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バーデキン国連人権高等弁務官特別顧問来日報告

この報告は、【IMADR-JC☆E-mailインフォメーション】No.175より転載したものです。写真は解放新聞東京支局提供

         

【目次】

はじめに―バーデキン氏来日の経緯と目的について

人権擁護法案についてのバーデキン氏との意見交換・懇談会記録

ブライアン・バーデキン氏記者会見記録

はじめに―バーデキン氏来日の経緯と目的について

          

 去る7月5日から9日にわたり、国内機関に関する国連人権高等弁務官特別顧問を務めるブライアン・バーデキン氏が、反差別国際運動(IMADR)をはじめとするNGOの招きで来日し、日本政府や各政党、日本弁護士連合会や国内のNGOなどと会合を持ちました。各会合でバーデキン氏は、日本の人権擁護法案が、国連総会が1993年に採択した「国内人権機関の地位に関する原則(通称:パリ原則)」に合致しないとの懸念に関する事柄も含め、精力的に意見交換を行ないました。
 この問題をめぐっては、3月27日ならびに6月6日に、メアリー・ロビンソン国連人権高等弁務官が、人権擁護法案によって設置が提案されている人権委員会の政府からの独立性などに関して懸念を示したとも取れる内容の信書を、小泉首相宛に送付していました。7月2日には報道機関がこの件についての報道をはじめ、同日、法務大臣は閣議後の記者会見で信書の存在と要旨を明らかにするとともに、国連人権高等弁務官事務所に対して返書を送付しています。
 滞日中には、法務大臣をはじめとする法務省、外務省や、主要各政党、日本弁護士連合会、日本労働組合総連合会、NGO、マスコミ関係者との会合が行なわれました。
 NGO、マスコミとの意見交換会(7月6日)、ならびに記者会見の記録が完成しましたので、送付致します。
 今回、人権擁護法案に関して、国連と日本政府が直接の対話をはじめたことで、今後、同法案の修正などにどのような影響が出るか、皆さんとともに注目したいと思います。

1.バーデキン氏プロフィール

■氏名:ブライアン・バーデキン(Brian Burdekin)
■役職:国内機関に関する国連人権高等弁務官特別顧問(Special Adviser on National Institutions to the High Commissioner for Human Rights, the United Nations)
■プロフィール:
 1946年生。オーストラリア出身。1995年に、国内機関に関する国連人権高等弁務官特別顧問に任命される。任務は、人権の保護と促進のための国内機関の設置あるいは強化を望む各国に対し、助言ならびに支援を行なうことなど。これまでに世界各国の国内人権機関の設置や運営に対し、国連の立場から関与してきた。国内機関に関する国連人権高等弁務官特別顧問に任命される前には、8年間にわたり、オーストラリア連邦人権委員を務めた。オーストラリア前首相、副首相、連邦司法長官に対する顧問を務めた経歴もある。1995年6月には、オーストラリア他各国の人権に関する活動を称えられ、オーストラリア勲章を受章している。

          

人権擁護法案についてのブライアン・バーデキン氏との意見交換・懇談会記録

              

1.開催概要

■日時: 2002年7月6日(土)15:30〜18:00
■場所: 東京・松本冶一郎記念会館 3階会議室
■共催: 反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)・人権フォーラム21
■司会: 武者小路公秀(IMADR-JC理事長/人権フォーラム21代表)
■通訳: 平野裕二
■記録: 岡田素子
■参加者:32名(以下に内訳)
 NGO18団体(50音順):アムネスティ・インターナショナル日本/移住労働者と連帯する全国ネットワーク/監獄人権センター/国内人権システム国際比較プロジェクト(NMP研究会)/自由人権協会/人権フォーラム21/新聞労連/全国隣保館連絡協議会/JD政策委員会/難民支援協会/日本キリスト教協議会/日本新聞協会/入管問題調査会/反差別国際運動(IMADR) /反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC) /部落解放・人権研究所/部落解放同盟中央本部/部落解放同盟栃木県連合会/その他:国連広報センター/報道関係8社/ほか個人参加

2.会合記録

1)ブライアン・バーデキン氏から一言
 現在、多くの国々で国内人権委員会を設置するようになってきており、国連人権高等弁務官としても、これが日本でも設置される事は国際社会においても大きな意味を持つと期待を寄せている。今後、日本が国際社会において、人権分野で活躍されるよう、事務総長や弁務官ともに期待している。
 パリ原則は、独立した人権委員会はNGOと緊密に協力しなければならないとしており、このようにNGOとの対話の場を持てたことを、嬉しく思っている。同時に、人権擁護法案という法律は国会によって制定されるものであるから、今後、国会議員や政府との対話もしていきたいと考えている。
 パリ原則は、日本を含むすべての国の合意によってできたものであり、国連人権高等弁務官は、それに関しての説明責任を負っている。アジアにおいても国内人権機関が発達しているが、国によっては年月がかかっているため、対話が重要であると考えている。

2)参加者からの質疑応答、意見表明

■Q)日本政府との対話について。
 特に法務省では何を話したいかお伺いしたい。それにあたっての情報として提供するが、公権力による人権侵害、特に拘禁施設内での人権侵害に関して、日本の刑務所では深刻な人権侵害が行われており、それに対する救済制度は部分的で効果的でない。98年に規約人権委員会が、拘禁施設内の人権侵害に対する監視機関の必要性を勧告したが、法務省は省内に意見を聞く機関を新たに作って、独立した人権委員会に申し立てが行かないようにしている。人権擁護法案では差別と虐待が2本立てになっているが、このような形の機関に効果的な救済が出来るのか疑問である。刑務所内での人権侵害類型は人権擁護法案の人権侵害類型に当てはまらないのではないかと思う。

A)法務省ではパリ原則の基本的な原則について話し、法案については言及しないつもりである。それは、法案の公式訳がなく、また、現在国会において議論が進行している最中だからである。
 また、受刑者の人権であれ、一般の人びとの人権であれ、効果的な救済が行われるためには人権委員会は独立してなければならない。しかし、憲法や他の機関にも関わる問題であるため、独立性を達成する方法は国によって異なるだろう。それと同時に、省庁とどのようなかかわりを持つか、というのも大事である。効果的な救済のためには、独立しつつも離れてはいけないのである。
 独立性に関して4つの重要な点を指摘したい。それらは、a)法律に権限や独立を定めた規定を置くこと、b)予算の点で、十分な資源が保証されること、c)人権委員会にのみ忠誠を誓うスタッフを自ら選べる権限を持つこと、d)内部規則を自ら定める権限を持つこと、などである。
 パリ原則は、人権委員会が、はっきりと法律で定義された権限を持つことを定めている。そして、人権を定義するときには、「当該国の政府が批准または加入した国際人権諸条約などに規定される権利」として定義されなければならない。それも、単に条約だけでなく、規則・原則などの他の国際文書についても参照される必要があり、できる限り幅広い権限を与えなければならない。
 法務大臣との会談は、質問に対して答えることで、対話の機会にしたい。また、規約人権委員会による独立機関を設置すべきという勧告ついてどのような対応をしているか、という点についても質問したいと考えている。
 日本においてどのような人権委員会ができるかというのは、アジアにおいても大きな影響を与える。アジアにおける国内人権機関設置は発展途上であり、すでに設置されている国も、他の国にどのような機関ができるかを注視している。
 国会議員や政党については、人権擁護法案は国会が作っているものであり、国連人権高等弁務官は国会に対しても喜んで助言提案をする用意がある。
 収容施設における人権侵害の問題は非常に重要であり、しかも現在、多くの国で深刻な問題となっている。収容施設での人権侵害は、人権高等弁務官も難民高等弁務官も責任を負っている。人権侵害類型の問題が指摘されたが、難しいことではあるが、人権委員会はその管轄内にあるすべての人びとの人権に関心を持たなければならない。他の省庁に苦情が申し立てられ、人権委員会にそれが移管する場合もありうる。そのためにも、委員会の権限をはっきりさせておく必要がある。また、逆の場合においては、移管された先の省庁が人権侵害についての明確な定義をもち、十分な資源を持つ必要がある。他の機関と重なった問題のときのために、裁量権をはっきりさせておくことも大切である。人権委員会は、他の救済機関と比較してもアクセスしやすいものであることが必要である。

■Q)人権擁護法案におけるメディア規制について
 メディアの過剰取材に対する規制はメディアの表現活動に対する重大な侵害の危険があるのではないかと考えるがどう思うか。

A)メディアは、人権擁護においても大きな役割を持っており、メディアによる国民への人権教育の役割はますます大きくなっている。他方、マスメディアも説明責任があり、適切な行動をとり、人権を尊重することが求められる。
 メディアに対する各国の対応は二つあり、メディア自身の自主的な機関で規範を定めるものと、法律によって定められた、独立した機関が監視を行うものとがあるが、プライバシーに関する法など既存の法律や、裁判所などすでに存在する機関や仕組みとのかかわりで考えられなければならない。
 多くの国では、プライバシーは人権機関が取り扱うが、メディアについての個別規定を持つ機関はないのではないかと思う。

■Q)人種や民族、外国籍の市民について。
 移住労働者のような外国籍の人の権利は憲法上明確に定められていないため、移民、移住者に対する人権侵害は世界中で深刻な問題になっている。日本では、外国籍の市民は人権侵害を訴えるときにも強制退去の不安があり、それは法務大臣の自由裁量によるため、裁判で争うことすらできない。人権擁護局が外国籍市民に対する人権侵害を認めたケース年間20から30件であり、法案成立後も大きな変化は期待できない。人権機関のスタッフの構成は人種や民族など考慮し、スタッフに対する人種や民族に関したトレーニングを行う必要があるのではないかと考えるがどう思うか。また、通訳を置くなどの面でも、アクセスしやすさを考える必要があるのではないか。

A)外国人の権利は、多くの国で憲法上認められているとはいえないが、国際人権法上では認められている。人権委員会には政府や市民に国際人権条約を知らせるという大きな役割があり、国際人権条約を政府に遵守させることも人権機関の大きな役割である。
 人権教育の重要性については同感であり、独立した人権委員会が信頼を得るためにも必要だと考える。教育省や保健省とも役割分担して進めていくべきである。また、人権委員会は、政府職員に対する人権教育でも大きな役割を担わなければならない。
 人権委員会の構成には、社会の多元性を反映させることが重要である。女性、民族的マイノリティ、宗教的マイノリティ、障害をもつ人などが人権委員会を構成する事によって、人権はすべての人のもの、というメッセージを発信することが出来るのである。
 通訳サービスも非常に重要である。人権条約は法律の平等な保護を定めており、どのような人権が保障され、どのような救済が受けられるのかが、翻訳され、他の言語でもわかるようにされなければならない。

■Q)NGOの参加について
 人権委員会に対して、どのようにNGOが関わっていくべきと考えるか。

A)パリ原則の「構成と独立・多元性の保障」の第1項は、人権に取り組み人種差別と戦うNGOとの協力を一番に掲げており、NGOとの協力の重要性が強調されている。
 例としては、多くの国で、精神病患者に対する人権侵害が深刻な問題となっている。患者を拘禁したり、薬物を過剰投与したりすることで、望ましくない行動ができないようにするなどの状況がみられる。
 オーストラリアの連邦人権委員を務めていた際に、職権によって公的調査を行ったことがある。その際、非常に長い期間をかけてNGOと協議し、どのようなことを調査するべきかについて話し合った。精神科のトップの役職にある医師とも、問題について話し合った。彼は、非公式な場では問題を認めたが、公的な場での証言を拒否した。そのため、召喚状で証言させた。これは、人権委員を務めた8年間で、召喚状を使った唯一のケースであった。
 調査後、政府は、精神病院を閉鎖して患者をコミュニティに帰すようにしたが、それは結局、母親や姉妹などの女性が世話に忙殺される事に他ならなかった。そのため、調査後、世話をする女性に対する必要なケアをするように勧告を出した。
 人権委員会が得る情報の90%はNGOからである。それは、弱い人びとに関する情報はNGOからしか得られないためである。そして、NGOは弱い立場に置かれた人に対するケア、日常的な事に対するケアができるという点が、裁判を提起する法律家との違いである。
 アジアでは11〜12カ国に現在、人権委員会が設置されているが、各国において、何らかの形でNGOに関わってきた人が委員に選任されている。
 人権高等弁務官は基本的に、要請された場合に助言を提供するという姿勢を取っている。人権高等弁務官は、すべての国のすべての個人のすべての人権を守るために設置されたからである。

■Q)地方自治体の役割について
 日本においては、地方自治体がNGOとならんで人権擁護を推進してきた。自治体に対するアドバイスはあるか。

A)地方自治体は国民の生活の実態に密着しており重要であるが、国によって重要度が違い、委員会に対するアクセスの程度なども違っている。日本には地域に人権擁護委員制度があったがそれらは行政から独立していない。人権委員会の独立性は地方でも確保されなければならない。また、首都以外での人権侵害の実態を委員会が把握することも必要であり、NGOと協力することで、地方レベルでのネットワークを持てると考える。

■Q)「有事」と人権委員会について
 現在日本では有事立法の法制化が進められている。自由権規約第4条は国家的な緊急事態の場合に規約に基づく義務に違反することができると定めている。もし戦争が起こった場合、人権委員会はどのように行動すべきか。

A)国家的な緊急事態においては、個人の権利の一部を停止することができるという規定が自由権規約にはある。しかし、宣言されるのは、実際に脅かされたときでなく、政府が脅かされていると感じた場合であることも多い。そして、そのような状況下においては必ず、人権委員会が政府と意見合わなくなる瞬間がある。
 例としては、オーストラリアで選挙があった際、政権党が放送における政治広告を禁止する法案を考えた事件がある。これは表現の自由を制限する法案であり、委員会は懸念を表明したが、政府は法案ができたら見せると言いながら、それをせずに強行採決をしようとした。その際、議会と政府の長に送られていた人権委員会による助言を、政府は野党には転送していなかった。
 この例において重要な点は、a) 政府は国家的な緊急事態が起こってなくてもそのように振舞うこともあり、政府と人権委員会が衝突することもありうること、b) 法案が最高裁に送られ人権違反と認められたような場合における、人権委員会と裁判所の関係が大切であること、c) 人権委員会と政府の間で対立が起こったとき、人権委員会はNGOやコミュニティの支援、信頼がなければ生き残ることはできないこと、d) 国際人権法において規定されている権利は、いかなる差別もなしに保障されなければならないとされているにもかかわらず、このケースにおいては、目が不自由なために新聞を読めない人がラジオなどの他の手段から情報を得なければならないということが念頭におかれておらず、障害者に対して差別的な官僚制が顕著であったこと、e)このケースについては後に憲法学者が法廷で問題点について証言したが、優れた法的思考のできる人との関係を人権委員会が持っておくことが大切であること、であろう。

■Q)その他の質問
 アジア地域において、ヨーロッパやアフリカのような地域的な人権保障システム構築の動きはあるのか。モデルとすべき国はあるのか。

A)アジアにおける地域的な人権保障機構については国連などでも検討がなされているが、いずれできるにしても、しばらくは難しいだろう。アジア地域には6つの異なる地域があるためである。国ごと地域ごとに作っていくことが大切だろう。タイの人権委員会は、委員の選任において、NGOなどがまず22人を選び、それを議会で11人にするというシステムをとっている。これは選任過程に市民が関わる興味深いモデルである。また、韓国の人権委員会も興味深いモデルだと思う。

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ブライアン・バーデキン氏記者会見記録

           

1.開催概要

■日時 : 2002年7月9日(火) 15:10〜16:15
■会場 : 松本治一郎記念会館3階会議室
■主催 : 反差別国際運動(IMADR)
■協力 : 部落解放同盟
■司会 : 森原秀樹(反差別国際運動(IMADR)事務局次長)
■通訳 : 平野裕二
■記録 : 黄 慈仙(反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)インターン)
■出席者: 報道関係12社16名(以下に内訳・順不同)読売新聞社/朝日新聞社/朝日新聞社(国際編集部)/毎日新聞社/共同通信社/時事通信社/NHK(日本放送協会)/日本テレビ/日本民間放送連盟/日本新聞協会解放出版社/解放新聞社

2.会見記録

1)司会者より背景説明など
 7月5日に来日したブライアン・バーデキン国連人権高等弁務官特別顧問が、本日までに全日程を終えた。離日前に報道関係各位に報告を頂く趣旨で記者会見を開催した。バーデキン氏の発言に先立ち、背景説明を含め主催者として一言申し上げる。

 バーデキン氏は1995年から、国連人権高等弁務官事務所で国内機関に関する特別顧問を務めている。国連高等弁務官事務所は国連の人権活動を総合調整する役割を負っている。数名の上級顧問とは別個にバーデキン氏の役職である特別顧問が設置されており、特に国内人権機関の問題について国連が力を注ぐ姿勢が示されていると理解している。バーデキン氏は着任以来、世界50〜60カ国の国内人権機関の設置ならびに運営について、実務的な側面から、あるいはパリ原則の履行という観点から、さまざまな助言を提供してきた。今回の滞在期間中にも、日本国内のさまざまな関係者とお会い頂いた。
 差別撤廃のために活動する国際人権NGOである反差別国際運動(IMADR)は、日本に限らず世界各国に、政府から独立して差別をはじめとするあらゆる人権侵害に対処できるような国内人権機関の設置が必要だとの立場から、日本の法案についても国際基準から見て問題があるのではないかという視点を持ち、人権擁護法案に関するいろいろな情報を国連人権高等弁務官事務所に提供してきた。そのうちに、バーデキン氏の所属する国連人権高等弁務官事務所の部署が、さらなる情報が必要であると判断し、今回来日の運びとなった。招へい団体は、反差別国際運動(IMADR)となっているが、NGOの招待で国連の上級職員がある国を訪問するということはあまりないことである。
 しかしながら、NGOの立場と国連の立場というのはかなり違うものであるということについて、ご出席の皆さんには明確にご理解頂きたいと思う。NGOは反対であれば反対と言い、問題があれば問題であると指摘する。しかし国連は、基本的には、政府から助言を求められればそれを提供するという立場である。したがって、今回についても本来であれば、日本政府がきちんと招待して法案について説明すべきだったと考えている。それから、今回政府関係者との会合も実現したが、それらはすべてジュネーブの日本政府国連代表部を通じて設定されたものであり、反差別国際運動(IMADR)としては一切関与していないということを申し上げておく。会合にも出席・傍聴しておらず、完全に非公開でやりとりがなされている。
 バーデキン氏をNGOとして招へいした一番の目的は、非常に重要な原則である国連の「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」の本質を、国内に紹介することである。各国が「独立した国内人権機関」と称して、実は独立していない機関を設置しようとしていた時期が90年代初頭にあった。人権擁護の名のもとに、政府の人権侵害を擁護することもあるような人権機関が設置されていくことは望ましくないのではないかという問題意識があって、国連がパリ原則を起草し、それが国連人権委員会、国連総会で、世界共通の原則として採択された。日本政府も賛成している。 それを起草したお一人がバーデキン氏である。
 パリ原則に最も精通されている方を、ちょうど人権擁護法案についての議論が日本で起こっている中でお招きすることによって、法案に対して賛成であるにせよ反対であるにせよ、また、政府であるとか国会議員であるとか、NGOであるとか弁護士であるとかにかかわらず、パリ原則の基本的な本質とは何であるかということを広くお知らせし、理解を深めていただくことが今後に向けて非常に大切なのではないかと考え、日本に来て頂くことにした。これが招へいの目的である。
 7月5日来日した後、各種会合を持った(記録者注:スケジュールと面会相手の紹介は割愛)。スケジュールをご覧頂ければお分かりになると思うが、人権擁護法案に賛成の立場、反対の立場の双方と、短い期間にもかかわらずお会い頂くことができたと考えている。
 最後に、本日の会見においては、バーデキン氏の立場についてご理解頂きたい。すなわち、特定の法案に関して細かい部分に踏み込んでのコメントはしづらいということである。パリ原則とは何かということについて皆さんに理解を深めて頂く中で、日本の人権擁護法案との関連も考えて頂ければ幸いである。

2)ブライアン・バーデキン氏の発言
 今日はこのような形で会えて非常にうれしく思う。今回の記者会見も含めてさまざまなアレンジメントをしてくれたIMADRその他の皆さんに感謝する。皆さんもご承知のとおり、国連は、政府のみならず市民社会、NGO、コミュニティーなど多様な人びととともに、ますます一緒に行動するようになっている。今日は、とりわけみなさんと話すことができて嬉しく思う。というのも、私がオーストラリア連邦人権委員を務めていたころも、メディアの役割は非常に重要であると認識していた。もしもメディアの方々が人権について説明など報道してくださらなければ、一般の人びとは、人権問題について何が起こっているのかをなかなか知ることができない。
 森原さんからも説明があったように、パリ原則の本質的な要件について言及したい。パリ原則は、1991年に作成され、各国の人権委員会で働いた経験のある実務家等によって起草された。誰が起草したかという点はそれほど重要ではない。重要なのはパリ原則が1992年に国連人権委員会でコンセンサスで採択され、翌1993年に国連総会でもコンセンサスで―すなわち国連に加盟するすべての国の合意によって採択されたということである。採択以降、非常に多くの国ぐにで活用されてきた。以下、パリ原則の概要、要点を申し上げる。
 まず最初に、人権委員会を設置するのであれば、その委員会は独立していなければならない。そのことは法律できちんと規定されていなければならない。さらに、独立性の確保は、法律上だけでなく実際的な面からもいくつかの要件がある。その点についてご関心があれば詳しくお話したい。
 第二に、独立した人権委員会は、できる限り広範な管轄事項を与えられなければならない。国連ならびに国連人権高等弁務官事務所は、すべての人のすべての人権ということにコミットしてきた。したがって、各国で設置される人権委員会も、国連の原則に基づいて、女性や子ども、マイノリティの権利だけでなく、差別の禁止や、政府や政府の関係者がどのように振舞うのが適切であるかといった事柄、また個人の権利の尊重についてもその管轄事項に含まれなければならない。
 第三に、人権委員会の機能にかかわることであるが、この点については人権の促進と人権の保護という二つの面に分けられる。人権の保護に関しては、人権侵害に対する調査であるとか、人権侵害の苦情に対する対応が含まれる。この点についてパリ原則は、(国内)人権委員会は単に苦情を待ってそれに受身で対応するだけではなく、自ら人権侵害に関する調査を開始する権限も与えられるべきであると強調している。人権の促進に関してもいろいろな要素がある。そのうち一番重要なのが教育の要素である。たとえば一般の人びとが自分たちの権利が何であるのかを知るようにするための教育がある。また、一般の人びとだけではなくて、警察官のように社会の中で特別な権威や責任を持っている人びとに対する教育も非常に重要である。このように、教育と研修は人権の促進に関して非常に重要なことである。もうひとつ人権の促進とかかわって重要なのが、諮問、助言の機能である。すなわち、適当な場合に政府あるいは議会に対して助言を与える機能である。人権に関して追加的な保護が必要な分野は何か、あるいは法改正しなければならない点はどのようなものか、新しい法律が必要なのはどういう点かについて、助言を与えるという役割もある。
 第四の重要な点は、NGOの役割である。パリ原則ではいくつかの場所で、独立した人権委員会はNGOと密接に協力しなければならないこと、すなわちNGOが現在社会で果たしているあるいは果たすべきである重要な役割に照らして、NGOとの密接に協力しなければならないということが述べられている。
 第五には、人権委員会の構成も重要である。人権委員会の委員は、社会を幅広く代表するような構成になっていなければならない。すなわち、男性だけでなく女性も含まれていなければならないし、また民族的、宗教的多数派の人たちだけでなくて、それ以外のグループの人たちからも代表、委員が選ばれなくてはならない。これは実質的な意味でも象徴的な意味でも非常に重要なことである。すなわち人権はすべての人の人権なのであるというメッセージを伝えるために、多様な人びとが人権委員会の委員に選ばれなくてはならない。
 第六に、これまで述べてきた独立性や幅広い管轄事項、多様な代表を反映した構成などを確保するためにも、人権委員会に対して十分な資源と権限が与えられなければならない。すなわち人権委員会が自らの責任を遂行するために十分な資源と権限が与えられなければならないということである。たとえば人権侵害について調査をする権限が与えられているのであれば、それにふさわしい資源と権限が必要である。
 このようなことをこの間、政党や政府の関係の方々、NGOの皆さんと会う中でお話してきた。
 最後に申し上げておきたいが、私は人権擁護推進審議会が出した最終報告書を注意深く読ませて頂いた。そのなかで、人権擁護推進審議会は、人権委員会は独立しており、公正であり、中立でなければならないと述べている。これがまさに、人権委員会にとって、非常に重要な要素であると考える。
 以上がパリ原則の概要である。そしてこの分野でメディアの役割が非常に基本的な重要性―特に人権教育という点において非常に重要な役割―を持っていると考えている。

3)質疑応答

■質問:
 法案については触れられないということだが、まったく何もないのは困る。人権高等弁務官からの信書において、日本のNGOによる人権擁護法案についての懸念には根拠があると述べておられるということなので、おっしゃることのできる範囲で、法案に関する懸念や感想など、コメントを頂きたい。

■バーデキン氏の応答:
 人権高等弁務官が首相に送った書簡は、NGO や日弁連からコンタクトがあったことだけをきっかけとしたことではなく、政府自身が人権委員会を設置するつもりであるという発表したことに対する反応としても送られたものである。これは、3月にベイルートで開かれ、私も人権高等弁務官も出席した会議の場で発表された。それに応じる形で信書が送られた。
 私どもの事務所に届いている情報の中で、法案に対する懸念がさまざまな形で表明されているが、今回の来日中にNGOや日弁連、政府の方々、政党の方々と話し合った問題のうちのひとつには、独立性の問題がある。現在の日本国憲法下の体制においてどのように独立性を確保するかという問題である。日本ではそれぞれの省庁に付属する形で独立行政委員会が設置されてきたという慣行があることは承知している。問題は、人権委員会がいずれかの省庁に付属する形で設置されるにしても、実際問題として人権委員会が独立して機能することをどのように確保していくかが非常に重要である。パリ原則にはこの点に関連して具体的な規定がいくつかある。そのなかでも、とりわけ重要なのは、人権委員会が自分自身のスタッフを選ぶことができなればならないという原則である。
 公正と独立性、多元性の保障に関するパリ原則の第2項には、「国内人権機関は、その活動を円滑に行なえるような基盤、特に財源を持つものとする。この財源の目的は、政府から独立で、その独立性に影響しかねない財政統制の下におかれることのないよう、国内人権機関が自らの職員と土地家屋を持つことを可能とするものでなければならない。」と書かれている。
 これでご質問に対する答えになっているかは分からない。しかし私は、人権擁護法案の公式訳はまだ見てないが、現在日本で問題となっている点と私が承知しているもののひとつにこの点があると認識している。この点について、この間いろいろと話し合ってきた。
 パリ原則のこの規定は、法律家の観点からだけでなく実際的にも非常に重要である。というのも、人権委員会が人びとの信頼を得られるかどうかという点にかかわるからである。人びとが、人権委員会は本当に独立しているんだというように見てくれるか、また苦情を独立した形で公正に調査してくれるという信頼を得られるかにかかわってくるからである。

■質問:
 人権擁護法案の正式訳を見ていないということであるが、人権高等弁務官の最初の信書で懸念が表明されていることが明らかになった際、政府は、国連では法案をよく理解していないのではないかという趣旨のコメントをしていた。今回の来日で政府の方々とも会われたと思うが、その上で懸念についての認識が変わったか。また、政府の方々と会われた上での感想などがあれば述べていただきたい。

■バーデキン氏の応答:
 おっしゃるとおり、私は人権擁護法案の公式な訳は見ていない。しかし政府からの返事やNGO、日弁連などからの情報を得ている。このNGOや日弁連は、日本国内でも尊敬を得ている人びとだと考えている。政府から、人権委員会を設置するという発表があったこと、NGO等からの情報があったことなどへの反応として書簡を送った。書簡の詳細には立ち入らないが、国連の責任は、政府が助言を求めた場合に助言を提供することであり、そして、政府のみならず市民社会やNGO、弁護士会が助言を望んだ場合にも、助言を提供することである。
 この4日間の滞在において、主要政党のほとんど、法務省、外務省の皆さんとも会ってお話をした。それで、現在どのような形で人権委員会に関する提案が行なわれているかについても説明して頂いた。その点には非常に感謝している。ここでは、人権擁護法案の特定の規定についてコメントはしないが、人権擁護法案がどのような問題に対処しようとしているのかについては理解しているつもりである。最終的には、国会の皆さんと政府が決定することだが、それがパリ原則に一致したものになるかどうかは、法律が最終的にどのようなものになるかにかかわっている。この間、いろいろな議論をしてきたが、率直に言って、最終的にこの法律がどのようなものになるのか、また国会を通過するのかしないのかということも含めて、私自身、よく分からないでいる。したがって、人権擁護法案の特定の規定についてはコメントしたくないと考えている。
 いずれにせよ、この間議論してきた問題は、さきほど述べたようなパリ原則の概要に関することであった。私としては、パリ原則の基本的な原則とはどのようなものであるかを出来る限り丁寧に説明したつもりだし、お会いした皆さんもその点について注意深く聞いて下さったので、お互いの見方についての理解は深まったものと考えている。

■質問:
 日本のマスコミは、今回の法案が報道表現の自由を侵害するという面について反対を表明している。それに関して、政府、特に法務大臣との会合の中でその話は出たのか。その際、どのような感想を持たれたのか。

■バーデキン氏の応答:
 表現の自由の問題については、さまざまな議論の中で取り上げられてきた。これは諸政党との会合でも、日弁連との会合でも、表現の自由、メディア規制の問題は出てきた。独立した人権委員会の役割は、基本的には人権の保護と人権の促進にあり、メディアも社会の他の人びとと同じように、プライバシーの権利も含めて基本的人権を尊重する責任がある。ここでは、表現の自由とプライバシーの権利との間でバランスをとることが重要になる。ただし一般的には、人権委員会を設置する法律が、メディアをも規制するために使われることはない。人権委員会の目的は、あくまでも人権の保護と促進であるため、規制という機能が同時に検討されることは非常にまれだと考えている。多くの他の国ではメディアの問題については、放送委員会など名称はさまざまだが、別の機関を設置して対応しているため、人権委員会を設置するなかでこのような規制が行なわれることは通常はないことであると言える。
 オーストラリアの連邦人権委員会は、公的調査を行う権利を持っているが、その中で、証人を呼び証言をしてもらうこともできる。その証言の内容が、一定の配慮を要するものであった場合―たとえば、被害を受けた子どものプライバシーにかかわる問題であった場合など―には、それをメディアが報道しないように命令することもできる。通常、人権委員会は、人権にかかわる情報を普及することを目的にしているので、このようなことは通常行なう措置ではないが、時には必要になるのである。
 要するに、マスメディアも社会の他の人びとと同じように人権を尊重する責任があるということであると同時に、民主主義の社会においては、情報を自由に普及していくうえでマスメディアが担う役割も非常に重要であるということだ。そして、表現の自由と人権尊重のバランスをどのような形でとるかは国によって異なるであろうが、通常はこのことが人権委員会を通じて行なわれることはないと、私の経験からも言える。
 同時に、表現の自由や報道の自由は人権の中でもきわめて基本的で重要な側面であり、多くの国で人権侵害はメディアを通じて初めて明らかになるものである。したがって、メディアの監視者としての役割や、透明性や説明責任を確保する役割は、基本的な重要性を有するものである。時にプライバシー等を考慮してバランスをとらなければならないこともあるが、表現の自由や報道の自由は民主主義の根幹であるということは、人権委員会をどのような形で設置するにせよ、強調しすぎることはないと考えている。

■質問:
 今回はNGOの招きで来日され、また法案の正式な訳を受け取っていないということだが、このような政府の準備についてどのようにお考えか。今回をもって、正式な訳を早急に出すように要求される予定か。

■バーデキン氏の応答:
 公正のために申し上げるが、今回の来日が決定すると同時に、私は日本政府に対して、ジュネーブ駐在大使を通じて書簡を送り、このような形で来日することになったので政府の職員の皆さんにも会いたいという旨を表明した。それに対しては、喜んでお会いしたいというお返事を迅速に頂き、今回実際にお会いすることができた。
 公式な訳を要求するかどうかという点については、政府が国連人権高等弁務官事務所に対してアドバイスやコメントを求めるかどうかは政府次第であると申し上げたい。今まで6カ国について、非常に時間がない中で助言、コメントを提供してきた。場合によっては一晩でコメントを提供した例もある。国連の役割は、パリ原則の意味がどういうものかということを、政府の求めに応じて説明することである。

■質問:
 政府与党の関係者に会ったときに、メアリー・ロビンソン人権高等弁務官が日本政府に送った信書についての説明や意見を求められたり、反論がなされたりしたことがあったか。また、1998年に、国連が日本に、独立して実効性のある人権委員会の設置するよう勧告をしているが、これに関する話題は出たのか。

■バーデキン氏の応答:
 まず二点目のご質問にお答えする。おっしゃるように、自由権規約委員会が勧告を出している。自由権規約委員会は、市民的及び政治的権利に関する国際規約をモニターするために設置されている委員会である。日本政府による委員会への報告書が提出された際に、多くの勧告が出されているが、そのひとつが、人権侵害の苦情を調査のための独立した機構を設置するべきであるということを強く勧告したというものであった。そのことも、私が今回来日した理由のひとつである。非常に重要な条約である自由権規約を監督している委員会が、このような勧告を行なったということである。実際、この勧告については、滞日中の多くの議論のなかで話が出てきた。人権委員会の独立性に関する議論においても、この勧告について触れられている。所見そのものを読んで頂ければ、自由権規約委員会がなぜこのような勧告を行なったのか、またその勧告の中でそういった機構の独立性ということをなぜ強調したのかをお分かり頂けると思う。これは日本だけに対する批判ではない。他の多くの国においても、政府というのは自らが行なった人権侵害についてきちんとモニターすることができないので、独立した形でのモニタリングが必要になるのである。
 一点目のご質問についてであるが、先ほども申し上げたとおり、私としては人権高等弁務官が送った書簡ないしはそれに対する日本政府の回答について詳しく述べることはしない。私としては、その内容も公開していない。ただ、東京において、人権高等弁務官からの書簡の要旨とそれに対する法務省の回答が公開されたことは承知している。それから、人権高等弁務官の書簡が一方的であると批判したという報道についても承知している。ここではっきりさせておきたいが、私ども国連は、どちらかの側につくことが役割ではない。国連の役割は、あくまでも助言をすることである。パリ原則について、また独立性をどのように確保していくのかといった点について助言をするのが役割である。したがって、今後も、政府であれ、日弁連やNGOその他の人びとであれ、求められればいつでも助言を提供していきたいと考えている。
 締めくくりに、今回皆さんご出席頂いたことについて感謝申し上げたい。ありがとうございました。

4)司会者より閉会のあいさつ
 これにて記者会見を終了させて頂く。短い時間で大変申し訳なかったがご容赦頂きたい。
 今後も、継続審議となった場合には、日本政府と国連人権高等弁務官事務所との間にいろいろなやりとりが出てくることと思う。また、先ほどご指摘のあった自由権規約委員会に対して、日本政府は今年の10月に次回の報告書を提出することになっており、その中でこの問題がどのように報告されるかという点についても、是非注目して頂ければと思う。
 お忙しいところ、ご出席頂いたことに感謝したい。

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