渕本 稔さん
人権ステーション前回、インターネットの特性について述べました。市民運動に活用したり、資料を取り寄せることなどにも利用します。例えば、昨年11月28日に公表された法務省の人権擁護推進審議会による、「人権救済救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」のように、政府の各種資料もインターネットを利用して簡単に入手することができます。また、各種市民団体の活動報告も、豊富に掲載されています。私も、環境問題に関して資料がほしい場合、よく利用します。
そうした便利な利用がある一方で、これを逆手にとって他人を誹謗中傷したり、悪質な差別煽動を行うという許せない一面もあります。匿名性の陰に隠れて極めて悪質な差別が
私が運営するホームページ「人権ステーション」の中で、インターネットの特性の一つである双方向性とスピードを活かして、部落問題や人権問題全般について、誰もが自由に意見交換ができるよう電子掲示板を設置しています。個人の意見が自由に言えることを重視し、匿名でも受け付けるようにしているのです。電子掲示板に書き込まれるほとんどの意見は真摯な内容ばかりですが、時々、差別落書きが行われます。98年7月27日、「自由民主党」というペンネームで「天皇の保安の為に部落民、朝鮮人、前歴のある者、同性愛者、浮浪者、精神異常者、凶悪犯罪者を撲滅しよう」と差別落書きが行われました。同年8月4日、「大和民族の会」と名のる者から「天皇陛下のために部落民(穢多、非人、四ツ)、特殊部落民(チョンコ、ルンペン、ゲイ、前歴のあるものの等)をサリンで殺せ」と、また、同年8月18日「AMATERASU」とペンネームとする者から「天皇陛下のために部落民や朝鮮人を撲滅しましょう」(原文はローマ字)と差別を煽動する落書きが行われました。これらは、投稿のたびに発信された場所が違うので、最初の投稿に触発されて別人物が同じ様な内容を投稿したものなのか、同一人物が場所を変えて投稿したのかは分かりません。
また、他の掲示板において部落解放同盟を誹謗・中傷する差別落書きも多数出没します。
このような差別実行者は匿名で行うので、すぐには連絡がとれません。そこで、インターネット接続業者であるプロバイダーに連絡をとり、相手との話し合いをしたいのでメールアドレスを教えてくれるよう依頼します。ところがプロバイダーから返ってくる答えは、「どこが差別になるのですか」とか、「通信の秘密の守秘義務があるので教えられない」というものがほとんどで、すぐには解決しないのです。
そのため、プロバイダーとの間で何回もメールのやりとりをして、やっと差別であることを認識してもらい、差別実行者の文章などを削除してもらうのです。しかし、相手のアドレスを教えてもらうところまでには至っていません。
また、私宛に直接電子メールを送りつけてくることもあります。昨年の11月23日、「人権不要」という題名で「人権なんてものは必要ない、人間には優れた民族とそうでない民族があるからだ。ユダヤ、中国など動物以下、蛆虫に等しいからだ。日本民族やゲルマン民族と同じ立場に立っていいはずがない。奴らは奴隷民族として生きていくか絶滅させるしかない。もし奴隷として生きていく道を選択するなら奴らの主人となるのは日本民族やゲルマン民族だからだ。身体障害者もユダヤと同じだ、すべて殺すべきだ。貴様ら馬鹿共にヒトラー総統の画像を送ってやる。考え方を改めろ(後略)」などというメールが送りつけられてきました。そして、ナチス・ヒットラーの写真まで貼り付けて。
この件は、メールなので相手のアドレスがわかります。そこで、相手のアドレスにメールを送り、話し合いをしたいと申し入れているのですが、その後は何の音沙汰もありません。たぶん、いたずら半分で行ったのでしょうが、私が話し合いたいと返信したので驚いていると思います。実際には「小心者」が、酒に酔った勢や、相手の顔が見えないところで差別を行うことが多いのですが、この場合もそういう部類だと思います。野放し状態の差別をこのままにしないために
こうした問題に対して、これまでのプロバイダーの対応は、差別実行者にプロバイダーの方から注意したり、削除を通告したりするなどの方法で対処するものの、その一方で、通信の秘密を理由に被害者である被差別側からの直接的な面談等の要求には応じてきませんでした。これに対して、私や田畑さんをはじめ、インターネット上で人権活動に取り組んでいる人々から、旧郵政省などに事例を報告しながら、実際の差別行為に対処できるようにすべきだと再々申し入れてきました。
この取り組みが功を奏したのか、昨年12月、旧郵政省内の「電気通信サービスにおける情報流通ルールに関する研究会」が「インターネット上の情報流通ルールについて」と題する報告書を提出し、その中で、差別実行者に対する踏み込んだ見解をまとめました。自分のホームページにおいて差別表現を掲載している場合は、「通信内容が公開され秘密性がないような公然性を有する通信」と位置付けられ、「契約約款等で、利用者はプロバイダーとの関係で発信元を探知されることがあり得ることを承諾している」、「公然性を有する通信のように通信内容自体が公開されて秘密性がないような場合には、発信者の氏名・住所等を通信の秘密として保護する実質的な理由は弱いと解される」と結論づけています。さらに、メールなどによって差別表現を送りつけた場合でも、「通信内容は受信者には既に分かっており、これを推知させ得る事項としての通信当事者の住所、氏名、発信場所等の情報を秘密として保護する実質的な理由は弱いと考えることができる」としています。
これは、画期的な報告書であり、これまでインターネット上で差別のやりたい放題をしてきた差別実行者に対して、被害者となるわれわれが直接面談する道が開けてきたということです。さらに、場合によっては訴訟にまで持ち込める可能性が出てきたのです。これまでインターネットのホームページは、その内容が誰でも見られるという公開であるにも関わらず、封書や電話と同様の通信と位置づけられてきたため、発信者の名前・住所・電話番号といった情報は非公開とされてきました。しかし、粘り強い取り組みによって、やっと政府も差別煽動という現実と発信者情報のプライバシーというものを天秤にかければ、やはり発信者情報を公開すべしという選択にならざるを得なくなったのでしょう。
これに関する昨年の新聞報道によると、「この報告書にもとづいて郵政省は文部省・法務省・通産省などと協議し、自民党通信部会に新法案などの概要を説明。その上で、来年の通常国会に新法案を提出する考えだ」と見通しを述べている。