1993年9月から7年間にわたって、東京都内をはじめとする関東各地の部落民の個人宅に「部落出身だとばらされたくなかったら500万円払え」という脅迫ハガキが送りつけられる重大な差別事件が起こりました。この事件の犯人に対して、2001年1月12日、東京地裁は懲役1年6カ月執行猶予4年の有罪判決を出しました。
新たに部落差別を助長、社会に与えた影響は多大
判決公判で裁判長は、犯人の行為を「陰湿かつ卑劣。また部落を差別する内容で、相当期間にわたって送付し、精神的屈辱を与え、新たに部落差別を助長し、社会に与えた影響は多大なものである」として、有罪判決は妥当だと説明しました。しかし、被害者である告訴人が真摯な反省を条件に「寛大な措置を望む」と表明していること、逮捕・起訴された当初から反省の態度を見せ、告訴人に謝罪していること、大学を退学になるなど社会的制裁を受け、また母が更生に尽くすことを公判廷で約束したことなどの点を考慮し、刑の執行を4年間猶予すると述べました。
最後に裁判長は、被告人に向かって「すでに自分のおこなった行為がどのようなものであるかは理解していると思うが、今後どういう形で償っていくか、君自身が考え、行動することに意味がある」と発言して公判を終了しました。
犯人Aは2000年5月17日警視庁に逮捕・身柄拘束され(9月1日保釈)、6月7日には部落解放同盟東京都連合会同盟員に対する脅迫の罪で東京地検から起訴されていました。東京地裁での公判は2000年9月1日からはじまり、4カ月の審理の後にこの日(2001年1月12日)判決を迎えたわけです。
なお、期限までに控訴手続きはとられず、この判決は確定しています。
主 文
被告人を懲役一年六月に処する。未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。
この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は、平成一〇年一月二五日ころ、被害者(当時六九歳)に対し、「俺はこの度、貴様が江戸時代における穢多非人即ち特殊部落民の子孫であるという秘密をつきとめた。この秘密を日本中に暴露宣伝されたくなけれぱ即金で五〇〇万円持って来い。もし拒絶すれば貴様は徹底的な厭がらせを受け、従来の如き平民並みの生活を営むことができなくなるであろう。」「賎民の分際で抵抗はよせ。さっさと要求通りの金を持ってくればよい。」などと記載した差出人名の郵便はがき一枚を郵送到達させ、そのころ、右被害者に右はがきを閲読させ、もって、同人の名誉に害を加えることを告知して脅迫したものである。
(証拠の標目)
―( 略)―
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二二二条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、中学時代にいじめを受け、転校を余儀なくされたことをきっかけに自らの人生が歪められたと考え、いじめを放置した当時の校長に復讐しようと思い立ち、その手段として部落解放同盟を利用することを考えて、校長の名前を騙って、部落解放同盟関係者に対し、部落差別を内容とするはがきを郵送して脅迫したという事案である。
本件犯行に至った経緯及び動機に、中学時代に受けたいじめがあったという点は十分考慮されなければならないが、その報復として犯罪行為に及ぶことが許されるものではなく、報復の一念にとらわれ、他者を使ってまで報復をしようとした本件犯行の発想は、未熟かつ危険であり、厳しく非難されなければならない。
また、右はがきの脅迫文言は、露骨な部落差別を内容とし、極めて侮辱的かつ威迫的であって、それ自体悪質である上、被告人は、同和関係の書籍等で部落解放同盟関係者の氏名、住所を調べるなどして自己と何ら関係のない被害者を宛先として選び、他人の名ではがきを送付し、自らの責任追及を免れようとしたものであり、犯行の手段方法は陰湿かつ卑劣である。しかも、被告人は、本件以前にも相当期間にわたって同種行為に及んでおり、本件犯行には常習性が窺える。
加えて、本件によって、はがきを送付された被害者はもとより、その家族及び関係者らに与えた精神的苦痛も大きい上、本件は、新たな部落差別を助長しかねない犯行と言うべきであって、社会に与えた影響も軽視できない。
右に照らすと、被告人の刑事責任は重いと言わなければならない。
しかしながら、被告人は、捜査段階から本件犯行を認め、被害者や差出人名として利用した関係者らに対して謝罪するなど、反省の態度を示していること、被害者において被告人の真摯な反省を条件に宥恕していること、前科前歴がなく、保釈されるまで相当期間身柄拘束されていたこと、被告人の母親が被告人の更生に協力する旨述べていること、すでに大学を退学処分になっていること、大学の指導教授が被告人につき学問研究の熱意と能力を高く評価していること等、被告人のために酌むべき事情も認められる。 そこで、以上の諸事情を総合考慮し、被告人に対して主文の刑に処するのを相当と判断した。
平成一三年一月一二日
東京地方裁判所刑事第一六部
裁判長裁判官 木村 烈
裁判官 久保 豊
裁判官 吉田 智浩