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第四 量刑に関する職権調査。

 原判決が判示冒頭の(被告人の経歴、本件第一乃至第三の各犯行に至る経緯)の項において認定した事実、なかんずく本件犯行に至る動機として認定した事実、すなわち「昭和三七年四日頃から同年六日までの間に、軽自動二輪車二台を代金合計一八万五〇〇〇円で、月賦で買い入れ、その修理費、ガソリン代の支払いを滞らせたり、月賦金を完済しない中に右軽自動二輪車を売却または入質したことによる後始末のため負債がかさんだため、右Ni方をやめた後の同年九月噴、父富蔵から約一三万円を出して貰つてその内金の支払をした。そのようなことから被告人は家に居づらくなり、養豚業I・K方に住み込みで雇われて働いたが長続きせずに約四ケ月でやめ、同三八年三日初頃自宅に戻ったのであるが、前記のごとく父に迷惑をかけたことや、被告人の生活態度などが原因で、兄六造との間がうまく行かず、同人から家を出て行けといわれ、父富蔵も被告人をかばって六造と仲たがいするなどとかく家庭内に風波を生ずるに至ったので、被告人は、いつそのこと東京都へ出て働こうと思い立つた。」と認定した点は、原判決挙示の証拠によってこれを認定できないわけではないけれども、右に続けて「それについては父に迷惑をかけた一三万円を返さなければならないと思っていた」からその金員調達のため、本件の犯行を思い立ったという原判決の認定は強きに過ぎると考える。当裁判所としては、むしろ、被告人は、その生活態度が原因で兄六造と仲たがいするなど家庭内の折り合いが悪くなり、兄の鳶職の手伝いにもとかく身が入らず、東京都へ出て働こうと思っていた矢先、同年三月末ころ東京都内で起こったいわゆる吉展ちゃん事件の誘拐犯人が身の代金五〇万円を奪って逃げ失せたことを同年四日二〇目前後(同事件については発生後間もないころから報道されていたが、四月一九日に捜査当局が公開捜査に踏み切ってからは、大々的に新聞・テレビ・ラジオなどで報道されるに至ったことは、公知の事実であるといってょい。)のテレビ放送などで知り、自分も同様の手段で他家の幼児を誘拐して身の代金を喝取しようと考え、原判示の日時ころ自宅で原判示の脅迫状を書いて準備し、機会があれば右計画を実行しようと考えてズボンの後ろのポケットに入れて持ち歩いていたと考える。
 ところで、被告人が幼児誘拐を企図した当時はもとより、原判示の加佐志街道でN・Yと出合い急に誘拐の対象を同女に転換した当初においても、いまだ同女を殺害し、その死体を埋めて犯跡を障ペいすることまで考えていたとは思われないところ、誘拐の対象をかねての幼児から急に女子高校生に変えたことに伴って勝手が違い、対応の仕方が難しくなったうえ、色欲のとりことなったため、ついに強盗殺人・強盗強姦の大罪にまで発展するに至ったこと、しかもなお思案の末、身の代金喝取の目的を遂げようとしたのは、まことに非道言語に絶する所為というべきことは原判決の指摘するとおりである。そして、記録並びに当審における事実の取調べの結果によれば、被告人は、小学校五年を修了しただけで、農家の子守奉公から始まり年少のころから社会の荒波にもまれて成人しただけに、読み書きこそ満足に出来なかったとはいえ、人並みの世間知は備えており、強じんな性格の持主であったことが窺われるのであり、それだけに是非善悪を弁識する能力にも欠けるところはなかったと認められる。したがって、犯行の重大さから死刑になるかもしれないことを十分意識しており、それなればこそ、最初は頑強に犯行を否認していたところ、再逮捕後の六月二〇目には事態やむなしと観念して員関源三に嘘の三人犯行を自供するに至ったのであるが、これも何とかして死刑だけは免がれたいと考えたからであるとみることができる。更に六月二三日に他の取調官に場を外してもらって関源三に単独犯行を告白し、死刑にだけはなりたくないと述べたうえ、死体の発掘当時の状態について同人に聞くなど一見不思議な行動に出たのも、関に依存してなんとか死刑だけは免れたいと考え、暗に答え方につき同人に相談をもちかけたと解する余地がある。このように功利的な心情も加わって六日二〇日房内の自室に前掲の詫び文句を爪書きするに至った。これは純粋に悔悟の気持だけから発したものではなく、少しでも罪を軽くしてもらいたいという気持もあったことは被告人自身も認めているところであるけれども、反省悔悟し、被害者の冥福を祈るとともにその遺族に対して謝罪の気持を表したことに違いはないのである(死刑だけは免れたいとの願いがかなわず、控訴するや一転して無実を叫び、以来一〇年余の歳月を未決にしんぎんして今日に至っている。)。原判決も右に述べたような人格形成期における境遇を「被告人だけの責に帰することができない。」、「被告人にとって有利な情状ということができるものである。」とみている。ただ、これらの有利な情状を斟酌してもなおやむを得ないものがあるとして死刑に処したのである。しかし、死刑は、まさにあらゆる刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑罰である。それだけに死刑を適用するには、持に慎重でなければならないと考える。当裁判所としては、本件の犯行には右に述べた偶然的な要素の重なりもあって、被告人にとって事が予期しない事態にまで発展してしまった節があると認められること、それまで前科前歴もないこと、その他一件記録に現れた被告人に有利な諸般の情状を考量すると、原判決が臨むに死刑をもってしたのは、刑の量定重きに過ぎて妥当でないと判断されるので、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して当裁判所において更に次のとおり判決をする。
 原判決の確定した原判示第一の所為中強盗殺人の点は刑法二四〇条後段に、強盗強姦の点は同法二四一条前段に各該当し、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強盗殺人罪の刑に従い、前記諸般の情状を勘案して所定刑中無期懲役刑を選択し、原判示第二の死体遺棄の所為は同法一九〇条に、同第三の恐喝未遂の所為は同法二五〇条、二四九条一項に、同第四の(一)ないし(四)の窃盗の所為はいずれも同法二三五条((一)ないし(三)についてはなお同法六〇条)に、同第五の森林窃盗の所為は昭和四九年法律第三九号による改正前の森林法一九七条、刑法六〇条に、同第六の傷害の所為は同法二〇四条、同法六条、一〇条により改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第七の(一)、(二)の各暴行の所為は刑法二〇八条((一)についてはなお同法六〇条)、同法六条、一〇条により改正前の罰金等臨時措置法三条一項三号に、同第八の横領の所為は刑法二五二条一項に各該当するところ、右第五の森林窃盗、第六の傷害、第七の暴行の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項本文を適用して原判示第一の罪の刑によって処断し、他の刑を科さないこととして、被告人を無期懲役に処し、押収にかかる身分証明書一通、万年筆一本及び腕時計一個(昭和四一年押第一八七号の二、四二及び六一)は、いずれも被告人が右強盗殺人の犯罪行為によって得た賍物で、被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑訴法三四七条一項によりこれを被害者N・Yの相続人に還付し、原審及び当審における訴訟費用は、同法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。
 よって、主文のとおり判決をする。

検察官大槻一雄、同片倉千弘公判出席

昭和四九年一〇目三一日

 東京高等裁判所第四刑事部 
裁判長裁判官 寺尾正二  
   裁判官 丸山喜左エ門
   裁判官 和田啓一  

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