部落解放同盟東京都連合会

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狭山事件特別抗告申立書補充書 18

          

第17 未提出証拠提出命令、開示勧告、照会請求の不発動は審理不尽の違法である

1 はじめに

(1)再審請求と証拠開示

 免田、財田川、松山の死刑再審3事件をはじめ、徳島、梅田事件をはじめ主要な再審請求事件につき、検察官手持ちの未提出証拠が開示され、その結果、再審開始・無罪判決が出されている。
 再審制度の趣旨・理念に照らして、無辜の救済と真実発見のために、公益の代表者たる検察官には、請求人のなす再審請求手続きに協力する義務がある。その一つが、検察官手持資料の開示であり、請求人・弁護人には請求権があり、検察官はその請求に応じて開示する義務がある。
 再審裁判所未提出資料が存する場合、再審裁判所も取調べ義務があり、取調べないことは、審理不尽の違法となると思慮する。

2 本件で第一次再審請求審までに開示された主な証拠

(1)上告審段階での開示

 上告審段階に最高検察庁は、1976年8月3日に48点、1977年4月20日に16点の未開示証拠を開示したが、以下、その中で、確定判決の事実認定の誤りを明らかにする重要かつ主な開示証拠は以下のとおりである。

 @ 「被害者の当用日記」「ペン習字清書」

 昭和38年6月26日、請求人の自白にもとづいて請求人自宅勝手場鴨居から捜索押収されたとする本件押収万年筆の在中インクは鑑定の結果、ブル−ブラックであるところ、開示された被害者N・Yが事件直前まで記載していた当用日記は、ライトブル−のインキで記載されている。開示されたペン習字清書も事件当日の午前中ペン習字練習で被害者が記載したものであるが、ライトブル−のインキである。
 これらの開示証拠は、本件当時、被害者は万年筆にライトブル−インキを入れて使用していたものであって、本件押収万年筆は、被害者のものではなく、本件捜査の作為性と請求人の自白の虚偽性を証明するものである。

 A 石川美智子、M・C、Hg・Y、Ig・M及びO・Kの各昭和38年7月1日付司法警察員に対する供述調書

 請求人の妹である石川美智子(以下美智子という)は、同開示調書で、本件より1年前の春ころ友人から『りぼん』という雑誌を借りて3日くらいで返したことが一度ある旨の供述をしている。その他の開示調書の供述者はいずれも美智子の友人で、M・C及びHg・Yは、美智子に雑誌『りぼん』を貸したことはないと供述し、Ig・M及びO・Kは、それぞれ本件の前年の昭和37年9月ころ美智子と互いに雑誌の貸し借りをし合ったときに、『りぼん』を他の雑誌と一緒に貸したことが一度あるが、5日か1週間くらい後に返してもらった旨の供述をなしている。
 これらの開示調書は、本件事件当時、『りぼん』なる雑誌が請求人方には存在しかったことを裏付けるものであり、雑誌『りぼん』を手本にして、脅迫状を作成したとする請求人の自白の虚偽、確定判決の誤りを証明する証拠である。

(2)第一次再審請求審段階での開示

 第一次再審請求審段階で、東京高等検察庁は、1981年5月29日に17点の証拠を開示し、同年7月30日にO・T関係の捜査報告書4通を開示したが同捜査報告書は「犯行現場」に関する請求人の自白を崩壊させる重要な証拠である。

 @ 昭和38年5月30日付、同5月31日付、同6月2日付、同6月4日付捜査報告書(いずれも司法巡査水村菊二他作成)

 同捜査報告書の要旨は、事件当日の5月1日、午後2時ちょっと前頃、犯行現場とされている「四本杉」の雑木林に隣接している桑畑にO・Tが到着し、自家用軽三輪自動車を桑畑の東側山林の端の道のところに停め、一人で桑畑約1反歩(10ア−ル)に噴霧器を使用して、除草剤散布を行った。散布を始めて終わるまで約10回位畑より自動車まで薬剤の補給に往復し、その間周囲を見回したが、人影は見なかった。午後4時30分頃除草剤がなくなったので仕事をやめ、妻が立ち寄っている親戚の水野定雄方に立ち寄り、その後、5時30分頃帰宅したというものである。
 同4通の捜査報告書はいずれも、本件発生後、1か月内外のうちに作成され、その作成経過、内容から考慮して、客観的事実が記載されていることは疑いのないものであり、確たる証拠である。
 弁護人作成の現場検証報告書(昭和56年10月28日付)で明らかにしているが、O・Tが除草剤散布をしていた場所は「四本杉」から約30メ−トルの至近距離である。そのような場所で作業をしていたO・Tは、「人影は見なかった。」と述べているのである。しかも、散布作業していた時間も確定判決が犯行時刻と認定している午後4時から同4時30分を含む時間帯である。
 O・Tは弁護人に対して、「事件当時から、本当にそこ(「犯行現場」)で犯行があったのだろうかと疑問に思ってきたが、もしそこで被害者が悲鳴をあげたのであれば、私はそれを聞いた筈であるが、そのような悲鳴は聞いていないし、犯人の方も、私が農作業をしている音を聞いた筈である。」との供述をなしている。(昭和56年10月18日付弁護人に対する供述調書)
 同捜査報告書4通は、O・Tの弁護人に対する供述、東洋大学工学部建築学科助教授内田雄三・武蔵野美術大学建築学科講師立花直美作成の識別鑑定、東京大学工学部建築学科教授安岡正人外2名作成の悲鳴鑑定、悲鳴の到達範囲に関する実験報告書(昭和57年9月30日付)の新証拠とあいまって、請求人の「犯行現場」に関する自白の信用性を崩壊せしむる証拠である。

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3 本件請求審(第二次)での証拠開示請求(東京高等検察庁)、提出命令、開示勧告、照会請求の経過と開示を求めた証拠

(1)1986年11月12日付証拠提出命令申立(原々審)

 提出を求める証拠
 @ 「殺害現場」のルミノール反応検査報告書
 A 「殺害現場」の6月24日付、同27日付、同29日付、7月1日付実況見分調書、捜査報告書
 B 狭山警察署・県警本部が、浦和地検に送検された本件に関る捜査書類及び証拠の全標目を記載した書面(証拠リスト)

(2)1986年12月5日付証拠開示請求書提出
 ルミノール反応検査報告書、証拠リスト等14項目

(3)1986年9月2日、芋穴でのルミノール反応検査報告書の開示

 確定判決は、請求人は死体を芋穴に逆さ吊りにしたとの認定をなしているが、芋穴にはその痕跡がなく、血痕の存在も確認されていない理由を、「血液反応検査など精密な現場検証が行われなかったことからすると、果して捜査官が芋穴の原状保存について慎重に配慮したかどうか疑わしい。したがってまた、たとえ芋穴の側壁などに犯行時の痕跡があってもこれに気づかなかったと思われる」として、「捜査の拙劣さ」を利用して、芋穴での逆さ吊りはなかったとの主張を排斥していたものである。
 しかしながら、開示された昭和38年7月5日付埼玉県警警察本部刑事部鑑識課警察技師松田勝作成の「検査回答書」には、「甘諸穴の穴口周囲及び穴底について血痕予備試験の内ルミノ−ル発光検査を実施したが陰性であった。」と記載されており、確定判決の誤りは証明されているのである。

(4)1988年11月18日付未提出証拠開示勧告書提出(原々審)

(5)1995年3月17日付脅迫状を写した練習用紙外5点の証拠開示請求書提出

(6)1997年(H9)7月11日付証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)の開示勧告についての上申書提出(原々審)

(7)1998年2月17日付証拠標目を記載した書面(証拠リスト)開示請求書提出

(8)1999年11月19日付脅迫状・筆跡関係、死体関係(死体鑑定の際に撮影された写真および五十嵐鑑定添付の本件死体写真及びネガ)等10項目の証拠開示請求書提出

(9)2001年1月25日付死体鑑定の際に撮影された写真及び五十嵐鑑定添付以外の本件死体写真及び写真ネガ、証拠リスト等8項目の証拠開示請求書提出

(10)2001年2月9日付刑事訴訟法279条に基づく照会請求(原審)

(11)2002年4月30日付証拠開示に関する要請書提出(最高検察庁)

(12)2002年10月3日付証拠開示に関する申入書提出(最高検察庁)

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4 証拠開示請求, 提出命令, 開示勧告の申立に対する東京高等検察庁、原々審、原審裁判所の対応について

(1)東京高等検察庁

 @ 1986年9月2日 前記芋穴でのルミノール反応の検査報告書開示。

 A 1999年3月23日 弁護人との証拠開示折衝で曾田検察官は「未開示証拠を整理した。未開示証拠を積み上げると2〜3メートルになる。」と回答したのである。

 B 2000年10月26日 弁護人との折衝で江幡豊秋検察官は、「弁護人請求の個別証拠は存在しない。証拠の標目を記載した書面は存在するが、プライバシーの保護・捜査の支障の理由で開示できない旨の回答をなしている。

(2)原々審裁判所

 高木俊夫裁判長は、弁護人との面接の際、1997年7月11日付証拠リスト開示勧告についての上申書は東京高等検察庁にも送付しているので、裁判所の意図は、検察官においても了解されていると思うとの見解を表明したのである。

(3)原審裁判所

 弁護人は、2001年2月9日付刑事訴訟法279条に基づく照会請求をなし、同7月17日、高橋省吾裁判長との面接の際、取り寄せの可否を弁護人が問うたのに対し、「検討中である」旨の回答をなしたが、何らの発動をしないまま、平成14年1月23日異議申立を棄却する決定をなしたものである。
 弁護人は、2002年1月29日付刑事訴訟法309条1項による異議申立をなしたが、弁護人に何らの告知もなさず、同日付で、異議申立書1頁左上部に「本件、異議の申立ては不適法である」との記載とともに裁判長裁判官高橋省吾、裁判官本間榮一の記名、押印、裁判官山田耕司の署名、押印をなし、同申立書を貴庁に送付しているのである。

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5 開示請求証拠の存在と開示の必要性

 検察官は弁護人請求の証拠は存在しないとの回答をなしているが、請求は記録上の記載等の根拠、裏付けのあるものであり、その開示は、真実の究明と無辜の救済のために必要不可欠なものである。以下、(1)〜(5)の証拠開示請求の内容、証拠の存在、その開示の必要性並びに(6)の要請書(7)の申入書の要旨について述べることにする。

(1)1986年12月5日付証拠開示請求書

 「殺害現場」のルミノ−ル反応検査報告書、芋穴でのルミノ−ル反応検査報告書、証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)、佐野屋脇畑での「足跡連続写真スライド」、「殺害現場」を撮影した8ミリフイルム等の14項目の証拠開示請求をなしたものであるが、請求のうち、開示されたものは、前述の芋穴でのルミノ−ル反応検査報告書のみである。

 @ 「殺害現場」のルミノ−ル反応検査報告書

 同報告書については、弁護人山上益朗、同中山武敏らは、昭和59年2月16日、同60年10月19日、埼玉県警刑事部鑑識課警察技師松田勝に面接のうえ、同人から、「請求人の自供後、請求人の身柄が、特別捜査本部(警察)にある間に、自供の確認の為、本部の指示により、『犯行現場』内の請求人の自供にある松の木を中心に、消毒用の噴霧器を使用してルミノ−ル反応検査を実施したが、反応はなかった。報告書を提出していることは間違いない。東京高等検察庁の検察官からの問い合わせにもそのように回答している。」(要旨)との供述を得ているのである。同「ルミノ−ル反応検査報告書」については、昭和60年2月21日、衆議院法務委員会においても横山利秋議員の質問に対し、法務省刑事局長は、その存在を認める答弁をなしていたのである。
 検察官は「殺害現場」でのルミノ−ル反応検査報告書は存在しないと回答しているが、芋穴での検査が実施され、検査報告書も存在しているのに、「殺害現場」とさている「雑木林」での検査がなされていないということはあり得ないのである。担当検察官であった會田正和検察官も松田勝と面接し、同人から、「殺害現場」とされている「雑木林」でルミノ−ル反応検査を実施したとの供述を得ているのである。
 被害者の後頭部には外出血が認められる生前の損傷があり、請求人の「殺害現場」「犯行態様」に関する自白が事実であれば、「殺害現場」から、血痕が発見されなければならないが、ルミノ−ル反応検査が実施されているにもかかわらず血痕は発見されていないのであり、「殺害現場」でのルミノ−ル反応検査報告書は、血痕の不存在、請求人の自白の虚偽架空性、請求人の無実を立証する重要な証拠である。
 調査したが、存在しないとの検察官の回答は、何人も納得させることはできないものであるし、警察から検察庁に送られた証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)も開示のうえ、検察庁に同検査報告書が送致されていないことが確認されれば、警察に対して、同検査報告書がどのようになっているのかの徹底した調査を要請し、真実を解明すべきである。
 しかしながら、検察官は、証拠の標目についても記載した書面の存在を認めながら、その開示さえなしていないのである。

 A 証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)

 警察から検察庁に送致された本件に関する捜査書類並びに証拠の全標目を記載した書面(証拠リスト)が、存在することについては、証拠開示の折衝の際、検察官もこれを認め、昭和60年2月21日の法務委員会においても、法務省刑事局長は、「警察から送ってまいります送致書類のなかに、送った書類あるいは証拠の全標目を掲げたその標目という御要望もございますが、この点につきましては、捜査の過程でござ いまして、いろんな関係人の御協力をいただいた結果がそこに出ております。」との答弁をなしているのである。
 2001年1月26日の江幡豊秋検察官との折衝で、同検察官は、証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)の開示について、弁護人に対し、「刑訴法の捜査観をどう考えるかということと司法制度改革の議論も踏まえ訴訟構造、現実の訴訟運営の仕方も考えなければいけない。新しい制度ができれば、そういうことも含めて考えていく問題だと思うが、それまで何もしないということではない。」(要旨)の回答をなしたのであるが、現在まで開示されていないのである。

 B 佐野屋脇畑での「連続写真スライド」

 1974年10月31日の確定判決宣告直後、東京高等裁判所内の当時の接見室で、弁護人中山武敏らは請求人と接見したが、請求人は、涙を流しながら、無実を訴え、本件取調中、取調官から、犯人が現れ、逃走した佐野屋脇畑には、別々の方向に足跡の連続した跡が残されており、複数犯ではないかと追及をうけ、足跡連続スライド写真を見せられたので、足跡写真は必ず存在しているので、今後は、証拠開示にも力を入れていただきたい旨を供述していたのである。
 本件足跡についての捜査をなしていた捜査官飯野源治も昭和60年10月9日、弁護人中山武敏らとの面接でその存在を認める供述をなしているのである。昭和38年5月4日付員関口邦造作成の実況見分調書にも、「本件被疑者の足跡と思慮される通称地下足袋が印象されてあったのは二ケ所あったので写真撮影したる後見尺をなす。」と「足跡」を写真撮影したことが明確に記載されているのである。
 現場足跡の採取経過の不自然性、実況見分調書に足跡写真が添付されていないことについても確定判決は、一見本件捜査を批判するかの如き姿勢を示しながら結局は、本件捜査を擁護追認しているのである。前記5月4日付実況見分調書についても「まことにずさんなもの」であるとし、「現場足跡の実況見分をするに当たって、足跡を接近撮影した写真が添付されず、その代わりに日を異にして撮影されたことの明らかな遠近写真を添付するなど拙劣な方法であることは否定できない」としながらも、現場足跡が、押収した請求人の兄六造の地下足袋で印象されたものではない「別の足跡である旨の所論及び関口調書に後日青インクで訂正した部分がある点をとらえてその信憑性を云々するのはともかく、右調書が偽造であるとの所論はいずれも採用できない。」と判示しているのである。
 足跡については、「足跡の大きさ」に関する井野鑑定、「甲布印象・ずれ」に関する同二次鑑定、原審で提出した山口・鈴木鑑定、同補足意見書の新証拠によって、足跡に関する捜査の疑惑を擁護した確定判決の誤りは明らかとなっているものであり、足跡写真が開示されれば、現場足跡は押収地下足袋で印象されたものではないことがさらに明白に立証されるのである。

 C 「殺害現場」を撮影した8ミリフイルム

 弁護人が捜査官清水利一と面接調査した際、同人は、現場を8ミリで撮影したことを認めており、当時の新聞でも「この間の石川とYさんの足どりがまた『警察官エキストラ』で8ミリにおさめられた。」「林のなかでは細かい松の幹や四本スギに番号札をつけて数メ−トル前進するために8ミリカメラを動かしていた」「まず、殺害現場を8ミリカメラで撮影」(昭和38年7月5日付朝日、サンケイ新聞等)と報道されている。
 昭和38年7月5日付員諏訪部正司作成実況見分調書には「現場撮影した8ミリフイルム」と記載されており、同7月4日の実況見分において、埼玉県警刑事部鑑識課技師鵜川勝二、同主事小堀二郎が8ミリフイルムの撮影をなしているのである。
 同フイルムが存在することは証拠上明らかであり、それが開示されれば、当時の現場の状況も明らかとなり、O・T関係の新証拠と合いまって本件殺害現場、犯行態様に関する請求人の自白が虚偽架空であることがさらに立証されるのである。

(2)1995年3月17日付証拠開示請求書

 脅迫状を写した練習用紙外5点の開示請求をなしたものであるが、@脅迫状を写した練習用紙、A請求人と長谷部梅吉らとの「記念写真」、B「犯行現場」に関する捜査書類の外に前記の「足跡連続写真」、「犯行現場」ルミノ−ル反応検査報告書、同証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)を重ねて請求したものである。

  @ 「脅迫状を写した練習用紙」

 請求人は第2審第27回公判において、狭山の警察にいる時に、原検事から「セルロイドみたいなものの中に字が書いてあって、それを写して書いていました。それを主にやらせられていました。セルロイドの中のものを写したのは、逮捕されてから、6月6日ごろまで殆ど毎日で、原検事さんばかりじゃなく、諏訪部さんなんかがいる前でも書きました」(要旨)と供述しているのであり、脅迫状の写しの練習をさせられた用紙が存在することは確実である。同用紙は、本件取調べの実態、請求人の当時の筆記能力、脅迫状と請求人の筆跡の形態の違い等をさらに明らかにするうえにおいても開示が必要な証拠である。

 A 請求人と長谷部梅吉らとの「記念写真」

 請求人は、6月17日に再逮捕される2〜3日前に、狭山署の取調室で、「記念写真をとっておこう、石川、胸をはってとれ」と言われ、長谷部梅吉らと写真撮影されたと第2審第15回公判において供述している。同供述は具体的なものであり、この点について、請求人が虚偽の供述をなさなけばならない理由は全くないものであり、同写真の存在も明らかであり、同写真は、取調べの実態、請求人と取調官との関係、請求人が「自白」に追い詰められていった経過、理由を解明するうえにおいても必要な証拠である。

 B 「犯行現場」に関する捜査書類

 第1次再審請求審での証拠開示についての弁護人との折衝の際、担当検察官であった今野健検察官は、「未開示の証拠が存在する」「犯行現場に関する捜査書類が存在する」ことを認めているのである。「犯行現場」の虚偽架空性は本件での争点の一つであり、真実解明のためにも開示が必要である。

(3)1998年2月17日付証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)の開示請求書

 その存在、開示の必要性については前述したとおりである。

(4)1999年11月19日付証拠開示請求書

 同請求書では、死体鑑定の際に撮影された写真及び五十嵐鑑定添付以外の本件死体写真及びネガの外に、万年筆の捜索状況、腕時計、被害品、指紋関係、捜査日誌等の捜査関係等の開示請求、前記の脅迫状・筆跡関係、足跡関係、殺害現場関係、証拠リストの10項目の開示請求をなしたものである。

  @ 死体写真及びネガ

 死体鑑定の際のネガが存在していることは当然の事であり、ネガが破棄されるということは考えられないことであり、五十嵐鑑定添付以外の写真が撮影されていることも明らかである。
 確定判決は本件殺害方法を扼殺と認定し、請求人の自白とは齟齬はないとしていたものであるが、再審請求審での弁護人提出の上山滋太郎作成の第1、第2鑑定、その他の弁護人提出の新証拠によって確定判決の誤りは明らかになっているものであり、原決定が依拠している石山鑑定の誤りも、死体写真及びネガが開示されれば決定的に証明されるものである。
 その外の開示請求証拠も存在の根拠を有しているものである。

(5)2000年1月25日付証拠開示請求書

 同請求書では前記の8ミリフイルム、足跡写真、死体写真、それらのネガ、前記証拠リスト、昭和38年5月2日員塚本昌三が撮影した脅迫状・封筒の写真ネガ、同5月22日主事小堀二郎撮影の脅迫状・上申書のネガ、警察庁技官長野勝弘撮影の脅迫状・上申書等のネガの8項目の開示請求をなしたものである。
 これらのネガ等は存在の明らかなものであり、その所在についての回答、調査を求めたが、現在まで回答はなされていない。

(6)2002年4月30日付証拠開示に関する要請書(最高検察庁)

 同要請書は、前記1999年3月23日の會田正和検察官が明らかにした東京高等検察庁保管の未開示の「2〜3メ−トル」の証拠の内容及び証拠リスト(証拠の標目)の内容を明らかにすることを求めたものである。
 同要請書提出後の同年7月10日、最高検察庁の窓口として、中山純一東京高等検察庁検察官と折衝したが、同検察官は、「最高検察庁と協議したうえで誠意を持って対応したい」との回答であったのである。

(7)2002年10月3日付証拠開示に関する申入書提出(最高検察庁)

 同申入書は、本件再審請求審で弁護人が検察官になした前記@〜Dの証拠開示請求及びEの要請事項につき、本年10月31日までに弁護人に書面での回答を求めたものである。
 検察官は公益の代表者として「真実究明の義務」(検察庁法4条)があるにもかかわらず、本件での上記のような検察官の対応は不当、違法なものであり、無辜の救済という再審の理念に反するものであり、検察に対する国民の信頼を失わせるものでもある。本件では、証拠開示を求める125万名を超える署名が東京高等検察庁に提出されている。
 1998年11月、ジュネ−ブの国連ヨ−ロッパ本部で開かれた自由人権規約委員会では、イスラエルの委員、オ−ストラリアの委員、カナダのヤルデン委員が証拠開示について発言し、ヤルデン委員は、「最後のたいへん具体的な問題に移ります、議長。これは私の注意を引く問題ですが、またおそらく委員会の他の委員の注意も引いていると思います。石川一雄という部落の人の事件です。支援者によると誤って殺人罪を宣告されたとされる人です。それが誤りであったかどうかを私は述べるつもりはありません。しかし、主張されているのは、被告が事件の全証拠にこれまでまったくアクセスできていないということなのです。この実態についてはかつて言及がなされ、過去に委員会も実際批判しましたし、ここ2日間でも言及されました。たとえば、この点に関するクレッツマ−さんのコメントにも回答がありましたが、私にはまだ問題があるように思えます。そこで、代表団に何か補足していただきたいと思います。とくに私が申し上げた事件に関してです。」との発言をしている。(「日本の人権21世紀への課題−ジュネ−ブ1998国際人権(自由権)規約−第4回日本政府報告書審査の記録」現代人文社・日本弁護士連合会編219頁)
 同発言に対し、日本政府代表団の酒井参事官(法務大臣官房)は、「ご質問は、狭山事件に関するご質問です。委員は石川事件とおっしゃいましたが、日本では一般に狭山事件として知られています。ご質問はこの事件に関する証拠開示の質問だと理解しております。わが国の刑事確定訴訟記録法においては、再審請求者に対して、検察官が公判に提出した証拠を含む訴訟記録の閲覧を認めておりますが、公判に提出されていない証拠については閲覧の対象としておりません。公判提出記録には、さまざまな捜査活動の結果収集された多様な資料が含まれており、証拠開示によって関係者のプライバシ−などが害されるとともに、将来の捜査に対する協力が得られなくなる恐れがあることから、検察官において再審請求を行ううえでの必要性に留意しつつ、個々の事案ごとに証拠の再審請求事件との関連性や、そして狭山事件の再審請求時における捜査記録の開示についてもこのような観点を踏まえて検察官において適切に対処しており、現に1981年から1995年まで9回にわたる弁護人からの証拠開示請求に対し合計28点の検察官手持ちの証拠を開示し、現在も検察官と弁護人との間で証拠開示についての話合いが行われているものと承知しています。」(前掲書227P)との答弁をなしている。
 規約委員会は審査の結果、日本政府に対し、主要な懸念事項と勧告をなし、第26項(証拠開示)において、「委員会は、刑事法において、検察官には、その捜査の過程において収集した証拠のうち、公判に提出する予定がないものについてはこれを開示する義務がないこと、および弁護側には手続のいかなる段階においてもそのような証拠資料の開示を求める一般的権利は認められていないことに懸念を有する。委員会は、規約14条3項の保障に従い、締約国が、その法律と実務において弁護側が関連するあらゆる証拠資料にアクセスすることができるようにして、防御権が阻害されないよう確保することを勧告する。」との最終見解を採択しているのである。(前掲書258頁〜260頁)
 証拠開示の折衝において、東京高等検察庁の担当検察官は、国連自由人権規約委員会の証拠開示勧告を重く受け止めるいるとの発言をなしながら、これまで詳述したように弁護人請求の証拠開示請求に応じていないのである。

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6 提出命令、開示勧告の不発動は審理不尽の違法である

(1)提出命令、開示勧告、照会請求の内容

 弁護人は原々審裁判所、原審裁判所に対しても、前記3、本件請求審(第二次)での証拠開示請求(東京高等検察庁)、提出命令、開示勧告、照会請求の経過と開示を求めた証拠の項(1)1986年11月12日付提出命令申立(原々審)、(4)1988年11月18日付未提出証拠開示勧告書要請書提出(原々審)、(6)1997年(H9)7月11日付証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)開示勧告についての上申書提出(原々審)、(10)2001年2月9日付刑事訴訟法279条に基づく照会請求(現審)の申立をなしたのであるが、原々審裁判所、原審裁判所は何らの発動をしないまま再審請求棄却、異議申立棄却の決定をなしたものである。
 これらの内容は以下のとおりである。
 (1)の提出命令を求めた証拠は前記記載のとおり@「殺害現場」のルミノ−ル反応検査報告書A「殺害現場」の4通の実況見分調書、捜査報告書B証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)であり、その存在根拠、提出命令の必要性についても詳述している。(4)の未提出証拠開示勧告要請書で開示勧告を求めた証拠は、前記3、(2)の1986年12月5日付証拠開示請求書で検察官に開示請求したルミノ−ル反応検査報告書、証拠リスト等14項目の証拠で、前記5開示請求証拠の存在と開示の必要性(1)@「殺害現場」のルミノ−ル反応検査報告書A証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)B佐野屋脇での連続写真スライドC「殺害現場」を撮影した8ミリフイルム等である。同勧告要請書でも開示勧告を求める理由を明記している。
 (6)の証拠の標目を記載した書面(証拠リスト)の開示勧告を求めた上申書には、その存在根拠、第2次再審請求審以降の証拠開示請求の経過、開示勧告を求める理由を詳述している。
 (10)の照会請求は、検察官が証拠開示請求に応ぜず、裁判所も提出命令、開示勧告をなさないので、刑事訴訟法279条に基づき、東京高等検察庁に対して証拠の標目の内容の照会を求める請求をなしたものである。
 しかるに、原々審裁判所、原審裁判所は、何らの発動をなすことなく、再審請求棄却、異議申立を棄却したもので、審理不尽の違法がある。
 以下、証拠開示に関する貴裁判所昭和44年決定とその後の運用、学界等の動向、国際人権法に見る証拠開示、証拠開示に関する国際的潮流、本件不発動は違法であることについて述べる。

(2)証拠開示に関する最高裁判所昭和44年決定とその後の運用、学界等の動向

 1969(昭和44)年4月25日付最高裁決定は裁判所の訴訟指揮権に基づいて検察官に証拠の開示命令を発することができるとしたものであるが、同決定の直後に、下村幸雄裁判官(当時)が、「現状を打開するためには個別開示の道を開いて序々に全面開示の理想へ進むほかない」のであって、「訴訟指揮権に基づく個別的開示命令という考え方こそ、証拠開示をめぐる現在の問題状況における解決への唯一の現実的方途」であるという観点から、最高裁決定が示した要件の下で、「被告人側に有利な証拠」について「証拠が特定されない場合でも」、「少なくとも検察官立証終了後には『本件に関する残存全資料』の開示を命じ得ると考えなければならない」と主張されている。(下村幸雄「証拠開示命令について」同『刑事裁判を問う』勁草書房)
 上記決定以降、訴訟指揮権に基づく個別開示という最高裁決定の論理を拡充し、証拠開示要件の弾力的解釈、運用をなし、実質的に事前全面開示を実現しようという努力は裁判所、弁護側実務において継続してなされてきたものである。
 1997年11月の第16回全国裁判官懇話会での刑事分科会「証拠開示の新たな展開を求めて」では以下の討論がなされたことが報告されている。(判例時報1632号)
 昭和44年最高裁決定は, 「事実認定の適正化」をめざした証拠開示論であるが、「刑事手続の全過程を通じて適正手続を保障するとの視点から、証拠開示は、すべての段階における手続が適正に行なわれたことを検証するに足りる証拠の開示…も議論の射程に入れる」ことが要請されていると指摘されている。
 具体的に(イ)証人、被告人の未請求の警察官調書、(ロ)留置人出入簿等の帳簿類、(ハ)証拠の標目、(ニ)捜査報告書類、(ホ)裁判所保管の令状関係資料などの開示の提言がなされている。証拠開示の必要性を判断する前提として、証拠の標目の開示勧告、命令も考慮すべきで、捜査報告書あるいは捜査指揮簿は、供述の信用性を判断するため、捜査方針の変遷を知るため、あるいは違法捜査が争点となった場合には重要な資料となると指摘されている。
 また、「最高裁の刑事関係者も、最近の協議会等で、次のように示唆している。すなわち、証拠の重要性、事案、個別的な状況等によるかと思うが、場合によっては、かなり積極的な方向での訴訟指揮を検討することが相当なケ−スもあるのではないかと思われる。例えば、被告人の自白の任意性が真摯に争われてているような事案においては、従前からの供述の変遷過程あるいは取り調べ状況をを明らかにするために、例えば供述調書や留置人関係の書類などの証拠を取り調べるということが言われているが、争い方、主張によっては、裁判所が職権でもそのような証拠を調べたいということもあろうかと思われる、そのような事例において、検察官がかたくなな態度を崩さない場合には、相当積極的な態度で、場合によっては、勧告に応じなければ、命令に踏み切るとの裁判所の考えを示して、強い姿勢で臨むことも考えられるのではないか、と。このような発言は、われわれの意識改革が必要であることを示唆しているとともに規則改正まではただちに困難としても運用を改善して刑事訴訟の活性化を実現することの重要性を指摘しているのではないか。」との報告もなされている。(前記判例時報8頁)
 同懇話会には環直弥、小野慶二、石松竹雄の元裁判官が来賓として参加されているが、討論の来賓の感想として
 環元裁判官は「やはり当事者主義からして全面証拠開示が当然という前提にたてるかどうか、という裁判官の姿勢の問題であると思います。一つ、裁判所の英断で広く開示が認められ、被告人の権利が守られるような方向に進んでいただくよう期待したいと思います。」と発言され、小野元裁判官も「やはり公正でフェアな訴訟のために、全面開示が原則であるという発想の転換が必要と思います。裁判所に対しては、強い姿勢で臨むことを期待しています。」と発言されている。石松元裁判官も「元検察官が指摘されたという、10年裁判に耐えられる調書を作っているという自負がある点は、今の訴訟の現実をを反映しています。まさに捜査段階で裁判が終わっていると私がかねて指摘しているところです。そのような実体のなかで、被告人の防御のためには、証拠の開示が是非必要であるという認識を裁判官が持つことが大切です。」と発言されいる。
 弁護人側からも44年決定の枠組みの下ではじゅうぶん被告人の防御権への期待に沿った成果が得られていない実情が指摘され、法学界からも「未だわが国においては、包括的な証拠へのアクセス権は保障されるに至っていない。当然ながら検察側に証拠開示義務が認められていない。わが国ではその後も(44年決定後)、公判前の開示や証拠調べ以前の段階での開示についても手続は整備されないままであり、加えて「真に必要」な程度の場面でなければ裁判所は訴訟指揮権によって開示問題に介入することを躊躇する傾向がみられ、たとえば、開示勧告を繰り返しながら命令は行わないなど、訴訟指揮権への個別裁判官の対応いかんに左右されるといった不安定さが現われている。」(鹿児島大学指宿信助教授「カナダ刑事手続における証拠開示」・ジュリスト1995・3・1No.162)との指摘がなされている。
 佐伯千仭・立命館大学名誉教授も「アメリカでもジェンクス事件があって、検察官が国家機密を理由に証拠の開示を拒んだところ、当時の合衆国最高裁は、『検察官は正義が行われることを見とどける義務があるのだから、被告人に対して公訴を提起しながら、国家機密等の特権を理由に特定の証拠の開示を拒むことによって、被告人の防御のため重要かも知れない証拠の利用を奪うことは許されない』といい切った。」「全面証拠開示はしごく当然の議論」(「季刊刑事弁護」1号・1994年・現代人文社)と指摘されている。
 浅田和茂・大阪市立大学教授も「1980年代における死刑4事件の再審無罪確定は、重大事件における誤判の存在を確認させるものであったが、同時にそれを是正する可能性が残されていることを示した。この間、誤判原因として、代監(代用監獄)、接見禁止を利用した取調べ、それを許容する令状実務、誤った鑑定、証拠の不開示、公判の形骸化など指摘されてきた。これらは連動しており、代監廃止、自由な接見、取調べ立会い、全面証拠開示、陪審制復活など、そのいずれが実現しても全体の様相は一変するはずである。」(『刑事司法の科学化』「ジュリスト」1991・1・No.1148)と指摘されている。
 季刊刑事弁護No.19・1999年8月号(現代人文社)でも全面証拠開示の原点に立ち返る特集が組まれ、「証拠開示問題と刑事弁護」(川崎英明東北大教授)、「証拠開示の現状と展望」(安原浩大津地方裁判所判事)、「証拠開示に関する判例の現状と可能性」(指宿信鹿児島大助教授)、「証拠開示実践における法律的論点」(田淵浩二静岡大学助教授)「証拠開示弊害論の問題点」(梅田豊島根大学助教授)、「証拠開示と裁判官との接点」(秋山賢三・弁護士)、「証拠開示問題で規約人権委員会へ提訴」(中山武敏・弁護士)、「国際人権法に見る証拠開示」(須網隆夫早稲田大学教授)等の論文、報告が記載され、全面証拠開示という原点に立ち返った刑事弁護のあり方の実践とその展望を明らかにしようとしているのである。
 日本弁護士連合会(以下日弁連という)も死刑再審事件及び主要な再審事件における未提出証拠が再審開始・無罪判決の重要な証拠となってきたもので、もしこれらの証拠が通常手続において提出されていたならば、誤判は避けられたものであるので、事前全面開示を求める「証拠開示についての立法処置に関する答申書」を1988年3月18日に採択している。
 日弁連の「証拠開示制度の立法措置要綱」では、起訴後の検察官手持証拠の標目の開示義務、被告人及び弁護人の証拠開示請求権と検察官の証拠開示義務、証拠開示拒否に対する公訴棄却等を提言している。
 日弁連主催の第20回全国再審弁護団会議(2001年3月29日)は、「再審と証拠開示」をテ−マにして開催され、事件報告として、本件狭山事件、榎井村事件、名張事件の3事件の報告がなされ、全体討論の後、参加の各弁護団有志連名で司法制度改革審議会座長、最高裁判所長官、最高検察庁検事総長、法務大臣宛の「証拠開示の改善と改革を求める要請書」の採択・提出がなされた。
 同要請書でも「証拠開示は事前の全面開示をとし、不開示を例外とすること、そして開示しない証拠については、検察官に対して開示による弊害の具体的立証を求め、不開示決定については、被告人・弁護人に争う機会を与えるものでなければならない。また、再審事件においては、証拠隠滅等の弊害に配慮すべき必要性はほとんど考えられないことから、常に全面開示を認めるべきである。」としている。
 司法制度改革審議会に対しては、「過去及び現在において、証拠が開示されないことによって多くの人々が冤罪に晒され、長期間に亘って人権が侵害され続けられてきたことにを深く認識し、事前の全面開示を原則とする制度化を図り、そのための適切なル−ルを策定すべきである。」ことを求めている。
 最高裁判所、最高検察庁及び法務省に対しては、「証拠開示は国際的趨勢であり、既に、国際人権規約委員会からも是正処置を講ずるように勧告を受けているなど、再審事件においては、証拠隠滅等、証拠を開示することによって発生する弊害はほとんど考えられないこと等を考慮し、現在、再審が請求されている事件については、速やかに不提出証拠のすべてを開示するよう適切な処置を行うべきである。」との要請をなしたものである。
 再審段階における証拠開示については、田中輝和・東北学院大学教授も「再審における全面開示を否定することは、新証拠発見を理由とする再審を一般的に認めることと相い容れない」「国家機関(検察官、警察)が新証拠を有している可能性を不問にして、冤罪を訴える、有罪の言渡しを受けた者に新証拠の提出を求めることは背理だからである。」(「刑事再審理由の判断方法」1996年信山社)と主張されている。平野龍一東京大学名誉教授も「国連の人権規約委員会は、5年毎に、各国の政府から、人権規約の実施状況について報告を徴し、所見を述べ、勧告をすることになっている。日本については、今年、第4回目の報告書の検討がなされ、委員会は1998年11月5日に「最終見解」を採択した。そのなかで、委員会は、被疑者・被告人の権利の保護に関するわが国の制度および運用に対し、いくつかの疑問を述べている。」とし、証拠開示保障など規約人権委員会の勧告を引用し、「やっと(刑事手続)の改革が動きはじめた現在では、これらの点のにも改革のための努力が及ぶことが期待される。国連の勧告をいつまでも放置するわけにはいかないだろう。」(「ジュリスト」1991・1・1〈No.1148〉)と指摘されている。
 証拠開示についての国連の開示勧告が日本政府になされたので前述したように審査の際、本件狭山事件についての質疑が委員からなされ、政府の答弁がなされたうえで、開示勧告がなされているのである。
 日本政府は、「日本では、証拠開示を受ける権利は保障されている」との報告(97年提出の第4回報告)をなしていたが、本件狭山事件弁護団も本事件の証拠開示の具体的な例を挙げたカウンタ−レポ−トを提出し、ジュネ−ブの規約人権委員会の審査の際には、弁護人も規約人権委員会の委員と日本NGOとの懇親会の席で、狭山事件の証拠開示の問題点の訴え等の活動をなしたのである。(前記季刊刑事弁護「証拠開示問題で規約人権委員会へ提訴」中山武敏・弁護士)
 司法制度改革審議会の最終意見も証拠開示拡充にむけたル−ル化が提言されており、同提言は、誤判の防止という視点からではなく、迅速に裁判を進めるという視点からのもので問題点も含んでいるが、証拠開示拡充の動きは大きな潮流である。

(3)国際人権法に見る証拠開示

 わが国も1979年に「市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下自由権規約という)を批准している。
 前述したように国連・自由人権規約委員会は「委員会は、規約14条3項の保障に従い、締約国が、その法律と実務において弁護側が関連するあらゆる証拠にアクセスすることができるようにして、防御権が阻害されないよう確保することを確保すること」を勧告している。
 自由権規約が国内裁判所において直接適用されることは高裁段階まではすでに一定数の判決において承認されおり、1998年1月25日の高松高裁による徳島刑務所受刑者接見訴訟判決も自由権規約の直接適用性を肯定した一審判決を支持し、規約の国内法としての直接的効力と法律に対する優位を認めている。
 自由権規約の解釈にあたって、自由権規約草案を参考に起草された欧州人権条約の解釈を示す欧州人権裁判所・欧州人権委員会による判例法が考慮されなければならないことも複数の判例がすでに認めている(京都指紋押捺拒否国賠訴訟控訴審判決)。自由権規約14条は公平な裁判所による公正な保障を規定している。「公正な裁判」を判断する重要な基準は、当事者間の武器対等の原則であると理解され、同条3項(b)の「防衛の準備のために十分な時間及び便益」の保障の規定は、「自己の事件に対する準備をするのに必要な書類、その他の証拠に接すること」が含まれると解釈されている。
 人権裁判所の判例は被告人の証拠開示請求権と検察官の証拠開示義務を認めている。国際人権法の立場からは、検察官の証拠開示義務を定める明文の法規が存在しないことを前提に、開示は、弁護側の開示請求権としてではなく、裁判所の訴訟指揮権に基づく個別的な開示命令で認められるということでとどまることは許されない。
 国際人権法の立場からも最高裁44年決定は拡充されなければならない。

(4)証拠開示に関する国際的な潮流

  @ カナダ

 カナダでは「マ−シャル事件」等の冤罪事件の大きな原因に証拠開示手続の未整備の問題があることが自覚され、その対応の不可避が認識されるに至ったのである。
 カナダの少数民族であるミクマック族のドナルド・マ−シャルJrは、1971年黒人少女殺害につき第2級謀殺罪で有罪となり、その後真犯人が逮捕されるに及んで11年の獄中生活から解放され、同事件は、証拠の隠匿、司法界に根深い人種差別的取扱いのある実情などカナダ刑事司法がかかえる病根を明らかにしたのである。
 1989年、ドナルド・マ−シャル・Jrの訴追に関する王立委員会は、検察側が完全な証拠開示を行わなかったことが誤判の重要な要因となったことを指摘し、検察官による事前全面開示を提案したのである。
 1991年11月7日カナダ最高裁は、ステインクコンベ事件において、「検察官の役割は訴訟の勝ち負けとは無縁である。彼の任務は、(中略)司法手続の威厳、誠実さ、公正さをしっかりとした感覚をもって効率的に遂行することである。そしてさらに、次のように考える。すなわち検察官が所有している捜査の成果は、有罪確保のために使用される訴追側の財産ではなく、正義が実現されることを確保するための公共の財産である。」と判示し、全面開示が原則との判断を示した。
 同判決では「マ−シャル・Jr訴追に関する王立委員会」の提言を引用し、検察側の全面的な事前開示義務を承認し、開示範囲を明確にし、さらに時期の点でも明確な指針を示したのである。その後、下級審裁判所判例も積み重ねられ、実務上、事前全面開示が定着している。(前記指宿信ジュリスト論文)

  A アメリカ

 証拠開示の合衆国憲法上の根拠としては修正第5条のデュ−・プロセス条項が挙げられ、ここに含まれる基本的に公正な裁判の保障がそれにあたるとされ、修正第6条の弁護人による弁護を受ける権利の保障は、効果的な弁護を受けることを意味し、ここには公判前に情報を収集することも含むと解されている。
 合衆国最高裁判例としては、ジエンクス判決とブレイディ判決がある。ジエンクス判決では、公判廷での被告人側による検察側証人への反対尋問の準備のためという公判審理の充実あるいはこの迅速な運用という観点から、当該証人によるそれ以前の供述(捜査機関に対する報告書)の証拠開示が問題とされ、判決では、被告人側が請求すれば、検察側はその証拠を開示すべきと判示し、この判示は立法化され、「ジエンクス法」と呼ばれている。ブレイディ判決は、デュ−・プロセスの考え方を基礎として被告人に有利な証拠の開示を認めるもので、それ以後の証拠開示の運用に大きな影響を与えている。
 連邦刑事訴訟規則の改正が重ねられ、証拠の種別によっては原則全面開示が規定され、各州の制定法、裁判所規則あるいは判例法により、検察側から被告人への証拠開示をより広く認める方向である。(前記季刊刑事弁護・証拠開示で使える外国法アメリカ・島伸一駿河大学教授)

  B イングランド・ウエ−ルズ

 1996年に刑事手続・捜査法が成立し、証拠開示が法律上の制度として整備された。同法は訴追側の手持ち証拠の開示を2段階に分け、第1次開示では、まず、訴追側の主張に関わる訴追官の手持ち証拠と捜査機関が収集した証拠の一覧表を、公判付託手続後に開示する。第2次開示は、被告人側が自らの主張を記載した書面を裁判所・訴追側に交付し、その個別の主張を立証するのに役立つと考えられるような訴追官の手持ち証拠を被告人側に開示する。(前記・季刊刑事弁護・証拠開示で使える外国法イングランド・ウエルズ・三島聡大阪市立大学助教授)
 イギリスでも、原則開示に対する例外的事例に対処するための検察官の不開示申立てを裁判所が審査するシステムが確立している。

  C ドイツ・フランスなどの大陸法系諸国

 わが国の旧刑事訴訟法と同様、起訴と同時に一件記録がすべて裁判所に引き継がれ開示される。
 以上のように当事者主義の母国でも証拠開示が進んでおり、日本の証拠開示の状況は国際的にも遅れており、最高最44年決定は拡充されなければならない。

(5)本件での証拠開示に関する不発動は違法である。

 これまで詳しく述べてきたように、最高最44年決定の論理を拡充し、被告人・ 請求人には、証拠開示請求権が認めらるべきである。
 そもそも国家が検察官の起訴を通して、無罪が推定される市民を、応訴をよぎなくされる地位(被告人たる地位)に追い込んだことにともなって、被告人には、無罪推定原則に基づいて、応訴強制の根拠を問う権利が帰属し、それが全面証拠開示請求権である。(渡辺修神戸学院大学法学部教授「刑事手続の最前線」三省堂)
 検察官が開示を拒否できるのは正当な理由がある場合のみであり、証拠開示命令手続は、実質的には、検察官の開示拒否の当否を審査するための手続であり、裁判所は不当な開示拒否に対しては、開示勧告、開示命令、提出命令を行なう義務がある。
 裁判所の証拠開示命令は裁判所固有の訴訟指揮権に基づいて行なわれたことを理由に、開示命令は、裁判所の裁量に任されていると結論づけるのは論理の飛躍である。
 訴訟指揮権の行使として裁判長は訴訟関係人のする尋問または陳述を制限することができる。(刑訴法295条)しかし、この制限は「裁判長は、訴訟関係人にする尋問又は陳述が既にした尋問もしくは陳述と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り」において認められているに過ぎない。かつ尋問が相当でない場合についても、刑訴法および、刑訴規則により具体的に定められている。
 たとえ、訴訟指揮権の発動であれ、対象が当事者の権利の保護・制限に関する事項であれば、法はその要件を厳格に拘束している。
 裁判所が裁量により訴訟指揮できる場合は、もっぱら裁判所の職責で行なってよい訴訟の進行方法のみに関する事項に限られる。
 検察官の開示拒否は、開示請求権に関する問題であるから、裁判所は検察官による拒否に正当な理由がないと認定できるときは、これを変更するよう訴訟指揮(開示命令)を行う義務があると解される。
 裁判所による開示命令の不発動に対する刑訴法309条1項(証拠調べに関する異議申立て)による異議申立てができるし、開示命令の不発動は訴訟手続の法令違反として控訴理由にもなり得る。(田淵浩二静岡大学助教授「証拠開示における法律的論点」・前掲季刊刑事弁護)
 本件ではこれまで本件請求審(第二次)での証拠開示請求・提出命令、開示勧告、照会請求の経過と開示を求めた証拠、それに対する東京高等検察庁、原々審裁判所、原審裁判所の対応、開示証拠の存在と開示の必要性の項で詳述してきたように、請求人の自白の根幹に関わる多数の重要な未開示証拠が存在し、その開示を拒否できる合理的理由もないのに、検察官は開示を拒否し続け、原々審裁判所も原審裁判所も何らの発動をなさなかったもので、これは審理不尽の違法であることは明らかである。

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7 刑訴法279条(公務所等に対する照会)の照会をなさなかったのは違法である

(1)法279条は、当事者の照会請求権を規定したものである。

 法279条は、当事者の照会請求権を規定したもので、裁判所は基本的に相手方に対して照会を行う義務がある。
 裁判所が全く対応しない場合には、基本的には証拠開示命令不発動に対する異議申立てと同様の問題であり、当然309条1項による異議申立てができる。
 学説でも、証拠開示に関して公務等に対する照会規定を活用すべきであるとの見解は展開されている。
 「われわれは、さらに、刑訴法279条の存在に注意しなければならない。同条によれば、裁判所は、検察官、被告人もしくは弁護人の請求により、または職権で、公務所または公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。したがって、弁護人は本条によって、裁判所に対して、当該事件について検察官が手持している証拠の内容についての照会を求めることができるわけであって、かような請求を受けた裁判所が、検察庁に対して、その趣旨の照会を行い、その報告の結果を証拠として利用するかどうかは、これを弁護人の判断に委ねることにすれば ― 他の場合の照会でもかような扱いがなされる― 証拠開示の目的は十分に果たされ得るのである。右の規定がある以上、かような照会ができないとはいえないであろうし、さらに、実際問題としては、かような照会が発せられて、検察庁が新たに報告書を作成提出しなければならないとすれば、大変な手数であるから、(検察官手持の供述調書について, 各供述者毎にその氏名、通数、作成年月日, 作成者名, 主要な内容などの報告書を作る労を考えよ)、いっそ本物の証拠を閲覧して貰いたいという事になるであろう。決して、裁判所が証拠開示を命ずる法規上の根拠がないわけではないのである」(佐伯千仭「刑事訴訟の理論と現実」102頁〜103頁)との見解が展開されている。
 他にも、現行刑訴法の規定中、証拠開示に結びつく規定として、刑訴法279条を挙げ、「弁護人の請求により裁判所が検察官手持ちの証拠の内容について照会を求めることも当然含むと解される」(日本刑法学会編集「刑事訴訟法講座2」275頁・中武靖夫教授)との説等が展開されているのである。
 指宿信鹿児島大学法学部助教授(現在立命館大学法学部教授)は、いわゆる「二段階開示論」(証拠の標目を開示させ、それに従って個別開示を求める方法)を提示しつつ、個別開示の前段階である証拠標目開示の根拠法令の1つとして刑訴法279条の公務所照会を挙げられている(指宿信「証拠開示をめぐる諸問題」日弁連研修著「現代法律実務の諸問題」(平成7年版)595頁)。
 本条は旧刑事訴訟法(旧法という)328条の「裁判所ハ公判期日前公務所ニ照会シテ必要ナル事項ノ報告オ求ムルコト得」の規定を引き継いだものである。
 因みに旧法324条1項には、「裁判所ハ公判期日ニ於ケル取調準備ノ為公判期日前証拠物若ハシ証拠書類ノ提出オ命シ…ルコトオ得」とあり、同3項には「検察官、被告人又ハ弁護人ハ第1項ニ依ル処分オ裁判所ニ請求スルコトオ得」と職権及び当事者の請求に基づく裁判所の証拠提出命令が規定されていた。しかるに戦後の刑事訴訟法の改正作業において、最終的には、旧法324条は削除され、削除理由は、「新法では、裁判所は第1回の公判期日前には事件の証拠関係を知らないことが裁判の公平、公判中心主義を貫くため必要であるとし、更に証拠は当事者の申請に基づいて取り調べるのを原則とし、裁判所が当初から積極的に資料を整えて公判廷に臨むことは好ましくないものとしているので…(中略)…証拠物及び証拠書類の提出命令は、少なくとも第1回公判期日前になすべきでない…」(横井大三「新刑事訴訟法逐条解説V」)とされたものである。
 このように現行刑事訴訟法の当事者主義化に伴い、本条に当事者の請求による照会が追加されたことを考慮すれば、本条はむしろ当事者の公判準備の1っの場合としてとらえなければならず、本条による照会は、当事者の請求によるのが本来的なものであり、補充的に裁判所の職権によることが認められるもので、本条は当事者の照会請求権を規定したものと解される。(横井・逐条解説も「又当事者に裁判所に対してこの権限の発動を請求する権利を与えてはならない理由はなく、むしろ、当事者の請求をまって裁判所が行動を起こすのが、新法の基本思想に合致するのである。」としている。)
 本条は当事者の照会請求権を規定したもので照会請求を受けた裁判所は、照会を行う義務があるものと解する。
 本条の趣旨は証拠開示に準ずるものとして捉えられるものであり、刑訴法309条1項による異議申立が認められると解する。(田淵浩二・前掲季刊掲示弁護)
 しかるに原審裁判所は照会請求についての何らの発動をなさず、法309条1項による異議申立も「不適法である。」としたものであり、その誤りは明らかである。

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8 おわりに

 原審裁判所の本件棄却決定について読売新聞(2002年1月28日朝刊)は、「『狭山事件』の再審請求を東京高裁が棄却したが ”ル−ルなき審理”の改善必要」との見出しで解説部の記事を掲載している。内容は、「狭山事件の請求審では証人尋問などの事実調べは過去一度も行われなかった」、過去の別の事件では「公開の法廷で証人尋問を行った例もあり、現場検証などの事実べも行っている。事例が違うとはいえ、裁判所によって審理の進め方に幅があり過ぎるといえる」、「一方で、検察側は狭山事件の資料について『重ねると2、3メ−トルになる未開示の手持ち証拠がある』というが、弁護側の再三にわたる開示請求にもかかわらず開示しなかった。未開示の理由を『関係者のプライバシ−上の問題』と弁護側に説明するが、真実の解明こそ優先する利益ではなかったのか。」等である。
 指宿信鹿児島大学教授も同新聞「論点」(2002年2月20日)で本事件の棄却決定についてふれ、「弁護団が強く求めていたのは、検察官の手元にある、積み上げると2メ−トルにも及ぶといわれる未開示の証拠群へのアクセスであった。ところが、この要求は受け入れられることなく今般の棄却決定となっている。」「通常審、再審請求手続き共に開示に関するル−ル整備が緊急の課題であることはもちろん、現在進行中のすべての再審請求審において全面的な証拠のすみやかな開示が、真実の発見と正義実現のために不可欠だろう。」との指摘をされている。
 前述したように本件証拠開示を求める125万名を超える署名が東京高等検察庁に提出されており、国民世論も本件に関する貴裁判所の判断を注目している。
 原々審、原審裁判所が本件証拠提出命令、開示勧告、照会請求について何らの発動をなさなかったのは審理不尽の違法があるとの判断をなされることを求めるものである。

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結語

 既に提出ずみの特別抗告申立書ならびに本補充書に述べてきたところにより、原決定ならびに原々決定には各決定に影響を及ぼすべき重大なる事実誤認があり、上記各決定を取り消さなければ著しく正義に反すること明らかである。
 当審におかれて、「合理的疑いをこえた証明」ならびに「疑わしきは被告人の利益に」の原則を毅然として適用していただき、無実の請求人のために、再審開始にむけ、ご英断を示されんことを衷心から要請する次第である。

以上

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部落解放同盟東京都連合会

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