部落解放同盟東京都連合会

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第六、血痕等の痕跡の存否について

    

本項目次

一、原決定の前提事実の認定、判断の誤り

二、原決定は上山第一、第二鑑定が提起している根本問題について判断をなしていない。

三、原決定は「殺害場所」でのルミノール反応検査の問題についても判断を回避し、証拠の開示命令、勧告の処置も何らしておらず、審理不尽の違法がある。

一、原決定の前提事実の認定、判断の誤り

 原決定は「殺害現場」、芋穴から出血の痕跡が確認できなかったことに対する判断の前提として、(1)本件裂創は「長さ約一・三センチで、創洞内に架橋状組織が顕著に介在しており(すなわち、切断されない血管が残存している可能性を意味する。)、深さは頭皮内面に達しない程度のものである」、(2)「大野喜平警部補の第一審及び確定判決審における各証言、大野警部補作成の昭和三八年五月四日付実況見分調書にも、頭皮を一周して後頭部で結ばれていた目隠しのタオルや被害者の着衣に血液が付着していたことを窺わせる供述ないし記述は認められず、添付の写真を見ても、その様子は窺われない」、(3)被害者の頭部には毛髪が叢生し、その長さは前頭部髪際において約一三センチであるが、右鑑定書添付の頭部の写真を見ると、後頭部にもこれに近い長さの頭髪が密生していることが認められる」との認定、判断をなしている。
 そして、これらの前提に立ったうえで、「右裂創の創口からの出血は、頭皮、頭毛尾に付着し、滞留するうちに糊着して凝固して、まもなく出血も止つたという事態も充分あり得ることであって、一般に、頭皮の外傷では、他の部位の場合に比して出血量が多いことや、本件の場合、頸部圧迫による頭部の鬱血が生じたことなどを考慮に入れても、本件頭部裂創から多量の出血があって、相当量が周囲に滴下する事態が生じたはずであるとも断定し難い。したがって、自白により明らかにされた殺害場所、死体隠匿場所である芋穴に、被害者の出血の痕跡が確認できなくても、そのことから、直ちに自白内容が不自然であり、虚構である疑いがあるとはいえない。」と判示している。
 しかしながら、原決定の右前提そのものの認定、判断に誤りがあるのである。
 まず、(1)の本件裂創は頭皮内面に達しない程度のものという認定であるが、五十嵐鑑定書の外表検査頭部所見には裂創Aは「創洞の深さは帽状腱膜に達し」と記載されているし、確定判決審第五三回公判(昭和四六年九月一六日)でも同鑑定人は、鑑定書の「創洞の深さは帽状腱膜に達し、創底並びに創壁に凝血を存す」とは、「これはメスを入れたときの所見でございます。」と証言しており、本件裂創が帽状鍵膜に達していたものであることは明確である。原決定は同鑑定書の内景検査の頭皮開検の項の「(裂創Aは頭皮内面に窄通しあらず)」の記載に依拠し、頭皮内面に達しない程度のものとの認定をなしているが、上山第一次鑑定書が指摘しているように、頭皮内面を窄通してはじめて帽状腱膜に達しうるのであり、原決定の右認定は誤りである。
 又、原決定は、「創洞内に架橋状組織が顕著に介在しており(すなわち、切断されない血管が残存している可能性を意味する。)」とし、このことから、「多量の出血がなかった」との結論を導き出そうとしているが、しかしながらこれは切断された血管も多数存在するということでもあるし、血管が切れれば血液は流出し、原決定の結論とは逆に、むしろ多量の出血があったことを根拠付けるものである。同鑑定書の「創洞内に架橋状組織片が著明に介在すごとの記載から、原決定は本件裂創が軽微なものであるとの判断をなしているが、右「創河内に架橋状組織片が著明に介在す。」との記載の理解を誤っているものである。本件の掃傷は「裂創」であり、「創」という場合の損傷は、皮膚の少なくとも一部が移開した状態の損傷であり、五十嵐鑑定書にも「皮膚創口は柳葉状に多開」と記載されており、強い力が皮膚に斜めに加わったときにできる創傷の一つが「裂創」とされている。皮膚の有する弾性の限界を越え引っ張られた時に裂け、皮下組織には、それに耐えた部分が架橋状に残り、この残ったものが、創洞の一つの縁から他の縁の間を橋渡ししたように認められるのである。そのような状況を「創洞内に架橋状組織片が著明に介在す。」と記載されているのであり、「裂創」の場合には、創壁内にかなりの出血が存するものであり、同鑑定書にも「創底並びに創壁に凝血を存す。」と記載されており、多量の出血があったことを裏付けるものである。
 本件裂創は、長さ約一・三センチメートル、幅〇・四センチメートル、深さも頭頂部皮下の帽状腱膜に達し、一〜二針縫合すべき損傷であり、しかも皮下出血が認められるのであるから、かなりの外力が作用し、皮下の毛細血管が破れ、漏れた血液が皮下の組織の間に滲み出たことを確実に示すものであり、決して軽微な揖傷ではなく、多量の出血はなかったと原決定のように結論付けることはできないのである。
 (2)の目隠しのタオルや着衣に血液が付着している様子が窺われないということから、原決定のように本件裂創から「多量の出血」がなかったと結論付けることもできないのである。本件裂創の部位は、目隠しのタオルや着衣部分ではなく、後頭部に存するものであるし、出血が着衣に必ず付着するような態様で裂創が生じたものではなく、本件の裂創は「本人の後方転倒等の場合に鈍体(特に鈍状角稜を有するもの)との衝突等により生じたと見なし得る。」というものであるから、血液が着衣等には付着しないということも充分にあり得るのであり、原決定の結論には飛躍がある。
 (3)の頭髪の状況から「頭皮、頭毛に付着し、滞留するうちに糊著して凝固して、まもなく出血も止まったという事態も充分あり得る」としているが、血液が体外に出ると、血液中の血漿やリンパ中に含まれる血液凝固の原因となるタンパク質であるフィブリノーゲンがフィブリンに変化し、網の目のようにつながり、その中に血球が集まって血液凝固が起こり、傷口をふさいで止血するが、本件のような窒息死の場合は、血液凝固をおこすフィブリンが破壊されているので血液凝固は起こらないとされているのであり、原決定はこの点も誤っている。

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二、原決定は上山第一、第二鑑定が提起している根本問題について判断をなしていない。

 原決定は、前述したように「本件の場合、頸部圧迫による頭部の鬱血が生じたことなどを考慮に入れても、本件頭部裂創から多量の出血があって、相当量が周囲に滴下する事態が生じたはずであるとも断定し難い。」としているが、上山鑑定書が指摘した、何故に本件死体に扼頸ないし絞頸による窒息死の現象が見られないのかの点については何ら答えていない。上山第一、第二鑑定は「扼頸ないし絞頸による窒息死の場合には、頭部・顔面に多量の血液のうっ滞(うっ血)があるため、倍検時に頭皮の切断部および頭蓋骨の鋸断部ならびに脳硬膜内の静脈洞の切断部から多量の血液を漏らすのが通例であり、顔面のうっ血の程度も死斑の発現の程度も高度であるのが通例である」のに、本件の死体にそのような現象が見られない点について、その原因を本件後頭部裂創Aからの出血に求めたのであるが、原決定は本件後頭部裂創Aからの多量の出血を否定するのみである。原決定が上山鑑定の明白性を否定するのであれば、同鑑定の指摘する現象が何故に本件死体に発現していないのかを究明すべきであるのにそれをなさなかったことから誤った判断に陥ったものである。

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三、原決定は「殺害場所」でのルミノール反応検査の問題についても判断を回避し、証拠の開示命令、勧告の処置も何らしておらず、審理不尽の違法がある。

 原決定は上山鑑定が提起した本件死体現象の根本的な問題について正面から判断することなく、出血量の「多寡」の問題にしているが、原決定も本件後頭部裂創Aからの出血自体は認めているが、出血があれば、ルミノール反応検査で血液を二万倍に希釈した水準で検出可能であるとされているので、請求人の自白、確定判決の認定が事実と合致しているのであれば、「殺害現場」「芋穴」でのルミノール反応検査で必ず反応がなければならない。しかしながら、原決定請求審で検察官から開示され、新証拠として提出した昭和三八年七月五日付埼玉県警本部刑事部鑑識課警察技師松田勝作成の「検査回答書」では、「甘藷穴の穴口周囲及び穴底について血痕予備試験の内ルミノール発光検査を実施したが陰性であった。」と記載されており、芋穴には血痕は存在していないのである。
 確定判決は、芋穴から、何らの痕跡が発見されていないことについて、「血液反応検査など精密な現場検証が行われなかったことからすると、果たして捜査官が芋穴の現状保存について慎重に配慮したかどうか疑わしい。」とし、芋穴でのルミノール反応検査は実施されなかったとの判断をなしていたものであるが、右判断が、芋穴でのルミノール反応検査回答書の存在により、議論の余地なく明確な誤りであったことが証明されたのである。
 「殺害現場」についても松田勝は弁護人山上益朗、中山武敏らとの昭和五九年一月一六日、同六〇年一〇月一九日の面接の際、「殺害現場の雑木林についても夜間にルミノール反応検査をした。検査結果については報告書もしくは実況見分の一環として提出している。」「請求人の自供後、請求人の身柄が特別捜査本部(警察)にある間に、自供の確認の為、本部の指示により、犯行現場(殺害現場)内の請求人の自供にある松の木を中心に、消毒用の噴霧器を使用してルミノール反応検査を実施したが、反応はなかった。報告書を提出していることは間違いない。東京高等検察庁の検察官からの問い合わせにもそのように回答している。」(要旨)と供述しており、右供述テープ、反訳書も原決定審で新証拠として提出しているのである。
 平成一〇年一一月一七日、弁護人中山武敏、藤田一良、北村哲男、横田雄一、中北龍太郎は原決定審の東京高等検察庁の合田正和担当検事と面会し、証拠開示についての折衝をなしたが、「殺害現場」でのルミノール反応検査報告書に関し、同検事は、同年一一月五日、松田勝方を訪問し、同人と面会し、同人から「殺害現場」の松の木数本についてオキシフルを散布して調べたが、血痕があれば泡が出るが、泡が出なかったので、蛍光反応検査はしなかったとの供述を得た事を弁護人に明らかにし、「殺害現場」でも検査がなされたが血痕が発見されなかった事実については認めたのである。
 弁護人は、原決定審で昭和六一年一一月一二日付証拠提出命令申立書を提出し、「殺害現場」でのルミノール反応検査報告書等の提出命令の申立を行い、さらに同六三年一一月一入日付未提出証拠開示勧告要請書を提出し、平成九年七月一一日付上申書においても、検察官に対し弁護人の開示請求に応ずるよう開示勧告をなされるよう求めたのであるが、原決定裁判所は何らの処置もなさず、これらの論点については、原決定は全く触れていないのである。
 本件の証拠開示については、国会でも何度も取り上げられ大問題となっており、国民世論も証拠開示を求め、原決定審で一二五万を超える証拠開示を求める国民各界の署名が東京高等検察庁に提出されており、国際的にも問題となっているのである。
 平成一〇年一〇月二八日〜二九日に、ジュネーブで行われた国連の国際人権B規約委員会で日本政府提出の第四回定期報告書が審査された際にも、イスラエルのクレツマー委員、オーストラリアのエバット委員、カナダのヤルデン委員が、証拠開示問題について発言され、とりわけヤルデン委員は「石川(狭山)事件についてです。支援者の人が、冤罪として殺人罪に問われたとしている事件ですが、弁護団はすべての必要な情報または証拠にアクセスできなかったと言っております。委員会におきまして過去に取り上げられていますが、もう一度提起したいと思います。クレツマー委員のコメントにも出ていましたが、私の見解でも問題が残っていると思います。私がいま述べた点、とくにいま述べた事件に関してであります」と異例にも国連の委員会で具体的に本事件の証拠開示について言及がなされている。
 ヤルデン委員の言及に対し、日本政府側は酒井邦彦大臣官房参事官が本事件のこれまでの証拠開示の経過について説明し、「現在も検察官と弁護人との間において、証拠開示についての話し合いが行われていると承知しています」と回答しているが、審査の結果、規約人権委員会は、日本政府に対し、「弁護を受ける権利が阻害されることのないように関係資料のすべてを弁護側が入手することが可能となる状態を当該締約国が法律や実務によって確保することを勧告する」との最終見解を採択しているのである.
 弁護人と原決定審裁判長との面会の際にも、再三にわたり、本件証拠開示問題の重大性を指摘し、提出命令、開示勧告を求めたが、原決定審はそれをなさなかったばかりか、「殺害現場」でのルミノール反応検査の問題については何らの判断もなしていないのである。再審制度の趣旨・理念に照らし、無睾の救済と真実発見のため、事実解明に関連する未提出資料の存する場合には、再審裁判所はそれを取り調べる義務があり、本件ではこれを全くなしておらず、審理不尽の違法があることは明らかである。

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