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三、封筒の宛名の筆記用具に対する原決定の判断の誤りについて

 原決定は、封筒表側の「少時様」の「少時」と「様」とが別種の筆記用具で書かれたとする斎藤保鑑定の判定にはにわかに与し難いとし、その理由として、(1)封筒現物の観察によれば、「N江さく」の文字は褪色はあるものの、はっきり読みとれるのに対して、「少時」の文字は消滅していて読みとり不可能であり、「様」の文字も溶解していて読みとり不可能状態にある、(2)塚本昌三作成の写真撮影報告書添付写真の観察によれば、「少時」と「様」の文字がそれぞれ別異の筆記用具を用いて書かれたとするのはいかにも不自然であるとしている。
 しかしながら、「少時」の文字は「様」の文字と同様、ボールペンで書かれたとみられるとの原決定の判定は、以下述べるとおり正鵠を失しており、むしろ「少時」の文字は「N江さく」の文字と同質であり、ひとり「様」が異質なのである。
 すなわち、齋藤鑑定が判定の対象とした資料は、「指紋検出作業及び他の鑑定作業後の写真を弁護団側が公判記録からカラー複写したもの」であるが(鑑定書一六頁)、右複写は一〇数年前になされたものである。その後の経時的変化により現時点で観察され得る封筒の文字の状況とは異なり、右カラー複写の方がより原形に近いという点が看過されてはならないのである。
 万年筆のインクは褪色という経時的変化が著しく、ボールペンのインクの色調はほぼ保存されるものとされている。串部宏之および北田忠義作成の一九七九年五月一五日付意見書は次のとおり述べている。
 鉄系ブルーブラック万年筆インキで記載された文字は、記載時から時間が経過すると、タンニン酸及び没食子酸の第二鉄塩の形成にともなって、色調が変化する(黒化する)ことはよく知られている。文字の黒化は、その保存状態によって顕著な影響を受けるが、数週間から数ヶ月にわたって進行する。更に長時間に及ぶ色調の変化については、充分な研究は行われていないが、一般に明度の増加(褪色、色が薄くなっていく)が進行すると考えられる。褪色は光の照射がある場合に進行が早い。
 これに対して、ボールペン用ブルーブラックインキについては、記載時後の時間変化が、鉄系ブルーブラックインキに比して乏しく、染料の色調がほぼそのまま保存される。
 すなわち、万年筆インクは褪色し、ボールペンインクの色調は保存されるという相違が存するのである。前記添付写真の観察により齋藤鑑定人は、封筒の「少時」および「N江さく」は溶解していないが、「様」様の文字は他の文字と違ってはっきりにじんで溶解しているのが解ると指摘している(斎藤鑑定書一七頁)。
 封筒に記載された文字の現状について原決定は、「N江さく」の文字のうち「く」の文字ははっきり読み取れないとしている。しかしながら、前記添付写真を見れば、「く」の文字も読み取れるのであり、そこに経時的変化−褪色の現象が介在したことが窺われるのである。この点は「少時」の文字についても同様であり、経時的変化以前の「少時」の文字は「N江さく」の文字と本質的に同質といわなければならない。・これに反し現物における「様」の文字は溶解し、現在でもボールペンの色調を留めており、明らかに「少時」の文字および「N江さく」の文字とは異質である。
 原決定は「少時」の文字の「完全消滅」がアセトン溶液による溶解に由来するものと考えているが、これは万年筆インクの経時的変化−褪色を看過するものであり、誤って齋藤鑑定書の証拠価値を否定するものである。
 なお、原決定は秋谷鑑定の内容を検討すると「封筒に記載された文字の筆跡」とは、「N江さく」の文字を指していることは明らかであるとしている。
 しかしながら、秋谷鑑定の主文は「封筒に記載された文字の筆跡を弱拡大で観察するに万年筆を使用した公算大なり」としており、「N江さく」の文字を特定してはいない。原決定が右のようにいうのは、右鑑定書に添付された封筒の写真5、6の「N江さく」の文字に○印が付せられ「○印は字を弱拡大で観察すると二條の線が認められる」と説明しているところからと解されるが、右○印は「N江さく」の文字の全部に付されている訳でもなければ、そのうちの一字全体に付されているものでもなく、一文字のうちの一画に付されているに過ぎず、要は二條の線が認められる箇所を強調したものであり、観察の対象が「封筒に記載された文字の筆跡」のうち「N江さく」に限定されていたことを示す資料とはなり得ない。その他「N江さく」に限定されていたことを示す資料は何も存しない。
 したがって、秋谷鑑定における右鑑定主文と齋藤鑑定書の判定は封筒の「少時」に関して一致しているのであり、右鑑定書に対する原決定の判断は誤っており、この点だけでも原決定は取り消しを免れない。

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