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 三 封筒の宛名の筆記用具

 所論は、新証拠として平成一一年四月一三日付斎藤保作成の鑑定書及び証人斎藤保を援用して、本件脅迫状の封筒に記赦されていた文字のうち、表側の「少時様」の「様」の文字は、ボールペン様のもので書かれ、その余の文字は、「少時」を含めて、万年筆様のものによりインクで書かれていることが明らかになつたが、この事実は、請求人が犯人であるとすると、本件犯行より前に、本件脅迫状を作成するとともに封筒表側には万年筆様のもので「少時」と書いておいたことを意味し、犯行以前に自宅のボールペンで自宅のボールペンで書いておいた脅迫状の文言の一部と封筒の宛名を、被害者から奪った万年筆を用いて訂正したとする確定判決の認定を動揺させるだけでなく、犯行の次第に関する自白を全面的に崩壊させ、確定判決の事実認定を根底から覆すことになると主張する。
 そこで検討する。

(一)確定判決審が取調べた秋谷七郎作成の鑑定書(確定判決審記録八一五六丁)は、ボールペンで書いた文字は、書き始めの部分が白く抜けることがあり、筆圧による濃淡が強く、紙面に対するペン先の方向、角度の変化によりインクの濃淡が生ずることがあって、アルコールに溶解するが、全般的に見て、ペン先による紙の繊維の乱れは認められないのに対して、万年筆、ペンの場合は、書き始めから書き終わりまで、満遍なく着色し、そのインクはアルコールには溶解しないが、水に溶解し、ペン先による紙の繊維の乱れが認められるなどの相異点があるとし、これらの知見から、本件脅迫状の本文はボールペンで書かれているのに対し、その訂正部分二個所(「5月2日」と「さのや」)は、万年筆かペンで書かれたものと判定し、封筒の文字については、表側と裏側の「N江さく」の文字について観察して、明瞭な二条の筆跡があり且つそれぞれ二条の画線は平行で、太さもやや一様で大小もあまりないこと、筆跡に沿っている紙面には、繊維の乱れが生じていることを述べて、「封筒に記載された文字の筆跡を弱拡大で観察するに万年筆を使用した公算大なり。」と判定する(同鑑定書の内容を検討すると、ここに「封筒に記載された文字の筆跡」とは、「N江さく」の文字を指していることは明らかである。)。そして、同じく確定判決審が取調べた埼玉県警本部刑事部鑑識課員斎藤義見ほか二名作成の昭和三八年五月一三日付捜査報告書(確定判決審記録三九四六丁)によると、鑑識係官が指紋検出のため、(1)本件脅迫状の封筒について、ニンヒドリンのアセトン溶液による検査を行ったところ、表面上部中央に書かれた「少時様」様の文字が、液体法と還元法(過酸化水素水による還元)等により消滅した、(2)本件脅迫状の紙片については、ニンヒドリンのアセトン溶液による検査を、その第一行と末行に試みたところ、いずれも記載文字のインクが溶解し、拡散したので中止し、沃度ガスによる気体法に切り替て指紋検出を実施したというのである。

(二)所論援用の齋藤鑑定書は、およそ次のように論ずる。
 請求人の自白によると、本件脅迫状の文章とその封筒上の文字は、同一ボールペンで書いたとされているところ、前掲捜査報告書では、封筒について、「ニンヒドリン、アセトン溶液による(指紋の)検出を行った」としながら、記載された文字の溶解を認める記述はないのに対し、脅迫状の紙片については、「ニンヒドリンのアセトン溶液による検出方法を該紙の第一行目及び末行について実施したところ、アセトン溶剤により記載文字のインクが溶解し(た)」と記載されていて、これでは、同一ボールペンで記載された文字が、ニンヒドリンのアセトン溶液に対して別異の反応をしたことになり、不合理である。そこで弁護人提供の写真により、封筒の表側を観察すると、「少時」と「N江さく」の文字はいずれも溶解していないが、右「少時」の文字に続く「様」の文字は滲んで溶解しており、その状態は、脅迫状の第一行目と末行の溶解と同様である。一般に、ボールペン(インクで書いた)文字は、有機溶剤であるアセトンにより溶解するが、万年筆のインクは、アセトンでは溶解しないので、封筒上の「少時」と「N江さく」の文字は、いずれも万年筆様のもので書かれていると判定され、他方、「様」の文字は、ボールペンで書かれていると判定される。

(三)しかしながら、齋藤鑑定書の右の判定には、にわかに与し難い。
 本件脅迫状の封筒の表側と裏側の「N江さく」の文字が、万年筆様のもので書かれていることは、これを視覚的に検査した前掲秋谷鑑定書も指摘するところであり、そのとおり肯認できると認められる。しかし、封筒表側の「少時様」の文字について、前掲報告書は、ニンヒドリンのアセトン溶液による指紋の検査を行ったところ、「液体法と還元法(過酸化水素水による還元)等により消滅した」と述べているのであり、齋藤鑑定書が、「記載文字の溶解を認める記述はない。」(同鑑定書一一頁)とするのは当たらない。椅玉県警察本部刑事部鑑識課塚本昌三作成の昭和三八年九月二七日付写真撮影報告書(第一審記録三七八丁)添付の写真(同年五月二日撮影)により認められる、指紋検出のための試薬処理以前の封筒の状態と対照しながら、本件脅迫状の封筒の現物を具に観察すると、その表側の「N江さく」の文字は、褪色はあるものの、「く」の文字を除いては、はっきり読みとれるのに対して、「少時」の文字は、完全に消滅していて、肉眼で読みとりは不可能であり、「様」の文字も溶解し、ぼやけて、ほとんど読みとり不可能な状態にあることが認められる。そして、右写真撮影報告書添付の写真で「少時様」の三文宇を観察すると、「少時」と「様」の文字がそれぞれ別異の筆記用具を用いて書かれたとするのは、如何にも不自然である。このように見てくると、「少時」の文字は、「様」の文字と同様、ボールペンで書かれたと見られるのであり、ニンヒドリンのアセトン溶液のかかり具合によって、「少時」の文字については、溶解が進み色素が流れてしまい(ボールペンのインク様の青い色素が、極薄く、不定形に広がり、用紙の繊維に付着しているのが見てとれる。)、ほとんど完全に消滅して読みとり不可能となり、他方、「様」の文字も溶解したが、色素が流れて拡散してしまうには至らなかった(右「少時様」の三文字のいずれについても、過酸化水素水による還元法は功を奏しなかったものと思われる。)ということができる。齋藤鑑定書の見解を援用する所論は、容れることができないといわなければならない。
 したがって、所論の指摘にかんがみ、所論援用の齋藤鑑定書とその余の証拠を併せて、確定判決審の関係証拠と総合検討しても、脅迫状とその封筒の宛名書きに関する確定判決の事実認定に合理的な疑問を抱かせるには至らないというべきである。

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