Internetと部落差別-INDEX


4.今後の課題を考える

田畑重志さん
反差別ネットワーク人権研究会代表
人権ネットワーク国民会議実行委員会

 さて、私が頂いた回数も今回が最後になりました。
 私がインターネット上の差別に取り組んだ当時は、この問題は未だ多くの人にとっては遠いものであり、理解者もいない状態でした。
 しかし、今やここ数年部落解放同盟の一般運動方針などでも必ず取り上げられ、全国大会などでも討議されるほど問題の大きい課題となりました。
 そして、これから私たちは否応なしに情報化社会の中に子どもたちを送り出していかねばなりません。
 今回は、今後どうしていくべきなのかという提案をしていきたいと思います。

情報教育の中に人権教育を、組織として取り組む体制づくりを

 インターネットの利用というのは私があげたさまざまな負の側面さえ克服すればとても便利なものです。今後情報弱者と呼ばれる人たちの救済も含め社会に大きな影響を与えていくでしょう。
 しかし、今部落の現状、実社会では情報化社会の一つの手段であるパソコンの普及やインターネットの利用というものを見ると大きな開きがあります。
 2000年に行われた大阪府の部落実態調査では、パソコン普及率全国世帯普及率38・6%に対して16・9%と大きな開きがあります。インターネット利用については全国個人利用率28・5%に対して部落は14・4%になっています。
 これは実は大阪だけではなく、電通総研というところが首都圏で部落を対象としたものではありませんが、年収など低所得層と高所得層とを対象に調査を行い、著しい違いがあることを本であきらかにしています(デジタルデバイド四元正弘著 H&I社)
 これらの格差を総称して「情報格差」と呼びますが、現在こうした格差が実はインターネット上の差別撤廃の大きなネックにもなっています。
 それは一つにはインターネットなどを「利用しない」人が多いことから、この問題解決に向けた取り組みが遅れを生じたこと。また、例えこれを行政の予算的に埋めることができたとしても、現在のITにかかわる予算などは技術修得のための予算(パソコン教室など)に限られていて、本来の情報教育、メディアリテラシー教育などメディアと人権にかかわる分野がおざなりにされているのです。
 現在は、インターネットというものに限れば、携帯電話やゲーム機器、テレビ、電話機といったもので使用することが可能です。そのうち、パソコンがなくてもインターネット利用がされる時代はすぐそこにきています。すると今のパソコン教室にのみ予算をとるといったことだけでは時代遅れになるやもしれません。
 そのために私は「情報教育の中に人権教育を取り入れたもの」をきちんと明確にし「情報を選択する力」「読み取る力」「利用する力」を伸ばす教育であるメディアリテラシー教育に「人権を尊重する」教育である人権教育の視点を子どもたちに教えていかねば、今後のインターネットの差別事象はより複雑化するだけになってしまいます。
 また、こうした教育とは別に早急に情報対策を部落解放同盟としても進めるように情報対策部などを設置しながら、さまざまなインターネットを利用した人権ネットワークを構築していくことが必要です。
 情報対策部というのは別段新たな取り組みを全体にしていかねばならないというものではありません。いわば、インターネットを利用した各都府県の若手やインターネット利用者が中心になって情報交換や差別対策を中心にやっていくことです。そしてそれは、「当事者」として差別に取り組む我々だからこそできうることもあるでしょう。
 一つの事例をあげると、先にインターネット利用率が低いことを挙げましたが、決してインターネットやパソコンに関する関心が低いわけではありません。
 むしろ高く、パソコン教室などが開かれているところでは多くの人が参加します。しかし、それに応じられるだけの状態で部落内の施設がなかったりしました。そこでその人は全国の仲間に呼びかけて古いパソコンを譲ってくれるよう頼んだりし、部落の情報格差を自らの運動の中で解消しようとしています。これは、いわばリサイクルであり、又パソコンなどを使える人が主体となってネットワークが生まれます。
 インターネットの差別に取り組んでいる私も又人権研究会という仲間がいます。それは1人からの呼びかけで8人からはじまり、60人となりました。

人権ネットワークを構築しよう

 人権ネットワークは決してそれは不可能ではなく現実にできる課題です。
 現在のインターネットに取り組むネットワークは残念ながら少ないのが現状です。既存の組織がホームページを開いたとしても差別にどうして対処したらよいのか、どうやれば差別を無くすことができるのか、わからない。そのような現状を打破するキーは、部落外にはインターネットなども含む広い範囲での情報人権教育とともに、我々がどれだけ繋がって協力していけるかだといえるでしょう。
 インターネット上の差別をネット人格といって別人格として捉えようとする考え方があります。
 しかし、これは差別をするものにとって大変都合の良い考え方で、いわばインターネットを利用している間に別なネット上の人格が差別をするのだという考え方にもつながります。この考え方によれば差別をするのはインターネットがあるからだということに繋がりますし、自分は責任がないということになります。
 しかし、私が見た70件以上の差別事例からは本人の家庭や職場などでの差別意識の刷り込みなど実社会での体験が多々あります。このことについては前回触れたとおりです。いわばこういった差別は現実社会と直結していることであるのです。
 私はインターネットの差別事象を解決するのにネットそのものを規制したとしてもそこに人権擁護の観点がなければ全く意味のないものになるとかんがえます。例えば言葉を制限すれば言い換え集になったり差別を無くそうとする人たちのページはほとんど無くなってしまいます。こうした規制一辺倒で弱者救済を考えない傾向はIT基本法など政府が示した情報技術にかわる法に顕著にあらわれていました。
 ここにはIT革命を進める上で重要な情報格差の解消やそのための弱者救済の面は何らみられないのです。
 我々はいつまでもこの問題を人任せにしたり、差別を発見してもインターネットだから何もできないという状態であってはなりません。
 私は大阪のとある人権文化センター(以前の解放会館)でのインターネットを利用して今後若者を中心にネットワークを構築しようという講座の講師として三回ほどいきました。そのとき、反差別というものを中心としてまばゆい光が輝く若い年代を見ました。
 21世紀を人権文化の世紀とするために我々が次の世代に残していけることはこのような若者の支援も含めて、今後私たちがこの問題を遠い課題にしてはならないのです。

(終わり)


Internetと部落差別-INDEX

Site Meter