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(死体及びこれと前後して発見された証拠物によって推認される犯行の態様について。)

 その一二 死体について。

(八)死体の逆さ吊りについて。

 所論は、原判決は判示第二の事実中で「死体の足首を細引紐で縛り、その一端を荒縄に連結して死体を芋穴に逆吊りにし、荒縄の端を芋穴近くの桑の木に結びつけたあげく、コンクリート製の蓋をして一旦死体を隠し……脅迫状をN・E方にとどけた後、再び右芋穴のところに引き返し……農道に……穴を掘り、その中に芋穴から引き上げて運んだYの死体を両手を後手に縛り、目隠しを施し、足首を縛り、荒縄をつけたままの姿で俯伏せにして入れ、土をかけ埋没し」た旨認定判示し、同認定に添う被告人の員及び検調書を証拠に挙げているが、死体や芋穴の状況には死体が逆さ吊りにされた痕跡は全くみられないし、被告人の員及び検調書中の自白は、取調官において死体が発掘された際の状態、すなわち、死体の足を縛ってあった木綿細引紐に長い荒縄が結び付けられて、うつ伏せの死体の背にたぐり寄せられてあったこと、たまたま芋穴の底にビニールの風呂敷と棍棒が落ちていたこと、死体から鼻血と思われるものが出ていたこと、被害者Yの着衣が当日の雨に打たれたにしてはそれ程濡れていなかったこと、木綿細引紐の端についていたビニール片と芋穴の中から発見されたビニール風呂敷の欠損部分が一致したことなどを勝手に結び付けて、死体を芋穴に逆さ吊りにするという科学的な裏付けのない想定をして、これを被告人に押し付けて自白させたものである、このような想定が成り立ち得ないことは前述のように死体の状況と芋穴自体が物語っているとおりである、また、このように取調官が勝手な想定を被告人に押し付けたことは、被告人の供述内容に不合理、不自然なところが多いこと、重要な点で矛盾があるうえに客観的証拠と一致していないことが、これを示しているのである、被告人の自白は虚偽架空であるというのである。
 そこで順次考えてみると、
 (1)所論は、上田鑑定を援用して、死斑の発現状況からみて死体を逆さ吊りにしたと思われる所見が全くないこと、もし逆さ吊りにしたとすれば、被害者の後頭部挫創の創口周囲から出血があり乾燥血として残るはずであるが、その所見がないこと、死体を逆さ吊りにした場合には足首部分に全体重がかかってくるので、被害者が靴下を履いていても、また、逆さ吊りの時間が二、三時間だけであっても、縊死の場合に生ずる索溝と同じ程度の索溝がつくはずであるが、被害者の足首にはその所見がないこと、前頸部の赤色条痕は死戦期又はそれ以後に残されたものとみられるが、その際に頸部を圧迫したと思われる力は体重が足首にかかるのに比べるとはるかに弱く五分の一から一〇分の一位の力であることなどを考え合わせると、足首には当然体重がかかった痕跡が残ってよいはずであるが、この部分には何の痕跡もない、そうだとすれば、死体が逆さ吊りにされたとは考えられない、そして、五十嵐鑑定人も当審において、顔面には軽度のチアノーゼはあったが黒い斑点がみられないので、死体が二、三時間逆さ吊りになっていたとは考えられないと証言をして、死体の状況からは逆さ吊りの事実は否定すべきであるといっている、この点に関する被告人の自白もまた虚偽であることが明らかであるというのである。
 まず、両鑑定のいう逆さ吊りは文字どおりの宙吊りの意味であり、足首で身体の全体が支えられた場合のことを想定したうえでの意見である。ところが、先に「(二)死斑について。」の項でみたように、被害者の死体背面の状況や荒縄の長さ、芋穴の深さなどから考察すると、被害者の死体は文字どおりの宙吊りではなく、死体はあお向けに芋穴の底に横たわっていたか、少なくとも上半身は芋穴の底につきあお向けの状態であったと推認することができる。また「(四)後頭部の創傷について。」の項でみたように、後頭部の裂創による外出血があったとしてもさほど多量であったとは考えられない。そして、足首の痕跡については、被害者がソックスを履いていたこと、足首に力が加わるのは死体を芋穴へ出し入れするときだけの短時間であること、しかも芋穴の口が狭いこともあって死体の出し入れの作業を静かにしなければならないこと(現に被告人自身そのように供述している。)などを考え合わせると、死体の足首に索溝などの痕跡が残らないことも十分納得できるのであって、格別異とするには足りない。
 (2)所論は、仮に死体が五目一日の夕方雨の降る中で芋穴に逆さ吊りにされ、後で引き上げられたとすれば、芋穴の北側の璧や縁に何らかの痕跡、例えば荒縄のこすれた跡とか荒絶のくずが付着しているとか璧にこすれた跡とかが残っていてよいはずであり、芋穴の底にも荒縄のくずとか被害者の上衣から脱落したボタンが落ちているはずであり、特に、被害者の頭部の傷から流れ出た血痕が発見されてしかるべきであるのに、芋穴の所有者のA・S、芋穴の中にビニール風呂敷があるのを最初に発見した員高橋乙彦らの各証言や、五・四員大野喜平作成の実況見分調書に徴しても、これらの痕跡が何一つ発見されなかった、かように芋穴自体の状況からみても死体が芋穴に逆さ吊りにされた事実は否定しなければならないというのである。
 たしかに、所論指摘の各証拠によれば、芋穴の中からは棒切れ(棍棒といえるようなものではない。)とビニール風呂敷が発見されただけで、それ以外の物は発見されていない。しかし、証人A・S、同高橋乙彦の原審及び当審各供述によれば、捜査官が棒切れやビニール風呂敷を芋穴から取り出し、又はこれらを原状に復して写真を撮影するために縄を使用して芋穴に出入りしていること、A・Sもまた芋穴に出入りしていることが認められ、しかも血液反応検査など精密な現場検証が行われなかったことからすると、果たして捜査官が芋穴の原状保存について慎重に配慮したかどうかは疑わしい。したがってまた、たとえ芋穴の側壁(芋穴の口がコンクリートで固められていたことは先にみたとおりである。)などに犯行時の痕跡があってもこれに気付かなかったと思われる。なお、先に説明したとおり死体頭部の裂創による外出血があったとしてもさほど多量とは認められないし、また、五十嵐鑑定人の当審証言によれば、鼻血が出た形跡も認められないのであるから、芋穴の底に血痕があった公算は乏しい。
 してみれば、芋穴そのものに死体を隠したという痕跡があったかどうかは不明であるが、発見された死体に木綿細引紐や荒縄が付着していた状況、死体埋没地点と芋穴との位置関係、その他の本項の冒頭に記載したとおり所論が列挙している具体的状況からみると、被害者の死体を一時芋穴に隠したという自白には十分裏付けがある。
 (3)所論は、取調官らは捜査の結果判明した関連性のない事実を勝手に結び付けて芋穴に死体を吊り下げたという想定をし、これを被告人に押し付けて自白させたというのである。
 しかし、被告人は当審(第二六回)において、弁護人の「どういうことから死体を芋穴に吊るしたというようになったのか。」との質問に対して、「死体の足に縄が縛ってあったらしいんですね。最初にそれを車で運んだろう。それでずって傷になったんだろうといわれました。それから多分一人でやったといってからだと思いますが、その縄について答えられなくて、穴蔵に吊るしたといいました。そうしたら、穴蔵に吊るせば、死んでいても生きていても鼻血が出るわけだから、そんなことはないといわれました。これは何回もいわれたです。だけどはかに縄が入用なところはないので、ただ穴蔵に吊るしたと頑張りました。」と答え、また、弁護人の「見せられた縄はかなり長い縄だから、何に使ったのかといろいろきかれて、結局穴蔵に吊るすのに使ったと自分で考え出していったわけか。」との質問に対して、「そうです。子供のころ遊んでいて穴蔵があるということは知っていました。それから今思い出しましたがビニールが穴蔵に入れてあったと警察でいいました。それで穴蔵に下ろしたといったと思います。」と答えており、これをみると、被告人自身取調官から不当な誘導がなされたために、死体を芋穴に障したと供述せぎるを得なかったとは言っていないのである。そして、荒縄を用いて死体を芋穴に隠し、その一端を芋穴の近くの桑の木に結び付けたというような手順などは取調官において誘導のしようもない事柄であり、また、その下で死体を一たん芋穴に隠そうと考えたという桧が存在することなどは取調宮において披告人が言い出さない限り知る由もない事柄である。そればかりでなく、被告人は原審(第一〇回)において、犯行の概要を述べている中で芋穴に死体を隠したと自供しているのである。その他、員青木一夫、同長谷部梅吉の当審各証言に徴しても、不当な誘導がなされたことを窺わせる状況は見いだせない。
 (4)所論は、被告人は犯行現場の地理に詳しく、殊に「四本杉」には死体を隠すことのできるような穴が沢山あることを知っていたのであるから、もし被告人が犯人で死体を隠す必要があればその穴に隠すことを考えたに違いない、あえて人に発見される危険を冒してまでも死体を芋穴まで運ぶようなことはしなかったであろう、また、そこに荒縄や細引紐があるのにわざわざ弱いビニール風呂敷を使って足を縛ったというのは不祖然である、被告人が死体を芋穴に隠したことを言い出せなかったのは「こんなことがわかるとその穴ぐらはもう使えなくなってしまうからです。」と供述しているが、凶悪な犯人が他人の芋穴のことまで心配することはないはずであり、これは全く奇怪な供述である、被告人は、なぜひこつくし様という特殊な方法で死体を縛ったかについて何の説明もしていないのは納得できないなどといい、被告人の自白調書の内容が不合理であるゆえんをるる主張する。
 いかにも、「四本杉」の中には死体を隠すことのできる場所がないわけではない。そして、被告人があらかじめ桧の下で、農道に穴を掘って死体を埋めることを考えたというのであれば、わぎわぎ縄を探しに行ったり、手数をかけて芋穴に死体を隠す必要はないといえないわけではない。しかし、犯人の心理として、一時的にしろ死体から離れる場合は人に発見されては大変だという心理がまず働くであろうから、死体を農道に埋めるにしても、それまで芋穴の中に隠しておこうと考えてもあながち不自然であるとまではいえず、また、恐怖心にかられて一見不合理な行動に走ったとしても不思議なことではない。そうだとすれば、縄を探しに行き、死体を芋穴に隠したという被告人の自白は別段不自然、不合理であるとはいえない。
 そして、死体を芋穴に隠したことを言い出せなかったのは芋穴が使えなくなるからであるという被告人の供述は、一見不自然であるといえなくもないが、よく考えてみると、無関係な芋穴の所有者にまで迷惑をかけることに対する自責の念から言い出せなかったという趣旨にもとることができ、それなりに理解できないわけではない。
 また、先に認定したように死体を芋穴の中へ宙吊りの状態で隠したものではないから、縄はそれほど強く張りつめていたとは考えられない。とすれば、桑の木に縄の一端を結びつけることも所論がいう程手間のかかる作業であるともいえない。
 なお、「ひこつくし」様の結び方もさほど特殊なものではなく、鳶職や農家の人達、又は荷造り作業をする人達が常用している結び方である。殊に、被告人は農奉公、土工、鳶職手伝いの経験があるのであるから、このような結び方を知っていたと推認することができる。
 してみれば、被告人の自白内容には客観的事実と矛盾し、又はそれ自体に不自然、不合理なところが多い旨の論旨は理由がなく、もとより、取調官の不当な誘導若しくは強要があるという論旨もまた採用の限りでない。
 (5)所論は、死体を芋穴の中へ逆さ吊りにした際の荒縄の張り方、死体を芋穴へ下ろす動作、足首に細引紐を結び付けた手法、ビニール風呂敷と縄とを結んだ状況、荒縄と木綿細引紐との結び方、荒縄と木綿純引紐の使用方法に関する被告人の員及び検調書中の供述は、変転極まりなく、このことは、披告人が死体処理に伴うビニール風呂敷・荒縄・木綿細引紐について、その使用目的、使用方法などを全く知らなかったことを示すものであり、被告人が真犯人であるならば、このような調書間の記載内容の混乱はあり得ないことであるといい、被告人の自白には信用性がないというのである。
 しかして、被告人の捜査段階における供述調書には、所論が指摘するような混乱があることは否定することができないけれども、これを総合的に考察すれば、荒縄・木綿紳引紐・ビニール風呂敷等の客観的証拠と整合していて、それなりに理解可能であって、被告人が死体を芋穴に隠したことを否定することはできない。
 以上の次第であるから、被告人の自白と死体の状況との間には重要な点において矛盾はなく、被告人の自白は要点要点において客観的証拠によって十分裏付けられており、原判示第一ないし第三の事実を認定する限りにおいて十分信用することができる。それゆえ、この点の論旨はすへて理由がない。

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