鳥決定及び財田川決定等の判例に違反するとの所論の非難は当たらない。〈証拠構造論と「自白」の関係に対する評価〉
(3)次に、証拠構造論の主張について検討するのに、所論のいう証拠構造論がどのような内容を持つものであるか否かはさておき、再審請求事件の決定の多くが、新証拠の明白性の判断に先立ち、有罪認定をした確定判決の証拠構造の分析を行っていることは所論指摘のとおりであり、再審理由の存否の判断においてそれあ有力な手法であることは間違いないといえよう。
ところで、本件の確定判決を見ると、次のように判示している。すなわち、確定判決は、第1審判決が、自白を中心に据えて、これを補強する証拠が多数存在するという理論構成を採っているのに対し、自白を離れて客観的に存在する物的証拠の方面からこれと被告人との結び付きの有無を検討し、次いで、被告人の自供に基づいて調査したところ自供どおりの証拠を発見した関係にあるかどうか(いわゆる秘密の暴露)を考え、さらに客観性のある証言等に及ぶ方法を採用している。自白を離れて客観的に存在する証拠として、@ 脅迫状及び封筒の筆跡、A 地下足袋・足跡、B 血液型、C 手拭・タオル、D スコップ、E U・K証言、F 犯人の音声を、自白に基づいて捜査した結果発見するに至った証拠として、G 鞄、H 万年筆、I 腕時計、J Y・S証言を、死体及びこれと前後して発見された証拠物によって推認される犯行の態様に関して、K 死体につき、a 死因と死体頸部の傷害、b 死斑、c 死体左側腹部、左右大腿部に存する擦過傷、d 後頭部の創傷、e 胃内容物と殺害時刻、f 姦淫の態様、g 被害者のスカートの破損と上着のボタンの脱落、h 死体の逆さ吊り、L 木綿細引き紐・荒縄・ビニール風呂敷、M 自転車、その荷掛け紐及び教科書類、N 出会い地点、O 玉石・棒切れ・ビニール片・丸京青果の荷札・残土・財布・三つ折財布・筆入れを、それぞれ指摘している。
そして、「総括」として、次のとおり判示している。
以上、客観的証拠(証拠物、鑑定結果その他信用するに足りる第三者の証言等)を中心に据えて、これと被告人との結び付きを個別に検討してきたのであるが、これを総合的に考察しても、被告人が犯人であることに疑いはない。すなわち、@被害者宅N・E方に届けられた脅迫状(封筒の宛名部分を含む。)は被告人の筆跡であること、A5月3日佐野屋付近の畑の中から採取された足跡3個は、被告人方から押収された地下足袋によって印象されたものと認められること、B被告人の血液型はB型(分泌型)で被害者の膣内に存した精液の血液型と一致すること、C被害者を目隠しするのに使われたタオル及び同女の両手を後ろ手に縛り付けるのに使われた手拭につき被告人は入手可能の地位にあったこと、D死体埋没に使われたスコップはI・K方豚小屋から5月1日の夜間に盗まれたものであるが、被告人はかって同人方に雇われて働いていたことがあって、その小屋にスコップがあることを知っており、容易にこれを盗み得たであろうこと、EN・E方の近所のU・Kが、脅迫状がN家に届けられたころ、U方を訪れてN・E方はどこかと尋ねた人物は、被告人に相違ないと証言していること、F5月3日午前零時過ぎころ佐野屋付近で犯人の音声を聞いたN・T及びM・Hは、いずれも犯人の声が被告人の声とよく似ていると証言していることなどの状況は、被告人の自白を離れても認めることができる事実であり、かつこれらの状況は相互に関連しその信憑力を補強し合うことによって、脅迫状の筆跡が被告人の筆跡であることを主軸として被告人が犯人であることを推認させるに十分であり、この推認を妨げる状況は全く見出すことはできない。しかも、被告人の自白に基づいて調査した結果、G6月21日には、被害者の所持品の鞄が発見され、H被告人が5月1日N方へ脅迫状を届けに行く途中鎌倉街道で追い越されたという自動三輪車はY・S運転のものであったこと、また、被告人がN方近くの路上に駐車しているのを見かけたという自動車はO・Tの車両であったことが判明し、I6月26日には、被告人の言うとおり、自宅勝手場出入口の鴨居の上から被害者の所持品である万年筆が発見され、J7月2日には、被告人が捨てたという場所の近くから、被害者の所持品である腕時計がO・Mによって発見され、警察に届けられており、これらの状況を併せ考えると、被告人が犯人であることにはもはや疑いはないというべきである。加えて、死体の状況や死体と前後して発見された証拠物によって推認できない犯行の細部の態様について、被告人は詳細に供述しており、かつ、自白と物的証拠との間に合理的疑いをもたらす程の矛盾は認められない。〈確定判決の証拠構造の分析を前提として原決定をおこなう正しさ〉
(4) 上記の判示自体から明らかなように、確定判決は、自白を離れて客観的に存在する物的証拠の方面からこれと被告人との結び付きの有無を検討し、次いで、被告人の自供に基づいて調査したところ自供どおりの証拠を発見した関係にあるかどうか(いわゆる秘密の暴露)を考え、さらに客観性のある証言等に及ぶとの方法を採るとともに、被告人の犯行についての自白と死体の状況や死体と前後して発見された証拠物によって推認される犯行の態様との間に、被告人が犯人であることを疑わせるような矛盾があるかどうかについても検討を加えて、有罪の心証を形成しているのである。
原決定は、本件再審請求の趣意が、確定判決の指摘した証拠ないしは事実に関し新たに証拠が発見され、これらの新証拠が確定判決を下した裁判所(確定判決審)の審理中に提出されていたならば、請求人が前記被告事件中の強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄及び恐喝未遂事件の犯人であると認定されることはなかったはずであり、これらの罪につき請求人に対し無罪の言渡しをすべき明らかな証拠を新たに発見した場合に当たるから、刑訴法435条6号により、再審の請求に及ぶというものであることにかんがみ、再審請求の理由に従って各論点ごとに判断を示したものであって、原決定が確定判決の証拠構造を念頭に入れて各証拠を検討していることは、原決定の構成とその判示するところから明らかというべきである。すなわち、原決定は、「第1 脅迫状について、第2 殺害の態様について、第3 姦淫の態様について、第4 被害者の血液型と犯人の血液型について、第5 血痕等の痕跡の存否について、第6 死亡時期ないし死体の埋没時期について、第7 犯行に使われた手拭について、第8 殺害現場付近で農作業中の者の存在について、第9 死体の運搬方法について、第10 死体の足首の状態について、第11 死体埋没に用いられたスコップについて、第12 死体埋没現場の玉石の存在について、第13 車両との出会いについて、第14 被害者宅の所在探しについて、第15 万年筆について、第16 学用鞄について、第17 腕腕計について、第18 指紋について、第19 佐野屋付近での体験事実について、第20 佐野屋付近の畑地内の地下足袋の足跡痕について、第21 供述調書添付図面の筆圧痕について、第22 自白の心理学的分析について」と題して個々の論点につき判断を示しているが、これらの論点のほとんどが確定判決の中で取り上げて検討され、有罪の事実認定の証拠ないしは間接事実とされているのであって、原決定が、これら各論点についての確定判決の誤りを主張する再審請求の理由の検討に当たり、確定判決の証拠構造の分析を前提としていることは、原決定の構成とその判示するところから明らかというべきである。〈刑訴法447条2項違反の主張について〉
(5) 刑訴法447条2項違反の主張について見るのに、再審請求棄却決定で判断された事項は、同決定の内容的確定力により、後の再審請求に対する判断において裁判所がこれと異なる判断をすることが許されないことは、同条項に照らし明らかである。もっとも、同一事項の主張であっても、これを根拠づける事実が前の決定の判断資料となっていなければ、前の決定の確定力は及ばないであろうし、他方、同一の事実の主張を前提とする限り、たとえその法律的構成を異にしても同一理由による再審請求となり、不適法となる、と解される。原決定は、「所論は、第1次再審請求での主張と同旨であり、所論を裏付ける新証拠として提出された資料も、第1次再審請求で新証拠として提出され、その請求棄却決定の理由中で判断を経た証拠と実質的に同じであると認められるから、所論は、実質上、同一証拠に基づく同一主張の繰り返しというほかなく、刑訴法447条2項に照らし不適法である。」と判示しているのであって(原決定55頁、63頁、178頁)、もとよりその判断は正当であるというべきである。
〈事実調べについての見解、および第1-総括として〉
(6) 所論は、原審が原決定をするについて、何らの事実取調べをしなかったことをとらえて、審理不尽の違法があると主張する。しかし、再審請求においては、刑訴規則283条によりその趣意書に証拠書類及び証拠物等を添えて差し出されるのであるから、裁判所としては、自ら直接、その証拠書類等を検討し、その証明力を判断することができるのであって、所論のように、刑訴法43条3項、445条に規定されている事実の取調べとして、証拠書類等の作成者などを証人として取り調べるなどした上で、差し出された証拠書類等の信用性や証拠価値を検証し確認しなければならないというものではない。この事実調べの必要性は裁判所の合理的な裁量によって決すべきものであって、確定判決が証拠にしている証拠書類等と対立する内容の証拠書類等が差し出されたからといって、直ちに事実取調べの必要性が認められなければならないというようなものではない。このような見地に立って、原審が事実調べをしなかったことの適否を調査検討したが、事実取調べをしなかったことが、その裁量の範囲を逸脱し、合理性を欠くものと認めるべき事情は存在しない。原審の措置に所論のような審理不尽の違法はない。
判例違反の主張を含め、論旨はすべて採用できない。
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