東京都の人権施策推進のあり方について

−人権施策推進のあり方専門懇談会提言−

 

 東京都知事は、1999(平成11)年2月4日に、われわれ人権施策推進のあり方専門懇談会(以下、本懇談会という)に対し、「東京都の今後の人権施策のあり方について」という課題を示され、これについて検討し、意見を提示するように求められた。以来、本懇談会は、11回の全体会を開催し、人権状況の認識や問題の把握に努めたうえで、積極的な論議を交わして意見をまとめ、ここに本提言を確定するに至った。その間、特に9月から10月にかけては、全体会とは別に、延べ8回の小委員会を開き、具体的施策についての検討を重ねた。このように、本提言は、比較的短い期間に、本懇談会委員のエネルギーを集中させ、また、関係者の協力を得て、結実したものである。
 なお、本懇談会は、東京都が今後いかなる人権施策を推進すべきかについての提言をなすにあたり、その内容が東京都にふさわしいものであること、具体的で実効性のあるものであること、将来に向かって継続性を維持できるものであることを基本にすえて検討した。この検討の基本姿勢は、以下の提言の中に十分反映されているものと確信している。

I 東京都における人権状況

1.東京都の従来の施策
 首都東京は、多様な文化や価値観、生活形態や行動指向をもつ多数の人々が居住、往来して、さまざまな行動が展開される世界有数の国際都市であるとともに生活都市である。そこに生じる人権問題は、簡単な描写を許さないほど多種多様であり、これに対して、東京都は、多面的・多角的施策を行ってきたし、また、社会の変化への対応努力も果してきたとみることができる。特に、女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、外国人、HIV感染者等を対象とした分野別の人権施策は、従来からよく取組みがなされてきており、その中には、先駆的な事業展開をみせているものもある。また、これまでいろいろな形で構築、実施されてきた都民向けの行政施策においても、人権問題を意識した内容を認めることができる。さらに、都の行政組織においても、1998(平成10)年度に、総務局に人権部が置かれることとなったことは、人権施策への対応の熱意を示すものと受け取ることができる。
 そのような努力は、他の自治体における人権施策と比較しても、良好なものと評価できるが、他方、人権問題の多面性・多角性への対応について、検討すべきところや課題の存在を認めることもできる。その第1にあげるべきは、人権施策全体にかかる基本姿勢ないし基本的考え方の確立の必要性であり、第2に、各部署で行われている人権施策を連携させたり、統合させたりする仕組みの構築であり、第3に、そのような仕組みの下で実施すべき具体的施策にかかわる計画性の樹立ということである。本懇談会は、この検討課題に着目して、後述のような具体的施策を提言することにした。

2.都民の都への要望
 東京都は、上の1.で指摘したように、分野別人権施策を行ってきているが、1997(平成9)年7月の「『人権教育のための国連10年』に関する国内行動計画」で対応が求められている分野別重要課題との関係で、都民が都の行政にいかなる人権施策を望んでいるのかを十分把握することは、今後の人権施策のあり方を検討するためには不可欠であることはいうまでもない。
 そこで、分野別重要課題、すなわち、女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌの人々、外国人、HIV感染者等との関連で、いかなることが求められているかをみるため、関係する団体からヒアリングを実施したところ、概略、次の点が認められる。すなわち、差別の実状を正しく認識すること、差別解消に向けた施策を適切になすこと、それぞれの団体が行っている差別解消の努力への支援を求めること、といったことである。そこにおいては、人権問題は、主に差別の解消問題であり、それぞれの分野において、被差別者を中心とした、あるいはその人々の支援を目的とした団体や組織が存在しており、それらは、東京都に対して、人権問題の要望を提示し、対応を求めている。本懇談会は、その実状の認識に努めたうえで、後述のような具体的施策を提示している。
 なお、本懇談会は、それら分野別重要課題のみを視野に入れているわけではない。その他に、性的マイノリティー等(同性愛者、性同一性障害の当事者や自己の性別に不快感を伴う人々及びインターセックスを含む)、医療被害者、犯罪被害者等においても、いかなる人権問題に関わる要望が存在するのかについて目を向け、都のなすべき施策の中に取り込むことにした。

3.人権状況の広がり
 人権問題は、差別解消ということが重要課題であるが、それに尽きるわけではない。平等な社会を築くとともに、個人が自由を十分享受できる社会を確保することについても検討の対象としなければならない。このことに照らして、本懇談会は、人権状況を広くとらえて、人権施策のあり方を検討した。
 このように人権状況を広くとらえることに対して、そもそも人権とは何か、人権問題とは何を指すのか、ということについて定義付けないし概念の明確化をする必要があるのではないかとの指摘が予想される。これに対して、本懇談会は、学説の提示をしたり、学問上の論議をすることがその任務となっておらず、行政の担い手である東京都に対して人権施策のあり方を提言することを任務としていることに鑑みて、そのような定義付けないし概念説明をしないこととした。東京都は、都民が人権問題として持ち込むことについて、まず、そのすべてを受け入れて、人権施策の中で対応したり、福祉施策の中に取り込んだり、あるいは、将来の検討課題とするなど、さまざまな応じ方をすることが肝要であり、持ち込まれた問題が人権問題か否かの取捨選択をして受容と拒絶のふるいわけをすることをすべきでないし、都がそのふるいわけをしたならば、都民からの信頼を喪失することになると考えるからである。
 また、人権状況の広がりを念頭におくと、当然のことながら、人権施策の対象となる人権の主体は、人権団体や組織に所属している人々に限られるわけではなく、団体・組織に所属していなかったり、それとは無関係な状態に置かれている人にも及ぼすべきであり、さらに、前述のように、東京の国際都市・生活都市としての性格に照らせば、日本全体、また、世界とのつながりを視野に入れた人権主体を考察の対象としなければならない。そこで、本懇談会は、東京が世界有数の都市であり、国際的な人的交流・移動の拠点であること、また、世界の人権状況が反映される場でもあることに着目して、後述のような具体的施策を提言することにした。

II 人権施策の基本姿勢と考え方

1.基本姿勢
 人権状況の広がりを視野に入れた人権施策を構築し、それを実施するに際して東京都は、それがいかなる基本姿勢のもとになされるのか、について問われるはずである。すでに指摘しているように、東京における多種、多様、多彩、複雑な人権状況に対応するためには、場当たり的でない、着実で、確固とした基本姿勢に基づいた施策が策定されなければならないからである。
 求められている基本姿勢は、行政主導か民間主導かといった単純なものでなく、多面的な構成の姿勢であるべきと考えた。すなわち、人権問題の個別の性格に応じて、行政が積極的に主導的な役割を果したり、逆に、民間団体・組織が主導的役割を担い、行政は脇役にまわることがあるし、あるいは、行政と民間との相互連携が強く求められる場合もあり、そのことをとらえた基本姿勢でなくてはならないと本懇談会は考えた。
 また、人権施策の構築とその実施にあたり、都は、その果すべき責任の範囲を考えなくてはならないのであるが、人権問題のすべてについて、都が最終的責任を負うとの考えをとるべきでないことはいうまでもない。人権問題においては、個人の自律性が何よりも優先するのであり、都は、人権施策において、そのことに配慮した姿勢を貫くことが求められ、都民の自律性について適切な配慮をなすところに都の責任が存在する。
 こうして、本懇談会は、次の2.で示す4点からなる考え方に立脚して人権施策推進のための基本姿勢を設定すべきであるとの結論を得た。この考え方は、具体的施策の考察に際してのみならず、その推進の過程においても生かされなければならない。

2.基本的考え方
 東京都は、次の4つの考え方に基づく基本姿勢により、人権施策の推進をなすべきである。

 1)人類共通の課題であることの認識――グローバル・スタンダードの要請
  人権は、人類共通の普遍的理念であって、日本特有、東京特有のスタンダードといったものはない。達成されるべき目標は、人類共通である。この理解にたつならば、人権施策においては、この地上で共通の課題に対処するという認識、いわゆるグローバル・スタンダードの要請を取り込むという考え方に立脚しなければならない。
  とりわけ、日本のなかで最も国際化された大都市である東京は、世界に通用する普遍的な人権のスタンダードを追求することになろう。このことは、東京にとっての実利とも密接に関連していることに注意しなければならない。バリアフリー化を早急に進めなければ、車いすに乗って働くディーラーは東京には来ないであろうし、セクシュアル・ハラスメントに対して寛大な空気が残存していれば、女性エグゼクティブや、イメージを大切にする外国企業にとって、東京は魅力の乏しい都市となろう。

 2)公的関与の意義を自覚――パブリック・コミットメントの働き
  人権は、市場原理だけに任せておけば自ずから最適に供給されるという財ではない。公的介入は不可欠である。しかし、市場はつねに人権に敵対的なわけではなく、人権を尊重することが利潤動機と合致すれば、人権尊重的な行動様式が普及する。そのような条件を整備することも、行政の重要な役割である。つまり、人権施策は、公的関与の意義を自覚したうえでの推進でなければならず、別言すれば、パブリック・コミットメント(Public Commitment)の働きを意識したものでなければならない。
  この点で想起すべきなのは環境問題であろう。一昔前までは、環境問題といえば、一部の限られた団体・組織の運動に結び付けて受け取られる傾向が強かった。しかし現在では、電気自動車の例を引くまでもなく、環境への配慮の要請がビジネスチャンスを作り出しており、行政もまた積極的関与を果すことが求められ、現に主導的役割さえ果すことがある。こうして、環境問題は、もはや限られた運動体固有の争点ではなくなった。人権問題もそうした展開をたどることが期待されるし、またその潜在的な可能性は十分あるものといわなければならない。

 3)個人の自発的活動を支援――プライベイト・イニシアティブの意義
  人権施策の目標は、人権侵害を受け、あるいは受ける可能性のある個人の力を強化することである。行政による支援・助成は、個人の発意を側面から援助する機能を担う。したがって、何が人権問題であり、誰が被害者であるか、またいかなる救済や支援・助成が必要であるかを、行政がこと細かくメニュー化し、かつ行政自ら実施するという体制は、最も避けるべきことである。人権侵害を受け、あるいは受ける可能性のある個人から、現状を変えていこうというイニシアティブ、すなわち、プライベイト・イニシアティブ(Private Initiative)を引き出し、それを強めるのが行政の役割であるといってよい。このように、人権施策においては、個人の自発的活動を支援することを基本的考え方の一つにおくことが重要である。

 4)人権実現についての多元的価値の存在に配慮――プルーラリズムの発想
  人権の具体的実現に際して、しばしば個別の人権に関わる価値が問題とされることがあるが、それは、人権の主張者間で異なりをみせ、一義的に決めかねる場合が少なくない。それは、人権が人類の歴史的体験を経て確立した理念であることからくる当然の帰結であるといえる。すなわち、人権の実現においては、多元的価値の存在に配慮した対応が求められるのである。とりわけ、東京都にとっては、人権施策の遂行に際して、何か固定した価値を貫くのでなく、考え方の多様性に向けた、また、人権に関わる価値の多元性に立脚した姿勢をとること、すなわち、プルーラリズム(Pluralism)の考え方を基礎とすることが肝要である。
  これについて、本懇談会では、特に、子どもの人権・権利をめぐって、この原則への配慮が論議された。すなわち、子どもも独立した人格をもち、人間としての権利を享有し行使する主体であるという基本的認識から出発し、子どもが将来への発達可能態であるという点にも鑑みて、子どもについての権利保障がはかられるべきであること、具体的には、自己に影響を与える事柄について子ども自身にも自由に意見表明を行う権利を保障し、その意見は年齢、成熟度に従い正当に重視されるべきであること、また、表現・思想の自由、プライバシー保護等も保障し、このような権利保障の過程を通して、子どもに正当な権利行使のあり方を学習させ、大人への自立をはかっていくべきであるという見解が説かれた。これに対して、子どもの「自律への権利」ないし「権利行使の主体性」という概念は、深刻な問題性と危険性をはらんでいること、また、子どもの「保護を受ける権利」の概念も、法の介入がもたらす危険性を慎重に考慮しつつ謙抑的に具体化されねばならない性格のものであることを指摘して、子どもの領域において、「権利」を保障することは、子どもの実質的な幸福と成長を守ることと必ずしも同義でなく、場合によっては、意図とは逆の結果がもたらされることもある、との見解が説かれた。
  このように人権の実現について見解の対立が見られることに照らすと、東京都は、人権施策の推進にあたり、プルーラリズムの考え方に基づいた姿勢を維持することが重要であるといえるのである。

III 人権施策のための観点

1.人権状況に対応させた観点
 人権の実現について、考え方は一元的でないことに照らすと、東京都は、人権施策推進にあたりそれに配慮した姿勢をとらなくてはならない。日本国憲法の制定後しばらくは、人権の意義を社会に浸透させるため、行政は、人権保障の実現に向けてひたすら啓蒙活動をすることが求められたし、その意義は十分認められた。しかしながら、今日、前述したような人権状況に照らすと、行政の役割が啓蒙活動で足りるといった単純なものでないことは明らかである。そこで、人権施策推進のあり方を、人権状況の多面性、複雑性に対応させてとらえることが肝要となり、本懇談会は、次に示す観点を基にした人権施策を検討するのが適当であると考えた。

2.三つの観点
 提言する観点は、救済・保護、啓発・教育、支援・助成の三つからなる。これらの概念が現実に意味するところをみると、相互に関連し、重複する場合が認められるであろうが、それは、人権状況の多面性、複雑性に対応させてとらえることに合致するもので、矛盾することではない。

 1)救済・保護
  これは、人権問題が差別の解消の場面として登場することに照らして、行政が主体となりつつ、民間との連携も視野に入れてとらえた観点である。

 2)啓発・教育
  これは、かつての啓蒙が高みから人権の意義を知らしめるという内容の概念であったのに対し、行政や民間が主体となって、あるいは両者の連携によって人権の意義を社会へ浸透させることをとらえた観点である。

 3)支援・助成
  これは、財政面に限ることなく広くさまざまな方式を行使し、積極的なものから消極的なものまでの多様な行政による関与の様相をとらえた観点である。

3.三つの観点における原則
 これらの観点には、それぞれ次に示す諸原則が働いているということができる。それらの原則は、上述したところからも導かれるものであるが、その意味を明らかにするため、その原則の下でいかなる施策を実際に採用しうるかを示す具体例にもふれることにする。

 1)救済・保護における原則
 a)自立支援の原則
  人権理念の基本には、個人の自律・自立を尊重するという理念がある。すなわち、個人は、他者からの支配、介入を排除し、自らのことを自らが決する状態にあってこそ、人間としての尊厳が確保できるということである。それ故、救済・保護の名目のもとに、個人の自立を損なうことがあってはならず、救済・保護は、自立支援ということを基本としなければならない。後に示すように、具体的施策として、人権相談のネットワーク化を図り、都は、それがよく機能するよう調整し、働きかけることを提言したのは、この原則の反映である。
 b)施策再点検の原則
  東京都は、前述したように、すでにさまざまな救済・保護に係る施策を行ってきており、それを維持し、発展させていくことが期待される。そこで、従来の施策について、人権施策を実効あるようにするため、見直しのインセンティブを働かせる必要があり、人権を取り巻く社会経済環境の変化を勘案しつつ、その効果等に関する評価・検討を行うことを中心にすえてよい。この施策再点検の原則のもとに、施策のいっそうの充実を図る必要がある。
 c)中長期的対応の原則
  個々のケースに沿った対応のあり方や多様な人権問題の解決に向けた取組みについては、現行法制度には限界もあることから、人権侵害に対する新たな調整・調停機関の設置や具体的な救済・保護の手法等について、新たな発想と創造性を持って今後も引き続き研究を進めていくことが必要である。これについては、中長期的対応の原則が働くものとすべきである。

 2)啓発・教育における原則
 a)多層的・多角的な啓発・教育の原則
  啓発・教育の観点から人権施策をみると、まず、多層的・多角的というべき側面に配慮する必要性に気付く。それは、啓発・教育が、幼児から高齢者に至るあらゆる年齢層の人たちを対象とし、また、幼稚園、学校、公民館その他の生涯学習の場などにおける場合、マスメディア、企業、学校、民間の人権推進団体、NGO、NPO等と行政が連携して行われる場合も想定されるからである。さらに、心身に障害をもつ人たち、精神を病んでいる人たち、異なる文化や伝統をもつ人たち、さまざまな差別に苦しんだ経験のある人たちなどとの交流や対話の機会を設けるなどの直接的接触や交流体験などの活用、テレビ・ビデオ・映画その他の影響力のある媒体の活用にも意を用いることに照らすと、多層的・多角的な啓発・教育の原則が働いているとみることができる。
 b)民間の啓発・教育活動支援の原則
  民間団体が人権の啓発・教育についてこれまで果たしてきた役割と成果に鑑み、東京都は、民間団体による人権の啓発・教育活動を支援することを原則の一つとしなければならない。特に、人権侵害の被害者たる人たちが自らの人権を守る目的で実施してきている自己への啓発・教育を内容とする活動は、一般市民を対象とする啓発活動と同様に、これを積極的に支援することが必要である。
  なお、都において人権啓発を総合的に進めるためには、その拠点となる施設が必要である。この施設においては、行政側からの啓発活動と同時に、民間の諸啓発活動(自己啓発並びに一般市民への啓発)をも、重んじつつ運営を図ることが重要である。
 c)人権侵害への積極的施策の原則
  人権侵害に関する知識や、違反に伴うペナルティ等の周知、あるいは、人権尊重や擁護の行為を奨励するため、人権尊重に寄与する作品等の表彰、制作補助などの積極的な施策をとることも原則の一つにすえるべきである。
  マスメディアが人権侵害に対する予防と克服について大きな影響力を持つとともに、人権侵害を助長する可能性があることに留意し、人権の尊重・擁護に有益なマスメディアの活動に対しては、これを奨励するなど何らかの対応も考案することなどを具体的な施策として検討課題とすることが考えられる。
  なお、マスメディアは、人々の人権にかかわる感性や態度の形成に対して、その生涯にわたり大きな影響力を有することから、マスメディア関連企業に対し、関係者の人権意識と責任感の高揚に向けての積極的な取組みを要請することも考慮する必要がある。もっとも、この積極的施策の原則を具体的に実現する際には、報道の自由、表現の自由をはじめとする人権に十分配慮する必要があり、多方面の意見を聴取した上で実施されねばならない。

 3)支援・助成における原則
 a)民間活動優先の原則
  人権にかかわる現場の仕事の多くは、効率性からいっても、サービスの質からいっても、行政がすべてを担うことはできず、多かれ少なかれ、民間に委ねなければならない。ただし、民間といっても多様な存在基盤が認められるから、都民の信頼を確保できるような委託先の選択が重要となる。また、福祉・介護などコマーシャルベースに乗る領域を積極的に開拓し、市場原理が機能する領域をできる限り拡大する必要がある。もちろん、当面は、大きな規模のビジネスとして期待することはできないが、人権コンサルティング、総合人権責任保険の創出などが考えられよう。
  伝統的な支援・助成に加えて、行政が民間団体と契約を結んでサービスの供給を委託するという考え方(PFIの考え方)が有効な領域もあろう。
 b)事後評価の原則
  いかなる団体等を支援・助成の対象とするかについて、事前の審査を重んずる体制から、事後の評価を重視する体制へ切り替えることが望ましい。事前の100パーセントの安全率を目標とする審査は、コストがかかるばかりで実効的でないからである。団体等の実施能力次第で助成を続けるか打ち切るかを決める。そのために、実施能力の評価をする仕組みを作る必要がある。
  ただし、助成を受けるための最低限の要件は定型化しておく必要がある。財政、専門的技術、プライバシー保護等に関する最低限の品質保証は、当面は行政の役割であろう。この場合、例えばプライバシーにかかるガイドラインは、フロッピーディスクの管理の方法、ネット接続時の注意事項など、素人でも理解し実行することができるような内容とする必要がある。
 c)個別ニーズ尊重の原則
  上のII2.で述べたように、人権施策は、集団としてのマイノリティーの力を強化するために行われるのでなく、それに属する個人の力を強化することを目的とするものである。個人のニーズを満たすことこそ、人権施策の目標である。したがって、b)の原則における評価においても、個人のニーズにどれだけ応え得たかが、重要なポイントになるべきである。

IV 人権施策の具体的提示

1.救済・保護についての具体的施策
 1)人権相談ネットワーク化とトータル・コーディネート
  救済・保護の観点において、具体的な人権施策としては、相談システムの充実を中心に提言する。それは、人権相談のネットワーク化を図ることであり、かつ、さまざまな機関の間を結ぶ連環をうまく機能するように調整したり働きかけるトータル・コーディネイトの役割部門を設けることである(次のイメージ図参照)。

  ここには、トータル・コーディネートの機能ないし組織づくりについて、行政機関が担った方が信頼性を確保できるとの考慮が働いている。そして、トータル・コーディネート部門においては、公的相談機関及び民間相談機関に関する情報を収集し、データベース化を図る必要がある。また、トータル・コーディネートをスムーズに行うためには、図書館のライブラリアンのような専門的知識を有する相談員を養成していくことが必要である。
  相談機関相互のネットワークを有効に機能させるためには、相談機関の連絡会・研究会を設置し、定期的に開催、情報交換することが望まれ、また、人権擁護委員、保健婦、民生委員等を活用し、地域の相談制度を血の通ったものにしていく必要がある。

 2)相談システムと救済・保護機関との連携・つなぎ方
  相談機関から救済・保護機関への連絡においては、迅速・的確な対応が求められ、また、日頃から、救済・保護機関相互の連携がなされるようになっていることが必要である。
  なお、この連携に際し、相談者のプライバシー保護への厳正な対応が求められるし、家族の形態が多様化し複雑化しているため、対応時においては、リレーション(人間の関係性)への配慮を十分行う必要がある。そのためには、専門の相談員等の資質向上を図る必要がある。

 3)救済・保護施策の充実
  救済・保護の施策を充実させるため、シェルター(民間も含めた)や児童相談所の拡充と入所者の安全確保をすること、家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス/Domestic Violence)被害者の経済的自立と心的ケアのための具体策を充実させていくこと、子ども家庭支援センターの拡充や「ショートステイ里親」制度等の検討をすることにより、児童の育成環境整備に向けた施策を行うことなどが必要である。

 4)現行諸制度の活用
  救済・保護に関する現行諸制度をよく活用することは当然である。
  それと同時に、現行制度をさらに強化することも検討の対象となる。これに関連して、本懇談会では、第三者通報制度がとりあげられ、通報の義務づけについては、深刻なケースもあるので、ケースバイケースの判断が必要とされること、通報を義務づけなくとも、子どもの虐待等が人権の重大な侵害であることへの認識が拡がれば、通報や救済に結びつく啓発効果が得られること、通報に基づいてなされる相談、調停においては、被害者と加害者の双方から意見を聞くことが望ましいが、強制力がないと双方を呼び出すことは難しいこと、暴力防止のための法制化については、日本のような大陸法系の国では、民事処分と刑事罰をリンクさせることは立法論的に難しいこと、また、人権侵犯に関する規制は、法律で全国的に行うべきであって、条例で規制するのはなじまないことなどさまざまな議論がなされた。子どもの虐待への対応は、緊急の事案については一時的に、子どもを家族等から分離して解決していくとともに、家族との関係、教師との関係、地域との関係等を修復することが大切である。法による規制や通報制度、第三者機関等のあり方については事案の内容に即した多角的な検討が望まれ、現行施策の充実、拡充が必要である。

 5)従来対応が不十分な分野における取組み
  従来の対応が不十分な分野においては、新たな人権課題に対する取組みを検討する必要がある。たとえば、「ショートステイ里親」のような新たな視点を取り入れた制度についての検討を進めることが考えられる。また、人権に関わる地域支援体制の充実を図っていくべきである。

2.啓発・教育についての具体的施策
 1)生活の諸領域の施策
 a)家庭や地域における啓発・教育
  人権尊重の精神を育むためには、乳幼児期から、家庭において、また、保育所などにおいて、思いやりの心(他者に対する共感的理解)、共生の心の醸成を図る必要がある。このため、行政、社会教育施設、学校及び民間団体等が連携して、家庭や地域における人権教育を支援することが肝要である。
  地域社会そのものが、あらゆる人の人権が尊重されることが当たり前であるとする雰囲気、あるいは、人権文化が支配する場となるよう、学校や家庭、地域、
  関係機関、関係団体等が互いに連携して地域社会づくりを推進する必要がある。
  そのために、地域における人権教育の指導者を養成し、家庭教育を支援するために、子育てや介護等、家庭における悩みに関する相談窓口・体制をいっそう充実させなければならない。
 b)学校・幼稚園・保育所等における啓発・教育
  広義の人権教育は幼児期から開始しうることであり、開始すべきであるとする人権教育における世界的動向をふまえ、幼稚園や保育所等においても、幼児に豊かな感性を育み、自他を人として大切にすることを体験的に学ばせ、共生の心の芽生えを育む視点に立つ人権教育を推進することが必要である。そのためには、例えば障害者や外国人などと、共に学ぶ環境を整備する必要がある。
  また、人権尊重の精神を高め、人権尊重の感覚や意識を促進する上で学校教育が果たす役割の大きさに鑑み、学校においては、人間尊重の精神を基底におき、校長を中心とした推進体制を確立し、学校間及び学校と家庭・地域の連携を図り、健全な心身の育成と学力の充実に努め、生涯学習社会を展望した教育を推進する努力をすべきである。
  このような学校等における人権教育は、人権に関する知識、人権尊重を実現するための技能、人権を尊重する感覚や意識、態度の育成という、包括的な目標を念頭において推進することが求められる。そこで、学校カリキュラムの組織化における自由裁量幅の拡大に鑑み、これを活用した多様な人権教育の実践のため、教材や教授法などを工夫すること、ボランティア活動、介護体験(介護されることを含む)等の参加・体験型学習を活用するとともに、総合的学習の時間、道徳の時間、特別活動を人権学習に活用する試みを積極的に進めることが考えられる。
 c)企業等における啓発・教育
  文化及び社会生活の向上に対する影響力や社会的責任に鑑み、企業は差別のない職場づくりと人権を大切にした社会づくりに努力し、地域社会との共存共栄を図るべきものである。都は、事業主等の人権意識の高揚を図るとともに、事業主や人事・労務担当者及び労働組合関係者等労使双方に対する研修、企業内指導者の育成や情報の提供などの啓発を行う。

 2)都の諸機関における施策
  都の仕事にかかわるすべての職員が、国際的な視点に立った人権感覚を身につけるよう、人権に配慮した行動マニュアルを職場ごとに作成し、実践的な研修等を積極的に推進する。
 a)教員・社会教育関係職員
  児童・生徒の実態や発達段階に即した人権教育が実践できるために、経験年数や担当職務に応じた研修の充実を図る。特に、子どもの人間としての尊厳を重んじる責任を自覚させる。
 b)医療・保健関係職員等
  治療、介護、相談など、人の命や健康にかかわる仕事に携わるため、研修を通じて、人権尊重に徹する視点からの判断力と行動力を養う。
 c)福祉関係職員等
  子どもや高齢者、障害者などの生活相談や介護に直接に携わるため、研修等を通じて、人権尊重に徹する視点からの判断力と行動力を養う。特に住民と接する機会の多い民生委員・児童委員については、研修の充実を図る。
 d)消防職員
  研修機関において、消防職員に対して、人権に関する研修を実施する。
 e)警察職員
  職業倫理に関する教育を徹底し、都民に対する適切な応接ができるようにするとともに、警察学校及び職場における研修の充実を図る。
 f)その他の職員
  職員一人ひとりが、人権尊重の視点に立って公務を遂行できるよう、各職場の状況に応じた研修を行うとともに、教材や資料の整備等により、各職場における自主的な研修の促進を図る。

3.支援・助成についての具体的施策
 1)発言のためのフォーラムの確保
  人権侵害の被害者は、多くの場合、何らかの意味でのマイノリティー集団に属している。マイノリティー集団は、その利益が、議会やマスメディア等の公共のフォーラムに適切に代表されていないがために、マイノリティーに止まらざるを得ないのだと考えることができる。したがって、人権施策推進のための支援・助成策の第一歩は、マイノリティー集団のための発言の場を確保することでなければならない。例えば、テレビのコマーシャル枠あるいは番組枠の買い切りや、学校あるいは企業教育の場への講義等の「出前」を助成してはどうかと考える。
  宣伝のノウハウ(例えば、効果的なホームページの作り方)については、専門家に依頼する方が有効であるが、多くのマイノリティー集団は財政基盤が弱いので、公費による助成が考慮されるべきである。

 2)バリアフリーで安全な都市環境の整備
  障害のある人が、自由に外に出られ、しかもコミュニケーションできるのでなければ、人権施策をうた謳っても意味がない。この分野では、国のレベルではいわゆるハートビル法が、都のレベルでは「福祉のまちづくり条例」が、大きな支援材料であるが、法律は、箱モノ中心主義であるところに限界がある。また、都の条例も、新築の施設についてはカバーできるものの、既存施設の改築に当たっては、資金面の問題点はもとより、建設基準法規、消防法規等を遵守しなければならない関係上、バリアフリー化がはかばかしく進展していないことがうかが窺われる。そこで直接都の管轄する問題ばかりでなく、税制、建築法制等について積極的な施策を打ち出せるよう、都は国に働きかけるべきである。
  安全な都市環境は、マイノリティー集団の人たちを力づけ、活力を得る上でも必須の要件である。また、都市再開発などで防犯対策その他の安全面での配慮がなされるよう誘導する必要がある。

 3)住居の確保
  人間の生存のもっとも基礎的な要件である住居を確保することも、重要な課題である。ときに単なる偏見により、ときに経済合理性の観点から、外国人や高齢者には借家の供給が著しく少ないという実情がある。不当な立ち退き要求などに対しては、後述する訴訟支援制度の活用が期待されるが、供給の過少状態そのものを解消できるわけではない。数多くの零細な家主に「人権尊重」を求めても効果がでにくいので、賃貸マンション業者に対して、国籍、年齢、HIV感染の有無、性的指向等を理由として差別しないように協力を求めるべきである。後に述べる人権関連ビジネス機構(ヒューマン・ライツ・ビジネス・コミットメント)の一翼を担ってもらう。
  協力的な家主に対しては、立ち退き、空き家等にかかる特定のリスクの一部を行政が負担するシステムを導入することが検討されるべきであろう。

 4)訴訟支援
  個人のイニシアティブがもっともよく発揮されるのは、訴訟の場である。また、裁判例の蓄積によって、人々の行動基準が次第に明確化するという利点も見逃すことができない。
  したがって、訴訟や行政上の不服申立て、その他の苦情解決のシステムの利用に対する支援を強化する必要がある。なお、訴訟に至らない段階での紛争の解決が、実際は極めて重要であり、利用者の需要の密度も高いものと推測される。こうした場合に機敏に動ける弁護士を一定数確保しておくことが必要である。
  また、都自身やその関連団体、国や地方公共団体が加害者として責任を問われようとしている場合であっても、企業その他の私人を相手方とする場合と同様に、支援の対象とすることを明確にしておく必要がある。
  具体的な施策としては、次のような内容が考えられる。
  ・相談窓口を利用しやすくする(現在では、都心にしか窓口がないなどの場合がある)
  ・訴訟に要する費用を援助する(社会的重要性・先駆性を有する事例など援助の対象を限定する)
  ・協定法律事務所(都がいくつかの法律事務所と―可能なら大規模法律事務所とも−協定を結んで、弁護士のプールとして利用できる体制を作っておく)
  なお、現在すでに存在している、各種の相談窓口や訴訟支援制度は、無理に統合する必要はないものと思われる。統合自体に多大のコストを要するうえに、統合したからといって、必ずしもサービスの質の向上が見込めるともいえないからである。むしろ、利用者にとって最適な窓口や制度を迅速に紹介できるシステムを整備することの方が重要であろう。

 5)人権関連ビジネス機構(ヒューマン・ライツ・ビジネス・コミットメント/Human Rights Business Commitment)
  首都である東京はビジネスの集中により、活発な営みがなされているところに特色がある。その特徴を活かし、ビジネス界との連携を強めるため、各種の経済団体、法律事務所、外資系企業、広告宣伝会社等を集めて、人権関連ビジネス機構(ヒューマン・ライツ・ビジネス・コミットメント)とでも呼ぶものを立ち上げる。短期的には、具体的な効果を期待せず、人権施策の重要性は、社会の主流派によっても認知され、支持されているというイメージを構築することを主眼とする。豊かになった社会においては、違和感なく広範な支持を集めることのできるような仕組みを作りあげることが必要であるからである。
  中期的には、業態ごとの人権指針(ヒューマン・ライツ・ガイドライン/Human Rights Guideline)の策定に当たってもらい、都としては、これに参加することが一流企業としての評判形成に欠かせないという雰囲気を醸成することに努める。この指針には、雇用、育児などに関して差別的な扱いをしないという原則が盛り込まれるべきであろう。

V 具体的人権施策の推進に向けて

 はじめに述べたように、本懇談会は、この提言を確定する過程で、人権施策が、1)東京都にとってふさわしいものであること、2)具体的で実効性を有するものであること、3)将来へ向けて継続性が維持できるものであることの3点を基本的検討姿勢とした。そして、本懇談会は、東京都が具体的人権施策を今後推進していくにあたり、これら3点がそこに生かされることを願っている。そこで、最後に、以上に提示した具体的施策の推進に向けて、若干の付言をしておきたい。

1.東京都にとっての適合性
 人権施策の何が東京都にとってふさわしいものかという問いに対する答を得ることは、容易でないかもしれない。具体的人権施策の推進にあたっては、都の他の行政施策との関連が影響するから、人権施策のみをみて判断できない問題であるともいえる。また、国や区市町村の行政との関係も考慮にいれなければならない。本懇談会は、それらの点をしんしゃく斟酌しつつ、たびたび指摘している東京都の国際都市および生活都市としての性格を前提として、他の考え得る要因をも視野に入れた総合的考察のもとに、これなら東京都が打ち出す人権施策としてふさわしいものであるとの判断のもとに、具体的提言をしたのである。もちろん、その内容については、人権施策のための指針としての性格を多分にもたせており、今後、議会を含めたあらゆる関係部局において、なおいっそうの具体的実現に向けた論議、検討を要するものが少なくない。

2.具体的実効性
 理念のみが一人歩きしたならば、人権を具体的に保障することは困難となる。本懇談会は、このことを念頭において、理念としては立派にみえても具体的実効性が得られない施策案は、取り入れないこととした。提示した具体的施策は、すべて実現可能なものであるとの確信をもっている。しかしながら、すべてが直ちに実効性を発揮できるとは考えていない。実施に向けてのなおいっそうの論議を要するもの、準備のための時間を要するものが少なからずある。そこで、現状に照らして、具体的実効性が得られやすいものから順に実施していく方式がよいと考えている。

3.継続性の維持
 人権施策は、一時的なものに終わったとき、かえって人権侵害問題が深刻となる性格をもっている。このことを十分認識して、いったん採用した具体的人権施策は、継続性を維持することが肝要である。政治的配慮が優先したため、一時的施策で終わるようなことがあってはならない。また、単純に継続して実施しておればよいというものでなく、人権状況の変化に応じた修正が必要である。そのため、個々の施策についての評価・点検を怠らないような制度づくりが必要である。

むすび

 本提言は、本懇談会の委員全員による論議・検討の結果をまとめたものである。人権問題は、その性格上、見解の分かれることがみられるのであるが、本提言では、全員が了解した意見としてまとめることができた。東京都においては、これを基に、人権施策の推進に向けてなお努力されんことを期待する。本懇談会の提言がいっそう魅力ある東京、安心して暮らせる東京の実現に寄与することができれば、幸いである。

http://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/

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